第538話 試練B面 その三

 またまた突然脈絡なく飛ばされてきたわけだが、転んだらワープする能力者なのか、俺は。

 とりあえず冷静に状況を思い出す。

 そうだ、寿司。

 寿司を食おうとして、なんか騒音がしてずっこけたんだった。

 コンマ五秒で意識を切り替えて、寿司が食べたい男になる。

 この切り替えの早さこそができる男の証だ。


「大丈夫です?」


 女巡査の島津氏は俺に声をかけながら、外の様子を確認しているが、今の俺は寿司食べたいマンなので寿司が食べたいのだが、食べられてないので大丈夫じゃないのだ。


「皇国浄化団の暴動でしょうか、今日は集会があるという話でしたが。でもあれは長居公園だったような……」


 なんか物騒な団体名が出てきたが、過激派の類いかな。

 あっちもこっちもそんな連中ばっかりなんじゃねえだろうな。


「いや、御堂筋で重機が暴走したとの報告です。ここのすぐ裏手のようです」


 これはメカメカしい外観がかっこいいロボット軍人のバジ大尉だ。


「大変、応援に行かなくて大丈夫かしら」

「あなたは現在、こちらに出向中なので必要ありませんが、無視して食事というわけにも行かぬでしょう。黒澤さんも、それでよろしいか?」


 俺じゃなくて、学者先生に聞くべきじゃないのかと思わんでもないが、そこはまあいいや。

 寿司が遠のくのでよろしくないけど、ダメだと言うわけにもいかないので、渋々俺達は寿司屋をあとにした。

 朝の御堂筋を少し南に下ると、国道一号線と二号線の境目あたりで轟音と共に土煙が巻き上がっていた。

 地下道の工事をしていたロボットが、暴走して地面をぶっ壊しながら穴を掘りまくっているらしい。

 そのせいで道路は渋滞するわ、警官や野次馬は集まってくるわで大変なことになっていた。

 というか、俺達もただの野次馬では。

 何しに来たんだ?


「応援は時間がかかるようですね。島津巡査、あなたは二人の警護を。あちらは私が行って無力化します」


 そういってメカメカしい大尉殿は、外装の金属っぽい部分がガシャポンと少し変形して、よりマッチョなスタイルになった。

 なんというか昭和の特撮風の外見なんだけど、リアルなブリキロボットっぽさもあって、落ち着いた中性的なボイスとのギャップがセクシーだな。

 などとのんびり構えていたら、土煙の中に飛んで行ってしまった。

 その間にも、空飛ぶパトカーがいっぱい集まってきてサイレンを鳴らしながら上空を旋回してるし、訳のわからんプラカードを掲げた活動家っぽいのも増えてるし、物騒すぎる。

 日本はいったいどうなってしまったんだ。

 こんなのは俺の故郷じゃない、もっとこう、長びく不況でくたびれた感じの日本を返してくれ。

 みたいなことは別に思わないんだけど、空飛ぶ車はかっこいいので一台欲しいなあ、普通免許で乗れるのかな、うちがなくなってても車庫証明とか大丈夫だろうか、そもそもローン組めないんじゃ、みたいなことを考えてたら、俺達を警護してるはずの島津巡査が、スーツ姿の女性に腕を引っ張られていた。


「静ちゃん、あんたまたなんかしでかしたの? 今朝、連合軍のお偉いさんが来て」

「またってなによ、ちょっと宇宙人の護衛を」


 こちらをチラリと見てから、耳元をポンとタップすると、二人の会話が聞こえなくなった。

 なんか会話をキャンセルする装置かな。

 そのまま距離をとってひそひそ話している。

 聞かれて困る話に聞き耳を立てる趣味はないんだけど、今一人の同行者、ファジア博士はしかめっ面で手持ちの端末をいじっているし、土煙に飛び込んでいったロボット大尉は戻ってこないしで、暇を持て余していたら、周りに大勢いる野次馬連中のスマホが一斉になる。

 ついで建ち並ぶビルの屋上付近が一斉に光り出し、警報が鳴り響いた。


「未確認の艦船が接近中です。市民の皆さんは、慌てず最寄りの頑丈な建物や地下街に避難してください。繰り返します……」


 放送と同時に、いくつかのビルの屋上からバリバリと稲妻が走り、空にバリアっぽいものが張り巡らされた。

 うっすらとシャボン玉のような虹色の幕が広がり、あたりが少し暗くなると、周りの人々はパニック一歩手前で四方八方に走り始めた。

 うわー、やっぱり元の日本がよかったなあ。

 などと人ごとのように空を眺めていると、手元の端末から目を離した考古学者のファジアが、話しかける。


「通知メッセージも満足に読めないと端末なんて使い物になりませんね。何かあったんですか」

「よくわからんのですけど、未確認の船が近づいてるから避難しろとかいってますね」

「ああ、宇宙海賊ですかね。少し前に掃討戦があったので、その生き残りでは?」

「宇宙海賊? そんなのが出たんですか」

「ご存じない? 木星にいた頃もニュースになってましたけど」

「いやあ、つい先日までこっちにいなかったもんで。それよりも避難した方がいいんですかね」

「どうでしょうか、こういう所のシェルターって、よそ者は居心地が悪いというか。有事の際は領事館に駆け込むものですが。そういえば先ほどの大尉さんはどちらに? 軍で保護して貰うのが一番かと」


 どうやら、翻訳も効かない端末ばかり見ていて、あんまり状況を把握してなかったようだな。

 今はいないと伝えようとした瞬間、上空で閃光がほとばしり、鈍い爆音が響き渡る。

 見たくないんだけど仕方ないので見上げると、暗赤色に鈍く光る流線型の大きな宇宙船が、船体のあちこちからどす黒い煙を吹き出しながらかなり高いところを横断している。


「なんだありゃ、船までアヌマールになったのか?」


 ぼそっとつぶやくと、耳ざとく聞きつけたファジア先生が、


「おや、ずいぶんと珍しい単語をご存じで。古代黒竜伝説にまつわる伝承ですね。やはり宇宙考古学に相当造詣が深いのでは?」

「いやあ、そういうわけでも」

「ですが、今見えているあれは一部の宇宙海賊固有の遮蔽装置が崩壊したときに見られる現象だと思われます、いわゆるペレラールの舟憑きと同じものではないかと言われていますが、そちらは詳しくないのでなんとも」


 などとのんびり話していたら、島津巡査が血相を変えてとんできた。


「何ぼんやりしてるんですか、早く避難してください!」


 と叫びながら、俺達を最寄りの地下街に引っ張り込もうとするんだけど、すでに階段はひどい人混みで、かえって危ない。

 警察署に戻ろうと言うことになったんだけど、それはそれで難しい。

 上空ではいつの間にか飛んできた戦闘機が三機ほど宇宙船の周りを取り囲んでいる。

 戦闘機の種類とかわからんけど、遠目に見た感じ、自衛隊とかが使ってそうなやつに見えるな。

 垂直尾翼が二枚あってかっこいい。

 どこから飛んできたんだろうなあ、自衛隊の基地って東北とか九州にあるイメージだけど。

 などと考えつつ、島津巡査に手を引かれながら人混みをぐいぐい進むが、ビルの中から出てきた人も合流して、にっちもさっちもいかなくなってしまった。

 こんな時、あっちの世界ならピカッと光って混乱を収めるところだけど、こっちじゃ効果無いだろうなあ。

 いざとなったらパルクールでも呼び出して丸く収めた方がいいんだろうか。

 でもこっちの状況ってまだなんもわかってないんだよな。

 なんでビルの屋上にバリアが付いてるんだよ、そんな日常的にドンパチしてる社会だったのか?


「んもう、宇宙海賊とやり合えるわけないのに」


 グチっぽくつぶやいた島津巡査だが、俺と目が合うと慌ててごまかした。


「と、とにかくここは危険なので、急いで避難を」

「そうはいっても、動けないでしょう、これ」

「それでもどうにか動くんですよ!」


 無茶言うなあと思いつつ、押しの強いご婦人にノーと言わない男なので、がんばって進む。

 そういやメカメカしいロボット大尉さんはどうしたんだろうな。

 性別もわからない感じの外観がかっこいいんだけど、ロボットは大抵ご婦人な気がするので確定するまではそういうつもりで接していきたいなあ。

 あーもうはやく寿司が食いたい。

 俺は寿司が食いたいだけなんだ。

 ナンパもちょっとだけしたいけど、こっちじゃ寿司だけでいい。

 いや、うまいビールとかも飲みたい。

 この先の食堂街にはうまいベルジャンホワイトの飲める店があったよな。

 まだあるかな。

 老舗のビフテキでもいいなあ。

 朝はしまってたっけ?

 くそう、なんでもいい、うまいもんだ、うまいもんを食わせろ。

 現実逃避するかのように自分の欲望と向き合ったからと言って、状況が良くなるわけでもなく、改めて空を見ると宇宙船がビームみたいなのをまき散らしていた。

 熱そう。

 時折地上をかすめるとバリアにはじかれてエグい色を発している。

 戦闘機の方もたまにかすってるようだが、こちらもバリアみたいなのではじいてるな。

 ちゃんと装備がアップデートされてるのか。

 とはいえ、やっつけるほどの攻撃力があるわけでもなく、そもそもミサイルの一発も撃ってないあたり、自衛権がどうこう、みたいなのが宇宙人相手にも効いてたりするんだろうか。

 でもすでに攻撃されてるよな。

 大丈夫なのか、がんばれ自衛隊。

 空を見上げて応援してたら肩がこってきたので首をぐりぐり回していたら、パキッと音がするのと同時に、ガゴーンッと馬鹿でかい音がして一瞬首が折れたかと心配してしまったが、どうやら地下街でなにか爆発したらしい。

 下に逃げてた人は大丈夫なんだろうか。

 やっぱり俺がなにか不思議パワーを発揮してぱっと解決を……、と思った瞬間。


(余計なお世話よ、黙ってみてなさい!)


 突然甲高い女の声が頭のてっぺんから脳内に響く。

 声の主を探して空を見上げると、小さな光点がみるみる近づいてくる。

 小さくてよくわからんが、丸っこい宇宙船だ、たぶん。

 そいつが四本の光る触手なような物を伸ばしたかと思うと、網目状に絡み合い、あっというまに宇宙海賊の赤い船を包み込んでしまった。

 同時にわっと歓声が沸き起こる。


「あれは四つ足! いつ地球に戻って……」


 歓声が沸き起こる中、一人だけ恨めしそうな顔で四本足の宇宙船を見つめる島津巡査。

 っていうかアレって、あれだよな。

 前に黒竜退治の時に判子ちゃんがもってきたやつ。


「あれがカームの言ってたペレラ・エンツィなんかな」


 思わずつぶやくと、日本語でつぶやいたにもかかわらず、ファジア先生が反応する。


「いまエンツィっていいました!? あれってペレラール・ナイトなんですか! あなた、何を知ってるんです!!」

「ちょ、ちょっとまっておちついて」

「これが落ち着いていられますか!」


 興奮するファジアからのがれようと車道に逃げ出すと、足下の道路が揺れて突然ひび割れができる。

 俺にしては珍しい完璧な反射神経でよけたものの、やっぱりよろめいて転んでしまう。

 そんな俺の腕をつかんで起こしてくれたのは、エットだった。


「ご主人様、転んでる場合じゃない! いそいで!」


 またこのパターンか。

 俺ほどの色男になると、安易に転ぶこともゆるされんようだなあ。

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