第527話 第五の試練 その四

 実戦トレーニングの後は座学だ。

 といっても本格的な兵法を学ぶというものではなく、一般教養というか、武器の知識とか、戦の話と言った雑学的なものだ。

 以前、クメトスもフルン達に話して聞かせていたことがあるが、よくあるやつなんだろう。

 ラッチルがバドネスの使う斧を手に、その使い方を説明している。


「斧というものはたたき切るだけでなく、このように頂端に刺突部のあるものは槍のようにつくこともできます」


 そう言って、斧を手槍のように構える。

 片手用らしいんだけど、正直俺には両手で持ち上げるのがやっとの重さだ。

 ラッチルはそれを団扇でも振るようにひらひらと動かしてみせる。


「こうして相手に突きつければ相手を牽制することもできます。さらにこういう小型の斧は」


 斧を投げると、くるくる回って目の前の巨木に刺さる。

 あの木は立体映像じゃないのか。


「このように投擲することも可能です。むろん、武器を手放すことになるので気をつける必要がありますが、ここ一番で役に立つでしょう。実際には力任せに振るだけでも十分に相手を威嚇できるので、体格に恵まれた者には手頃な武器と言えます。他には、木を切ることもできるので、腰にぶら下げたり、馬の鞍に備えている騎士も多い装備ですね」


 三人とも真面目に話を聞いているが、さっき勝利を収めたせいか、目が生き生きとしている。

 いつまでもウジウジしてたらどうしようと心配してたんだけど、このチョロさはじつに相性補正を感じるものだと安心したのだった。

 偽物とはいえ、ソロでギアントが倒せれば一人前というのが冒険者の相場だし、あとはうちのベテラン勢と一緒にトレーニングを重ねればいけるんじゃねえかなあ、つまりこの特訓も終了でいいのではとちょっと期待したんだけど、明日以降もまだ続けるらしい。

 訓練後にうんざりしながら一風呂浴びて食堂に向かう。

 途中廊下の窓から外を見たらめっちゃ吹雪いていた。

 まあ、近くに町も無いしナンパにも行けないんだからトレーニングぐらい付き合うか。

 汗を流した後は、酒がはかどるしな。


 食堂にはイケてる女紳士リルの姿はなかった。

 遠慮するタイプじゃないだろうから、まだ探索中なんだろう。

 ちなみに、俺の方は古代文明パワーを駆使して塔内のマッピングを終えており、魔物のいる部屋と鍵穴っぽい穴の所在はチェック済みだ。

 ちなみに穴は各階八個ずつあるようだ。

 一階で七個見つけたと言っていたリルは取りこぼしてるんだろう。

 後で教えてやって恩を売ろう。

 それはそれとして酒だ。

 誰と飲もうかなと探すと、猿娘のエットが珍しく一人で窓に張り付いて外を覗いていた。

 声をかけると、テントが張れなくてがっかりしているらしい。


「今度の塔は雪って聞いてたから、テント楽しみにしてたのに、こんなすごい吹雪だと思ってなかった」

「確かにひどいよなあ。しかし雪の中で泊まりたいという気持ちもわかる」

「やっぱり、ご主人さまならわかってくれると思った。かまくら作る?」

「もう遅いからなあ、昼間の吹雪いてない時なら行けるだろうが……、テントは無理でも、なんかキャンプ的なのあるだろう、時代はキャンピングカーだよ」

「馬車のやつ?」

「いや、もうちょっとハイテクな」

「あ、レッジロッジ号のこと? あれかっこいい」

「おう、アレみたいなやつ」


 レッジロッジ号とは魔界でちょこっと乗った車……のはずだ。

 オジサンはあんまり細かい名前を覚えられんのだよ。


「色々用意して貰ってたから、たぶんまだ乗ったことないやつもあるはずなんだよな。ちょっと聞きに行こう」

「いく」

「そいや、フルン達はどうしたんだ?」

「まだ修行してる。あたしとスィーダは先に上がって、スィーダはクメトスのとこいった。あたしはテントがどうにかならないか見に来てた」

「そっか」

「シルビーが来たから、フルンも張り切ってる。あたしじゃフルンの相手はまだできないし」

「強いもんなあ」

「うん、あたしも結構強くなったけど、修行すればするほど、フルンの強さがわかる、全然追いつけない」

「そうなあ、エットだって十分すごい早さで上達してるのに、フルンはすごいよな」

「うん、すごい。すごすぎて、ほこらしい気持ちと、しっとする気持ちが両方ある。あ、でもこれ内緒。前にセスに聞いたら、そういう気持ちがあるのはおかしくないけど、迷いを生むから、心に秘めておけって言ってた、だからほんとはご主人さまにも言っちゃダメだった」

「ははは、じゃあ聞かなかったことにするよ」

「うん、そうして」


 乗り物のことを聞くとなると、スポックロンかカプルだろうと適当にうろついていたらカプルを見つけた。

 一流の大工であり、うちのクリエイターチームのプロデューサーないしはディレクターであるカプルは、普段は開発部屋に引きこもっているが、今日は装備置き場で古い金属甲冑をいくつも並べていた。


「えらく古いもんだな」


 うちも最近は高級品かハイテク装備ばかりなので、赤さびの浮いた古めかしい甲冑などは珍しい。


「この間、赤竜の新しい詰め所を作ったときに、古い甲冑を処分することになったので、いくつか貰ってきましたの」

「甲冑って高いもんじゃないのか?」

「そうなんですけど、これは兵士が着るようのもので、しかもかなりガタが来ているので、直すのも大変、といったものですわね」

「ふうん、で、何に使うんだ?」

「最近、溶接にハマってまして。溶接というのは部材をとかして一体化する技術で、ろう付けといって低温で溶ける精霊石粉を用いた方法などは昔からあるんですけど、今はまっているのは高温のレーザーで直接金属を溶かすものですの」

「そいつで修理するのか」

「ええ、ご主人さまも興味がございます?」

「溶接ってスポット溶接かなんかは学生の頃に一回やったことあるけど、バリバリ火花が飛んだりするよな」

「電気を使うやつですわね、スパッタ、いわゆる火花が飛ぶときは溶接がうまくいってないものですわ」

「そうだっけか、まあ溶接講義は今度聞くとして、なんか雪上車仕様のキャンピングカーとかねえかな、この吹雪じゃテントも張れないし、外で遊ぶもんがほしくてな」

「それでしたら、ちょうど今朝搬入した車両がありますわ」


 別棟のガレージに行くと、スクールバスぐらいの大きさで、シルエットは潜水艦みたいな円筒形の雪上車があった。

 三角形のキャタピラがタイヤ代わりに四つついててそれっぽい。

 背面の扉から乗り込むと、中は全面板張りの空っぽで、突き当たりの運転席以外は窓しかなかった。


「これから内装をやろうと思っていたんですけど、ご主人様がデザインなされてはどうです?」

「そりゃいいな、何がおけるんだ?」

「スペースさえ収まれば何でも。こちらに一通りユニットが用意してありますわ」


 雪上車の隣にコンテナがあって、そこに大小様々なサイズの箱が置かれていた。

 これがキッチンや冷蔵庫、ベッドやシャワー、トイレといったユニットになっており、車内に設置するだけで使えるらしい。

 こりゃあ、楽しそうだと物色してたら、エットがでかい薪ストーブをチョイスしてど真ん中に設置していた。

 いきなりそれかあ。


「このストーブはすごくいい。テントでは少し小さいの使ってるけど、暖かいし、ここでフライパンも使えるし、この蓋外すと鍋も置ける」


 と熱弁している。

 たぶん、空調が効いてるので暖房はいらない気がするんだけど、キャンプに火はつきものだからな。

 排気の問題もたぶんなんかいい感じにやってくれるだろうし、そうなるとストーブはベストチョイスだと言えよう。


「ふむ、ど真ん中にストーブを置くなら、そこを中心に考えないとなあ」

「うん、ストーブがあると、みんなそこに集まる。だから、いい絨毯がいると思う」

「なるほど、さっそく敷いてみよう」


 ずっしりと厚みのある絨毯を敷き詰めたうえに、さらにふわふわのムートンを敷くというお大尽仕様の床ができあがった。


「すごい、完璧。一生暮らせそう」

「まったくだ。でも調理場とか冷蔵庫とかもいるな」

「いる! お肉いっぱい詰めたやつ」

「酒も詰めてくれ」

「わかった」


 しかしストーブか、これに対抗できるガジェットとなるとなかなか難しいなあ、とあれこれ物色してると、いい物を見つけた。

 フライヤーだ。

 業務用みたいなでかいやつ。

 食堂の厨房には何台も並んでるけど、アレの少し小さい版。

 昔、通販で見かけて結構安いので買おうとしたんだけど、油を何リットルも使うと知って諦めたんだよな。

 でも今なら十L程度のサイズでも余裕で行けるだろうし、これで揚げ物パーティをやるしかあるまい。

 というわけで、壁にフライヤーを設置した。

 調理までは大変なので、即揚げられるところまで下ごしらえは頼んでおく。


 あと何を置くかだけど、車内のスペースは狭くはないがあれこれユニットを置くと、そこまで広くはない。

 十人も乗れば十分って所か。

 いやでもエツレヤアンの頃は、これよりちょっと狭いぐらいのスペースに十六人で暮らしてたので、もうちょっと詰められるかもしれない。

 初心忘るべからずと言うやつだ。

 結局、車内で一晩過ごせるだけのユニットとして、冷蔵庫や小さなシンク、トイレだけをつんで、あとは女体を並べることにした。


 準備ができたところでさっそくメンバーを募りに行く。

 フューエル達マダム連中はすでに酒が入って動きそうになかった。

 騎士連中も同様だが、まだ飲み始めた所のようで、クメトスチームの三人にエンシュームをさそう。

 新人三人も当然誘うので、ラッチルも自動的に参加だ。

 それにフルンと一緒にいたシルビー、エマ、クメトスにくっついてたスィーダ。

 キャンプに必要な音楽家は、エマと一緒におしゃべりしていたラッパ奏者のオーイットをさそう。

 最後にエットと俺、ドライバーのミラーを入れて十六人だ。

 シルビーとエマがいるので今夜のサービス内容は全年齢仕様となっている。

 まあ、疲れてるしちょっと飲んだらすぐ寝ちまうだろう。

 護衛として、寒冷地仕様のクロックロン達が何体かついて来てくれることになった。

 俺も学習できる男なので、ちゃんと護衛はつけるのだ。

 ガレージの扉が開くと、外は猛烈に吹雪いている。

 エアカーテンのおかげで雪が吹き込んでくることはないが、お出かけするにはまったく向いてない天気だな。

 ちょっと盛り上がってきたぞ。

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