第532話 第五の試練 その八
用意されていた観戦席は、予想通り個室のVIP席で、結構広いのでさっき見たがってたブルーズオーンでも呼んでやろうと連絡をつけたが、すでに山を下りて麓の街で遅い昼食をとってるところだった。
代わりに捕まえたのがイケてる女紳士のリルだ。
神殿でただ飯を食ってたらしい。
「闘技場もちょっと観てみたいな、とは思ってたのよ」
そういって観戦席に取り寄せた海鮮の串焼きを満足そうに頬張るリル。
「でもちょっと悪趣味かもね、こんな特等席でうまいもの食べながら、人が魔物と殺し合ってるのを見るなんて」
「いいところに気がついたな、そういうのを露悪的にならずにまるごと許容するのが、権力者になるってことなんじゃねえかと思うんだよな」
「なんかやあね。あたしはただ、おいしいものを食べてちょっとだけちやほやされたいってだけなのに」
「そいつが一番むずかしいってね、おっとなんだか次はお強そうなのが出てきたぞ」
場内の歓声が一際たかまり、マッチョな僧兵が右手を掲げてそれに応える。
左手にはうちの温泉令嬢リエヒアと同じような棍をもっている。
「あれが先ほど稽古をつけていただいたロジン師です」
とリエヒア。
「へえ、大人気だな」
「ここの棒術の師範で、この国では有名だそうですよ」
「そうなのか、といっても、俺ほど世情に疎い男もそうそういないのでまったくしらんが、そっちは知ってるか?」
引き続き俺達の護衛をしている元白象騎士軍団に尋ねると、顔を見合わせて少し苦笑してからクメトスが答える。
「もちろん、お名前は存じ上げております。とはいえ、私どもは教会との付き合いがなかったので、面識はないのですが」
「ははあ、世の中面倒くさいな」
などとひねくれたことばかり言ってるおじさんの俺とは違い、幼い頃からベッドで過ごしてきたラーラは、はじめて見る真剣勝負に目が釘付けだった。
「あんな重そうな棒を自在に振り回して、あ、あぶない、あんな大きな角で裂かれたら、あ、あ……」
しまいには椅子から身を乗り出して転げ落ちそうになって、ポイッコのでかい乳に支えられたりしていた。
アレだったら俺もやって貰いたいなあ、などと考えているうちに、人気者らしい僧兵のおじさんが、手にした棍棒で巨大な水牛風魔物の首をたたき折って勝負がついた。
強いねえ。
「ふう、すごい。あんな風に戦えるなんて、同じ人間とは思えないけど、私でも修行すれば、戦えるのかしら」
ラーラがそうつぶやくと、侍女であるポイッコはとんでもないと言った顔で目を丸くしていたが、本人の意向を最大限尊重する俺は、雑に相槌を打つ。
「リハビリが終われば人並みに動けると言っていたじゃないか。人並みになれるなら、人以上にもなれるかもしれんぞ」
「それは素敵な考え方ですわ! じゃあ、私も修行していいんですの?」
「もちろんさ、うちには師匠も山ほどいるしな」
「楽しみだわ、リハビリもがんばらなくちゃ」
そういって笑うラーラは、闘技場を堪能しているようだ。
この笑顔が見られただけでも、来た甲斐があったなあ。
満足したので、俺もテーブルに盛られた串焼きに手を伸ばす。
貝もうまいが、酒に合いそうなゲソがある。
たっぷりタレがついてうまそうだと頬張ったらイカじゃなくてタコだった。
そもそもなんでイカの足だけゲソっていうんだろうなあ、などと考えながら頬張るうちに、次の試合が始まった。
ところで闘技場と言えば、アルサではじめて訪れたときは、物騒な気がしてパスしたら脱走した魔物に襲われたんだよな。
その次はカリスミュウルが従者をゲットしたんだっけ。
次はまた魔物に襲われるターンじゃないかしら、などと余計なことを想像していたら、どこか遠くで大砲のような鈍い音が響いてきた。
祭りの花火でも上げてるのかなと様子を観るが、ここからだとよくわからない。
だんだん嫌な予感がしてきたので、特に確認するでもなくグラスの酒をすすっていると、どこからともなくにやけたスポックロンがあらわれてしまった。
「ご主人様、一大事ですよ」
「だったら、もっと一大事っぽい顔をしたまえ」
「努めて深刻な顔をしておりますよ」
「おまえが十万年も寝てる間に、表情の持つ意味が変わったんだろうな」
「それは認識不足でした」
「それで?」
「それでとは?」
「一大事なんだろう」
「ああ、そうでしたね。シーナの岬から南東五キロの所に、巨大生物が出現しました」
「巨大ってどれぐらい巨大なんだよ」
「全長四十メートル程の、タコのような生物ですね」
「タコかあ」
そうつぶやいて、手にした串焼きをちらりとみる。
