第548話 ズゥ
なんか周りの景色が白黒だ。
白黒というか、白と黒。
白い物と黒い物がウネウネと入り交じる様は、コーヒーにミルクでも注いだみたいだ。
そういやルチアの店で判子ちゃんがつくるかっちょいいラテアートが人気らしいんだけど、俺が頼んだら描いてくれないんだよな。
などとぼんやり考えているうちに、周りでうようよとうごめいていた白と黒が混じり合い、灰色の空間に飛び出した。
「いててっ、まったくなにがなにやら」
尻をさすりながら起き上がると、そこは灰色一色の広いドームだった。
隣でひっくり返っていた角ヘルメットの引きこもり少年ロロも起き上がる。
「まったく、ひどい目にあいました。黒澤さんと関わるとこれだから。まあ姉よりマシですが」
「そっちは無事か」
「どうにか、それよりここはどこです?」
「おまえがわからんのに、俺にわかるわけが無かろう」
「そうやってすぐ人に丸投げする、それで喜ぶのは黒澤さんの従者だけですよ!」
「それはまあ、そうかもしれん。しょうがない、ここはなにもなさそうだし、移動しようぜ」
機嫌の悪いロロに発破をかけて、探索することにした。
とはいえ、どこもかしこも灰色なんだよな。
材質的にはつるっとしてて、ステンレスの遺跡に似てる気もするが、どことなくガーレイオンやカリスミュウルの内なる館にも似てるかなあ。
ドームにはいくつか出入り口があって、その先は曲がりくねった通路が延びていた。
「どうするんです、進むんですか?」
面倒くさそうに尋ねるロロに、
「そりゃ進むだろう、そのための道だ」
「前向きですねえ、僕なんかより、姉の方が気が合うでしょう」
「いやあ、彼女はポジティブすぎて、ついて行けんよ」
数回しか会ったことが無いのに、なぜか昔からの馴染みのように感じるロロの姉のことを思い浮かべる。
そういえば、このロロのことも、なんだか長い付き合いのような気がするな。
「それにしても、なんもねえな。ここを作った奴はよほどの物好きと見える」
「ウネウネとのたくって、歩きにくいだけですね」
「とはいえ、そこの曲線なんかはご婦人の腰のくびれを連想させて、悪くないかもしれん」
「なんにでもいいところを見いだすのって、長所と短所、どっちだと思います?」
「そりゃあ、それによって恩恵を受けてるかどうかだろう。俺の場合は……どっちだろうな」
「自分のことでしょうに」
「自分ほどわからんものはないぞ、もちろん、他人もわからん。夜ごと愛を囁いた恋人の腹の内より、漫画の主人公の気持ちの方がまだ想像がつくね」
「おや、珍しく黒澤さんが僕にもわかりやすいことをおっしゃる」
「まあね、それより……」
どこまで行っても単調な通路に飽きた俺は、改めてロロに尋ねる。
「これってなんなんだろうな。どっかの星とかじゃ無いよな」
「でしょうね、ファーツリーのどこかにあるモナドでしょう」
「モナド?」
「僕たちのもつ内なる館のようなものですよ。とはいえ、他の放浪者のものではないでしょうね。シーサもこういうのを使いませんし、別の勢力かなあ」
「また新しいのが出てくるのか、俺もそろそろ記憶力が頼りないお年頃なんだよ」
「すべての枝には、星の一生をかけても数え上げられないほどの何かが存在してるんです。考えるだけ無駄ですよ」
「無駄かあ、じゃあしょうがねえな。もっと有意義なことを考えようぜ」
「ちょうど考えるに値するなにかがやってきたようですよ」
そう言ってロロが通路の先を指さすと、何かがいた。
多分、人だ。
全身灰色のぬるっとした質感で、顔のあたりに二つの黒い点がある。
多分目玉だろう。
頭はちょっととんがっており、先っぽにチョウチンアンコウのように丸いのがついている。
ボディラインを見る限り、ご婦人のようだ。
ナンパの可能性がある限り、俺は声をかけるぜ。
