第543話 オートリバース その一

 試練の塔の裏面みたいなところに飛ばされた俺達だが、王様曰く脱出するには出口までいけばいいらしい。

 適当な思いつきで言った俺と違って、王様はすでに何度かここに出入りしているそうだ。

 王様だけあって、頼もしいなあ。

 それはそうと、なぜか気絶した褐色全裸美女は俺が背負ってるんだけど、王様の姉だろうに、自分で背負おうとか思わないのかな。

 まあ、王様だしな。

 それに引き換え俺なんてただのナンパおじさんだからな、背負ってるものが違うよ。

 彼が全国民をその肩に背負ってるのだとすれば、俺が背負ってるのはおねーちゃんのおっぱいぐらいだ。

 さっきから背中におっぱいが押し当たってて割といい感じで困ってる。

 いや、困らないんだけどほら、いろいろあるじゃん。

 などと考えていると、なんだか足取り軽く出口までついてしまった。

 少し先行していたガーレイオンとリルも、そこで待ってくれていたようだ。

 半開きの扉の向こうは真っ白で、ゲートに似ている。


「それで、ここを出ればいいわけ?」


 ちょっとやけになってる感じのリルが、俺や王様に食ってかかるように尋ねると、王様は自信満々にそうだとうなずく。

 一方の俺は、ここに来て女体の重さが腰にきたのか、満足に返事を返すこともできなかった。

 そんな俺と王様のどっちが気に入らなかったのかはわからないが、リルは不満そうにうなずくと、塔の出入り口の扉をさっさとくぐってしまった。

 それを追いかけるようにガーレイオンが、次いで王様が、最後に女体オプション付きの俺が扉をくぐる。


 くぐったはずなんだけど、次の瞬間にはぐらっと姿勢を崩して、床に転がっていた。

 その床は塔でも雪原でもなく、宇宙船のロビーだった。

 まあ、油断してなかったかと言われてたら、当然のように油断してたし、俺はいつでも油断してる訳なんだけど、今回はちょっと予想を超えていた。


「黒澤殿、そのご婦人はいったいどこから……」


 ロボット艦長であるカンプトン中佐の驚きとも呆れとも取れる微妙な声で気がついたが、どうやら俺は人の多いロビーで、デートの相手をほっといて全裸美女を押し倒すような感じになっていたわけだ。

 やべえな。

 あっちからお姉ちゃんを連れてきちゃったことも、今がデート、まあデートだよな、その最中だったということもやばいが、次の瞬間、警報が鳴り響いて宇宙海賊がどうとか言い出したのもやばかった。

 どれが一番やばいかは、あえて言うまい。


 気がついたら武装こそしていないものの、強面の軍人が数人、俺を取り囲んでいる。


「緊急事態につき、密航者として拘束したいが、よろしいか?」


 とカンプトン中佐。

 そりゃそうだよな、とはいえ乱暴にされても困るんだけど。


「そりゃあ、仕方が無いが、彼女は大事な預かり物でね。丁重に扱ってもらえると助かるんだけど」

「了解した。私のセンサーでは、そのご婦人はあなたのへそから出現したようにも見えたが、そういう認識でよろしいか?」

「手品は俺の十八番でね。宴席でご披露しようと思ったが、急な襲撃でもらしちまったようだ。ところで海賊は大丈夫かい?」


 これにはバジ大尉が代わりに答える。


「手放しで大丈夫とは言いがたいですね。この星域はどこかにマイクロゲートが存在するようで、きりがありません。しばらく対応に当たりますので、ここでお待ちを」


 そう言って艦長のカンプトン中佐とかっこいいロボット軍人のバジ大尉は去ってしまった。

 あとに残った軍人さんが、王様のお姉ちゃんを運んできたベッドに寝かせる。

 拘束といっていたが、ここに置いといてくれるようだ。

 待つのはいいんだけど、手持ち無沙汰だったので、側にいた軍人さんにお茶を頼んで椅子にふんぞり返ると、隣で島津巡査がなんとも言えない顔で俺を見ていた。

 若いのに苦労人らしい彼女だが、たぶん運も悪いと思う。


「あの、ほんとにあなた、日本人なんですか?」

「そのつもりなんだけど、人生色々あってね」

「さっきから訳のわからないことだらけなんですけど、そもそも黒澤さん、あなた明らかに特別扱いされてますよね、どこかの星の王族の血を引いてたりします? いやでも、コンタクト前のお生まれですよね」

「ははは、まあ俺のことより海賊だよ、襲われてるんじゃないの、これ」

「そうなんですけど、地球の防衛ってこのバーバーフス一隻で担ってるので、これが負けたら私たちだけじゃなく地球が大変ですよ」

「え、そうなの?」

「そもそも、戦艦を売ってくれないので、防衛しようが無いんですよ」

「ケチだな」

「売って欲しければAIによる統治を受け入れるか、自力で内紛を克服しろって……、学校で習いませんでした?」

「いやあ、俺が子供の頃は宇宙人なんていなかったからなあ」


 などと適当に受け答えしていると、窓の外で閃光が走る。

 窓に近づいて外を覗くと、銀色のカボチャのような戦艦というか宇宙要塞というか、そういう感じのやつがこちらに向かってバリバリとレーザーを放ち、負けじとこちらも打ち返している。


「なんか単調な攻撃だなあ」


 思わずつぶやくと、島津巡査が、


「ゲームじゃないんですから。大気圏内ならともかく、宇宙空間では互いのバリアが切れるまでレーザーで打ち合うだけなので、こんなものですよ。それよりも落ち着いてますね」

「そりゃあ、こんなの見せられてもリアリティないじゃん」

「そうかもしれませんが、バリアが切れたら、たちまち私たちはレーザーで焼かれて蒸発するか、運良く直撃を免れても宇宙に放り出されておだぶつですよ」

「どっちも想像したくないなあ」


 などと人ごとのように話していたら、お姉ちゃんの様子を見てくれていた年配のご婦人、この人は軍人さんか軍医さんかわかんないんだけど、まあ軍医さんにしとこうか、その軍医さんが意識が回復したようだと告げる。

 慌ててベッドの側まで行くと、王様のお姉ちゃんはうっすらと目を開けてぼんやりと天井を眺めていた。


「……声が、聞こえない。私を戒めるあの声が。それに王の光も……、私はいったい、もしやアシハラに召されたのか」

「あいにくと、ここはベッドの上で、君は少々しでかして眠ってただけさ。気分はどうかね、サンスースル君」


 俺が爽やかに語りかけると、王様のお姉ちゃんこと褐色の巫女サンスースルはガバッとベッドから起き上がり、さっと身構え何かの呪文を唱えようとするが、もちろんここで呪文は発動しない。

 その代わり、シーツで隠されていた形の良いおっぱいがプルプル揺れていた。

 呪文は効かなくても、おっぱいは効くなあ。


「あいにくと、ここで呪文は使えないよ。女神の加護の遠く及ばぬ土地だ」

「貴様はクリュウ! どういうことだ、なぜ貴様が、いや、私は貴様を……あの声に従って、私は……うぐぅ」


 混乱して頭を抱えるサンスースル。

 なんかよくわからんけど、一連のアヌマール騒動は、謎の声の影響でおかしくなってアヌマール化した、みたいな感じらしいので、まあなんかそういう感じなんだろう。

 よくわからんけど、みんな色々あって大変そうだなあ。

 俺もたまにはナンパ以外のことに心を砕いた方がいいのだろうか。

 でも俺が手をだすとなんかろくなことにならん気もするしな。

 こっちの世界でも良く効くらしい鎮静剤を射たれたサンスースルお姉ちゃんは、ぐったりとベッドに倒れ伏す。

 薬の効果を確認した軍医さんは、彼女についていくつか質問してくる。


「先ほどの会話はこちらのデータベースにない言語を用いていました。公用語一型と三型の影響が見られるようですが」

「うーん、何語かと言われると困るが、長いこと交流のなかった土地で独自に発展した言葉のはずだから」

「そのようですね。失礼ですが、あなたは言語バンクをお持ちでしょうか」

「言語バンク?」

「自動翻訳用のデータベースです」

「ああ、俺もそういうのはなくてね。自前でしゃべってるから」


 ほんとは謎の脳内翻訳だけど、俺の脳は拡張とかされて無いっぽいしな。


「そうでしたか、以後の会話はサンプルをとらせていただいてよろしいでしょうか」

「かまいませんよ、それよりも彼女は大丈夫そうですか?」

「バイタルは正常です。ただ、強いストレスを感じているようですね。また肩の刀創は新しいもののようですが、何か心当たりは?」

「彼女はどうも怪しい宗教の勧誘を受けていてね、弟さんからの頼みで、一時的に保護してるんだけど、いかんせん俺は彼女からの信頼がなくて扱いに困っててねえ」

「そのような相談でしたら、専門のカウンセラーもおりますので、のちほどご相談ください」


 そんな面倒くさそうな相談は一ミリだってしたくないんだけど、とりあえずよろしくお願いしますと答えておいた。

 その間も外ではでっかい宇宙船どうしが互いのバリアを削りあうという非常に絵的に面白くない戦いを繰り広げている。

 っていうかこう、何もかも人ごとって感じで非常に居心地が悪いんだよな。

 これに比べれば、どれだけ面倒でも紳士の試練のほうが百倍自分のやることだって気がしてくるよ。

 そもそも、こんなに頻繁に行き来させられていったい何の意味があるのか。

 そこの説明だけでもされてれば、まだ俺だってもう少しはやる気とまでは言わなくても、前向きに現状を捕らえられるのではないかと言うような可能性をみいだしたりなんかしちゃったりも……。

 などととりとめも無く考えていたら、不意に双方の攻撃がやんだようだ。

 どうやら敵の宇宙船が急速に後退していったらしい。


「なに、勝ったのか?」


 軍医さんに尋ねると何かを確認するようにうなずいてから、


「宇宙英雄のシグナルが広域に発令されたようです。我々としては不本意ですが、助けられたようですね」


 宇宙英雄!

 そんなかっこいい奴がいるのか。

 おれも宇宙紳士とかにグレードアップしたい。

 そんでもって宇宙美女をナンパしまくりたいなあ。

 などとまだ見ぬ宇宙美女を妄想して鼻の下を伸ばしていたら、艦長が戻ってきた。

 いかんいかん、ナンパモードに切り替えて、キリリと爽やかな笑みを浮かべねば。


「黒澤殿、お怪我はないか?」

「なに、安心して拝見しておりましたよ」

「横やりが入ったせいで拍子抜けではあったが、海賊風情の対処で黒澤殿をお待たせするのもまた無粋なもの。事後処理は宇宙警察機構に任せて、食事としようではないか」


 なんかこの艦長さんからは、行き遅れた婚活おばさん的ながっつき具合を感じるなあ。

 実に好ましい限りだ。

 改めて支度も整ったという連絡が入り、さっそく場所を移動する。

 ロビーの出口にさしかかり、そういや薬でダウンしたお姉ちゃんはどうなったっけと振り返った瞬間、パッと景色が変わって、試練の塔の出口にいた。

 ここで来たか。

 くそう、なかなかロボ艦長との楽しい会食が始まらねえな。


「やはり汝の力をもってしても、サンスースルを連れ出すことは叶わぬか」


 王様の言葉にはっとなって確認すると、お姉ちゃんの姿が無い。

 やべえ、あっちの世界において来ちまったのか。


「余も何度か連れ出そうと試みたが、どうにもならぬ。してみると彼女はまだ、女神の庇護下になければならぬと言うことであろうか」


 王様は俺が何か言う前に勝手に納得してしまったようだ。

 まあいいか、なるようになるだろ。

 それよりもなんか腹が減っちまったなあ。

 考えることや確認することが山ほどある気がするけど、空腹だと考える気力もわかん。

 まあくったらくったで、満腹だと頭に血が回らんとか言い出すんだけど。

 どうせ俺がいくら考えたところで、次から次へと押し寄せる宇宙規模のトラブルの前では、たいした知恵などでないのだが。

 王様との会食の前に、腹ごしらえしとくか。

 えらい人との会食では、腹一杯食えないもんな。

 俺の持つ知恵なんて、しょせんその程度だからなあ。

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