第539話 第五の試練 その十三
塔の一室に現れたのは、変な物だった。
「ね、変でしょ、あれ」
俺の腕を引いたエットが指さした物は、なんというか丸っこくて、うねうねした糸状の物が絡まり合ったもので、イトミミズが丸まったやつみたいというかそういうキモさがある。
もっとも色の方は金と銀のまだら模様でギラギラと輝いており、うっすら透けているようにも見える。
何より変なのは、塊の中央に浮かぶ四角い領域で、どの方向から見ても正方形の板にみえるのだ。
常に板ポリゴンがカメラの方を向くビルボードみたいな感じ、と言うたとえはわかりづらいだろうか。
その正方形は真っ白に輝き、うっすらと格子状のメッシュで将棋盤のように区切られており、一つ一つのマス目が明滅している。
「たしかに、変だな」
どうせなら、こんなキモいのじゃなくて、おっぱいが無数にあるとかそういう方向の変わったアレにしてほしかったなあ、などと遠目に眺めていたら、息を切らしたガーレイオンが俺に気がついて駆け寄ってきた。
「師匠、たいへん!」
「たしかに、たいそうへんなものだが」
「そうじゃなくて、たいへんっ! リルが吸い込まれちゃった!」
「吸い込まれたぁ!?」
そりゃたしかに大変だ。
吸い込まれたって、アレか、丸呑みか?
触手もののエッチな漫画とかにはそういうのがあると聞いたことがあるぞ。
「いやおめえ、吸い込まれたって、どういうこと?」
「わかんない。食べられたのかと思って助けようと攻撃してたけど、かすりもしない、やっつけようにも剣がすり抜ける!」
エットが俺を呼びに行ってる間に吸い込まれてしまい、助け出そうと、ずっと攻撃してたらしい。
しかし、あたり判定もないのか。
まあ透けてるしな。
改めてみると、大きさは直径一メートル程だろうか、人が飲み込まれるにはちょっと厳しそうなサイズにみえる。
「アレってどうしたんだ? 突然現れたのか?」
「うん、ここの敵倒したらでた」
「攻撃とかされた?」
「されてないけど、一緒に見てたリルが吸い込まれた」
吸い込まれたのはリルだけのようで、彼女の従者は突然リルが消えたことで混乱している。
そちらには話を聞けそうになかったので、代わりに説明を求めると、スポックロンがしゃしゃり出てきた。
「記録映像を確認しましたが、何かのフィールドに包まれて、あの未確認生物に吸い込まれたようです。まだ解析結果が出ていませんが、現象としましては、ゲートや内なる館に入るときと似ていますね」
「そうなのか、ということは……、どういうこと?」
「ご主人様や女神の力に類する作用が働いているとなると、この試練の塔のギミックの一部ではないかと考えられます」
「つまり、あれに吸い込まれることで、隠し空間的なのに移動したってことか?」
「それも一つの見解ですね。単にあそこに封印されている可能性もあります」
「じゃあ、あれか。とりあえず俺達も吸い込まれてみるか」
「おや、ご主人様にしては積極的な」
「だっておめえ、リルが吸い込まれたんだろう」
「では、決死隊を募りましょう」
「物騒だな」
「ご主人様をいきなり吸い込ませるわけにも参りませんから、当然でしょう」
「そうは言ってもなあ」
優柔不断な俺が悩んでいる間に、スポックロンがさっさと決死隊としてクロックロンを十体ほど接触させてみたが、触れることさえできなかった。
困ったな。
「クリュウ様、リルは大丈夫なのでしょうか」
リルの従者イムルヘムが、途方に暮れた顔でそう尋ねる。
無論、答えなどわかろうはずもないことは、俺達の様子を見ていればわかるだろうが、それでも聞かずにはいられないのだろう。
アヌマールにもなっちゃったことのあるイムルヘムは、自身がアヌマール化したときよりも苦しそうな顔をしている。
従者が主人に寄せる親愛の情は、肉親のそれに負けずとも劣らぬ深い物があるので、彼女の心配は相当な物だろう。
「なあに、彼女のことだ。心配はいらないさ」
俺が根拠もないのに調子のいいことを言うと、イムルヘムの表情が少しだけ柔らかくなったようだ。
それにしても困ったな。
困ってるか浮かれてるかしかない俺の人生において、困ってる問題はなるべく先送りすることで浮かれタイムを延長するスタンスなんだけど、いかんせんかわいこちゃんが絡む問題となると先送りしづらいという感じがあって、いかんとも。
「ねえ、師匠、どうするの! クロックロンじゃダメみたい!」
しびれを切らしたガーレイオンが俺の腕をつかんでブンブンゆする。
師匠としては心苦しいが、俺もナンパしか能の無い平凡な中年男性だから、こんな状況で的確な行動をとるのは難しいんだよ。
追い込まれてやけになった中年男性のとるべき行動はただ一つ、当たって砕けろだ。
「こりゃあ、あれだな、きっと紳士しか通れないみたいなやつだ」
「そっか、わかった。じゃあ僕がいってみる!」
「あ、こらまて」
俺の制止も聞かずに突撃したガーレイオンだが、金銀のうねうねボールをすり抜けるだけだった。
