第540話 第五の試練 その十四

 特に敵の気配もない試練の塔をガーレイオンと二人、出口目指してぶらぶら歩く。

 そういや、はじめて入った試練の塔でも、仲間とはぐれたりしたなあ。

 あのときは石になってた魔族のお姫様プールを見つけたんだった。


 腹ぺこだったのでポケットに入れていたスティック状の携帯食をかじっていると、先に食べ終わったガーレイオンがこちらをチラチラ盗み見ている。

 どうやら自分の分はなくなったようだ。

 フルンに負けないぐらいの食いしん坊だから仕方あるまい。


「ガーレイオン、俺の分も食うか?」

「ううん、自分の分食べたから大丈夫」


 大丈夫と言った瞬間、ガーレイオンの腹がグウとなり、ちょっと情けない顔で俺を見た。


「やっぱり大丈夫じゃないかも」

「そうだろうそうだろう、ほら食え」


 そう言って手持ちの残りを渡すと嬉しそうにかじるが、またグウと腹が鳴る。

 今度は俺の腹だった。

 それを聞いたガーレイオンは食べさしの携帯食をじっと見てから、


「師匠も半分食べて」


 と差し出す。


「ありがとうよ。とはいえ、酒も無しに飯だけ腹一杯食ってもしょうがないしなあ。そいつはおまえが食ってくれ」

「そうなの?」

「酒飲みってのはそういうもんだ」

「そういえば、爺ちゃんも飲むときに甘いもんはいらんって言って、よくビスケットくれてた」

「そうだろう」

「でもあのとき、雪が続いた日で、食べるもの無かったときだった。ほんとは爺ちゃんも食べたかったのかも。師匠もいっぱいあったら食べてる?」

「そうなあ、食べるかもなあ。でも自分が食べたい気持ちより、おまえに食べさせたい気持ちの方が強いんだよ。きっと爺ちゃんもそうだったのさ」

「どうして?」

「どうしてかなあ、理由はよくわからんなあ」

「ふうん」

「でもな、そうしたいと思う相手が、一人でも二人でも居てくれると、こっちもそれだけで幸せな気持ちになるんだよ、だから多少の空腹なら気にならないのさ」

「僕ね、師匠のとこに来てから毎日幸せでびっくりしてる。エットも言ってたけど、師匠と一緒に居ると毎日楽しい」

「そう言ってくれると、俺も幸せだな」

「ほんと!? よかった!」


 ガーレイオンはそう言って笑い、残りの携帯食をうまそうに平らげたのだった。




 イケてる女紳士のリルはだいぶ先行しているようで、五階まで降りてきてもまだ追いつかない。

 三階まで先行しているクロミちゃんもまだ発見していないようなので、あるいは途中で道をそれて追い越した可能性もある。

 たいして広くはないが、迷路状になってるのではぐれた相手を探すのはなかなか困難だ。

 内なる館には間諜虫なんかのストックがあるので網羅的に探索できるんだけど、今は使えないからな。

 こんなことなら、彼女にもなにか端末の一つでも持たせておくんだったな。

 とはいえ、向こうがこちらに一線引いて、必要以上になれ合わないようにしているようなので、グイグイ行きづらいところはある。

 俺の百戦錬磨のナンパスキルをもってすれば、ごり押しできそうな程度にはチョロいリルだが、彼女はまだ若いし、紳士としての自負もあるだろう。

 そういう部分も大事にして上げるのが、できるナンパ中年の心意気という物なのだ。


「師匠、なんかあっちから気配を感じない?」


 急に立ち止まったガーレイオンが通路の一方を指さす。

 そっちは出口とは違う方向で、マップによると突き当たりに一つ、魔物のでる小部屋があるはずだ。

 ここの魔物は通路には出ないようなので、今のところ遭遇していないが、部屋の中なら魔物がいてもおかしくない。


「うーん、俺にはさっぱりわからんが、どうする、いってみるか?」

「なんか、戦ってる音もする! リルかな?」

「まあ、その可能性は高いな」


 ガーレイオンの案内で気配のする方に向かうと、半開きの扉の向こうでリルが見たことのない敵と戦っていた。

 質感的に木人形タイプのガーディアンだとは思うが、蜘蛛のようなボディに六本の足と二本の腕で、巨大な長刀を振り回している。

 体長は二メートルはあるだろうか、五メートル四方の部屋の中ではとても威圧感がある。

 よく見ると体がひとかたまりなので、蜘蛛と言うよりダニかな。

 そうおもうとなんか背中がかゆくなってきた。


「リル、手伝おうか!」


 ガーレイオンが声をかけると、リルは振り返りもせずに答える。


「だーめ、こいつは私の獲物よ、そこで見てなさい」

「わかったー!」


 子供の手伝いじゃないんだから、そんな返事もないのではと思わんでもないが、子供の手伝いではあるのか、まあしばらく様子を見よう。

 リルは自信があるだけあって、それなりに強いようだが、こうして間近で戦ってるところを観察すると、素人の俺から見ても、一流と言うほどではないと思える。

 たぶん、セスやクメトスあたりなら、余裕を持って彼女をあしらえるだろう。

 動きが泥臭いというか華がないというか、要するに我流なんだろうな。

 たたき上げの冒険者なんかに多いタイプだ。

 ただ、場数は踏んでいるようで、戦い方に危なげはない。

 今も敵の足を一本砕いて、動きを止めた所だ。

 その隙に蜘蛛だかダニだかわからんやつの背中に飛び乗り、剣を突き立てた。

 敵は当然もがくが、リルは背中に突き立てた剣を握りしめて離さない。

 よくあんな所に張り付いていられるなと感心してたら、ガーレイオンが突然叫ぶ。


「あぶない、後ろ!」


 俺の目では捕らえられなかったんだけど、後ろ足か何かがぴゅっと伸びてきてリルの背後から襲いかかったようだ。

 ガーレイオンの声に反応したおかげか、紙一重でかわすが、足にわずかにかすって剣を手放し、振り落とされてしまう。

 それを見たガーレイオンが俺の方を振り返る。

 助けに入りたいけど行っていいのかわからないって顔だったので、すかさず行けと命じる。

 うなずくと同時に飛び出したガーレイオンは、一足でダニの顔面の真下まで飛び込む。

 それを迎え撃とうと長刀を振りかざす動きより速く飛び上がると剣を一閃、ダニ野郎は体の半ばまで切り裂かれていた。

 飛び上がったガーレイオンはそのままの勢いで天井を蹴り、反対側で倒れたリルの前に降り立ち、リルをかばうように剣を構える。

 まあ、速すぎてよく見えてなかったんだけど、ワンテンポ置いて、ダニ野郎はドーンと地に伏した。

 敵が動かなくなったのを見届けると、ガーレイオンはリルを助け起こす。


「大丈夫?」

「あたた、大丈夫じゃない! 手を出さないでって言ったでしょ」

「で、でも……」

「なんで助けるのよ、まったく」


 そう言って、腰をさすりながら立ち上がるリル。


「だって、仲間だし」

「仲間じゃないでしょ!」

「え、違うの!?」


 困った顔のガーレイオンを見て、情けない顔をして固まるリル。

 どっちもお子様だなあ。

 仕方ないので、大人の俺が取り持とう。


「ガーレイオン、よくやったな。リルも大丈夫か?」


 と声をかけると気まずそうにこちらを見る二人。


「し、師匠……リルが仲間じゃないって、僕、嫌われることした?」

「ははは、何を言ってるんだ。リルは最初から仲間じゃなくて、ライバルの紳士だろう」

「あ、そうだった。じゃあ、やっぱり助けちゃダメだった?」

「ライバルでも友達だろう、だから困ったときは助けなきゃダメに決まってる」

「う、うん、友達……だよね?」


 ガーレイオンが恐る恐るリルの方を見ると、こちらはますます困った顔で、


「そ、そうね、友達は……友達よ。だから、その……助けてくれて、ありがとう」

「うん! よかった、リィコォがいっつも僕が変なことするって怒るけど、今は師匠が行けって言ってくれたのに、それでも失敗してたらどうしようってドキドキした」

「だ、大丈夫よ、別に変じゃないから。それにしてもあんた強いわねえ」

「最近、フルン達と毎日修行するようになって、すっごい腕あがってる! あのね、魔力無駄遣いしすぎだってエディに教わって、あとセスがもっと力抜けってのも、それから……」


 安心して饒舌になるガーレイオンを見守っていると、今倒したダニ型ガーディアンが消え、代わりに宝箱が出てきた。


「あ、宝箱でた! リルあけて!」

「何言ってんの、倒したのはあんたでしょ」

「でも……」

「じゃあ、一緒にあけよっか」

「うん!」


 などと言って二人が仲良く開けると、中から例の楔型の鍵が出てきた。

 しかも二つ。


「あ、二つある! なんで?」


 両方手にして首をかしげるガーレイオンの頭にポンと手を置く。


「そりゃおめえ、二人で協力してやったから、半分こできるように二つくれたのさ。女神様もちゃんと見てるんだよ」

「そっか、よかった、じゃあ、これ一つはリルの分」


 といって渡す。


「あれ、でもフルン達とやってるときは、一個しかでないよ?」

「そりゃあ、俺達はおんなじパーティだからな。その代わり、塔をクリアしたときの四角い判子は三つでるだろ」

「あ、そうだった。女神様、ちゃんとわかってるんだ」


 そう言ってニコニコするガーレイオン。

 とりあえず機嫌は直ったようで良かった。


「こりゃアレだな、各階の残り一個の鍵はこっちの空間で倒すんだろうな」

「じゃあ、他の階にもあるってこと?」


 とこちらも落ち着きを取り戻したリル。


「そうだろうな」

「だったらさっそく他の階にも行ってみないと」

「その前に、元に戻る方法を探すのが先だろう。おまえの仲間も心配してるぞ」

「そっか、っていうかあんた達はどうやって来たの? 他の人は?」

「あの変なウネウネ経由で飛んできたんだよ。どうやらあれは紳士だけが通れるゲートみたいなもんらしいな」

「それじゃあ……」


 しゃべりながら移動の準備をしていると、なにか異様な気配を感じる。

 こいつはアレだ、アヌマール。

 いい加減、慣れたとは言えこのメンバーだとまずいんじゃなかろうか。

 ガーレイオンはさっきも見たように正面から戦えば相当強いが、アヌマールは謎の結界で身を守っているので、力押しのできる相手ではない。

 リルも戦士系なので、魔法の扱いは駄目そうだ。

 俺に至っては言うまでも無い。


 と言うわけで、扉から外の様子をそっと伺うが、見える範囲には居ないようだ。

 ここは突き当たりの部屋なので、追い込まれる前に逃げだそう。

 二人に作戦を伝え、あわてて扉から飛び出した瞬間、またこけた。

 いや、いくら何でもこけるようなとこ無かっただろう、と足下を見ると、右足から伸びた細い腕が左足をつかんでいる。

 そうかそうか、パルクールの野郎、やりやがったな、あとで覚えてろよと心の中で毒づきながらゴロゴロと固い地面の上を転がる俺。

 ヤレヤレとほこりを払いつつ起き上がると、そこはまた、混乱状態の日本の道路の上だった。

 ほんとヤレヤレだぜ。

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