「ハロー、お嬢さん。そこいらでお茶でもどうかな?」
目の前のアンコウ娘は、少し首を傾げるが、ついてこいと言った仕草をみせて歩き始める。
「お、やったぞ、ナンパ成功だ」
「今のどこがナンパなんですか」
「お茶に誘ったじゃん」
あきれ顔のロロをほっといて、俺はアンコウ娘のあとをノコノコついていく。
あんがいお尻もでかいな、周りの風景もアンコウ娘も一面灰色なので見分けがつきづらいが、なかなかのナイスボディだ。
やがて俺達はなにも無い部屋にたどり着く。
いや、部屋の中央には椅子とテーブルがあった。
アンコウ娘の勧めるままに席に着くと、テーブルの上にお茶がポンと沸いてでる。
俺達の対面に座ったアンコウ娘の口のあたりに、すっと横線が入ったかと思うと、にゅるっと唇が出てきて口を形作った。
「ごきげんよう、放浪者の皆様。KKはどちらでございましょう?」
アンコウ娘はチューニングのあってない古いラジオのような音声で問いかける。
「ああ、KKはこちらの黒澤さんですよ」
とロロ。
「俺にようかい?」
俺が尋ねると、黒い瞳に井形の線が無数に入り、切り目から赤い光がにじみ出して複眼のようになる。
「私はズゥのイィー。あなたを信奉するKK団の巫女でございます」
「俺を信奉してんの?」
「さようでございます」
「なんでまたそんな酔狂なことを」
「放浪者こそ我らの真理、あまたある宇宙のなかで、放浪者こそが我らの道標。それをたたえることに、何の理由がいりましょう」
「ふうん。それで、どうしてほしいんだ、握手ぐらいならOKだけど、それ以上はマネージャーを通してほしいね」
「なにも望みません。真理とはただそこにある物。欲せずとも常に我が隣にたゆたう物こそが、真理でございます」
うーん、面倒くさそうな子をナンパしちゃったな。
とりあえずお茶を飲む。
緑茶に氷砂糖をぶち込んだような甘いお茶だ。
飲兵衛向けでは無いな。
「じゃあ、もうちょっと建設的な話をしよう。えーと」
だめだ、何も思い浮かばん、なにを話せばいいんだ?
「えっと、名前はズーだっけ」
「ズゥは所属する勢力、ファーツリーギルドやシーサのようなものでございます。今会話している概念体の名称はイィーと申します」
「ふうん、それでズゥのイィーね。ロロ、ズゥってのは知ってるか?」
と尋ねると、顔を隠すようにお茶を飲んでいたロロが、湯飲みで顔を隠したまま投げやりに答える。
「知ってますよ、コンタクトをとったのははじめてですけど」
「初対面の所感は?」
「今すぐ逃げ出したいですね」
「あんなにセクシーなのに?」
「黒澤さんになにが見えてるのかわかりませんが、僕にはのっぺりしたものがねっとりとしゃべってるようにしか見えませんよ」
「まあ、俺が見てもそんな感じだが」
「守備範囲が広いんですね」
「俺の数少ない長所だからな」
そういって甘い茶を飲み干し、改めてアンコウ娘に向き合う。
「そうそう、さっきのあれは助けてくれたのかい。まだ礼を言ってなかったな」
「お気になさらずに。それにあなた様が私をお呼びになったのでしょう」
「そうだっけ?」
「さようでございます。あなた様の僕として、お役に立てたことが何よりの喜びでございます」
「ふむふむ、それはなんというか、ありがとう」
俺がお礼を述べると、アンコウ娘はねっとりした灰色の肌を一瞬ぷるんと揺らして身もだえした……ように見えた。
「ああ、私は今真理の一端に触れたのでございますね」
なんか興奮してるなあ。
しかしここは何というか、退屈だな。
彩りが足りないとでもいうか。
そう思った瞬間、周りを囲む灰色の壁が消え去り、どこまでも抜けるような青空が現れた。
足下にはこれまた無限に広がる草原が。
「お、景色が変わったぞ。とはいえ、いささか爽やかすぎて、気恥ずかしいな」
