第544話 オートリバース その二
俺達が塔の裏面みたいな所に飛ばされてる間、残りのメンバーは俺を信じてちゃんと待ってたそうだ。
俺なんて信じて大丈夫かと思わなくもないが、普段俺が一方的に信じて丸投げしてるので、たまにはいいということにしておこう。
八個目の鍵を入手するための仕組みもほぼわかったので、改めて合流して今後の方針を立てつつ、俺はこの後の王様との会食に備えて、腹ごしらえをしていた。
塔の攻略そのものはまあ、糸口がつかめたのでいいんだけど、あっちに置いて来ちゃったねーちゃんのこととかどうしたもんかな。
王様の言い草だと、どうも少し前からあのお姉ちゃん、すなわちサンスースルは塔の裏面に捕らわれているらしい。
それを連れ戻そうとして王様は四苦八苦していたようだ。
あれでもそういや大蛸と一緒に捕獲したアヌマールとかってどうなってたんだっけ。
何も言ってこないから忘れてたけど、別人だったんだろうか。
まあこっちから聞くのは嫌なので、ほっとくか。
なんかあったらスポックロンあたりがニヤニヤしながら注進してくるだろ。
食堂でミニサイズの牛丼を食う。
最近俺の中でプチブームの牛丼だが、金のない学生時代は飲み屋で金を使いすぎないように、安い牛丼なんかで腹ごしらえをしてから飲みに行ったもんだ。
最近は食える量が減ってきたのでそういうことはしないんだけど。
自家製のお上品な味の紅ショウガにちょっと物足りなさを覚えつつ、腹ごなしにキャンプ内を散歩すると、カプルたち大工組が、大工部屋であつまってなにかやっているのに気がついた。
「精が出るな、なにやってんだ?」
近づいて声をかけると、シェキウールになにかアドバイスしていたカプルが手を止めて、
「刃物を研いでましたの。シェキウールが自分の彫刻刀の研ぎ方も満足に知らないというものですから、基本のレクチャですわね」
シェキウールは芸術専攻の学生で、家の従者になってからは3DCADなどを駆使してバリバリ造形に勤しんでいるようだが、それはそれとしてアナログ作業もいきなり捨てるわけではないようだ。
「学校では、あんまりこういうことは、教わらなかったから、カプルに研いでもらったら、すっごく切れてびっくりした……」
少し気まずそうな顔で呟くシェキウール。
そういう基本こそ学校で教えそうな気もするけど、教師によるのかな。
学校って奴は教師にせよクラスメートにせよ、環境がとことん属人的だからなあ。
あるいは職人と芸術家のスタンスの違いとかだろうか。
同じくデザイナーであるサウも砥石の水平を出すためにゴリゴリとすり合わせていた。
「私もナイフの研ぎ方とか、カプルに教わるまで、実はめちゃくちゃだったんだなあって思って、こういうの、ちゃんとやっとくのは大事よねえ」
などと言っている。
まあ道具のメンテは重要だよな。
俺もプログラマーだった頃、開発環境の設定を弄り倒したもんだ。
いじりすぎて、設定するのが目的みたいになってたこともあったけど。
カプルがレクチャしてる横では、ミラーが板の束を運んでいた。
「あれは、何に使うんだ?」
と尋ねるとカプルが、
「いいチークが入ったので、たまには手刻みで子供達の筆箱でも作ろうかと。その準備でノミやカンナを研いでいたらみんなに教えることになったんですわ」
「へえ、そういえば最近ピューパーは太鼓ばかり叩いてお絵かきしてないな」
「そうなんですの、子供は移り気なものですから、こちらとしても魅力を伝える努力が必要ですわね」
「たしかに」
「それでも、アレコレ手を出して一見落ち着きが無いように見えても、最終的にはひとつながりの経験として残るものですわ。ですから大事なのは師としてよりよい道を示すことですわね」
「うちはいい先生が多いからな」
それに引き換え、俺はナンパの先生としてうまくやれてるんだろうか。
かわいい弟子のことが気になって姿を探すと、修行箱でリルと一緒に剣の練習をしていた。
相手をしているのは元白象騎士団二号隊筆頭代理のエーメスだ。
一流の騎士なんだけど、技量の点ではクメトスにちょっと劣るし、得意の馬の早駆けでもレルルに少し及ばないとなにかとちょっと足りないところが目立つ彼女だが、いいところもあって、従者仲間のレルルにベタ惚れで女房のようにいつもかいがいしく世話をしているような、おいしいところがある。
そんなエーメスだが、単純に一対一で立ち会うととても強いわけで、リルはおろかガーレイオンでも魔法をバリバリ使わずに剣で挑めばまったく及ばない。
まあ、あれほど強くなったフルンだってエーメスから一本取るのはまだまだ難しいといっていたので、剣の道というのは奥深いものだなあ、と思う。
少し離れた所では少女人魚のペースンが、セスの指導で木刀を振っていた。
そういえば剣の修行をしたいとか言ってたな。
ちゃんと続いててえらいなあ。
あとで褒めてやろう。
従者達の充実した様子に満足して食堂に戻ると、我が家の内向きを仕切っているアンやテナがよそ行きのコート姿で戻ってきた。
王様との会食の打ち合わせに行ってきたらしい。
「他の紳士の皆さんも招待しての会食となるようです。従者として私が同伴しますので、よろしくお願いします」
とアン。
こういう場合、妻と従者のどちらが、あるいは両方が同伴するのか、みたいなのは状況に応じて変わるっぽいので判断が難しいよな。
今回の場合、結婚してる紳士が俺とカリスミュウルだけと言う状況なのでまあ、従者を伴うのが無難なんだろうなあ、みたいな感じになっているようだ。
そもそも、試練も後半戦になってなんでいまさら親睦会とか言う流れになってるんだろう。
などとグチグチ言ってる間に支度がととのったようだ。
会場は塔の外にいつの間にか作られた大きな天幕で、王様の部下達が手作業でおっ立てたらしい。
言ってくれればこっちで用意したのにと思わなくもないんだけど、王様相手にそんな差し出がましいことも言えないよな。
天幕に入ると、むっつり僧侶のコーレルペイトは、ちょっといい感じの僧服をまとい、乳のでかい従者を一人連れている。
まっちょ好青年のブルーズオーンは、一張羅らしいムキムキのタキシードっぽいスーツをきて、ロリ賢者のピルを伴って登場だ。
ガーレイオンはうちで仕立てたかっこいいスーツで、従者のリィコォもおそろいのドレスを着ている。
カリスミュウルのほうは、こんなんでもお姫様だけあって、ちゃんとゴージャスなドレスを着こなしており、お供は透明人形のチアリアールではなく、マッチョ僧侶のレネをつれている。
ホロアであるところを優先したのだろうが、コーレルペイトと似た僧侶服でありながら、あちらがほっそりした修行僧風なのに比べると、こちらはどこが僧侶なのかわからないレベルでムキムキだった。
でもってイケてる女紳士のリルは、直前までずいぶん揉めていたようだが、従者イムルヘムの頼みで、うちで用意したドレスを着ることになった。
あとで聞いた話によると、昔、貴族に招待されたのでどうにか工面した安ドレスで出向いたら娼婦みたいだと馬鹿にされてパーティドレスがトラウマになっていたとかなんとか。
無粋な連中もいたものだが、金に物を言わせて高級ドレスを押しつけるのも同じぐらい無粋な気がするものの、着飾ったリルの姿を見たいという俺のわがままを押し通す形で納得させたのだった。
実際、クソ高いドレスに負けないほどに、リルは美しい。
あのむっつり紳士のコーレルペイトも、リルの姿を一目見て思わず息をのんでいたし、朴念仁のブルーズオーンも思わず見とれている自分に気がついて、顔を赤くしていた。
やはり押しつけて正解だったな。
最後に俺は、まあほら、俺も成金暮らしが板についてきたのでお高い服もさらりと着こなせるようになっているはずだ、よくわからんけど。
お供のアンは、ドレスではなく巫女服を着ていた。
これがフォーマルなスタイルらしい。
アンに一番似合うのは、貧乳を引き立てるトップレスのメイド服だと思うんだけど、それを知っているのは俺だけで十分だよな。
などと考えていたら、王様の登場となった。
先に席に着いていた俺達は起立して出迎える。
紳士の後光は押さえているのに無駄に眩しく見えるのは、頭がはげてるからだけじゃあるまい。
無駄にまばゆい王様に付き従うように入ってきたのは、俺や王様より頭一つでかいノッポだった。
黒い肌、長い首、そして額に光る第三の目。
そうきたかあ、三ツ目なあ。
うちにいないタイプの従者を出されると、やられたなあという気になるよな。
などと素直に感心していたら、三ツ目ちゃんの額の目玉と目が合い、クラクラと一瞬目眩を感じたかと思うと、俺は宇宙船のロビーにいた。
ここできたかあ。
これ、なんか行き来する間隔がだんだん短くなってね?
まあいいや、考えないようにしよう。
それよりも現状確認だ。
えーと、王様の姉ちゃんの様子を確認しようとしてたんだったな。
王様の姉サンスースルは、薬が効いているのか簡易ベッドでよく寝ている。
この後医療室に移すらしいので任せることにした。
で、会食だ。
学者のファジア先生はウイルスがどうとかでまだ治療中だし、お供の島津巡査はお供なので同席しないらしい。
星の見える展望台的なレストランの一段奥まった半個室みたいなところで、地球圏総監督補佐にして駆逐艦バーバーフス艦長たるカンプトン中佐と差し向かいで食事というわけだ。
盛り上がってきたな。
軽い食前酒で乾杯すると、カンプトン中佐はこの駆逐艦の素晴らしさや自身の任務について語り始めた。
「かように我々惑星連合軍は実際の治安に対して負うところが大きいのであるが、しかるに宇宙警察機構は、その本質である犯罪の抑止と秩序の維持と言う役割を逸脱し、我々の領分を……」
中佐は熱が入りすぎたのを自覚したのか、少し咳払いをしてグラスに手を伸ばし、一気に飲み干す。
「失礼、どうもこのような場になれておらぬもので、つまらぬ話でしたな」
そう言って恐縮する彼女のグラスに、酒を注ぐ。
「なに、母国の治安を預けるにふさわしい、誠実さがにじみ出ていましたよ」
「さようか。しかし貴殿は、本当にこの星の生まれなのか?」
「それがちょっと曖昧なところで」
「失礼ながら貴殿のログを参照させて貰ったが、一月ほど前に木星に向かう光速バスに同伴者一名と乗ったものが一件だけ見つかった。黒澤久隆という戸籍はあるが、それ以外のログがない。同伴者に至ってはまったくの不明で、なぜ旅券が取れたのかも不明。航空会社と警察機構では今頃大騒ぎをしているはずだ」
「そりゃあ、気の毒に」
「貴殿が凄腕のハッカーである、と言うのであれば話は早いが、他にもまだある」
そう言って紙に書かれたメモ書きを差し出す。
「これはデンパー中央銀行の口座番号だ。開かれたのはデンパー開国前の二十四万年程前。名義はKK、IDは、貴殿のものだ」
「そんな大昔の口座が、そのまま残ってるもんですかね」
「そのようだな。元本もそうだが長年の運用で、貴殿は母国の星を百回買っても余るほどの資産家となっている」
「夢のある話だ」
「さらに私は現在、最上位ノードに匹敵する特権モードを与えられている。すなわち我々ネアル型AIは貴殿に便宜を図ることを最優先にすることを織り込んで製造されていたと言うことだ」
「あなたたちにそういう所があるってのは、知ってるつもりだけど、物好きな制作者もいたものですね」
「さよう、そこで問題になるのは、私自身の処遇だ」
「俺じゃなくて?」
「そうだ。私は軍人として五百二十年もの間、軍属ロボットしての年季が明けてもなお、勤め上げてきた矜持がある。貴殿の役に立てという本能的指示と、軍人としての職務に矛盾が生じるのであれば、私は軍人としてそれを全うしたいと考えているのだ」
「ふむ」
「それを踏まえて、あえて問おう。貴殿はなにものだ?」
話すうちに落ち着きを取り戻したのだろう。
まっすぐに俺を見つめる目は、人間以上に澄んでいる。
皮肉しか言わないうちのロボット連中に見せてやりたいところだな。
まあ誠実な相手には、なるべく誠実に向き合いたいものだ。
「さて、俺も自分が何者であるかについて、はっきりとは知らないんだが、俺のことを放浪者、と呼ぶ人はいるね。知ってるかな?」
「放浪者。古いアジャールの伝承にまつわる、リリーサーなどとも言われるあの放浪者のことか」
「そういう感じで、伝わってるらしいね。どうも俺は、体一つでいろんな場所、場所というか別の宇宙といってもいいかな、そういう所に飛んで行ける特異体質らしい」
「にわかには信じがたいが、放浪者がそういう存在であったという情報も把握している。いや、実のところ先日貴殿に触れたときに、いくつか開放された私の権限の中に、それに関する情報もあったのだ。それはつまり、そういうことなのだろう」
「配慮が行き届いてるな。つまり俺が何かと言われると、自分でもよくわからない、そういう超常的な存在、ということになるね」
