第545話 オートリバース その三
紳士という、世間一般ではやんごとない感じの身分の集いとはいえ、集まったメンツは社会的立場の点からはてんでバラバラで、会社の忘年会以上に話題のチョイスが難しいアレな催しなわけだが、こういう場合、強いのはまず坊主だ。
むっつりスケベ疑惑を俺から一方的にかけられているコーレルペイトが、実に軽やかな会話で場を盛り上げ、時折俺が爽やかな突っ込みやフォローを入れて賑やかしをすると言った感じで無難に盛り上がる。
宴席が盛り上がると、酒と料理も進むわけで、そうなると酒癖の悪いカリスミュウルがしでかさないか気を遣ったり、同じぐらい酒癖の悪い俺がしでかさないように、食べる方中心にしたら食べ過ぎたりで、まあ楽しく進むわけだ。
で、宴もたけなわとなって、そろそろ本題っぽいことに入るのかなと身構えてたんだけど、王様は特にそう言う話題を切り出さない。
ここで言う本題ってのは、例の黒竜会が紳士を狙ってる件に関して、意見のすりあわせをするみたいな奴だが、王様はあんまり興味が無いのかな。
あるいは、自分の姉があんなことになってて言い出しづらいところがあるのかもしれない。
あのねーちゃん、明らかに黒竜会の影響みたいなの受けて、アヌマール化してるんだよな、たぶん。
そういや、地球の方で足下に張り付いたのってアヌマールぽかったよな、と何気なく足下を見たら、再び黒い染みがあふれ出し、わっと驚いて飛び上がったら、そこは駆逐艦バーバーフスの食堂だった。
いまさら驚くのも面倒なので、冷静に足下をチェックする。
ベタベタと張り付く黒いものは、よく見るとタール状の液体で、アヌマールの黒いモヤとはずいぶん違う。
しかもなんか臭い。
「申し訳ありません。処理装置の故障で、汚水が逆流しているようです」
慌てて駆けつけた食堂のスタッフがそう説明すると、艦長のカンプトン中佐はなんとも言いがたい表情を美しい人造フェイスに浮かべて、
「至急、対処したまえ」
と投げやりに命じた。
「申し訳ない、平時にこのような失態を犯すとは。いや、これもすべて私の気の緩みであろう。すぐにシャワーを用意させよう」
艦長の指示で現れたスタッフに別室に連れて行かれる。
途中、掃除機っぽいものをもったスタッフが大勢走り回っているのとすれ違った。
なんか大変そうだな。
スタッフの若い男はシャワー室まで来ると、
「地球人は電子シャワーを好まぬと聞いておりますが、排水設備が止まっておりますので、こちらで」
と筒状の小部屋の押し込まれる。
光のシャワーは前に使ったことあるので、まあどうにかなるだろう。
「服は着替えた方が良いでしょう。こちらに置いておきます」
そう言ってスタッフは出て行った。
まあ、文句を言うほどのことでもないしなー、と光のシャワーをジャブジャブ浴びる。
汗やほこりぐらいなら服を着たままでも綺麗になるらしいんだけど、まあアレだしな。
「おまだーりん、おまだーりん、おまだーり、れめたーい」
うろ覚えの西部劇の主題歌などを歌いながら気持ちよくシャワーを浴びていると、突然シャワー室の扉が開く。
いやーん、エッチとぼけようと思ったら、さっきのスタッフ君が銃を突きつけていた。
思わず手を上げた俺に、
「いい子だから、黙ってついてきな。返事は?」
なんかさっきと口調が違う気がするが、気にしている余裕はなかった。
俺が黙ってうなずくと、男は背中に銃を突きつけ、すすめと命じる。
わけもわからず言われた方向に進むと、細い通路をいくつか曲がるが、誰とも出会わないので助けを求めることもできない。
素っ裸で軍艦の中を連れ回されるのは、希有な体験だなあ、などと人ごとのように考えているうちに、艦載機の詰まった格納庫にでた。
ここはさすがに人が多く、すぐにこちらに気がつくが、誘拐犯は気にせず歩かせる。
バスみたいな宇宙船に無理矢理押し込まれたところで警報が鳴り、船の周りを小型のドローンみたいなのが一斉に取り囲むが、誘拐犯は気にせず宇宙バスを発進させる。
ドローンはそのままついてくるんだけど、つかず離れずと言った感じで何も仕掛けてこない。
「あの短気な猛牛カンプトンが射ってこないたぁ、あんた見かけによらず、本当に大物なんだな」
コクピットから振り返った誘拐犯は、改めて俺を見ると、
「にしちゃ、そっちはたいしたことないな。いつまで丸出しのつもりだい? そこに着替えがあるだろう。さっさと着なよ」
などと勝手なことをおっしゃる。
俺はサイズよりテクニックで攻めるタイプなんだよ。
いや、っていうかこれ、どういう状況よ。
なんで俺が誘拐されてんの?
