第534話 試練B面 その二

 いつものノリで遠慮無くしがみついた相手がおまわりさんだと気がついて、慌てて飛び退いたら今度は反対でこけていた女学者ファジア嬢にしがみついてしまった。


「ちょっと、邪魔です、どいてください!」

「あわわ、こりゃ失礼」


 慌てて離れるが、ファジア先生は俺のことなどお構いなしで、塔内のピカピカ光る通路に見とれていた。

 たぶん、試練の塔だよな、これ。

 つかどういう状況だったっけ?

 宇宙人に侵略された日本に飛んできて、牛丼屋でナンパした女学者と試練の塔っぽいやつに侵入したところか。

 よし、状況は把握したぞ。

 この順応力の高さこそが、俺のモテの秘訣……とは関係ないだろうな、まあいいけど。


「これ、勝手に入って大丈夫なんですか?」


 女巡査の、名前は島津だったな、その島津巡査が警戒しつつ、中の様子をうかがっている。


「入るだけなら問題ないと思うんですけどね、こいつは場合によっては敵が襲ってくるらしいですよ、ゲームみたいなもんですかね」

「ゲームって、危なくないんですか?」

「いやあ、危ないかもしれないなあ。ちょっとわかりませんが……」

「そんなの、許可できませんよ! あ、ちょっとあの先生、どんどん先にいってますけど! とめ、とめてくださいっ!」


 俺達がしゃべってる間にファジア先生は一人で奥に突っ込んでいった。

 ここの塔は乳白色にうっすら光るつるつるの通路が奥に続いているタイプで、あんまり危険な感じはないんだけどどうなんだろうなあ。

 従者の面々が揃ってないと、俺の危機対処能力は限りなくゼロなので、なんか出てきたらどうにもならんぞ。

 こういう状況でもパルクールならどうにか出てきてくれそうな感じあるけど、人目のあるところで出てくると余計混乱しそうな気もするし、とりあえず危険なものは何も出ないことを期待しつつ、ファジア先生を追いかけることにした。


 角を二回ほど曲がった先にファジア先生はいた。

 どうやら突き当たりの三方に並んだ扉の前で、逡巡していたらしい。

 やはりいきなり扉を開けるほどの無謀さはないようだと思ったら、


「これって最初に開けた扉であとの状況が変わったりすると思います? 三柱の試練ってご存じです? ああ、しらない。アジャール神話にあるんですけど、古代多神教のアジャール神話における最高神である三女神が三つの扉の先でそれぞれ試練を与えるんですが、これには順序が重要であって、まず加護の神の守りをうけ、次に戦の神の力を得、最後に全知の神に挑むことで、人知の及ばぬ試練を力押しで乗り切るという、そういう話でして」

「ははあ、その神話は知りませんが、そういえば三女神って神殿なんかだとだいたい左からウル、ネアル、アウルの順に並んでません?」

「おお、よくご存じですね! 現存する神殿のレプリカはそのあたりが曖昧なんですが、あなたはどこでご覧になったんです?」

「いや、どこだったかなあ」


 うちの近所にあるとは言いづらい感じだったので、ごまかしておいたが、ファジア先生は俺の返事は待たずに、ウンウン悩み始めた。


「この遺跡はどうにもツルツルで、なんの痕跡もありませんね。手持ちの簡易トライコーダにも反応しませんし。これセンサーは最新型なんですけど、この星ってマザーフレームがないからリアルタイム解析ができないんですよね。連合軍の船から借りられないかなあ」


 ここの塔内は確かにツルツルで、わずかにアールを帯びたエッジの他は何の特徴も無い。

 目の前の扉も、ノブも何もなく、壁面に角の丸まった長方形の溝が掘られているだけだった。


「まあ、開けてみればわかりますね。験を担ぐぐらいの意味で、左から開けてみましょうか」


 そう言ってこちらの返事も待たずに扉を押すが、ピクリとも動かない。


「うーん、ダメですね。そうだ、さっきもあなたが触れたら扉が開いてたでしょう。もう一度やってみてください」

「はあ」


 ご婦人に頼まれれば嫌と言えない男なので、言われるままにやろうと踏み出すが、後ろから島津巡査に袖を引っ張られた。


「黒澤さん、何をしゃべってるのかわからないんですけど、なにか危ないことをしようとしていません?」

「いやあ、ほら、俺ってただの雇われ労働者なので、クライアントの指示には……」

「自分はあなた方の安全を守るように指示を受けてるんです! しかも相手は連合軍中佐ですよ! あの人って外国大使とおなじなんですからね! 普通、そんな人の依頼を一巡査が受け持ったりしませんから! せめてもう少し応援が来るまで……」

「そりゃあそうなのかもしれんけど、結構腕は立つんでしょう? いざとなったら頼みますよ」


 さっき抱きついたときに、お尻こそ柔らかかったが、体幹はがっしりしていて、たぶん格闘技とかやってるタイプのご婦人と見受けられる。

 まあ、警官って柔道とか強いイメージあるけど、学生の頃からやってるタイプかもなあ。

 たぶん俺なんか一発でのされるだろう。

 頼もしそうな人物であることには違いない。


「暴漢相手ならともかく、何が出てくるんです? 変な化け物とか出てこないでしょうね」

「それはなんとも言えないんだけど、出ないといいなあ」

「やっぱり引き返しません? そちらの先生、なんておっしゃってるんです?」

「なんか扉を開けろとかなんとか」


 そうやってしゃべってると、しびれを切らしたファジア先生が俺の手を引いて、扉に押しつける。


「ほら、さっきみたいにこうして触れて……あっ」


 俺の手が触れた瞬間、扉があった部分がすっと消えて、小部屋に通じた。

 そこは八畳間程度の大きさで、壁や天井は黒く、床は干からびた岩のようで、割れ目から蒸気が噴き出している。

 島津巡査が懐中電灯で照らすと、ちょっと地獄めいた雰囲気の小部屋の片隅に、身長一メートルぐらいの小柄な人物が三人いた。

 薄暗くてよくわからんが、土色の肌で丸裸、手足は細く痩せ細り、腹だけが突き出している。

 こりゃあ、あれだな、餓鬼。


「な、なんですかあれ、危なくないんですか!?」


 暴漢相手なら一歩も引かないであろう頼もしいお巡りさんでも、あんなのに出くわしたらさすがにビビるようだ。

 一方のファジア先生はと言うと、遠目にまじまじと見つめながら、


「記憶にない形状の生物ですね。ご存じですか?」

「アレは多分、餓鬼っていう地獄の亡者じゃないかなあと思うんですよ、この国の宗教に出てくるやつですね」

「なるほど、では土着の文化に根ざしたガーディアンを生成した、と言うことですね。そういう記録もあったはず。あ、ガーディアンはご存じですか? 遺跡を守る守護者の総称で、記録では……」


 熱弁するファジア先生の台詞を断ち切るように、餓鬼の一体がこちらに牙をむき、口から火を吐いた。

 餓鬼って火を吐くのかよ!

 一瞬で全員丸焦げにしそうな激しい炎は、俺達の目の前で見えない壁に防がれてしまう。

 いや、見えてるな、虹色に光る半透明なバリアみたいなのが炎を完全に防いでいた。


「な、なんですかこれ! 実体があるバリア!?」


 目の前の壁をノックしながら驚くファジア先生。


「ロボット連中の内蔵してるバリアとは違いますよね? こんなに高密度なエルミプラズム見たことないんですけど、あなたサイキックなんですか!?」


 サイキック!

 すなわち超能力者!

 昭和のバトル漫画じゃ花形だったのに、今じゃまったく見なくなったやつだ。

 そうかあ、俺って超能力者だったのか。

 まあ、違うんだろうけど。


「サイキックとやらはよくわからんのですけど、ここはいったん、退却した方が良くないですか? あいつら殺意満々ですよ」


 俺達がのんびりしゃべってる間も、三匹の餓鬼はバリアに体当たりしている。

 俺達のことを餌としか思ってない目だ。

 怖いなあ。


「た、たしかに、アレでは調査は困難ですね。仕方ありません、軍に協力をお願いしましょう」


 口ではそう言うものの一向にその場を動こうとしないファジア先生を二人がかりで引きずって、どうにか塔の外まで戻ってきた。

 いつの間にか夜が明けたようで、そこそこ明るい。

 塔の周りは網で覆われていてよくわからんが、どうやらマスコミや野次馬がかなり増えてるようだ。

 丁度最前列に詰めていたどこかのマスコミが、怪しい建物から出てきた人物、すなわち俺達を見とがめて、インタビューしようと押し寄せてくるが、そこに警官連中が立ち塞がって押し問答になる。

 よく見たらマスコミの後ろにはプラカードを掲げた活動家もいて、右だか左だかはわからんけど、宇宙人アンチ的な活動をしているようだ。

 護衛の警官にパトカーに押し込まれ、その場を離れる。

 パトカーなんてはじめて乗ったよ。

 そういや、パトカーって右の扉が内側から開かなくなってるって聞いたけど、ほんとなのかな?

 試してみたいが、怒られそうな気もするなあ。


 後部座席には俺とファジア先生が、助手席には島津巡査が座り、運転手はおじさんのお巡りさんだった。

 ミラー越しにこちらの様子をうかがっているが、特に何も話しかけてこない。

 なにか圧力でもかかってるのか、元々そう言うものなのか。

 職質さえほとんど受けたことのないよい子の俺にはわからんのだけど、国家権力には媚びるタイプなのでそれとなく話を振ってみた。


「いやあ、お手数かけてすいません。ところでこれってどこに向かってるんでしょう」


 俺が尋ねると、運転手が少し驚いた顔で答える。


「あんた、言葉が通じないって話やったけど、うまいもんやん」

「そりゃこっちの学者先生の話ですよ。俺はただの雇われ通訳で」

「へえ、通訳ねえ。今は頭に埋め込んだ機械で何でもやってくれるちゅうんで、うちの孫なんかもまだ三つやのに手術させてねえ、あんたもそういうのやったんかい」

「いやあ、俺は普通に覚えただけというか、昔ながらのやつですよ」

「へえ、宇宙語って難しいいうけど、あんた賢いんやなあ。学校どこ?」


 などと会話が弾むが、目的地を聞く前についてしまった。

 曽根崎にある警察署だ。

 なんか記憶と違ってビルが新しいな。

 上の方は空飛ぶクルマ型パトカーが出入りしてて、どうせならあっちに乗りたかったなと思ったんだけど、よく見ると上の方は何本か空飛ぶクルマ用のレーンというか道路みたいなのが形成されてて、それに沿って移動しているようだ。

 まあ、勝手に飛び回っちゃ危ないわな。

 警察署の地下駐車場みたいなところで下ろされると、今度は見るからにロボット然としたメカメカしいロボット軍人に引き渡される。

 ロボット氏は右手を胸に当てる感じの敬礼で名乗る。


「駆逐艦バーバーフス戦術士官バジ大尉です。お二人の警護を引き継ぎます」


 中性的なボイスで淡々と語るロボット軍人のバジ大尉。

 さっきの軍人さんは中佐って言ってたけど、階級ってどっちが上だったっけ?


