第536話 第五の試練 その十一

 翌朝。

 早寝したおかげで爽やかに起床すると、食堂でフルン達が賑やかに朝食をとっていた。

 どうやら昨日の新聞を読んでるらしい。


「タコのこと載ってる!」


 エットが嬉しそうに新聞を見せると、ガーレイオンも記事を指さして、


「ダストンパールのことも書いてある! この巨人ってのがそう! たぶん、わかんないけど」


 微妙に自信がなさそうだが、記事になるような巨人なんて、他にいなかったしな。

 記事を斜め読みすると、精霊教会の依頼を受けた桃園の紳士が、たぐいまれなる神通力で女神の使徒を降臨させ、襲い来るタコの怪物を退けたと書いてある。

 また好き勝手なことを書いてやがるな。

 そういうの、困るんだよねー。

 まあいいけど。

 軽く食事をとって、出発の準備をしていると、達人級の侍師範セスが手紙を手にやってきた。

 相談があるというので話を聞くと、今日の午後、人に会いに行くという。


「コン先生から手紙をいただきまして。何やら相談があるそうで」

「へえ、老先生が。なんだろうな」


 コン先生とは、うちのチェス工場があるシーリオ村で用心棒を頼んでいる、剣の名人だ。

 うちのセスをして、戦わずに負けを認めるほどの達人なので、たぶんすごく強いんだと思う。

 俺にはわからんけど。

 当初は冬の間だけという話だったはずだが、居心地がいいのか、今も続けてくれている。


「手紙に要件が書いてないんだとしたら、よほどのことじゃないか? つか俺もいこうかな。村長に土産でももって」


 あそこの村長は口は悪いが、それでいて思いやり深い人物で、俺の正体を知らないままに、何かと気にかけてくれていた。

 さすがに今では俺の正体を知っているのだが、最初こそ驚いたものの特に態度が変わるでもなく、気楽な付き合いがある。

 あと孫娘もかわいいし。


「それはよい。では、手土産に新鮮な魚でも用意して貰いましょう。あそこは山奥ですし」




 午後の用事ができたからと言って、午前の用事がキャンセルできるわけでもなく、なるべく無心で試練をこなし、どうにかやり終えた。

 シーリオ村は昨年からフューエルの実家の領地になっているので、彼女にも顔を出すかと聞いてみたら、忙しいのでよろしく頼むと言っていた。

 俺と違ってほんとに忙しいからな。

 代わりというわけではないが、ガーレイオンがついて行きたがったので、同行させる。

 セスよりすごい名人がいると聞いて、会ってみたくなったらしい。

 ガーレイオンは俺と違ってナンパだけに血道を上げるわけではなく、ちゃんと剣士としての修行にも余念が無い。

 手土産の魚を水槽にたっぷり詰め込んで、リッツベルン号でひとっ飛びすると、シーリオ村だ。

 どこか日本の山村を思わせるのどかな風景に和んでいると、村長のワグンドと孫娘のワイレが出迎えてくれた。


「サワクロ君、元気そうじゃないか、しっかりやっとるかね」

「おかげさまで、村長こそお元気そうで」

「なあに、わしがしっかりしとかんとな、今日は泊まっていけるのかね、そうかそうか、よい酒があってな」


 などと上機嫌だ。

 それはそれとして、コン先生の用事はなんだっのか気になるところだけど、軽く挨拶をしただけで特に俺には何も切り出さず、セスとだけなにか相談をしていた。

 なついているフルンにも聞かせてなかったようなので、多分剣士的な都合による、あまり楽しくない話なのだろう。

 そう言う話は当然のように俺も自分からわざわざ聞きに行こうとは思わないので、スルーしておいた。

 相談は小一時間ほどで終わり、その後は何事もなかったかのように、フルン達がコン先生に稽古をつけて貰っていた。

 特にガーレイオンは楽しそうに木刀を振り回している。

 元気でいいねえ。

 夜は村人も集まっての宴会で、しこたま飲み食いしていい感じにできあがってしまった。

 翌朝、試練があるので早々に村を離れたが、二日酔いのひどい顔で見送ってくれた村長さんの老いた姿にしんみりしたり、ワイレちゃんと全然遊べなかったことにしょんぼりしたりしたのだった。


