第530話 第五の試練 その六

「いてぇ」


 転んでぶつけたと思った膝は、寝ぼけてベッドの縁に蹴りを入れていたようだ。

 いや、今のは夢じゃないよな?

 慌てて起き上がると、キャンピングカーの中だった。

 車はすでにベースキャンプのガレージに戻っていて、車内で眠ってたのは俺だけだ。

 寝ぼけた頭で状況を整理していると、アンがやってきた。


「ご主人様、そろそろ試練に出発する時間ですが、どうなさいます?」

「どうって、俺が行かんとしまらんだろう。ひと風呂浴びてくるから、支度を頼む」


 言いつけておいてシャワーでさっぱりして食堂に向かうと、試練に参加する面々はほとんど食事を終えており、給仕のおわった家事組みが食事をとっていた。

 そこに混じって軽く食べていると、朝から八段積みのカラフルなソフトクリームを手にしたストーム、カームの双子幼女がやってきた。

 白髪のカームが一口で一段分頬張ってから、隣に腰を下ろす。


「それで、久しぶりの日本はどうでした?」

「どうって、牛丼は懐かしかったな」

「他に見所は?」

「さあ、これからってところで戻ってきたからな」

「あちらには私の一番下の妹ペレラ・エンツィがいるので、彼女と協力して良い感じにまとめていただきたいところです」

「そういうことは自分でした方がいいんじゃないか。俺はここ一番で役に立たんぞ」

「ご主人様が失敗してからフォローに回った方が、従者としてのありがたみが増すではありませんか」

「気楽に言ってくれるなあ、俺の心労も増すんだぞ」

「それぐらいは主人としてのサービスのうちにしておいてくださいませ」

「まあ、そこまで言うならやってやらんでもないが。なんかヒントぐらいくれよ」

「そうですね、といっても私もここからでは、ご主人様の見えているもの以外、何も見えないのでなんとも言いがたいのですが、デストロイヤーという物は執念深いのです。今回のターゲットであるところの一つ下の妹、ビエラ・バスチラはそこのおっちょこちょいと同様に、デストロイヤーに侵食されています。それをまあ、いい感じに解消していただければ万事うまくいくはずです。予行演習をしただけあって、前回よりも上手に解決できるでしょう」

「誰が?」

「それはもちろん……誰でしょう、あれは……木星? やはりちょっと見えませんね。それこそ全知の目をもってすれば、見えるのかも知れませんが、見えた物がすべて事実となるとも限りませんし」

「いつも言ってるだろう、思わせぶりなことばかり言って大人を煙に巻くんじゃありません」

「そうはもうされましても、これ以上のことは、言えないのですよ。ご主人様ほど融通無碍とは行かぬので」

「さようでございますか」


 らちもない話が終わったところで、戦闘組リーダーの僧侶レーンが呼びに来たので試練に行くことにした。

 現在の進捗だが、全体のマッピングを終え、六十四個あると思われる鍵穴の位置もすべて把握できている。

 あとは鍵となる楔形のアイテムを必要個数ゲットするだけだが、今のところ一階で四つ見つけてある。

 敵の出る小部屋は一階にちょうど八部屋あり、それぞれが一定確率でドロップするようだ。

 見た感じ、将棋の駒みたいな形をしているが、微妙に鍵の形が違っており、対応する鍵穴が一対一で決まっているのでそこに該当する鍵をはめていくことになる。

 今のところわかっているのはそんなところかな。

 とりあえずまだ鍵がドロップしていない敵を順番に倒している。

 午前中いっぱいがんばって、追加で三つ見つけたところで本日の探索は終了となった。

 残り一つは木人形なガーディアンだったが、二十戦ほどして一回も落とさなかった。

 他が平均四戦、最大でも八戦で落としていたことを考えると、ちょっと出なさすぎる。

 イケてる女紳士のリルが一階に八カ所敵が出るにもかかわらず、鍵穴は七個だと判断したのも、こいつがまったく落とさなかったからかもしれない。

 倒す以外に条件があるとすると、ちょっと面倒だな。


 なんにせよ、退屈な労働を終えたら、こんどは退屈な修行が始まる。

 ああ退屈だなあ、などとぼやいてる間にどうにか修行も終わり、楽しい飲酒タイムがやってきた。

 昨日の雪中フライパーティも充実していたが、今日はまた別の趣向で楽しみたい。

 今日もエマやシルビーを誘って、と思ったものの、まだ修行箱でがんばってるようだ。

 新人ホロア三人組みも同じく、基礎鍛錬みたいなことをやっていて、それに伴い騎士連中もまだがんばっている。

 別の見方をすれば、俺だけがんばっていないと言えるかもしれない。

 だが、俺だって寝てる間に別世界に飛ばされてがんばってナンパとかしてるんだし、後ろめたさを感じる必要はないんだけど、なんというかまあ、思うところがないわけではない。

 ないのだが、酒の誘惑には勝てないお年頃なので、結局食堂で一人ジョッキを傾けているのだった。

 食堂の窓から外を見ると、今は吹雪がやんでいて、深く積もった雪が夕焼けで真っ赤に染まっている。

 なかなか乙な景色だな。

 だが、上気して赤く染まったご婦人の肌というものも、自然の絶景に劣らぬ美しさを持つものであり、要するに一緒に飲んで酔っ払ってくれる相手を探してるんだけど、なかなか食堂にやってこない。

 広い食堂の反対側ではピューパー達がボードゲームで遊んでいるが、あの子達は教育が行き届いているので、大人が飲んでいるときは邪魔しに来ないのだ。

 つまり早々に飲み始めた俺を誘いに来ることはない。

 こんなことならすぐに飲み始めずに、幼女軍団と遊んでみんなが集まるのを待っとけば良かったかなあ、などとウジウジ考えてるうちに、ジョッキが空になってしまった。

 おかわりを頼みに行くと、人魚のルーソンがカウンターに立ったところだった。

 ギャルでない方の人魚であるルーソンは、船乗りとかバーテンダーとか志望が色々あるようだが、今のところは家事見習いって感じかな。


「あれ、ご主人様もう飲み始めてたんですか。呼んでくれればお相手したのに」

「ちょいと喉が渇いて駆けつけいっぱいってね。これから本格的に飲むところさ」

「じゃあ、何にします?」

「エールかな、ホップの効いたフルーティなやつを頼む」

「じゃあ、こっちかな」


 ずらりと並んだタップから一つを選んでジョッキに注ぐ。


「ランドフ産のエールで、オレンジピールなんかが入ってるそうですよ」


 ルーソンの言うとおり、琥珀色の液体からは、干し草とオレンジの入り交じったなんとも言えないうまそうな匂いが漂ってくる。

 一口飲むと、実にうまい。


「こりゃあいいな」

「これにあうのは、ナッツとかチーズだと思うんですけど」


 そう言って小鉢を出す。


「マリアージュっていうんですっけ、こういうアテの組み合わせとか、難しいですよねえ」

「まあ、自分の好みだけで済む話なら好きにやればいいんだろうが、人を楽しませようと思うと、難しいもんだろうな」

「まずはご主人様に満足いただけるようになって、その技術で将来、宿を開いたときに食堂を切り盛りしよう、とかってパルシェートと話してたんです」


 ルーソンは実家が宿なので、宿の女将だったパルシェートとも仲良くやってるらしい。


「そいや宿って目処がついてんのかな?」

「カプルがひいた図面で、仮想なんたらとかいうやつで内覧はしましたよ。あれすごいですねえ、ほんとはないのに、目の前にあるように見えて。幻覚の魔法とも違うらしいですけど、従者になってから毎日驚きすぎて、鱗がすり切れちゃいますよ」


 鱗がすり切れるってどういう表現なんだろうと聞きたい気持ちを抑えて、エールを飲み干すと、ルーソンがうれしそうに尋ねる。


「次は何にします? お勧めはいっぱいありますよ」


 にこやかに酒を勧めるバーテンダーのせいで、その日もまた飲み過ぎたのだった。




 てっきり寝てる間に日本に飛ばされるのかと思ったら、普通に目が覚めてしまい、拍子抜けしていると、今朝もアンが呼びに来た。

 ちなみに飲み過ぎたりして布団にしがみついていると、ピューパー達幼女軍団が起こしに来て、布団の上で跳んだりはねたりしてノシイカのように伸ばされてしまうので、このタイミングで素直に起きるのが良識ある大人の行動だ。

 でもちょっと夕べは飲み過ぎたな。

 わずかに残っている酒を抜こうと熱いシャワーを浴びてぶらぶら食堂に向かうと、イケてる女紳士のリルが、山盛りのスパゲティを食べていた。


「あらおはよう。毎日のんびりしてるわね」

「これぐらいでちょうどいいんだよ。そっちは何時まで探索してたんだ?」

「中だと時間がわからないけど、たぶん、夜の九時とか十時……ぐらい?」

「働き過ぎだよ、もっと若いうちは雑に生きないと、あとで詰むぞ」

「将来楽するために、試練をがんばってるんでしょ」

「どうせ称号なんて貰ったところで、酒の席で自慢できるぐらいだぞ、たぶん」

「夢も希望もないこと言わないでよ。貧乏人が成り上がろうと思うと、こんな物に頼るしかないのよ」

「俺だってこの国に流れ着いたときは、身ぐるみ剥がれてパンツいっちょで路地裏で寝てたところをかわいこちゃんに助けられて、それ以降ひたすらヒモで生きてきただけだからな、人間、適当にやる方がつよい」

「ほんとにぃ? でもあんたが言うと、本当っぽいわね。これだけの人間が、あんたを甘やかすためにいるようなもんじゃない。明らかにうち含めて他の紳士と扱いって言うか、主従の関係性が違うもの」

「よく見てるじゃないか。そういうところに、成功者となる秘訣があるんだ」

「いけてないわねえ」


 そう言ってもりもりスパゲティを頬張るリル。

 まあ、こうやって毎朝飯をたかりに来るだけでも、成功者へのレールにのってると思うんだけど、そこを指摘しないのが、一流のナンパ師のテクニックというものだ。

 それよりも、毎朝リルを誘いに行ってるフルンこそがナンパ師としてワンランク上だと言えるかもしれないなあ。




 それから三日ほどかけて塔の探索は四階まで進んだ。

 あのあと日本には一度も飛ばされてないが、きっと俺が油断して気の抜けた頃にいきなり飛ばされるパターンだとみた。

 で、試練の方だが一階から四階まで、鍵となる小さな楔は各七個ずつしか見つかっていない。

 鍵穴が八個ある以上、ほぼ間違いなく鍵も出るはずなんだけど、今のところ糸口はつかめていない。

 他の連中もまだ誰もクリアしていないのでのんびりやろう。

 と言うわけで、今日は休暇だ。

 ウル神殿の夏祭りが続いているので、そいつを見に行くことになっている。

 他の紳士連中も誘ったが、ブルーズオーンとリルはOKで、コーレルペイトはNO、王様はいまだに会えていなかった。

 スキャンした結果によると七階あたりを休みも取らずに歩き回っているらしい。

 何度か遭遇したリルによれば、


「なんか最近、むっつりしてるっていうか、前はもっと超然としてたのに。あんな王様でもうまくいかないと凹んだりするのかしら?」


 などと言っていた。

 まあ、祭りだ祭り。

 祭りはいい、うまいもんもあるし、浴衣……はないけど、着飾った美人は多いし。

 なんか俺の命を狙ってる連中がいるらしいけど、その後順調に摘発も進んでるので護衛をつければ大丈夫だろうという、いかにもアレな判断が下されていたが、責任者のスポックロン曰く、


「どのようなリスクであれ、一生びびり続けて過ごすわけにはいかないので、どこかで線引きは必要なのです。島の住人、および出入りする観光客のマーキングもほぼ終わりましたので、素性のわからない人間を優先してチェックするなどすれば、まず大丈夫でしょう」

「そんなにうまくいくかぁ?」

「むしろご主人様を餌にここいらで一網打尽にしたいという意図もありますね」

「俺で釣れるのは趣味の悪いご婦人だけだということを忘れて貰っては困る」

「ご心配なく、毎朝、鏡を見る度に思い出しますので」


 まあ、行くのをとめないということは、大丈夫ってことなんだろう。

 ウル神殿の祭りは、地元民だけでなく、アルサの住民にとっても憧れのイベントらしく、みんな楽しみにしているようだ。

 俺はもちろんリア充なので祭りは大好きだ。

 がんばってナンパするぞ。

 ちなみに、俺ぐらいのエキスパート・ナンパ師になると、女連れでもナンパができる。

 今日は死に至る病から奇跡の復活を遂げたラーラと、その侍女ポイッコを連れている。

 あとは護衛に騎士のクメトスやメリーがつかず離れず同行してくれている。


「すてき、こんな風に恋しいお方と腕を組んで祭りを見られるなんて」


 ラーラは相変わらず血色は悪いが、言葉遣い一つとっても活力を感じられるようになっている。

 今も俺と腕を組んで自分の足で歩いているのだ。

 まあ、三十分ももたないと思うが大きな進歩だ、ゆっくり歩いて回ろう。

 祭りと言っても日本の縁日より、ドイツのオクトーバーフェストとかのほうが近いかな。

 色とりどりのテントが張られ、肉とかエールを売ってる。

 でもノリはだいたい同じだ。

 神殿の裏手には、戦神ウルを信奉するだけあって闘技場があり、そこで連日剣闘士と獣や魔物との戦いが観戦できる。

 こいつが祭りのメインイベントらしい。

 フルン達はそっちを見に行ったようだ。

 ラーラには刺激が強すぎるんじゃないかと思ったが、一応聞いてみると、興味があるらしい。


「はしたない、などとおっしゃいませんよね?」

「まさか、おまえが見たいと言えば、海に落ちた雨粒でも、砂漠にころがる石ころでも、なんでも見に連れて行ってやるさ」

「うれしい」


 などと言ってラーラはキャッキャと喜んでいるが、側に控える牛娘のポイッコは、俺の軽薄な台詞が気に入らないようで、むすっとしている。


「あらポイッコ、せっかくの祭りにそんな顔をしていたら台無しじゃないの。あなたももっと、ご主人様に甘えてみたら?」

「お嬢様は甘えすぎです。それよりも少しお疲れの様子、椅子に座ってください」


 そう言って空飛ぶ椅子に座らせた。

 ラーラはもう少し俺と並んで歩きたかったようだが、こういう所で無理は言わないようだ。

 もうちょっとわがまま言ってくれてもいいんだけどなあ、などとわがままなことを考えながら闘技場へと向かうのだった。

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