第526話 第五の試練 その三
翌朝。
寝る前に飲まされた怪しい薬のせいか、体はすっきりしているが、気持ちは沈んでいる。
面倒くさい試練のあとに、さらに面倒くさい修行が待っていると思うと、明るくなれようはずもないのだ。
などと文句を言いながらシャワーを浴びて食堂に行くと、当たり前のような顔でイケてる女紳士リルとその一行が飯を食っていた。
「あら、おはよう。今朝もいただいちゃってるわ」
「おはようさん。しかし朝からよく食うな」
リルの前には、山盛りのパンと肉が詰まれている。
「だってほら、フルンちゃんがとってくれたし」
丸いテーブルの向かいでもぐもぐ食ってるフルンを指さす。
どうやら、フルンが一緒に食べようと呼びに行ったらしい。
気の利く従者だなあ。
リルの隣に腰を下ろすが、目の前の肉を見ただけで胸が一杯になり、給仕のミラーにひとまずコーヒーを頼むと、入れ違いにアンがやってきて来客を告げる。
爽やか青年紳士のブルーズオーン君だ。
さっそくテーブルに招いて朝食を勧めると、食べてきたからと遠慮していたが、目の前につまれた肉を見て喉を鳴らすあたり、実に健全な若さにあふれていることであるなあ、と感心する。
「若い子が何を言ってるんだ、朝食の二度や三度、どうってこと無いだろう」
などとオジサン臭いことを言って勧めると、喜んで食べ始めた。
俺も若い子に飯を奢りたくなるお年頃だからなあ。
「それにしても、速いですね。前回会ったときは、まだ第三の塔だったでしょう」
ほっぺたにケチャップをつけたまましゃべるブルーズオーン。
「うちは数でこなす路線だからな。まあ、多少はね」
「数と言えば、あの王様は相変わらず、一人で試練にあたっているようですね」
「そうなのか。子分をいっぱい連れてるのになあ」
「どうもあの人達は、従者ではないのでは?」
「そうなのかな。でも、一人ぐらいはホロアを連れてるんじゃないのか?」
「さあ。あのいつも一緒にいた巫女の姿も見えませんでしたし」
「あの巫女さんはお姉さんだって噂だけど」
「そうなんですか? たしかにアーシアル人でしたけど……」
ブルーズオーンの言葉が少しつまる。
どうやら、食堂の隅にいた新人三人に目をとめたようだ。
少し声を潜めて、
「あの、あちらの三人のホロア、もしかしてクリュウさんが従者に?」
「うん? ああ、そうなんだ。三人ともピカッと光ってくれてね」
「そうでしたか、いえ、僕もこっちに来る前に神殿で、その……クリュウさんのアドバイスを聞いて、顔合わせに応じたんですけど、ちっとも反応がなくて。彼女たちがすごく落ち込んでいたので……」
「ホロアってのも大変みたいだからな」
そう言って三人組みを見ると、モリモリと飯を食っていた。
食欲があるのは結構だよな。
ふと気がつくと、リルが肉を頬張りながら、横目で三人組みを見ていたが、とくに何をいうでもなくゴクリと肉を飲み込んだ。
それから話は、黒竜会のことになった。
ブルーズオーンに負けないペースで食っていたリルが、やっと満足したのか手を止める。
「一応、精霊教会の方から勧告がきてたけど、ほんとにそんな連中いるの?」
「いるいる、つい先日も襲われたばかりだし」
「ほんとに? あんたが個人的に狙われてるとかじゃなくて?」
「その可能性はすてきれんがブルーズオーンだって妙なやつとやり合ったんだろう?」
話を振ると、肉を頬張りながらうなずく。
「ふーん、何考えてんだか」
「紳士をぶっ殺すと、黒竜が復活できるって信じ込んでるらしいから、ま、用心に越したことはないな」
「まったく、面倒くさいわね。試練だけでも大変だって言うのに」
「一応、手配はしてるらしいけど、島に何人乗り込んだかもわからんらしいからなあ」
「いいかげんねえ、要するに襲ってきたら返り討ちにすればいいんでしょ」
「なんかやばい薬で血みどろになっても襲ってくるから、用心した方がいいぞ」
「なにそれ、めちゃくちゃじゃない」
「そうなんだ、こえーよなあ」
などと人ごとのようにのんびり話すうちにみんな食べ終わったので、探索タイムとなった。
先行している両紳士とわかれ、今日ものんびり一階を回る。
例の新人三人組みは引き続き俺とパーティを組むが、本番はしばらくお預けとなった。
代わりにクメトス率いる白象チームを見学する形で探索を進める。
ちなみにクメトスチームは、クメトスをリーダーに、エーメス、メリーが脇を固め、後衛としてエンシュームとミラーがつく。
リーダーが元団長であるメリーでないのは、
「元々、私が団長だった頃も実際の運用はクメトスに頼りっきりでしたし、何より騎士としての実力も経験も彼女の方が上です。こうして従者となったからには、改めて彼女の元で鍛え直したいのです」
などと言っていたからだ。
逆にクメトスに言わせると、
「経験はともかく、戦力としてメリーが私に劣る事はありません。ですが今にして思えば、彼女にとって団長の地位は重荷だったのです。将来はともかく、今しばらくは一人の騎士として、ご主人様のために槍を振るう自由を楽しんで貰いたいと考えております」
などと言うことだったので、万事よきにはからえと言うしか能の無い俺としては、自由にして貰っているのだった。
でまあ、言うまでも無いことだが、このチームが相手では、小部屋に出る程度の魔物はほとんど雑魚扱いになる。
それでもすぐ間近で肉が裂け、骨が砕け、血や脳漿がまき散らされる様を見ていると、自然と慣れてくるところはある。
俺だって、こっちに来た直後にこんな戦いを見せられたらショックで気絶するか、小便ちびって泣きわめいてた可能性あるもんなあ、と人ごとのように考えてたら、むっちり系のエキソスが、うずくまっていた。
よくしゃべるバドネスも一言も発せず、エキソスの背中をさすっていたし、長身のイーネイスも青い顔で固まっている。
こういう様子を見ると、そこまでして試練に出なくてもと思っちゃうんだけど、ホロアの試練にかける思い入れもかなり重いからなあ。
そもそも、クメトスの実力をもってすれば、急所への槍の一突きでほとんど血も流さず仕留めるぐらいのことはできるんだけど、あえて返り血をまき散らすような戦い方をしているのは、ラッチルあたりに言わせると、
「早めに血のにおいになれることが必要なのです」
だからだそうだ。
スパルタだなあ。
でもまあ実際、俺も最近は多少血のにおいが充満してても、はらわたが飛び散っててもそこまでショックを受けることはない。
そういう戦いを何度も経験したからだが、どうも新人三人はほとんど何の経験もなしにこれまで来たようなので、少々スパルタになるのも致し方ないという感じなんだろう、たぶん。
昼前に試練を終えて外に出る。
青い顔をした新人三人のフォローもしたいところだが、俺ぐらいのモテ男ともなると、配慮すべきご婦人の数も多い。
初めての実戦を終えた姪っ子婚約者のエマも、少し興奮気味にシルビー達と語らっている。
こちらは順調に経験を積んだようだ。
そもそも実戦経験で言えば新人トリオと差はほとんど無いはずなんだけど、行き届いた教育ってのは時に経験にも勝るものなんだなあ、という感じである。
エマに付き合っていたマイワイフのフューエルは、興奮気味の姪を見て苦笑したものの、とくに説教をかます事は無かった。
「初陣というのは、誰しも興奮するものでしょう。これで調子に乗るならともかく、よい経験を積めたと思いますよ。それよりも……」
青い顔のイーネイスら新人三人をみて、
「最初に苦手意識を持ってしまうと、それを打ち消すのは難しいと聞きます。そういう風になった騎士や兵士の矯正というのはベテラン指導者にとっても困難なものだとか。あの子達だけでなく、指導するラッチルにとっても負担は大きいでしょうから、あなたがフォローしていかなければ」
「でもほら、あれでも俺と相性いいんだし、わりとメンタルが頑丈だったりしないかな」
「何を言っているんです、そもそもあなたはそれほど頑丈ではないでしょう」
「そうかな」
「そうですよ、その分周りが気を遣うことになるんですから、気をつけてください」
確かに俺も以前はなんかドジるたびに、うじうじ悩んでた気がしないでもない。
最近、そういうのが減ってたのは、家族のフォローが行き届いてたからなんだろうなあ。
初心に返って、みんなにしっかりと感謝していこう。
午後のトレーニングも、昨日と同様、実戦形式で行われたわけだが、まだ二日目だけあって特に変化は無い。
まあ、三ヶ月コースっていってたしな。
三ヶ月もあると試練が終わっちゃうのではと言う気もしないでもないけど、こういうのは持続することに意味があるんじゃないだろうか、よくわからんけど。
ちょうど今は、一人ずつ順番にギアントに立ち向かうトレーニング中で、順番待ちをしていたノッポのイーネイスとベンチで雑談している。
自分たちの未熟さもさることながら、こうして他のメンバーの手を煩わせていることも気になっているようだ。
「我々の訓練にさく時間で、もっと試練を進められるのではないかと思うと……」