「それで、どんな用事だったのです?」


 試練を一緒に回っていたフューエルが当然の質問を投げてくるが、


「いやあ、村長さんなんかに歓迎されて、しこたま飲んだだけだな」

「それではいつも通りではありませんか」

「まあ、そうなんだけど、みんな元気そうだったよ」

「村の景気も悪くありませんからね。噂を聞いた他の村がうらやましがるぐらいで」

「工場なんてどこででもできる話じゃないからな」


 むしろ、今の我が家なら基地で生産した方がお手軽なんだけど、それじゃ領地の経済は回らないのだ。


「そもそも、コン先生のご用だったのでは?」

「そっちはセスが話を聞いてたようだが、どうなんだろうな」

「エレンやローンが動いているようなので、なにか事件の類いでは」

「名探偵が出張るような話なら、向こうから振ってくるだろ、まあわざわざ尋ねるほどじゃないさ」


 とその場は言っていたのだが、その日の試練を終え、夕食後にくつろいでいると、セスがやってきた。


「コン先生はご主人様を煩わせるような話ではないとおっしゃっていたのですが、エレン達の手も借りることになりそうなので、やはりお耳に入れておこうかと」


 セスの話によるとこうだ。

 かつてコン先生の故郷で、腕はそこそこだが人の良い剣士が小さな町道場を開いていたそうだ。

 典型的な田舎道場だが、冒険者ブームにもかかわらず繁盛はしていなかったそうで、


「幼い頃のキミネラ殿も、稽古こそ許されていませんでしたが、よく顔を出していたそうです」


 コン先生自体はその頃はまだ気ままな旅暮らしでめったに帰らなかったのだが、同郷の剣士と言うことでそれなりに交友もあったとか。

 その道場主がある日、道場破りに殺されたのだという。

 その立ち会いを目撃していた孫のキミネラによると、


「冒険者と言うにはうさんくさい風体の男で、死人のようなよどんだ瞳にじろりとにらまれると、生きた心地がしなかったとか」


 当時のキミネラには何が起きたのかもわからぬままに、道場主は打ち倒されたそうで、


「尋常な立ち会いであれば致し方のないことと言えるのですが、その道場破りは、負けを認めた道場主をなぶるように打ち殺した上に、わずかばかりの金を盗み、あろうことか道場に火までつけて逃げたのです」

「めちゃくちゃだな」

「キミネラ殿は、そのことがずいぶんとトラウマになっていたようで、いずれ自分の手で仇を討つのだと」

「そりゃ、そういうことがあればなあ。ってことは、仇が見つかったのか?」

「そうです。所在がわかったので、討伐の許可を得たいと」

「討伐って魔物みたいだな」

「似たようなものですね。相手の名は鬼斬りホーズ、ご主人様も以前相まみえた、あの殺し屋です」

「あれかあ」


 ラーラの実家がらみの事件で相まみえた、着流しに長ドスみたいな雰囲気の出で立ちだった殺し屋の姿を思い浮かべる。


「俺が言うのもなんだが、あれは強かったぞ」

「記録映像を確認しましたが、確かになかなかの手練れ」

「記録って、俺のかっこいい活躍が映ってるやつ?」

「そうです」

「そうかあ」


 誰にも見られてないと思って安心してたけど、イントルーダ達がいたわけで、そりゃあ記録の一つぐらい残ってるよな。


「キミネラ殿の実力ではいささか不安がありますが、コン先生も手を貸すと言うことですし、お許しいただければ私も助太刀を」

「ふむ、そりゃかまわんが……、それで仇の消息は? なんか騎士団も手を出しかねてるとか言ってなかった?」

「相手は倫理の欠落した殺し屋ですからね、以前も町中のアジトを取り囲んだところ、所構わず火をつけた上に町人を何人も斬りつけながら逃げおおせたとか」

「まじで狂人じゃねえか」

「アルサのような大きな街では余計に手を出しづらいかと。監視はしっかりついているようですが」

「騎士団も大変だな。でもコン先生はどうやって仇の所在を知ったんだろうな」

「さて、そこまでは聞いておりませんが、先生も顔が広いですから、つてがあったのでは?」

「ふうん、まあ俺が口を出せる話じゃなさそうだし、おまえの判断でいいようにやってくれ」


 丸投げしてまとめようとすると、エレンとローンがやってきた。


「残念ながら、旦那も口を出さざるを得ないようだよ」


 盗賊のエレンはそう言ってにやりと笑う。


「そんな嫌なこと言うなよ。俺は物騒な話には目も耳も口も塞いで行きたい男なんだよ」

「気持ちはわかるけどねえ……」


 と言って騎士団参謀ローンの方を見やると、こちらは何やら書類を取り出して、


「鬼斬りホーズは賞金首ですから、討伐していただく分には問題ないのですが、なんせ札付きの悪党ですから、騎士団と連携のうえ行動していただきたいですね。こちらは討伐隊に参加するための念書です。件の剣士殿は、いつこちらに?」


 それに答えてセスが、


「確認が取れ次第、すぐにでもと」

「そうですか。実は鬼斬りホーズの所在は、三日前から行方不明なのですよ。どうも街を出たようで」

「まじかよ、見張ってたんじゃないのかよ」


 俺が突っ込むと、


「見張っておりましたが、どうも我々の知らない地下の抜け道を使ったようで。アルサも古代文明の遺構などが多くありますし。オービクロンも把握できていなかったようですね」

「そりゃあ、しょうがないな」

「ですが幸いなことに、別口から痕跡をつかむことができました」

「ほほう」

「先日の大蛸騒ぎで捕まえた黒竜会信者を尋問してわかったことなのですが」

「ちょっとまて、それって俺の聞きたくないタイプの話じゃないのか?」

「さあ、ちょっと私にはわかりかねますが、奴らは凄腕の殺し屋を雇ったと」

「やっぱり聞きたくない話じゃねえか!」

「まだ裏がとれたわけではありませんが、おそらく間違いないかと。まあ、そんなわけですから、ターゲットはじっと待っていれば向こうからやってきてくれるでしょう」

「くそう、モテすぎたツケが回ってきてるんじゃないだろうな」

「とにかく、そのような次第ですから、しばらくはうちのものも今まで以上に警戒して貰うことになります」

「そりゃあ、そんなイカれた殺し屋が襲ってくるんじゃなあ。一応、俺以外の紳士にも声をかけといた方がいいか。紳士全員が狙われてる可能性もあるしな」

「それがいいでしょう」


 話がとびっきり面倒くさい方向にシフトしてしまったので、その日は嫌なことをすべて忘れるべく、深酒して寝てしまったのだった。

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