第541話 試練B面 その四
何事もなかったかのように固いアスファルトのうえで起き上がり、ほこりを払って空を見上げる。
バリア越しの上空では、宇宙海賊らしい赤褐色の大きな宇宙船が、光る触手に捕らわれていた。
そういや、こっちもなんか大変な状況だったなあ、と人ごとのようにつぶやくと、脇腹に強烈なタックルを喰らった。
「げぼぉ」
「逃がしませんよ! さあ、あなたの知ってることを話しなさい! さっきの塔での出来事といい、あなたは何者です! いますぐ、余すところなく、すべて赤裸々に話しなさい!」
鯖折りせんばかりの勢いで俺の腰を締め上げる宇宙考古学者ファジアの猛攻に息も絶え絶えな俺だったが、突然、何者かに引き剥がされる。
「往来でそのようなハレンチな行為は、慎むべきですよ」
そう言って俺とファジア先生の襟首をつかんで引き離したのはロボット軍人のバジ大尉だった。
いつの間にかマッチョスタイルは解除して、元のスレンダーロボ形式に戻っている。
「ここは危険です、先導するので署まで退避しましょう」
先導と言いつつ、俺達二人を両脇に抱え上げたバジ大尉は、足の裏から火を噴いて宙に飛び上がった。
チラリと後ろを振り返ると、島津巡査が途方に暮れた顔で見送っていた。
シューッと空を飛んで、フワーッっと警察署のクソ高いビルの屋上に着地すると、警察官がわらわらと空を見上げながら何かやっているが、それを無視してバジ大尉はズカズカ進む。
そろそろ下ろしてくれてもいいんだけど、こういう扱いは慣れた物なので、借りてきた猫のようにおとなしくしているわけだが、隣で抱えられているファジア嬢は文句をたれていた。
一方のバジ大尉はそれを無視して上空を見上げる。
「ここのバリアは宇宙警察機構のものなので、下よりは安全でしょう。しかし、賞金稼ぎ風情に先を越されるとは、まだまだこの星の警備体制は未熟と言わざるを得ませんね」
ロボット軍人ちゃんは惑星連合軍とか言ってた気がするけど、宇宙警察機構ってのはまた別物なのかな?
質問してもいいんだけど、ナンパに直結しない知識は大抵面倒な事態を生むことを経験的に学んでいるので、なるべく余計なことを聞きたくないんだよなあ、などと考えていると、バジ大尉はそこではじめて気がついたようなオーバーなゼスチャで俺達を下ろす。
「これは失礼を致しました。ここは安全ですが、不意の衝撃に備えて側を離れませんよう」
こういう過保護なところもロボットの共通事項っぽいな。
改めて空を見上げると、海賊船はもはや身動きがとれないようで、四本足の宇宙船に拘束されたまま、沈黙している。
それに伴い攻撃もやんでいるが、まだバリアは解除されていない。
まあ、何が起きるかまだわからんしな。
「ようやく、バーバーフスが軌道上に到着したようです」
そう言ってバジ大尉が雲のかかったあたりを指さす。
その数秒後。
雲を切り裂くように、巨大な軍艦、まあ多分軍艦だろうと思えるシルエットの巨大な船が降下してきた。
でけえなあ、と見上げていると、バジ大尉がいつもの中性的な声で、ちょっぴり自慢げに語る。
「どうです、あの美しいメタリックの船体。ロボットも船も、ボディはメタリックに限ると思いますね。ネアル型はすぐ有機体を模倣しがちですが」
などとおっしゃる。
先に出会ったカンプトン中佐は人間ぽい質感だったけど、事前に確認しといたところ、あっちが上司っぽいのにそういうことを言って大丈夫かな。
「ですが、それ故に有機体、いえ、人間と類似のコミュニケーションをとりたがるのでしょう。くれぐれもカンプトン中佐をよろしくお願い致します」
おっと、アクロバティックに結論をねじ込んできたぞ。
まあいいや、よろしくするのはプロだからな。
降下してきた船は上空故にスケール感がつかみづらいが、海賊船の五割増しぐらいのサイズで、船首と船尾からバリバリと光線を放って海賊船を捕らえたようだ。
代わりに今まで押さえ込んでいた四本足の宇宙船、これはほんとに小さくて、伸びた足こそ長いが、本体部分の丸いところは、我が家のファミリー宇宙船リッツベルン号より小さいかもしれない。
その四本足はこちらにちょっと近づくと、俺達の頭の上でくるくると回り何やら妖精っぽい光る粉をばらまいて、そのまま空の彼方に飛んで行ってしまった。
「ああ、ペレラール・ナイトがいっちゃう! ちょっと大尉さん、あの船は軍で把握してるんですか? 捕獲、いえ、情報だけでも」
ワタワタと取り乱すファジア先生をたしなめるように、バジ大尉が彼女の頭をなでる。
「あれは宇宙警察機構管理下の賞金稼ぎ、通称(四つ足)です。ご存じでしょうが、賞金稼ぎの情報は保安上秘匿されていますので、公表できません。とくにアレはバックにデンパー貴族もついているようですし」
「むう、わかりました。そちらは別のコネを使うとしましょう」
「深入りしない方がよろしいかと思いますが、差し出口は挟みますまい」
二人がよくわからない話をしている間に、軍艦は海賊船を引っ張って、空の彼方に移動を始める。
あっちは解決したっぽいなあ、と周りの様子を見ると、ビルの上で旗を振ってる奴が何か騒いでいる。
旗には見たことのない紋章みたいなのがあり、よく見るとEPCと書かれていた。
なんの略だろうな。
別に知りたくない感じだったので、視線を移すと、息を切らせた島津巡査が駆け寄ってきた。
「お、遅くなりました、ぜえ、はあ」
「トレーニングが足りないようですね。あなたは木星空手のチャンピオンだと聞いておりますが」
とバジ大尉。
また珍妙なワードが出てきたな。
木星で空手ってなんだよ。
「学生時代の話です、そ、それに、徹夜明けでちょっと」
「いいわけは後ほど聞きましょう。バーバーフスからの迎えが来ています。このまま空に上がりましょう」
飛んできた筒状の小型シャトルに詰め込まれ、俺達は宇宙軍艦に移動した、というかさせられた。
ファジア先生は翻訳装置を修理するとかなんとかで別れて、俺と巡査は外の様子が見えるロビーでお茶を飲んでいる。
めまぐるしい展開だが、一つだけ確かなことは、寿司を食い損ねたらしいと言うことだ。
思わずため息をつくと、同じく島津巡査もため息をつく。
揃ってため息をついたことに気がついた島津ちゃんが、思わず苦笑する。
「あなたもただの通訳なのにこんな所まで連れ込まれて、大変ですね」
「いやまあ、こういうのは慣れてるんでね」
「宇宙暮らしは長いんですか?」
「宇宙はそうでもないけど、別の星でしばらく暮らしてたもんで」
「そうなんですね」
話す間に窓外の色は青から黒へと変わっていく。
大きな窓越しに、地球の鮮やかな輪郭があらわれるころには、周りに無数の宇宙船が飛んでいるのも見えてきた。
「ずいぶん、宇宙船が飛んでるもんだなあ」
「観光客が大半ですよ。地上にいるとまだわかりづらいですが、コンタクト以降、地球の経済はどこもかしこもインバウンド頼みなんですから」
「そんなもんですか」
「でも、自分も上は三年ぶりですけど、確かに増えましたね」
改めてロビーを見回すと、様々な外見の宇宙人がいる。
とはいえ、はじめてエツレヤアンの街に飛ばされて、いろんな人種を目にしたとき程のインパクトはないな。
強いて言えば、全身タイツスタイルの人が多くてボディラインがくっきりして、目に優しい、もとい、目に毒なぐらいか。
その後はとくに話すこともなく、このままではプロナンパ野郎としての面目が立たないなあ、などと考えつつ、やってきた給仕ロボにおかわりを頼んでいると、バジ大尉が戻ってきた。
「キャプテンはまもなく参ります、もうしばらくお待ちください」
そう言って空いた席に腰掛ける。
「それでどうです、バーバーフスの乗り心地は。旧式ではありますが、輝かしい経歴の船です」
適当に相づちをうってロボット軍人ちゃんの機嫌をとっていると、突然バジ大尉が立ち上がり敬礼する。
どうやらキャプテンとやらがやってきたらしい。
みると、最初に俺達の相手をした、カンプトン中佐だった。
そういや宇宙軍とやらの階級について、スポックロンに聞いといたんだけど、十万年前と変わってなければ、中佐、自動翻訳済みの単語としての中佐ってのは軍艦の艦長を務めたり、作戦を指揮したりするらしい、よくわからんけど。
そのカンプトン中佐は、ちょっとおしゃれなスーツを着ていた。
タイツで良かったのにと言うのが本音ではあるが、おしゃれしてしまうところもかわいげがあってよろしいと言える。
「お待たせした、警察機構との折衝で手間取ったのでね」
そういってぬるりと赤い唇で微笑む。
「それで、こ、今後のことだが、件のタワーは全部で八つ確認されているようだ」
今後のところでわざとらしく詰まったのは、別の今後を妄想したせいではなかろうかと想像してみたりもするんだけど、ロボット連中はお茶目でしたたかだからな、そういうつもりで踊らされていくのがモテる男の生き様だ。
「入り口が開いたのは先ほどの大阪のタワーのみ。残り七つは現在封鎖中だが、数日後には木星アカデミアから調査団が来ることになる。それで、黒澤殿はどのように?」
白目のないグレーの瞳を艶っぽく輝かせるカンプトン中佐。
「どのようにと言われても、ファジア先生の手伝いを程々にするぐらいかなあ」
「了解した。ではバーバーフス全クルーは私の指揮下で貴殿に協力する」
「はあ、よろしくおねがいします」
なんか大事になってきたな。
まあ、俺はそういうのになれてるので適当にスルーしたんだけど、慣れていない島津巡査は目を見開いていた。
「あの、なんでそんなことになってるんです? 黒澤さん、あなたただの通訳じゃ」
「いやあ、俺もよくわからんのですけど、いつも翻弄される人生で。それよりあなたこそ巻き込まれて大変なんじゃ」
「そ、そうなんです、けど」
言いよどむ島津ちゃんをみたカンプトン中佐が、
「この作戦が成功すれば、貴官の希望通り宇宙警察機構への栄転も叶うだろう。そのつもりで任務をまっとうせよ」
そう言われた島津巡査は、一瞬だけ迷うそぶりを見せたが、すぐに敬礼して、気持ちよい返事を返した。
まあ彼女も色々あるんだろう。
俺は一貫して女の過去はほじくらない男なので、特に口を挟むことなく、別の話題に切り替えた。
「ところで、ファジア先生はどれぐらいかかるんです?」
それにはバジ大尉が答えて、
「通常のインストールであればもう終わっているはずですが、ちょっと手間取っているようですね。今、確認を……なにやらウイルスによってインターフェースがやられており、外科治療に半日かかるようです」
「ウイルスって、大丈夫なんですかね」
「おそらく、地上で妙なものを食べたのでしょう。我々軍人とちがい、セキュリティの甘い民間人観光客がやられたとの報告を受けています。これに関しては現地警察の方が詳しいのでは」
話を振られた島津巡査が代わりに回答する。
「宇宙人排斥運動の一環としてそのような行為が確認されているのは事実です、本邦ではEPC下部組織である皇国浄化団のうち、一部の過激派が宇宙人にのみ作用するナノマシンを食品に混ぜ込んだという事件が昨年摘発されています」
「その手の排斥運動の背後には、往々にして宇宙海賊が潜んでいるものですが、まだ証拠はつかめていないようですね」
「そこまではまだ、私は平巡査なので」
「卑下する必要はありません、あなたも元はキャリア候補だったのでしょう。挽回の機会はいまですよ」
「それは、その、はい」
キャリア候補かあ、それで巡査をやってるんだと、かなりのしでかしがあったのかもなあ。
しでかす子には弱いという俺の特性に配慮した人材チョイスだと言えなくもない。
きっと女神の思し召しとかいうやつだな。
などと都合のいい解釈をしていると、べつのタイツ宇宙人がやってきて、食事の用意がととのったという。
つまり女艦長さんと会食というわけだ。
こういう展開は大歓迎だぜと喜んで立ち上がった瞬間、ドカンと船が揺れてよろめく。
とっさに俺を支えようと手を伸ばしたカンプトン中佐を掴み損ねて床に転がると、そこはまた試練の塔だった。
まあいい、そろそろだと思ってたんだよ。
美人ロボとの会食は、次回のお楽しみにして、えーとなんだっけ、アヌマールから逃げるんだったか。
大ピンチじゃん、参ったね、こりゃ。
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