混乱しながらも、とりあえず服を着る俺。
なんかピチピチタイツでスタイルに自信のない俺としてはなかなか恥ずかしいな。
「さて、あとは無事に拾えるかだが……」
「あのー」
「ちっ、こっちのシグナルをことごとくはじいて来やがる。やっかいだね……」
「あのー」
「なんだいこのうらなり野郎、こっちは忙しいんだよ!」
「そうはおっしゃっても、私としてもなぜこのような目に遭わされているかについての説明と言ったものをですね」
「あんたはその筋じゃ有名なお宝野郎で、私はあんたの百倍有名な海賊だ、それだけいや、十分だろ!」
「俺がお宝とはいったい?」
「知るか! こっちはせっかく忍び込んだってのに、横やりが入ってあんたを攫う羽目になっちまって気が立ってるんだ、グダグダ言ってるとカーボン漬けにしちまうぞ!」
「はい、すんません」
カーボン漬けってなんだろう。
ザボン漬けならわかるんだけどなあ。
「おっといたいた、私のかわいこちゃん、さっさと拾っておくれ」
何がいたのかとフロントの窓越しにのぞき見ると、周りを囲んでいたドローンが急に動きを止めて、後方に流れていった。
次の瞬間、目の前の何もなかった空間が虹色の光を放ち、このバスの何倍も大きい船が出現する。
細長く弧を描いたシルエットは、三日月というか、枝豆というか、ちょっとボコボコしてるところもあって豆の方がイメージに近いな。
その豆のような船は、端っこから光る触手を伸ばして俺達の乗ったバスごと取り込んでしまう。
「ほら、降りな」
海賊野郎に促されるままに船を下りると、真っ白い全身タイツのムチムチボディに鮮やかな若草色の髮をカールさせた美女が待っていた。
「うまくいったようね、グラニウル。ってなあに、そのさえない顔は」
「おっと忘れてた。私の美貌が台無しだ」
海賊野郎が着ていたタイツをいきなり脱ぎ捨てると、全身がウネウネと波打ち、あっという間に金髪ムチムチ美女に変身してしまった。
やった、俺の好きな展開だ。
ムチムチ美女は全裸のまま振り返ると、嬉しい展開に感心する俺に向かって言い捨てる。
「どうだい、うらなり君。人に見せるなら、こういう鍛え上げた体にするんだな」
「そりゃあごもっともで」
「はしたないことを言わないの」
感心する俺の前に立ち塞がった白タイツのほうが、全裸さんにタイツを押しつけながらたしなめる。
全員タイツだと、ちょっと違和感が薄れるな。
「それでグラニウル、このお荷物はどうするつもり?」
「さあて、こいつはずいぶん高く売れるそうだが」
「営利誘拐とは、海賊グラニウルも落ちたものね」
「ちげえねえ」
パツキン海賊はそう言ってニヤリと笑うと、
「まずは指定の場所まで行ってみるさ」
「なら急ぎましょう。やっかいな賞金稼ぎも、うろついてるようだから」
「おお、こわいこわい。それよりチャージはどうなってる?」
「たまってるわ、ゲート一回分ね」
「じゃ、すぐに出発だな」
「それで、結局彼はどうするの?」
「どうもしないさ。キッチンで酒でも飲ましときな」
「了解」
俺の処遇が決まったようで、白タイツの方の美人に狭いキッチンに連れ込まれ、軟禁されることになった。
「おなかが空いたら勝手に食べてちょうだい、お酒もね」
それだけ言って、白タイツは出て行く。
仕方ないので、俺は手近なところにあったドーナツを頬張りながら、一番高そうなボトルを開けてやけ酒を決めることにした。
それにしてもなんでこんなことに。
いやまあ、そこはいいんだよ、どうせいつもわけのわからん事態に巻き込まれてるんだし。
大事なのは、今の女海賊とその相棒っぽい二人はナンパ可能かどうかってところだよな。
違うかな?