「試練自体は、いつもだいたい午前中しかやらんから、気にするほどじゃないよ。そんな一日中戦ったり探索したりはできんよ」
「そうなのでしょうか」
「そうそう、以前なら午後はもう飲んだくれてたんだけど、それに比べればこうしてトレーニングしている方が健全だと言えるな」
「はあ」
目の前では小柄でおしゃべりなバドネスがへっぴり腰で斧を振り回している。
「こうしてみていると、自分もそうですが、まるでなっていないな、というのが……」
自戒するようにつぶやくノッポのイーネイス。
「そうやって意識を切り替えるのが、最大の目的だからな、それがわかってるってことは、ゴールは近いさ」
「そ、そうでしょうか」
「そうそう。ほら、次はイーネイス、おまえの番だ。いっちょかましてこい、応援してるぞ」
投げキッスで送り出すと、一瞬顔を赤らめてから、武者震いして大股で歩いて行った。
入れ違いにむっちり無口なエキソスがとなりにやってきた。
エキソスは身長はそこそこだが、かなり肉付きが良いので大きく見える。
ベンチの隣にドスンと腰を下ろすと、いまからギアントと戦うイーネイスの背中をじっと見ている。
無口な子は無理に会話するとストレスになるかもしれないので気を遣うな。
とくに俺みたいな軽薄な軽口男はいくらでもべらべらとしゃべってしまいがちだし。
でも、ほんとは俺の益体もないおしゃべりを聞きたいのかもしれないし、悩ましい。
もう一人の小柄でおしゃべりなバドネスは、対戦を終えたばかりで体調のチェックを受けている。
「あっ」
不意にむっちりエキソスが声を上げた。
どうやらイーネイスがギアントの首に剣をたたき込んだらしい。
ノッポのイーネイスよりさらにでかいギアントの巨体がぐらりと傾いて膝をつき、そのまま動かなくなった。
初白星に、思わず雄叫びを上げて興奮するイーネイス。
「すごい、急に動きがよく、なった、みたい」
ボソボソとしゃべるエキソス。
バドネスがいると三人分しゃべってしまうのでまったく口を開かないエキソスだが、一言もしゃべらないわけじゃないんだな。
「俺の応援がきいたかな」
「ど、どんな、応援を?」
「そりゃあ、俺の応援と言えばこれしかないが」
そう言って優しく肩を抱き寄せると、耳たぶにそっとキスをするように囁く。
「おまえのいいところを、見せてほしいな」
するとたちまちぷるぷると身震いして勢いよく立ち上がり、
「い、行ってきます!」
これまた大股で向かっていった。
エキソスは小さな盾と槍という装備だ。
槍で牽制しながら間合いを計るところなんかは危なっかしいんだけど、ジャブのような槍のつきでギアントが一瞬よろめいた隙に、慌てて前に出たら、踏みとどまったギアントの棍棒にもろにさらされてしまう。
だが、強烈な一撃を盾で正面から受けきっただけでなく、大きく隙のできたギアントの喉元に槍を突き立てて見事討ち取ったのだった。
「二人ともすごい!」
そう叫んだのはいつの間にか隣に来ていたおしゃべりな小柄ホロアのバドネスだ。
「あの、二人とも何かご主人様にアドバイスとか受けてたみたいですけど、いったい何を」
目を輝かせて俺に顔を寄せてくるバドネス。
「アドバイスはないが……」
バドネスの顎をクイっとやって、鼻が触れそうな程に顔を近づける。
「おまえならやれると信じてるよ」
などと甘い言葉を囁くと、ワタワタと取り乱してやはり大股でギアントに向かっていった。
バドネスは何度かギアントの攻撃がかすりながらもめげることなく斧をたたきつけ、ついに膝をたたき折ってしまった。
足をやられてしまえばもはやまともに戦うこともできない。
崩れ落ちたギアントの脳天に斧をたたき込んで、これまた見事な勝利となった。
三人とも初の白星で手を取り合って喜んでいるが、浮かれすぎたのかラッチルに怒られていた。
まあ、浮かれてしでかすのがうちの家風なので、釘を刺しとくのはだいじだよな。
「それにしても、あんな励ましぐらいで勝ってしまうのですから、従者というのは実にチョロいものですね」
いつの間にか隣に座っていたエセ幼女ママのオラクロンがそんなことを言う。
「俺の大宇宙より深い愛のなせる技だな」
「そういうことにしておきましょう。それより、ご主人様はトレーニングなさらないので? いまなら私が投げキッスで送ってあげますよ」
「そそるねえ、じゃあしっかり目に焼き付けとけよ」
自信満々に親指を立てて大股でズカズカ挑んだところ、ガツンと脇腹に棍棒を喰らって負けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます