第533話 第五の試練 その九

 上空から見下ろした巨大タコは、タコだと言われてるからタコかなあと言う気がするが、海面がにょきっと盛り上がったなだらかな丘のようにも見えて、まあ要するに生き物としてはでかすぎてよくわからんなと言うのが正直なところだ。


「まじででけえな。あのサイズだと大型ガーディアンでへたに格闘なんぞすれば、それだけで被害が出そうじゃね?」


 上空から眺めながらそうつぶやくと、スポックロンが相槌を打つ。


「麻酔で眠らせたのちに牽引していくのが妥当な作戦かと」

「麻酔なんて効くのか?」

「作用機序の不明な生物に都合よく効く麻酔薬などと言うものはそうそうありませんね。すでにいくつかの系統の麻酔薬を投与済みなものの、効果は見られません。神経を物理的に遮断する方法もありますが」

「が?」

「あれほど大きな個体だと、おそらく二、三百年は生きているでしょうから、生態系保護の観点からも安易に駆除することは好ましくないですね」

「それは実に多様性に配慮した意見だな」

「そもそも、目的も不明ですし」

「増長した人間文明に天罰を下しに来たんじゃ?」

「現代社会で増長するほどの文明を享受しているのはご主人様ぐらいですよ」

「まじかよ、じゃあ俺が生け贄に。いかん、ぬらぬら展開が現実味を帯びてきた」

「撮影準備をしておきましょう」


 スポックロンはノリノリだが、しかし何でまたこんなタイミングでタコが襲撃してくるんだ?

 やっぱ例の狂信者の差し金だろうか。

 そこの所を尋ねてみると、


「あの連中に、あれほどの巨大生物を使役する能力があるとは思えませんが」

「それもそうか」


 まあ、たまたまか。

 世の中、偶然の出来事に対して自分に都合のいい理由をつけようとしてもろくなことにならんから、偶然は偶然のまま受け入れるのがベターだよな。


「じゃあ、なんだろ、餌がなくなって移動してきたとか?」

「普通のタコは青魚などを捕食するようですが、あのサイズだとどうでしょう? プランクトンなどのほうが効率が良いはずですが、情報が不足していますね」

「なんかないのか、この国にも大タコの言い伝えとか」

「ありますよ」

「あるのかよ」

「人魚村の神が、まさにタコの神ではありませんか。あれはこのタコをご神体にした可能性がありますね」

「でも、人魚の連中って数代前によそから移ってきたんじゃなかったっけ? せいぜい、百年かそこらだろ、伝説になる程か?」

「三代も経れば十分伝説化するとは思います。村に人をやって確認しておりますが、ちょっと間に合いませんね。あと十分で湾内に侵入してしまいます」

「まいったな。ネールもなんもしらんのか?」

「知らないようです。彼女が住んでいた頃にはいなかったと言うことでしょう」

「うーん。やはりメカ戦か」

「ここで追加の情報です。対象のタコは、極度の興奮状態にあるようです。このために薬が効かないようですね」

「興奮?」

「あいにくとタコの気持ちはわかりませんので推測になりますが、可能性としては外敵との戦闘、毒などの作用、あるいは繁殖といったものでしょうか」

「繁殖? そういやタコって一回繁殖したら死んじまうんだっけ、情熱的だなあ」

「そういう種もあるようですね。この個体がどうかは不明ですが」

「ところで肝心なことを聞き忘れていたが、アレってオスなのか、メスなのか?」

「メスのようですよ。ご主人様のもっとも得意な相手ですね」

「やはりぬらぬらか。シェキウール画伯にしっかりと描いて貰わんとな」


 従者になってからもめったに顔を出さないうちの画学生の顔を思い浮かべながら、巨大タコと格闘する様子を妄想していると、女紳士リルがしびれを切らしたようだ。


「ねえ、難しい話はおわった? それで、どうすんのアレ。そろそろ何かしないとやばいんじゃない?」

「そうなんだけどほら、ヘタに戦うと、かえって周りに被害が出るかもしれんしなあ。世の中には助けて貰っておきながら被害が出ると難癖つけるやつとかいるじゃん」

「ああいるいる、こっちは命がけで魔物やっつけたのに、もっと早くしろとか畑を直せとか、むかつくわよねえ」

「そうだろう、そこの所を配慮しつつ、なんかいい感じに」

「どうやって?」

「そこはほら、そのうち素晴らしいアイデアが思いついてだな」

「あんた、なんども街とか救ったんじゃないの? 毎回そんな調子?」

「俺は一貫して日和見の事なかれ主義なんだよ。多分こうして俺が頼りなく悩んでいる様子をみたうちの従者が発憤興起していい感じやってくれるんだよ」


 そう言って改めてスポックロンをみると、ぷいと顔を背けてしまう。

 だめかもしれん。

 途方に暮れていたら、タコを映していた壁のモニターにガーレイオンからの通信が入った。

 どうやらタコの後方に浮上した巨大人型ガーディアン・ダストンパールの肩の上にいるらしい。

 もっとも古典的なロボット操縦スタイルの一つではなかろうか。


「ねえ、師匠! あれほっといていいの? 僕いこうか? ダストンパールも張り切ってるし」

「やるのはいいが、おまえ街に被害を出さずにうまくやれるか?」

「わかんない!」

「わからんか」

「でも、ほっといたら絶対街がやられるとおもう」

「そうなんだよなあ」


 ウジウジ悩む間に、タコはとうとう湾の入り口まであとわずかの所に来てしまった。

 複数のカメラが混乱する街の人を映している。


「おい、どうすんだあれ」


 スポックロンに泣きつくと、にんまり笑う。


「もう少し混乱するご主人様を観察したかったのですが、どうやら間に合ったようです」


 スポックロンが言い終わる前に、リルが声を上げた。


「ねえ、なんか別のが出たんだけど!」


 みると街の映像が薄暗い影に覆われていた。


「今度はなんだ!?」

「上よ上」


 リルの声に上を見ると、天井のモニターに、巨大な何かが映し出されていた。

 太陽を覆い隠すように浮かぶ巨大なそれは、空飛ぶ鯨のようにも見える。


「超殲滅級ガーディアン、ヴィルシー・ヴィルスです。あまりにも莫大なエルミクルムを消費するので軌道上に放置されていたのですが、南極大人からの供与を受けましたので、初の実戦投入です」


 自信満々に宣言するスポックロン。

 こういう秘密兵器を用意しておきながら、のらりくらりと韜晦するところなど実に趣味が悪くて惚れ直すぜ。

 で、このヴィなんとかという巨大鯨は、ビリビリと謎の光線を発して巨大タコを押さえ込みに入ったようだ。

 動く丘とも言うべき巨大なタコは、一直線に湾内を目指していた動きを止める。

 何が起きてるかさっぱりわからんが、スポックロンが説明したそうな顔をしていたので、あえて何も聞かずに黙って鑑賞する。

 動きを止めたタコは、プルプルともがいているように見えたが、謎の光に拘束されてどうにもならないようだ。

 やがてタコの巨体は、音も無くほとんど波も立てずに海面から引きずり出されてしまった。

 巨大な丸いボディから、やはり巨大な足がいっぱい伸びている。

 複雑に絡み合っててよくわからんけど、たぶん八本なんだろう。

 しかしあれ、あのでかさで自重で潰れたりしないのかな。

 なんかいい感じにやってるんだろうか。

 気になることがてんこ盛りだが、そこはぐっと我慢して黙ってみていると、とうとう上空の鯨の高さまで引き上げられてしまった。

 その姿はまるで鯨ボディから足が生えたようで、見方によってはいつぞや見たタコ人魚女神に見えなくもない。

 人魚達は信仰心が試される情景だろうなあ。


 とはいえ、こうして観ているだけというのもなんかアレだな。

 一昔前の大作RPGとかで、いいところは全部ムービーで流されてプレイヤー置いてけぼりみたいなやつ。

 まあ、主人公的大活躍をしたくない俺にはピッタリだけど。

 などと考えながら天井モニターを見続けていたら、バランスを崩してよろめいてこけてしまう。

 慌てて手を伸ばし、そこにあった柔らかいものにしがみついた。

 それが俺の隣にいた大阪府警の婦警さん、すなわち島津巡査の柔らかい臀部だと気づいたのはたっぷり三秒ほどその柔らかさを堪能してからだった。

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