第531話 第五の試練 その七

「なんだかすごい混み具合ですね」


 ラーラの空飛ぶ椅子を車椅子のように押していた牛娘のポイッコが、人混みにもまれながらそういった。

 彼女の言葉通り、闘技場に続く道はひどい混雑で、まだ昼前だというのに、今から行っても入場できるとは思えなかった。

 ましてや人並みに歩くこともままならないラーラを連れてではなあ。

 しかし、せっかく見たがってるんだから、見せてやりたいんだけどなあ、などと考えていたら、人混みの向こうに、目立つマッチョの頭が見えた。

 好青年紳士のブルーズオーンだ。

 彼も観戦しようとして、人混みに負けて引き返してきたようだ。


「立ち見でもいっぱいらしいので、諦めて帰ってきました。どうやら朝早くから並ばないと難しいみたいですね」

「そりゃあ、難儀だな。金と権力を駆使してVIP席を確保したりできないもんか」

「さあ、僕には想像もつきませんけど、クリュウさんならできるんじゃ」

「まあ、ごり押しすればできそうな気もするけど、自分で言い出しといてなんだが、人としていかがなものかという気もするな」

「権力は怖いですからねえ」


 ブルーズオーンはそんなことをいう。

 若いのにしっかりしてんなあ。

 きっと従者がしっかりしてるんだろう。

 うちの従者はしっかりしてるのもいればしてないのもいて、トータルでプラマイゼロみたいになってて、結果的に俺自身のふがいなさがそのまま出ている気がする。


 諦めて闘技場を離れ、混み具合がここよりマシな本殿のお参りに行く。

 俺は第四の塔の時にちょこっと挨拶がてら詣でただけで、それっきりなんだけど、うちの連中、とくに前衛でバトルする従者なんかは、まめにお参りしてたらしい。

 仁王像を思わせるマッチョな女神像がいくつも並んでいる。

 金ぴかや原色に塗ったくってあって、強そうだ。

 とくに一際目立つのが、真っ赤な顔に巨大な長刀を持ったごつい甲冑のマッチョ女で、女装した関帝って感じなんだけど、これがウルらしい。

 ウルってスクール水着を着てたと思うんだけど、あの下がそうなのかなあ。


「なんか他の神殿でみるウルとイメージが違うな」


 とつぶやくと、一緒に見ていたブルーズオーンが、


「いわゆる赤面のウル、と言うやつですね。女神ウルは感情によって顔の色が七変化したそうで、赤面は怒りに打ち震えるあまり顔から炎が噴き出す様をあらわし、敵を殲滅するまでその炎は消えることがなかったそうですよ」

「顔から火を噴いてたんじゃ、戦いづらそうだな」

「顔はともかく、火の魔法が使えると、間合いが広がって楽しそうですね」


 などと剣士らしいことをおっしゃる。

 そういや、剣士番付みたいなのに載るぐらいは腕が立つんだったな。

 俺だってすけこまし番付みたいなのがあれば……、いや、あんまり載りたくないな。

 そんなことを考えながら詣でる程度には信仰心に欠ける俺だが、こういう立派な神像みたいなのは見てて楽しい。

 あとは食い物もいっぱいあって目移りする。

 至る所に露店が出ており、今も目の前に巨大な鉄串に差したパイナップルをまるごと焼いてる店があった。

 パイナップルしかないが、シュラスコみたいな感じかな。

 焼きパイナップルとかうまいに決まってるだろう。

 ラーラが欲しそうな顔をしていたので、一つ頼んでみると、少し焦げ目がついた所をそぎ切りにして、串に刺してくれた。


「さっき、お肉をこんな風に焼いてる店はありましたけど、果物も焼くんですのね」


 と目を丸くしている。


「焼くと水分が抜けて甘みや酸味が増すからな、ようするにうまい」

「そうなんですね、じゃあさっそく……、あ、あつっ」

「ははは、ラーラはあわてんぼだな」

「んもう、だってこんなに熱いと思わなかったんですもの」

「どれ、ちょっと冷ましてやろう」


 ふーふー息を吹きかけたりして、たわいないことをやって祭りを楽しんだ。


 祭りは一日中続くようだが、体の弱いラーラや、根性の足りない俺に一日遊ぶ気力はないので、ブルーズオーンと別れて宿坊の一室で休んでいる。

 雪原のキャンプに戻ってもいいんだけど、今はまた雪らしいので、引きこもるしかないのがつらいところだな。

 どうせ昼間から引きこもるなら、こういう宿も乙なものだろう。

 ちなみにシーズン真っ盛りの観光地ど真ん中の宿の部屋がなんで都合よくあいてたのかというと、例のごとく金に物を言わせて、ずっとキープしてあったらしい。

 こういういざというときのためにずっと金を払い続けるのって成金には出てこない発想な気がするよな。

 ちょっと金をもった庶民が旅行するとなったときに、普段より高い部屋に泊まろうとかは思えても、使うかもしれないってだけの部屋を旅行中ずっと押さえとくなんてできないもんなあ。

 イケてる女紳士のリルは、試練をこなして成り上がるって言ってた気がするけど、単に金持ちになるだけじゃ、先祖代々金を持ってる連中と同じメンタリティは獲得できないんだよな。

 だからなんだと俺なんかは思っちゃうんだけど、それは俺が権力に無頓着だからであり、俺がそういう性格なのは、権力を意識しなくてもすむ現代日本のような希有な環境で育ったからだと言えよう。

 そういや、あっちの日本では、権力の象徴とも言える警察官が、宇宙人のパシリみたいな扱いになってたな。

 ああいう状態が長く続くと、例えば宇宙文明の一員になって成功したいとか思ったりするんだろうか。

 あっちの日本っていつから宇宙人がやってきてるんだろうな。

 なんか前に調べたような気もするんだけど、どうも記憶が曖昧だ。

 どうせまた遠からず飛ばされるんだろうから、そのときちゃんと調べとこうか。

 そんな暇あったら女の子と仲良くなる努力をした方がマシな気もするけど。

 いやでも紳士補正無しだとモテる気がしないな。

 すでにフラグが立ってるロボット中佐殿一点狙いでいくかなあ。

 などと俺が将来の計画を立てていると、テーブルでお茶をすすっていたラーラが、話しかけてきた。


「どうなさいました、ご主人様。難しい顔をなさってましたけど」

「なあに、昼飯をどうしようかと思ってね」

「まあ、それは重大事ですね。私はさっき屋台で食べたパイナップルでおなかがいっぱいなのですけど」

「うーん、俺は飯より酒かなとも思うんだけど、人混みに疲れたときに飲んじまうと寝ちまいそうでな」

「お休みになるのならば、私が膝枕をして差し上げるので、遠慮はいりませんよ」

「ドキドキして、かえって目が覚めそうだな。どれ、何か頼むか」


 禅寺なんかは修行の一環として食事を扱うなんてことを聞いたことがあるが、ここの料理もかなり気合いが入ってる。

 しかもかなりヘビーな方に。

 精霊教会ウル派はマッチョ系バトルマニアの巣窟だけあって、食べる方も肉とか小麦とか油とか砂糖とかそういうもので攻めてくるようだ。

 部屋に運ばれてきた料理は、見ただけで胸焼けするレベルのものだった。

 当然、俺やラーラで食い切れるはずもなく、隣室で控えていた護衛のクメトス達が大半を腹に収めたのだった。

 騎士連中の健啖っぷりをつまみに、島特産のうまい蒸留酒を水割りにして飲んでいると、いつもフューエルと一緒にいる温泉令嬢リエヒアが、ミラーだけをお供にやってきた。

 ここの僧兵に稽古をつけて貰っていたとかなんとか。

 そういやリエヒアは深窓の令嬢っぽいたたずまいだが、ごつい棍棒を振り回すウル派の棒術かなんかの使い手だった。


「故郷のものとは色々違いもあるのですが、やはり同門ということで、楽しめました」


 などとおっしゃる。

 リエヒアってビンタするだけで手をくじく程度には脆弱な肉体を、魔力をみなぎらせるみたいなバトル漫画的手法で強化してるんだったっけ。

 ラーラのリハビリにも応用できないのかな、と思わなくもないけど、俺があれこれ言うまでも無く、きっとベストな方法でリハビリしてるんだろう。


「そういえば、旦那様は午後の予定は?」


 残り物を頬張りながら、リエヒアが尋ねる。


「うーん、特に用事は無いんだけど、なんせ混んでるからなあ」

「先ほど手合わせした僧兵の方が、午後の闘技場の試合に出場なさるそうで、そちらの観戦に行こうかと」

「そうなのか、実はさっき並びに行ったんだけど入場できずに諦めて帰ってきたんだよ」

「あら、そうなんですね。おっしゃっていただければ、席は用意できましたのに」


 やっぱり、そうじゃないかと思ってたんだ。


「じゃあ、頼もうかな、ラーラにちょいと刺激的なやつを見せてやりたくてね」

「ふふ、戦いの中でのみウル派の深淵に触れることができますから、良い経験になると思います。では、話を通してきますね」


 そう言ってひょいひょい出て行った。

 アクティブだなあ。

 午後の予定が決まったので、酒はここいらで控えて、いやでももう一杯だけ、と頼もうとしたら、牛娘のポイッコにじろりとにらまれてしまった。

 しっかりしてるなあ。

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