「ファジア博士には言語ユニットの準備ができております。後ほどバーバーフスにてインストールを行いますが、よろしいですか?」


 先生に話しかけたのを見て、はじめてロボットさんが博士も通じる宇宙人語でしゃべってることに気がついた。

 脳内翻訳はナチュラルすぎて困るな。

 ここの連中の脳拡張みたいなのも同じ感じなんだろうか。

 想像できんが、それが壊れてる状態となるとますます想像できんな。


「よろしくお願いします。それから調査の継続に当たって警護の方もお願いしたいのですが」

「そちらも私の任務に含まれております。また、木星アカデミアからパケットが届いております。こちらも艦のほうで開封してください」


 などと話している。

 よくわからんが、俺の通訳業務も終わりそうだな。


「良かったですね、先生。これで俺の通訳業務も終わりっぽいですが」

「何言ってるんですか! あなたがいないと遺跡の扉が開かないじゃないですか! 原因が判明するまではがっつり付き合って貰いますよ!」


 そんなことだと思った。

 それからロボットさんは巡査ちゃんの方に向き直り、同じく淡々とした日本語で話しかける。


「島津巡査には引き続きお二人の警護を命じます。以後、私の指示に従ってください」

「え、自分がですか? 自分、夜勤中にかり出された交番勤務なんですけど」

「上司の許可は得ております。あなたを選んだ理由は二点、非常にセンシティブな問題なので関係者を増やしたくない、府警としては今回の案件に自分たちの組織の人間を加えたい。以上です」

「あの、腕っ節を買われたとかそういうのじゃ」

「無論、それは前提ですよ。あなたが連合軍プロトコルの研修も納めていることも含めて。返答は?」


 島津巡査は一瞬顔をしかめた後にすぐに引き締める。


「島津巡査、護衛任務を拝命します」


 始め警官風に敬礼しようとして、それを胸に手を当てる方式に改める。


「よろしい、追って辞令が下ります。まずはこちらが用意した私服に着替えてください。最初の任務は……朝食です」


 そういってロボット大尉は、硬そうな表情をピクリとも動かさずに、俺にウインクする。

 楽しそうだな。

 こっちのロボット連中も向こうと変わらんものだと思っといた方が良さそうだ。


 朝食はどこでとるのかと思ったら、警察署を出て裏手の商店街の、さらにその脇道にある寿司屋に入った。

 丁度入れ違いにお水系のおばちゃんが出て行ったところで店内は空だった。


「おや静ちゃんいらっしゃい、夜勤明けかい?」


 テーブルを拭いていた割烹着のおばちゃんが気さくに巡査に話しかける。


「まだ仕事中。ちょっと接待で、奥使っていいですか?」

「ちょいまってや、さっきまで飲んだくれどもが散らかしてたからなあ」


 そう言って奥の個室にドカドカ乗り込んでいったが、すぐに戻ってくると、


「あかんあかん、あれすぐには片付かんわ、カウンターじゃあかんか?」


 と言うので島津巡査は急に上司になったロボットさんの方をチラリと見るが、そのロボットさんは俺を見て返事を促す。


「寿司屋はカウンターに座るもんでしょ、そっちでいいんじゃないですかね」


 それを聞いたロボット大尉バジがうなくずと、さらにそれを見て島津巡査がうなずいて、カウンターに座ることになった。

 こういうやりとりも楽しいな。

 すぐに飽きそうだけど。

 店内は場末の立ち飲み屋みたいな雰囲気で、カウンターも椅子もボロボロだが、掃除はしているようだ。


「なんや御堂筋が混んどって今朝仕入れに行った店のもんがまだ戻ってのうて、ほんまぼんくらやさかいに。とーちゃん、静ちゃんの客や、うまいもん頼むで」


 そういって割烹着のおばちゃんが職人の肩を豪快に叩く。

 中年の大将は、もともとむすっとした顔をさらにしかめつつも、がんばって口を開いて一言、


「どないしましょ?」


 と尋ねた。

 あんまり腹は減ってないんだけど、本場の寿司は久しぶりだし食わねば。

 いやでも、大阪って本場なのか?

 この店、押し寿司じゃないよな、江戸前風だと本場とは言いがたいんじゃ。

 そうはいっても箱寿司とか数えるほどしか食ったことないし、寿司と言えばやはり日本全国にぎり寿司がデフォだよな。

 うどんだって四国風の無駄にコシのあるやつばっかりだし。

 などと考えていたら、目の前のガラスケースにでかいタコが置いてあった。

 そういえば、なんかタコがらみの案件があったような無かったような。

 まあいいかとタコをつまみに朝からビールでも頼もうと思った瞬間、表でドカンと爆発音が響き、驚いた俺は椅子から転げ落ちた。

 イタタとケツをさすりながら立ち上がると、目の前の巨大スクリーンに映された巨大タコが、墨のような黒いモヤを全身から噴き出してるところだった。

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