第547話 第五の試練 その十六

 肌寒さに身震いして目覚めると、見慣れぬ場所にいた。

 また飛ばされたんだろうけど、確か前回は海賊に攫われて宇宙船の食堂で酒を飲んでたはずだ。

 でもここはどうやら、そう言うのでは無いっぽい。


 白いもやの漂う静寂な空気は耳鳴りがしそうな程に冷たい。

 やがてもやが晴れると、一面氷漬けの神殿だった。

 前にも似たようなのを見たことがある気がする。

 氷の壁をよく見ると、中に巨大な石像というかロボットというか、そういうのが数え切れないほど閉じ込められている。

 確か、墓場だと言っていたな。

 そう言っていたのは、紅だったか。


「そろそろ、目覚めの時が近づいています」


 いつの間にか隣に立っていた紅が、そう言って氷漬けのロボット軍団を指さす。

 なんかいっつも突然現れてよくわからんことを言ってる気がするな。

 鼻から出てきて珍妙なことをするパルクールと、実は大差ないんじゃ無いだろうか。

 などと考えていると、突然、周りの氷が溶け始め、蒸気があふれ出す。

 そのあまりの激しさに息苦しくなってむせ込んだ自分の咳の音で、目が覚めた。




「あらあなた、また風邪ですか?」


 色っぽい格好で寝ていたフューエルが、そう言って隣であくびをかみ殺す。


「わからん、昨日の雪遊びが堪えたか」

「いくつになっても、少年の心を失わないのは結構ですけど、あまり子供達を心配させないでくださいよ」


 自分だって子供じみてるくせに、とは言わずに、俺も大きなあくびをする。

 幸い、喉は痛くないし、体もだるくない。

 ちょっと鼻が詰まり気味の気がするが、気のせいだろう。


 試練の方は昨日がんばったので今日にも鍵がすべて集まるはずだ。

 それでクリアできると助かるが、他にもなんか色々課題があった気がする。

 するんだけど、どうせ段取りはみんなが考えてくれるだろうから、まあいいや。


 正午を少し過ぎたあたりで裏面を含めたすべての鍵、系六十四個をゲットした俺達は、最上階の九階にいた。

 九階の中央にある円形の広間は、氷のように真っ白で、周りに何本も柱が立っている。

 なんか今朝見た夢に似てる気がするな。

 すでに鍵穴にすべての鍵を納めてあるので、たぶんこれでクリアになるはずだ、と身構えていると、周りがピカピカと輝き、例のごとくサイコロ状のハンコがあらわれた。

 こいつでクリアというわけだ。

 何はともあれ、宴会だな。


「いささか単調であった気もするが、リルがいなければ、もうすこし手間取ったかも知れぬな」


 とはすでに飲んだくれて顔の赤いカリスミュウルの談。

 たしかに、イケてる女紳士のリルがいきなりミミズ玉に吸い込まれてなければ、まだうろうろしてたかもしれん。

 あと王様のフォローもあったし。

 どうもあの王様、姉のことは完全に俺に丸投げしたつもりになってるっぽいな。

 昨日、塔をクリアして、そのまま次の試練に行っちまったからな。

 ちなみに、リルも同じく昨日のうちにクリアして、今朝一番にグリエンドのネアル神殿に出発した。

 残る二人の紳士は、たぶんあと二、三日かかりそうだ。

 つまり俺達は一日遅れの三番手と言うことだ。


「こうして、紳士同士で協力することも、女神は見越しておるのだろうか」

「さあなあ、たまたまじゃねーのか」

「貴様はとことん、信心の心が足りんな」

「そうはいっても、対象があれじゃあな」


 俺の視線の先では、ストーム、カームの双子幼女が、山盛りのクリームパイに顔ごと突っ込んでむさぼり食っていた。


「それでも揺るがぬ心をこそ、試しているのであろうよ」

「神様は試したり試されたりするもんじゃ、ねえんじゃねえかなあ」

「いっぱしの宗教者のようなことを言うでは無いか」

「まあね」


 信仰心の低そうな会話を交わしながらひたすら飲んでいると、試練を終えたばかりの俺達よりもはるかに疲れてそうなエディが久しぶりに戻ってきた。


「おう、お帰り。ってずいぶんとお疲れだな」

「まったくだわ、なんでこんなに仕事があるのよ」


 俺とカリスミュウルの間に割って入ってデーンとふんぞり返るエディ。

 これはあれか、俺とカリスミュウルに甘やかせとおねだりしてるわけだな。

 さっそくホストの気持ちになって、姫をもてなす。

 まあ、ほんまもんの姫なんだけど、ホストって何するんだろうな。

 なんかワッショイとかいいながらシャンパン飲ませるイメージなんだけど。

 まあいいや、とにかく飲ませてしまえ、とばかりにじゃんじゃん飲ませると、元々酒癖の悪いエディは、あっという間にぐでんぐでんになって酔い潰れてしまった。

 そこに酒とつまみがてんこ盛りのワゴンを押したネリがやってくる。


「あれ、エディ様、もう潰れちゃったんですか?」

「そうみたいだな、だいぶ疲れてたんだろう」

「でしょうねえ、仕事の内容はわからないんですけど、側で見てて、ほんとに働き詰めで。貴族様って、もっとふんぞり返って人をこき使ってるもんだと思ってたんですけど」


 エディの側仕えとしてネリ自身も忙しくしているはずだが、エディの場合はその比じゃ無いんだろう。

 でも、そもそもなにがそんなに忙しいんだろうな。

 ポーンかローンがいれば聞けるんだけど、エディが忙しいと言うことは、あの二人も当然忙しいわけで。

 かわりにミラーに確認する。

 ミラーも数人がいつも付き従っているからな。


「エディ奥様は、現在複数の案件で奔走なさっておりますが、やはり黒竜会問題がもっとも重大な懸案となっております。一連の騒動で、ルタ島だけでも相当数の信者を捕縛しましたが、本土の方でも主に沿岸部の都市で騒動を起こしています。これらは大半は赤竜の管轄下ですから、すべてがエディ様の肩にのしかかっていると言えるでしょう」

「そりゃ気の毒に」

「また、通常の犯罪と違い、非常にセンシティブな問題となっております。黒竜会信者といえども、大半はドラッグなどによる軽い洗脳で扇動されただけであり、適切な治療を施せば元の市民として復帰できる可能性の高い者が大勢おります。また幹部級の信者といえども、安易に処罰すれば今度は教会が圧力をかけてくるようです。教会としては自分たちの手で解決したいのでしょう」

「なんでまた」

「教会としては、信仰上の解釈の問題として扱いたいのだと思われます。この問題はレーンにレクチャしていただくのをお勧めします」

「ほんとにレーンに話を聞いた方がいいと思うか?」

「一般論としてはオーナーが知っておくべき情報であろうと言えると思いますが、オーナーの好む話題にならないであろうことは、想像に難くないと言えます」


 などとしれっと言う。

 ミラーもだんだんノード連中に似てきたんじゃないだろうな。

 せっかくふわふわピンクヘアの癒やし系メイドロボなんだから、そこの所を伸ばして貰いたいものだなあ。

 などとだいぶ酔ってきた頭で考えていると、人魚のマレーソンがでかい鍋をもってやってきた。

 やばいレベルの真っ赤なスパイスでギトギトに煮立った鍋には、エビやら青魚のぶつ切りがダイナミックにぶち込まれている。


「いい匂いっしょ、これ赤キハの伝統料理で、食べたらマジ一発で疲れなんか飛んじゃうから」


 とギャル人魚のマレーソン。

 たしかに、いろんな意味で飛びそうだが。

 恐る恐る鍋をのぞき込んでいたら、匂いに釣られてエディが目を覚ます。


「なあに、こんないい匂いがしたらおちおち寝てられないじゃない」


 などと言ってガブガブ食べ始める。

 タフだなあ。

 俺も負けじと、汗をだらだら流しながら激辛海鮮鍋に挑んだのだった。




 暑い。

 カプサイシンが効き過ぎたんじゃねえのかとかなんとか思いながら目を覚ますと、そこは砂漠のど真ん中だった。

 またか。

 この突拍子のなさは、俺じゃ無ければ耐えられんのじゃなかろうか、これ。


 それよりも暑い。

 なんか砂漠とか氷漬けとか極端なの多くねえかな。

 もっとそよ風の吹く緑の草原とか、鳥が囀る湖の畔とかあるじゃん、そういうの。

 まあ愚痴ってもしょうがないので、無駄に熱い砂の上をジャリジャリ歩く。

 空には四つの太陽が複雑な軌道を描きながら結構な速度で登ったり沈んだりしている。

 暑いなあ。

 どうせ暑いならせめて美女ですし詰めになったサウナとかにしてほしいぜ。


 青と黄色のツートンカラーの世界をポクポク歩いて行くと、地平線に黒い染みのようなものが見えた。

 染みに焦点を合わすと、ギューンとズームするかのように近づいてゆく。

 そこにいたのは角の生えた帽子が特徴のロロ少年だった。

 こいつは俺の同類らしい。

 ナンパ好きの部分じゃ無くて、勝手にあちこち飛ばされる特異体質の方のお仲間だ。


「おや、黒澤さんじゃないですか」

「おうロロ、久しぶり。おまえも散歩か?」

「ええそうです、黒澤さんもこういう世界の良さが、わかってきたようですね。余計なことをしなければ、ほとんどの惑星はこのようにあるんですよ。どうですこの一面均一な砂。メタンの効いた爽やかな空気。実にいいものでしょう」

「まあ、気分転換にはなるな」

「あれ、でもいいんですか。今のあなたって、ちょうどファーツリーをあちこち引っかき回してシーサやらズゥやらに追いかけ回されてるんじゃ」

「さあ、記憶に無いんだけど、冤罪じゃ無いか?」

「まさか、あなたに限ってそんなはずは無いでしょう」


 などと爽やかに笑ったロロが、急に空を見上げてあんぐりと口を開ける。


「ちょっと黒澤さん、なにを呼び込んでくれてるんですか」

「なにってなにが?」

「GDですよ、GD! グレーター・デストロイヤー!」

「なんだいそりゃ、くいもんかい?」

「ぼけてる場合ですか! ああ、逃げ道が無い!」


 慌てふためくロロの姿が滑稽で思わず吹き出しそうになるのをこらえて目をそらすと、さっきまで一面の砂漠だったものが、黒い何かに次々と飲み込まれていく。


「え、これマジでやばい奴じゃね?」

「だからそう言ってるじゃ無いですか、なにかないんですか! いつものでかいシクレタリィは!?」

「え、ああ、パルクールのことか、おおい、パルクール、どうにかしてくれ!」


 そう叫ぶと、どこか遠くの方から、


「むりー、むりー、むりー」


 消え入りそうなかすかな声が響く。

 しかもエコーつきで。


「なんかやばいのでは」

「もうダメですよこれ、ああ、せっかく情報量稼いだのに」


 諦め気味のロロと、まだ訳の変わらないままの俺が真っ黒いものに飲み込まれそうになった瞬間、俺達は目の前に現れた白いものに飲み込まれてしまったのだった。

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