いや、違わんよな。
人間、ピンチの時ほど基本に忠実にいくべきであり、俺の基本は言うまでも無くナンパだからな。
だいたいどんな問題でもナンパさえ成功すれば解決するんだ。
だから俺はナンパさえしてればいいんだ。
結論が出たところで、高そうな酒をグビリとあおると、船がぐらりと揺れて、王様との親睦会会場に戻っていた。
せわしないなあ。
とりあえず、何事もなかったかのように親睦会を続ける。
適当に食べたりしゃべったりしてるうちに、親睦会はお開きとなった。
こっちでもトラブルが起きなくて良かったぜ。
まあ、あくまで親睦会として無難に終わるならそれはそれでいいわけで、最後に王様の子分が、玉手箱みたいな箱を持ってぞろぞろとやってきた。
どうやらお土産らしい。
さすがは王様、気が利くなあ。
王様が自らお土産を手渡し、互いの友情をたたえ合ったりしつつ、最後の俺の番になると、王様はこんなことを言った。
「良き友とともに困難な試練に挑むことは何よりの喜びである。だが、真に困難なのは道なき道を切り開く、孤独な歩みであろう。だが、共に歩むものがおらずとも、振り返ればその道のりのどこかに交わる友がいると知れば、恐れることはない。余もそうであると知ったし、汝もそうであろう」
王様は自分の言葉に満足したのか、それで親睦会はお開きとなった。
坊さんとブルーズオーンは自分のキャンプに戻ったが、リルはそのままうちの食堂で二次会をやっている。
「まったく、何があるのかと身構えてれば、ほんとにただの宴会じゃない」
「いいじゃねえか、楽しかっただろう」
「まあ、そうね、踊り子のダンスとか楽しかったし。貴族相手のパーティではじめて楽しかったわね。あの王様もちょっと見直したわ」
「見かけによらず結構気さくだしな」
「そこまではわからないけど……」
そこで一瞬悩むそぶりを見せてから、リルはドレスの礼をのべた。
「押しつけられたとはいえ、一応礼を言っとくわ。恥もかかずにすんだし。いまさら気にすることでもないけど」
気にしなけりゃ、試練の一番のりを目指して成り上がろうとかしないと思うんだけど、まあそれが若さなんだろう。
俺も無駄に老け込まないように、もうちょっとギラギラと脂ぎっていかないとな。
先に休んだリルを見送り、俺はもうちょっと飲もうと相手を探すと、チェス組が珍しく揃ってチェスを打っていた。
最近、バラバラに違うことやってたりするからな。
チャンピオンのイミアと魔族のプールが熱戦を繰り広げていたので、それを冷やかしながら酒を飲む。
「ずいぶんとお疲れのご様子、やはり試練の重圧は、御主人様ほどの方でも重荷となるのですね」
などと言いながら、スケベ伝道師のエクが全身をもみ回してくれる。
「いやあ、試練はみんなががんばってくれてるから、そこまででもないんだけどな。なんか合間合間に難題を放り込んで来るのがいてな」
「さようでございますか。私どもでお手伝いできることであればよいのですが」
「そうなあ、どうなんよ、燕」
隣でナッツと干しぶどうをボリボリ食ってワインで流し込んでた燕に聞いてみる。
中身は女神らしいこいつも、元凶の一人のはずだからな。
「知らないわよ、ご主人ちゃんが自分で勝手に巻き込まれてるんでしょ」
「まじで、おまえ達が画策してるとかじゃないのか?」
「そんな訳ないでしょ、私たちはいつでもご主人ちゃんの尻拭いよ。すぐしでかすんだから」
「まじかー、しょうがねえな、俺って奴は」
「わかってるなら、さっさと酒飲んで寝なさい。最後に物を言うのは睡眠時間よ」
「そりゃ言える」
燕にしてはまっとうなことを言うものだと感心したので、さらにアルコールを追加して眠ったのだった。
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