「しかし、四十メートルはでけえなあ」
鯨でも最大三十メートルぐらいだったと思うけど、そんなでかい生物が成り立つのかね。
まあ、実際いるんなら、成り立つんだろうが。
「そういや昔、でかいイカを倒したことがあったな、結構うまかったような」
「タコは湯引きにして酢味噌で食べるのがよいですね」
「まったくだ、吸盤をあらうときは大根で叩くといいって聞いたことがあるな」
「では、大根を装備したダストンパールに迎撃させましょうか」
「迎撃って襲ってきてるのかよ」
「おそらく。ゆっくりと湾内に向けて進行中。出現時の高波で操業中の漁船に被害が出ているようですが、こちらは現地民と協力してクロックロンが救助活動中。湾内にはまだ影響は出ていませんが、時間の問題でしょう。上陸すれば街にも被害が出ますね」
「タコがあがってくるかな?」
「どうでしょう、ご主人様の故郷のタコは上がってくるのでは? スマホ資料で、鉄棒ぬらぬら先生の素晴らしいアートを拝見しましたよ」
「俺の故郷を代表するアーティストが描いてるんだから、間違いないな。ご婦人を守るために、俺にできることはあるかね?」
「すでに手配を終えておりますので、見学ぐらいでしょうか」
「俺にふさわしい仕事だな」
緊迫感のかけらもない会話をしていると、神殿のえらい坊さんが青い顔で飛び込んできた。
坊主頭だったので、赤い顔をしてればシナジーを感じられたのになあ、などと失礼なことを考えつつ話を聞くと、どうやら件のタコは、山の上からだとくっきり見えるらしい。
このままでは街が大変なので、何度も国を救ったお力でお助けください、的なことを言われてしまった。
いやそうはいっても、戦ってなんぼのウル派の坊主なんだから、まずは自分たちで行くべきでは、と思ったんだけど、まあ海の上で自分の何十倍もある怪物相手に肉弾戦では戦いようがないか。
デュースほどとは言わなくても、腕の立つ魔導師がまとまった数はほしいよな。
だだをこねても仕方ないので安請け合いすると、女紳士のリルもついてくると言う。
「大蛸ってもしかしてドルンボルンの大蛸じゃない?」
「なんだそれ」
「うちの故郷ちかくの海で昔から伝わる化け物よ。ここ数十年は見つかってないから死んだんじゃないかって言われてたけど」
「やばいのか?」
「昔は大変だったって聞くけど、実在するなら相当やばいんじゃないかしら」
「ふうん」
「それよりも、たしか賞金がかかってたはずよ」
「賞金って誰がかけたんだ?」
うちは賞金稼ぎなどしないのでよく知らないけど、山賊などの犯罪者は騎士団が、凶悪な魔物などは冒険者ギルドが賞金をかけていたりする。
当然、国ごとに別れているので、よその国にいた化け物なら支払われない可能性があるんじゃないかなあ。
「なんかどっかの貴族が、自分の船を沈められた私怨でかけたんじゃなかったかしら。三百万Gとかだったはずよ」
「三百万かあ、なんか微妙じゃね?」
「大金でしょ!」
「まあ、そうなんだけど」
以前どっかのバカ貴族の尻拭いで、フューエルがポケットマネーから出したのと同額だからなあ。
「これだから金持ちは」
「そうはいっても、そんなデカブツだと大砲なりなんなり騎士団並みの装備か魔導師の頭数をそろえてやらんとどうにもならんだろう。そうなるとあんまりペイできんのじゃないか?」
「そうかしら」
「やりたいんだったら、任せるけどどうする?」
「うーん、確かに海の化け物じゃねえ。うちのテイラウの魔法だけで沈むかしら?」
五人いるリルの従者は、アヌマール化したイムルヘム以外はまだろくに名前も覚えていないというていたらくというか、巧妙に避けられている気がする。
たぶん、主人の恋路を邪魔しないでおこうと言った慎ましい意図が働いているのだと都合よく解釈しているのだが、実際の所はわからん。
俺は良識あるナンパ人なので、人の従者に先に手を出したりはしないしな。
もちろん、あとなら出す。
物事には順序があるからな。
そんなことをしゃべりながら、VIP通路経由で神殿の中庭に抜ける。
そこに待機させておいた降下艇バクスモーに乗り込んだ。
こいつは輸送ヘリとか移動指揮車的な乗り物なので、こういう時はよく使う。
上空から観察すると、たしかに岬の沖に、でかくて赤黒い塊がぬるりと海上に生えていた。
タコというより海坊主って感じかなあ。
脈絡がない展開は慣れたけど、あれって例の狂信者どもと関係あるのかねえ。
さて、どうしたもんか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます