第528話 第五の試練 その五
外はすっかり暗く、吹雪のせいもあって、窓の外は何も見えない。
目的地はないので、塔から十分ほど離れたブナ林の側に車を止めてある。
ぶっちゃけ、ベースキャンプにいるのと変わらない気がするんだけど、雪に囲まれた車中にいるというのは、それだけでなんか盛り上がるのだ、たぶん。
実際、お嬢さん方はストーブを囲んでキャッキャと騒いでいるし、今日のトレーニングで一皮むけた新人三人も、楽しそうに酒を飲んでいる。
なんか苦しそうにパンばかり食ってるイメージだったので、それだけでも成長したと言えよう。
俺もグビグビ酒を飲んでいるが、酌をしてくれているのはシルビーだ。
あのちょっと偏屈だったシルビーが、しおらしくこんなオジサンに酌をしてくれるだなんて、感慨深いモノだなあと思うと酔いも回る。
回りきる前に、揚げ物パーティをやるか。
フライヤーにドボドボ油を注ぎ加熱する。
「ねえ、何揚げるの?」
とのぞき込むフルン。
「何があるかな?」
冷蔵庫を開けると、パン粉までついて揚げるだけの食材が並んでおり、ちょっといい焼き肉屋みたいなラベルまでついている。
「コロッケ! コロッケがある」
「ふむ、コロッケはいいな、肉はどうだ」
「じゃあ、肉じゃがコロッケも!」
「ふむ、串カツとかメンチカツもあるぞ」
「それも」
「全部、入るかな?」
「順番に揚げればいいと思う」
「ふむ、素晴らしいアイデアだ」
というわけで、コロッケからジュージュー揚げていくと、たちまち車内にいい匂いが広がる。
こりゃあ、たまらんですな。
こうなると冷えたビールが欲しいな。
こんなこともあろうかと、生ビールのサーバーも用意してあるのだ。
ちゃんと泡の作れる特注品だ。
ジョワーっとそそいで、泡もアワアワさせて、グビリとやる。
うまい。
サクサクのコロッケとビールが最高にあうぜ。
「おっしゃおっしゃ、もっと揚げるぜ」
ガバガバ飲みしながら次を揚げていると、新人ノッポのイーネイスが困った顔でこっちを見ている。
これはあれだな。
偉大な紳士様が料理などをするギャップに戸惑うという、新人にありがちな感情にとらわれていると見えるが、従者としてやっとスタートラインに立てたとも言えるな。
「どうした、コロッケのおかわりか?」
「いえ、その、こういうのは従者の仕事では、と」
「そうかな、どう思う、フルン」
と尋ねると、口いっぱいに頬張ったコロッケをもぐもぐやりながら、
「おひゅひんはまはあへはほほほはへるほは」
「ふむ、何言ってるかわからんな」
「ほうほほう……もぐもぐ、んぐ。ご主人様が揚げてくれたのを食べるのも従者の務めだと思う」
「ふむ、まあ従者がどうあるべきかについて、様々な議論があることは想像に難くないが、俺としてはこんな楽しいことは自分でやらんでどうするという気持ちだな」
「うん、じゅーじゅー揚げるの楽しい、私もやりたい」
「そうだろうそうだろう、ラッチル、おまえはどうだ?」
俺が鰯をさばいているのを見て苦言を呈したラッチルにも聞いてみると、口に入れていたコロッケをお上品に飲み込んで、
「そうですね、初めは面食らったものですが、最近は我が家のルールという物が多少つかめてきましたので」
「というと?」
「当家には生まれた土地も身分も、種族さえも違う物が大勢います。得意なことも苦手なことも同様に千差万別。その中で唯一共通の価値観があるとすればご主人様をお慕いするという気持ちのみ。ですからもし、皆のすることに違和感を覚えた場合、自分の常識や相手の立場だけで推し量るのではなく、唯一のよりどころであるご主人様への向き合いかたという点で考えれば、自ずと良い判断が導けるでしょう」
「ほほう」
「ですからこの場合、料理は従者の仕事であるという常識からではなく、自分で調理したものでご主人様に楽しんでいただきたいと言う気持ちに基づいて行動すれば良いかと」
「ラッチルはいいこというなあ。よし、このエビフライをやろう」
と揚げたてのフライを渡すとかしこまって受け取る。
俺が適当に言ったことも覚えてるし、あいかわらず洒落のわかるいい女だ。
「どうだ、イーネイス。わかったかい?」
隣であっけにとられていたイーネイスはと言うと、
「いえ、その、ちょっと、まだ私も不勉強で」
「ふむ、ならおまえにもエビフライをやろう」
「それは、どういう理屈で」
「フライに理屈なんてあるわけないだろう。今ちょうど揚がって油も切れたから食べ頃だし、目の前におまえがいたから食わせてやろうと言うだけのことだよ。世の中万事そんなもんだ、わかるかね」
「はい、いえ、そのあまり……」
「わからんか、まあわからんよな。俺もよくわからん。だが、よしんばわかったところでなんだというのか、世の中のことなんてたいていわからんし、わからない方がいいこともある。でもせめてこのエビフライと今揚げてるホタテフライの違いぐらいはわかりたいし、こいつがビールに合うこともわかっているはずだと思いたいじゃないか。それっぽっちでもわかっていれば、安心して酒が飲めるし、酔い潰れることだってできるってもんだ」
「はぁ」
困った顔のイーネイスに少し冷めたアスパラガスのフライを押しつけていたら、窓の外を覗いていたエットが声を上げる。
「雪やんでる! 外でていい?」
「寒くないか?」
「寒いに決まってる! そこがいい!」
「なるほど、じゃあ出てみよう」
ゴツ目のブーツとペラペラのレインコートを羽織って外に出る。
べっとりと重い雪が積もっており一歩ごとにブーツがめり込む。
すぐそばのブナ林は真っ暗で壁のように見えるが、そこにいくつかキラキラ光る物がある。
どうやら護衛のクロックロンが雪合戦をしているようだ。
こっちはこっちでフルン達が地面を踏みしめまくって足場を確保しているかとおもえば、どこからか運んできた丸太を斧でかち割って薪を作り始めた。
手慣れたもんだなあ。
それと並行してクメトス達が車体の下部に備わったコンテナからテーブルや椅子を取り出して並べている。
あっという間にできあがったキャンプスペースで、フライパーティの仕切り直しだ。
そろそろ揚げるのも飽きてきたので、希望通りイーネイスに代わって貰うと、喜んで揚げ始めた。
何事も喜んでやるのが大事だよな。
おかげで俺は、食う方に専念できる。
褐色ブラス奏者のオーイットが、バンジョーっぽい弦楽器で陽気な音楽を奏で、その周りでフルン達が両手にフライドチキンを持ってかぶりつきながら歌って踊っている。
そんな賑やかな音も深く積もった雪に吸われていくのか、目線をそらすとびっくりするほど深い闇だ。
遠くにチラリと見える明かりはベースキャンプの物だろう。
他には何も見えない。
明るく楽しいのは、火の周りだけなんだなあ、としみじみと感じ入りながら、次の揚げ物をゲットしようと車内に戻ると、かわいい姪御のエマが、シルビーと一緒にソフトクリームを作っていた。
にゅーっと絞り出すアレだ。
これも古代文明の英知が我々にもたらした輝かしい成果の一つだ。
「この寒いのにソフトクリームか、乙なもんだな」
ペロリとクリームをなめていたエマがにっこりと微笑み、
「火に当たっていたら、顔がほてってしまって、この冷たさがたまりません」
「なるほど、俺も酔い覚ましに……、いやでも甘いのくうと、酒が進まなくなるんだよな。やっぱ俺は酒かな」
適当に棚を漁ると、薬草臭さがマシマシのジンがあった。
フライで脂ぎった体に効きそうだ。
「あら、そうなんですの? おば様はよく、きついお酒とケーキを召し上がってましたけど」
「君のおば様は俺よりもランクの高い酒飲みだから、そういうことができるんだよ」
「ふふ、勉強になります」
そういってペロペロとアイスをなめる姿はちょっと色っぽいが、鼻の頭につけたクリームをシルビーに拭いて貰ったりするところは子供っぽさもある。
「それにしても、おじ様の暮らしって、毎日こんな感じなんですのね。おとぎ話に出てくる妖精の国みたい。毎日ごちそうを食べて楽しい歌と音楽を奏でながら踊り続けるの」
「まあ、妖精にも負けてないという自負はあるな」
「でも、お話では妖精の国に迷い込んだ人間が、最後には踊り疲れて逃げ出したら、白髪のおじいちゃんになってたそうですよ」
「そりゃあおまえ、半端な気持ちで踊るからそうなる。燃え尽きて灰になるまで踊らんと」
しゃべりながら作ったジントニックを軽くステアしてグビリと飲む俺を見たエマは、
「たしかにおじ様の体は、よく燃えそうですわね」
そう言って笑ったのだった。
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