第537話 第五の試練 その十二
夕べは辛気くさい話から逃避しようと深酒したせいで、今朝は実にグダグダな状態で試練に挑んでしまった。
「今日もまた格別、頼りないツラをしておるな」
とのカリスミュウルの指摘ももっともだし、真剣にやってる従者やライバル紳士にも申し訳ないという気持ちがないわけでもないんだけど、そもそも二日酔いは薬で抜けてるので、単にやる気が無いだけだと言えよう。
「そうは言ってもなあ」
「ま、気持ちはわからんでもないがな。訳のわからん相手に命を狙われるというのは、な」
まあ、それなんだよな。
何が悲しゅうて、恐ろしい殺し屋にまで狙われなければならないのか。
ナンパばかりするのがそんなにいけないことなのかと、世界中に問うて回りたい気持ちでいっぱいだよ。
「王侯貴族とかって、割と頻繁に命をねらわりたりしてそうだけど、どうなんだ?」
「そうだな、国王である叔父上も、即位の前は一時期身の危険を感じて苦労したことがあったそうだ。豪胆な叔父上でも当時は心労で日夜胃が痛んだと言っておったな。しかも当時はそんなそぶりを見せるわけにもいかぬ立場だったのだから、なおさらであろう」
大変そうだなあ。
もう、すべてを投げ出して引きこもってしまえばいいのではないかと思わんでもないが、そうするとナンパできないしな。
まあ、ナンパできなければ、すでにナンパした従者のアフターフォローでもしておこうと新人三人のうちの一人、小柄でおしゃべりな戦士ホロアのバドネスに声をかける。
ちょうど交代で休憩しているところのようだ。
三人は今も毎日修行箱で厳しい修行に励んでいるのだが、俺はもうサボっている。
サボっても何も言われないのがちょっとアレかなと思わないでもないけど。
「それで、調子はどうだ?」
「うーん、手応えはあると思うんだけど、昨日も訓練中にガツンとやられちゃって。教官は訓練で何度も死にかけておけ、本番ではできぬ経験だ、とか言うんだけど」
教官とは魔界出身の騎士ラッチルのことだ。
「まあ、彼女はベテランだからな。魔界では新人教育もずいぶんと手がけてたそうだし、信じてついて行けば大丈夫さ」
「それはそうなんだろうけど……」
と何か言いよどむ。
これはあれか、修行に不安を感じてるとかじゃなくて、俺がサボってるので一緒に修行したいアピールかなと都合よく解釈してみる。
「そういや、殺し屋がどうこうって話は聞いてるか?」
「うん、今朝のミーティングで。心配だよね」
「だよなあ、俺も怖いから、もうちょっと修行にいそしむか」
「ほんとに? それがいいと思う。ご主人様がいると、教官もちょっと張り切りすぎるみたいだけど」
「ははは、じゃあ俺も気合いいれんとな」
「うん、私も次の戦闘行ってくる!」
小柄なのにムチムチなバドネスは、ショートウェーブな黒髪を揺らしながら、ドロップ狙いで周回中のレーン達のパーティに加わるべく走って行った。
その後、六階の鍵を七つ見つけて七階に上ると、イケてるリルのパーティと遭遇した。
「あら、もうここまで上ってきたの? 鍵はどうだった? やっぱり七個?」
朝晩うちで飯を食っている彼女とは鍵穴情報を共有している。
最初は渋っていたが、結局毎日顔をつきあわせてるので、いまさら遠慮するような仲でもないみたいなステップに入ってるといえよう。
「ああ、七個だったな。そっちはどうだ?」
「こっちも八階の七個目が手に入ったから、休憩がてら、いったん戻って検討しようかってとこ」
「七個入れても変わりなかったか」
「ないわねー、八個目が九階にあるのかしら? あそこ何もないのよね、敵も出ないし」
「そうみたいだな」
「王様がうろうろしてるのってそのせいかしら。そういえば、ブルーズ君とか、坊様とかってどうしてる? あんまり見ないけど」
「二人とも七階じゃなかったっけ? その辺にいると思うけど」
「そうなんだ、あんたまだ回るの?」
「もうちょっとね」
「じゃあ、ちょっとついてってみようかしら。何か変化があるかもしれないじゃない」
というわけで、ぶらぶらと一緒に回ることになったわけだが、従者に完全丸投げな俺の紳士スタイルにリルはあきれたようだった。
「あんたって、ほんとにちっとも戦わないのね」
「だって俺が前に立っても足を引っ張るだけだろうが」
「それでも立場ってもんがあるでしょう。あんたってさあ、紳士をなんだと思ってるの?」
「さあ、なんなんだろうな」
「試練に何しに来てるのよ。紳士たるもの、内なる声に向き合い、おのが宿命を受け止め、外なる女神に問いかける、その行為こそが試練でしょうが」
「まじで、初耳だわ」
「ハンコ押す紙を貰うときに、神殿で長々と聞かされなかった?」
「あー、なんか長い説教だなあと思ってうたた寝してた」
「ほんとに? あの神官の人、私があくびしかけたらすっごいにらんできたんだけど、怒られなかった?」
「さあ、どうだったかなあ」
まったく記憶に残ってない俺の代わりに、いつの間にかこっちに戻ってきていたレーンが弁明してくれた。
「もちろん、ずいぶん機嫌を損ねていらっしゃいましたし、うちのメイド長が見かねてご主人様の尻をつねったりしておりましたが、ご主人様の尻の皮はたいそう分厚く、面の皮はその十倍分厚いので効果がありませんでしたね。もっとも、その後たんまり寄付しておきましたので、たちまち神官殿も機嫌をよくしておられましたよ」
「それでいいんだ。あんたも僧侶よね、うちのとはずいぶんスタンスが違うのね」
「従者の性格などと言うものは主人に影響されるもの。いわば主を映す鏡ですから」
「それはあんた達を見てればよくわかるわ」
「そもそも、内なる声に向き合い云々という一説は、紳士カヤキの生涯を記したカヤキ伝の一節からとられているのですが、近年の研究ではあれは偽書ではないかという説が濃厚で、カヤキの実在さえも疑われております。そのような曖昧な言説に我が主人が縛られるというのも滑稽な話でありますから、今まで通り伸びやかに試練に挑んでいただきたいと願うばかりですね」
リルはレーンのいい加減な話に感銘を受けるでもなく、その話題に飽きてしまったようだ。
別班で行動していたフルンやガーレイオンも七階に上ってきたので、そちらについて行ってしまった。
コミュニケーション失敗というやつだな。
「リル殿は、紳士の有り様に関してご主人様とは違ったビジョンを持っているようですね」
「そりゃまあ、みんなそんなもんだろう。おまえ達だって完全一致してるわけじゃあるまい?」
「無論、それはそうなのですが、リル殿の場合、紳士とは唯一のよりどころなのでしょうね」
「そうかな」
「逆にご主人様の場合、紳士という肩書きがなくても、せいぜいナンパで一苦労増えるかな、ぐらいの認識でしょう」
「そうかな」
「さて、あくまで私の見立てですから。ただ、紳士の従者たるを本懐とするホロアの私がみるに、紳士の主人としての本質、いえ、本質はちょっと言い過ぎですね、魅力、としておきましょうか。紳士の魅力とはその包容力にあると言えるでしょう。性格にせよ能力にせよ、それはご主人様自身の気質によるものです。一方、リル殿は紳士であること、それ自体には価値を見いだせなかったのでしょう。その代わりに、紳士を社会に対する表出と見ている様子。言い換えるなら……」
「肩書きってことか」
「そうです。よって欲するものはホロアマスターたる称号であり、それによってもたらされる名誉です。ご主人様が必要としないものだけが彼女のすべてだといえましょう。多くの人間にとって、それは至って普通のことですが、こと紳士というものの有り様を考える場合は……苦労も多いでしょうね」
まあ、生まれてすぐにいらない子扱いされた人物の心情を想像するのは難しいもんだ。
じゃあ、他の紳士はどうだろう。
カリスミュウルは、一人で立とうとしてうまくいかずに、俺と一緒に生きることを選んだんだろうが、それは紳士である自分を捨てたわけではない。
彼女の場合はそれ以外の、例えば王族としての立場を捨てたのだ。
つまり肩書きを捨ててでも、紳士たらんとしたと言える。
ガーレイオンはどうかな、まだ生き方に悩むような年齢じゃないだろうが、たぶん亡くなった祖父を目標にがんばってるんだろう。
亡くなった祖父の生き方、あるいはその偶像として、おっぱいを求めていると言えるのかもしれない。
理想のボインちゃんをゲットした時に、自分の生き様をどう規定できるか、までを見守ってやるのが師匠の務めだろうな。
他の紳士は、よくわからんな。
まあ、みんな野郎だし、俺が考えることじゃあるまい。
今俺が考えるべきなのは、リルのナンパ方法……もあるんだけど、一部の連中からいらない子扱いされて殺し屋まで雇われた哀れな中年男の身の振り方だ。
哀れな中年が愚考するに、安全な部屋で敵が一掃されるまで引きこもるのがベストだと思うんだけど、どうも世の中がそれを許してくれない。
やはり世間の評価とか無駄だな。
自分の価値観だけがサイコーだぜ。
結論が出たところで本日の探索は打ち止めとして、撤収準備をしていると、先行していたクメトスが、恰幅の良い中年男性を伴って戻ってきた。
衣装からして王様の子分らしい。
王様からの親書を携えていた。
今夜、一席設けたいので天幕まで来てほしいとのことだった。
このタイミングで連絡をつけてくると言うことは、なにか相談事でもあるのかな。
殺し屋の件は王様の子分にも伝えてあるが、わざわざそんなことで直接会おうとはしないだろう。
あんまり興味をひく会合ではないが、王様のお姉さんにはちょっと興味がある。
なんかほら、初対面でめっちゃ俺のことを見下してる感じあったじゃん、ああいう新鮮な出会いみたいなのが、ほら、あるだろ、たぶん。
鬱々とした気分を晴らしてくれるのは、とびきり刺激的なご婦人との逢瀬なのだよ。
使いの者に了承の旨を伝え、改めて引き上げようと腰を上げると、撤収指示を出していたスポックロンが皆を呼び止める。
「少々お待ちください、何やらトラブルのようです。現在、確認中ですが……」
言い終えるより早く、エットが血相を変えて走ってきた。
「よかった、みんなまだいた! なんか変なの出た!」
「おちつけ、変なのってなんだ?」
「へ、変なのは変なの! 早く来て」
勢いよく手を引っ張るものだから、当然の帰結としてつまずいた俺が立ち上がると、そこは寿司屋の店内だった。
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