「私のエミュレーションブレインは、今の話を受け入れることを拒んでいるが、低レベルのシンタックスは、それが事実であると、どうやら知っているようだ。実に不思議な感覚だな、自分の理性が及ばぬ領域で、自身の意思が規定されているかのようだ。だが、不快ではないと言うことだけは、申し添えておこう」
「そう言ってくれると助かるよ」
「それで」
「うん?」
「貴殿が今、この場に現れた理由は、なんなのだ?」
そう、それが問題だ。
いや、たぶんアレだよな、ペレラがあるあちらの宇宙と、地球があるこの宇宙をくっつけようってんだろう。
そんなことをどうすればいいのかなんて、まったくもってわからんが、何をすればいいかわからないときは、人間は自分のできることを誠実に粛々とやるしかないのだ。
そう、つまりナンパだ。
「ペレラ、あるいはペレラールと言う星のことを知ってるかな」
「ペレラ……、十万年前に銀河ごと消失したと言われるあれか」
「そう。俺は今、そこに住んでいてね」
「ペレラに住む?」
「あそこはいま、この宇宙から断絶された場所にあるんだけど、近々、こっちの宇宙と元通りにくっつくことになるらしい」
「宇宙がくっつく、というのは何かの比喩か?」
「いや、なんというか、文字通り別々の宇宙をくっつけて一つにする……らしいよ」
「らしいとは? 貴殿がするのではないのか?」
「そうなんだけど、俺はいまいち自分がなんなのかわかって無くてね。実にふがいない話ではあるんだけど」
俺が話す間、カンプトン中佐のグレーの目玉は、色が濃くなったり薄くなったりして実に綺麗なんだけど、表情の方はどんどん無表情になっていく。
「何もわからぬが、貴殿の言葉が嘘でないと言うことだけを、私の脳は理解している。だが、わからぬ。いや、わからずとも良い、私は軍人だ、納得など無くとも、命令を遂行するだけの覚悟はある。ならば私は貴殿のために、何をなせば良いのか」
「それは……」
俺が聞きたいよなあ、と口からこぼれかけたため息を飲み込むと、代わりに鼻からぷーっとパルクールが出てきた。
「汝は何をなすか、じゃがいもはナス科、ナスカは地上絵、痴情のもつれはもちつもたれつ。もち食べたい。もち!」
それだけ叫ぶと、焼いた餅のようにぷーっと膨らんでパンとはじけ飛んだ。
「い、い、いまのはいったい」
グレーの目玉と、額のピンクの宝石を七色に光らせて混乱するカンプトン中佐。
「ありえない、今の存在は恒星以上の質量と、太陽系を上回る大きさをもっていた。それが今、一切の物理的干渉もせずに目の前に……、私は壊れてしまったのか?」
気の毒に、パルクールを見て正気を保つのは、俺ぐらい脳天気じゃないと難しいからな。
とりあえずフォローしようと立ち上がると、レストランの床が、ネバネバと足に張り付く。
みると黒い染みのようなものが広がっていく。
パルクールの言ってたもちってこれかな?
足下を確認しようと下を見ると、足が張り付いていてバランスを崩してよろめく。
慌てて上半身だけでバランスをとろうと腕を振ったら、ぱっと周りの風景が変わって、王様との会食会場に戻っていた。
まあパルクールがでた時点でありそうだなと思っていたので驚きはしないが、急に手を振り回してよろめいた俺を見た周りの連中は、一斉に気の毒なものを見る顔になっていた。
それでも王様だけは側に控えた三ツ目ホロア、まあホロアなんだろう、その三ツ目ちゃんの耳打ちを受け、にっこりと微笑む。
「友よ、汝は我らの手の届かぬ場所で、戦っておるのだな。ならばせめて余の手の届く場所では、汝を労おうではないか」
続いて皆を見回し、
「皆の衆、今宵は余の招待を受けてくれて嬉しく思う。今この時だけは世俗を忘れ、ただ紳士という縁で結ばれた我らの友情を祝おう」
王様の台詞が終わるとぞろぞろと王様配下のきれいどころが高そうな酒を注いで回り、乾杯となった。
さっき乾杯したばかりだけど、こんなこともあろうかと牛丼を決めてきたので酔い潰れることはないだろう。
テーブルには王様の故郷の料理であろう、エスニックっぽい黄色い感じの料理がてんこ盛りで、こんなへんぴな場所で用意するのも大変だったろうなあ、とか思うとなかなか素直に楽しめないのだが、まあそれはそれとして、たまにはこうやって親睦を深めるのもいいかなと楽しく飲み食いしたのだった。
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