「師匠、だめみたい!」
そう言って俺の手を引っ張るガーレイオン。
仕方あるまい、まああれだ、多分俺が触っても多分素通りするだろ。
がんばったけどダメだったという結果が、俺という駄目な中年のささやかなメンツを守って……、
「ほら師匠、はやく!」
「あ、ちょっとまて、まだ心の準備が!」
男装美少女の怪力にかなうはずもなく、ぐいぐい引っ張られた俺が謎物体の前に来ると、一瞬激しく四角い板部分が明滅する。
あまりのまぶしさに目を閉じ、恐る恐る目を開くと、そこは元の場所だった。
いや、ちょっと違うな。
部屋の造形はそのままだが、目の前の謎物体は消え去り、周りにいた従者達もおらず、俺の他には、隣で手を引いていたガーレイオンしかいなかった。
「え、なに、どうなったの? みんなも消えちゃった!?」
「ははは、ガーレイオン、こいつはあれだ、みんなが消えたんじゃなくて、どうやら俺達が消えたようだぞ」
「どういうこと?」
「つまり、うまくいったと言うことさ」
「やった、さすがは師匠!」
無邪気に喜ぶガーレイオンの頭をなでつつ、ため息をつく俺だった。
さて、うまく吸い込まれた、いや吸い込まれたという表現が合ってるのかどうかはわからんが、たぶんリルと同じ状況になったと考えていいだろう。
周りにやばそうなやつがいないことを確認したので、まずは状況分析だな。
大前提として、ガーレイオン以外誰もいないと言うことは、俺の危機対処能力は限りなく低いと言うことだ。
装備としては、いつものハイテク装備に、愛用のコルトという名の銃にビームサーベル。
ポケットの手乗りガーディアン、クロミちゃんもいた。
こいつがいると言うことは、手をつないでおけば、みんなついてこれたんじゃなかろうか。
まあいまさら言っても始まらんが。
内なる館は入れなかった。
たまにそういうことがある気がするので、一応最低限のものは身につけて行動している。
携帯食と水筒の残量を考えると、半日以内に戻りたい所だ。
次にARメガネを装着したところ、オフラインとでた。
つまり、他のロボット連中やサーバ機能を持つノードなどと繋がっていないと言うことだ。
試練の塔は電波的に断絶されている事があるので、別途中継用のハブを用意して探索してるんだけど、それとも繋がっていないと言うことは、別空間的な所に飛ばされたとみていいだろう。
「ここ、さっきと違う場所なの? 見た目同じだけど」
俺が黙々と状況確認する様子を黙ってみていたガーレイオンだが、我慢できずにそんなことをつぶやく。
「たぶんな、そっくりそのままの別の場所にとばされたと考えるのがいいだろうなあ」
部屋の中は空っぽだったが、一通り調べて回ると、壁に落書きがあった。
落書きというか、どうやらリルが残したメモらしい。
出口に向かう、リル。
と木炭のペンかなにかで簡潔に書かれている。
まあ、妥当な判断だろう。
俺達も後を追うか。
警戒しながら扉の外を覗くが、やはり何もない。
「クロミちゃん、ここのマップは覚えてるよな」
「オウ、バッチリ」
「よし、先行して出口までのルートを確認してくれ。途中リルに出会ったら俺達を待つように言ってくれ。とその前に、通信が通じるか確認しておこうか」
試したところ、同じ室内なら完全に通じるが、閉じた扉を挟むと途端に接続が弱くなる。
中継無しだと階を隔てると繋がらなくなるかもしれない。
「ダッタラ、数ヲ増ヤセ」
「数?」
「ガーレイオンノヤツヲダセ、ホレ、デロ」
クロミちゃんがガーレイオンの肩に飛び乗り、肩の丸いパーツをつんとつつくと、中から卵形の小型ガーディアンが全部で六体出てきた。
ただの肩当ての飾りかと思ってたよ。
「すごい、僕にも子分ができた!」
「コブン、コブン!」
「やった!」
喜ぶガーレイオンにどうせなら名前をつけてやれと提案すると、
「わかった、師匠はどうやってつけたの? あ、クロって師匠の名前からとったって聞いた気がする」
そうだったっけ、違ったような気もするがまあいいか。
「じゃあ僕も、ガー、レ……、イオン、イオンってどう?」
なんかそこはかとなく馴染みのある名前だな。
「まあいいんじゃないか」
「じゃあ、おまえ達の名前はイオンだ、イオン一から六号、整列!」
「セイレツ!」
ぴょこぴょこと卵形のミニガーディアンがガーレイオンの前に並ぶ。
「じゃあ、えーと、どうするんだっけ?」
「先行するクロミちゃんとの連絡が途絶えないように、適度に分散して中継するんだ」
「わかんないけどわかった、じゃあそれやって!」
「リョウカイ!」
さて、仕込みも終わったし、そろそろ行動するか。
それにしても腹減ったな。
そういや昼飯で撤収するところだったなあ。
腹が減りすぎる前に行動食をかじりつつ、ひとまず出口を目指すことにしたのだった。
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