「そうですか、僕はこれぐらいが落ち着きますが」
「まあ、落ち着くのは落ち着くが……」
いやもっと即物的な、ごちそうとか女体とか、そういうのあるじゃん。
つかそういうのを妄想したらまたパッとあらわれるのでは、と期待したものの、残念ながら出てこなかった。
俺への信仰が足りないのでは、と思ったものの、アンコウ娘はのっぺりとした顔のまま、じっと座っている。
かと思えば、不意に口を開いた。
「このような刹那的情景に、どのような真理が含まれているのでしょう」
「そりゃあ、ねえんじゃねえかな」
「ですが、あなた様は在るではありませぬか、これほど確かなことがありましょうや」
「なんだい、君は在るかどうかが信じられないのかい?」
「それを信じることができれば、在ることの迷いも消え去りましょうに。ファーツリーにライズし、定常の存在となった我らの迷いもまた、決して消えぬが道理」
「でも迷うから在ることがわかるんだろう、我思う、故に我在りってね」
「それでは、シーサと同じではありませぬか。デストロイヤーのもたらす虚無によって時間を生み出すことの不毛さを、当のシーサさえも知っているのに、我らのまねごとのごときこのモナドに意味などないというのでしょうか。真に在るものは、物質の投影たる宇宙のみと、そうおっしゃるのか。であるならば我らはいずこに帰るというのか」
のっぺりした顔は、のっぺりしたままなんだけど、うちに秘めた感情は激しく揺れ動いているように見える。
「よくわからんが、まずは表情の作り方から覚えた方がいいんじゃないか、真理だのなんだのは、もっと後の方で考えるべきだと思うぞ」
思わずそんなことを言ってしまうと、ロロが膝を叩いて喜んだ。
「あはは、さすがは黒澤さん。そうですよ、僕たちはそのことを元から知っているのに、彼らにはわからない。僕たちもまた、原初の生命の模倣に過ぎないというのに! 模倣にこそ真理は眠るんですよ」
その台詞を聞いたアンコウ娘は突然、
「否!」
と叫び、爆発した。
その衝撃でクルクルと宙を舞う俺とロロ。
「ロロ、おまえ女性の扱いが下手だな」
「自覚はあるんですが、いかんせんよく知る女性が姉しかいないもので」
「だからガールフレンドの一人でも作って遊べと言っただろう」
「言いましたっけ?」
軽口を叩きながら空を飛ぶ間に、周りの景色は白と黒に分離していき、捻れあがった空間が鋭利な槍となって俺達に襲いかかる。
「痛そうだぞ、アレ」
「痛いでしょうねえ」
「緊張感ねえなあ」
「お互い様でしょう」
などと言い合う俺達を、白黒の槍が貫こうとした瞬間、四方八方から光の柱がそびえ立ち、白黒槍を消し飛ばした。
その柱は赤い閃光を放ち、その中から巨大な色っぽいシルエットが無数に現れる。
「ひゅー、これがアジャールの闘神。確かにこれはセクシーだ」
ロロの言うとおり、実に色っぽい女性型巨大ロボット軍団が、俺達を守るように無数に取り囲んでいた。
ロボットの一体が、巨大な剣を振るうと、一瞬で白黒の槍が消し飛び、あたりは虹色に輝く宇宙になった。
いい景色だ。
白黒の槍が消し飛ぶ瞬間、こんな捨て台詞が聞こえた気がした。
「口惜しや、なれど我らの手はすでにベヘラの枝に届いている。必ずや御身に……」
なんかわからんが、やっかいなメンヘラちゃんに手を出しちゃったかのような、アレな感じがあるんだけど、まあいいか。
周りに浮かぶロボット軍団に礼をのべると、まばゆい光を発しながら消え去った。
同時に光も消え、ふと気がつくと、俺は宇宙船の食堂のテーブルに突っ伏して、眠っていたのだった。
このタイミングでこっちかあ。
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