第525話 第五の試練 その二
「修行箱だ!」
そう叫んだのは犬耳侍娘のフルンだが、雪原にぽんと置かれたどでかいコンテナが、これから俺が理不尽なしごきを受ける施設だ。
なんでも、にょきにょき生えてくる地形と立体投影なんかで環境を作り、ロボットで模した魔物なんかも用いて、いろんな戦いをシミュレートするらしい。
経験者のフルン曰く、
「試練の前に、ちょっと使ってた! あのね、早戻しとかできるから、おんなじ攻撃をいろんな受け方とか、かわし方の練習ができて面白い」
とのことだ、よくわからんな。
一方、これから俺たちを指導する魔族騎士のラッチルも、この修行箱のことを知っていた。
「何度か使ったことがあります。実に不思議な魔法ですが、大群相手の騎馬戦なども作り出すことができるので、騎士の修練にはもってこいですね。また、馬を戦にならすのにも向いているのではないかと考えておりました。馬というのはあれで臆病なもので、うまく育てねば戦では役に立たぬのですよ。それに私自身、地上の騎士の作法を知りませんので、実戦様式ですり合わせるのに重宝します」
とまあそういう感じで、たぶんリアルなハイテクアトラクションだと思えば、いいんじゃなかろうか。
というわけで、午後は修行だ。
俺が修行するというので、家事組みなども冷やかしに来ている。
今回使用する修行箱はテニスコートサイズの小さな体育館ぐらいの建物で、ここにいろんな地形や敵を生成するらしい。
教官のラッチルが俺たちの前に立つ。
「注目!」
いつも穏やかなラッチルが声を張り上げる。
スポックロンが用意したとおぼしき軍服風のスーツが鬼軍曹って感じで、無意識に背筋が伸びる。
「ここでは私は君たちの上官だ。君たちに求められることは私の命令にひたすら盲従すること、ただそれだけだ」
「イエス、マム!」
つられて返事も軍隊風になる。
「返事が小さい!」
「イエス!、マム!!」
「よろしい、これから行うのは訓練ではあるが、訓練とはいえ、命がけのものであると肝に銘じたまえ。スポックロン、フィールドを草原に」
ラッチルが指示を出すと、あたりがだだっ広い草原に早変わりする。
「まずは体をほぐせ、ジョギング十周」
「アイアイマム!」
言われるままに走り出す俺たち。
みためはどこまでも広がる草原で、地面の感触は土のそれであるものの、生えてる草は立体映像のようで足がすり抜ける。
そこに光点で描かれたトラックが浮かび上がっており、ひたすら走る。
ジョギングなんて俺のもっとも苦手な行動の一つだが、このときの俺は、昼は鬼軍曹、夜は従順な恋人というラッチルに生えてきた新たな属性に興奮してしまい、無駄に力が有り余っていたのだった。
トレーニングは過酷だった。
準備体操代わりのジョギングで息が上がって吐きそうになってる俺の尻を叩き、ラッチルが次にやらせたのは、ギアントとの対決だ。
見た目はギアントそのものだが、特製のロボットらしい。
手にした棍棒もラバータッチでダメージは低減されているが、殴られるとかなりいたい。
もっとも本物なら骨が砕けるレベルのダメージだったりするので、そこはトレーニングならではだが、剣と盾だけで俺が真正面からタイマンする相手としては、ギアントはちょっと、いや、だいぶきつい。
動きが鈍いので、斬りつければ腕や足に傷を負わせることはできるが、せいぜい皮一枚と言ったところで、致命傷にはならない。
もう一人前衛か、後方から弓や魔法で援護してくれるパートナーがいればいいんだけど、訓練なので一対一だ。
十分ほどバトルして、先に俺の息が上がったところを、棍棒でガツンと殴られてゲームオーバーになった。
他の三人も同様というか俺よりさらに悪く、五分ももたずに負けていた。
けちょんけちょんに負けた俺たちを前に、訓示を垂れる。
「諸君らの戦いは見させて貰った。と同時に、改めて理解したことだろう。諸君らは弱い。今のまま戦場に立てば自らの命だけでなく、仲間の命まで危険にさらすことになる。だが、実のところ、一対一でギアントを打ち倒せるものはそう多くない。軍においても、一兵卒には荷が勝ちすぎるというのが正直なところだ。私は魔界生まれだが、地底には獣より魔物の方が多く住む場所が多い。私の故郷においても、森に分け入れば至る所にギアントの巣が合った。当然それらと戦う術を子供の頃から身につけることになる。諸君ら、とくにホロアの三人にはそれを身につけ、我らが主人をギアントから守るだけの技術を身につけてもらう」
「イエス・マム!」
「よろしい、では、これより実際の訓練に入る」
訓練の方向性は割とシンプルで、三人で俺を守りつつ、ギアント一体を確実に倒せるようになること。
どうやら他の魔物とか乱戦とかは全部無視らしい。
まあ、短期間でやるんだし、なにより、実践的な技術習得もさることながら、戦闘に慣れるのが目的っぽいからな。
でもって、俺のトレーニングは三人にうまく守られること、と言うことになるんだろう。
これなら実際には戦わなくて済むし、俺向けかもしれないなあ。
などと考えた俺が甘かったのは言うまでも無い。
今まで俺の護衛をやってたエーメスやキンザリスなんかは、はっきり言ってすごく強いのよ。
突然敵が襲いかかってきても、まず俺に触れさせることはない。
ところが、この三人になると、ギアントが真正面から見え見えのタックルをかますだけであっけなく吹っ飛ばされて、そのまま俺がタックルを喰らうことになる。
これが、結構いたい。
しかも、三人が泣きそうな顔で俺に謝るものだから心も痛い。
かえって自信をなくすんじゃと思わなくもないが、これを乗り切る頃には確かな実績と共に自信も生まれてくるんだろう。
ちなみにこの訓練は、体調などもモニタリングしながら行われるので、肉体の限界まで駆使する感じになっているようだ。
というか、今まさに限界まで駆使して浜に打ち上がったクラゲのように伸びて膝枕をしてもらっている。
しかし、集中していたせいか、目をつぶるとさっき体験した戦いの様子が脳裏に浮かぶ。
まあ、棍棒でぶん殴られるシーンとかが大半なんだけど。
でも何度も死にかけるとさすがにこう、度胸が据わるというか、目がついていくようになる気がするな。
「おじ様って、結構がんばりやさんなんですのね」
そう言ったのは俺に膝枕をしてくれているエマだ。
まだ少女と言っていい年頃なのに、実家の意向でうさんくさいスケベ中年の許嫁にされてしまったかわいそうな娘だ。
「まあ、たまにはね。それよりどうだ、うまくやれてるかい?」
エマちゃんは現在、うちのゲストとして試練に同行しているわけだが、花嫁修業も兼ねているらしい。
よく知らないんだけど、婚姻前から嫁ぎ先で暮らして慣れておくのはそれほど特殊なことでもないらしい。
時代劇でもそういうのを見たことある気がするので、そんなもんなのかもしれない。
嫁ぎ先、というかそこの姑とうまくやれるようすり合わせるのが目的っぽい気もするけど、うちは姑はいなくても、小姑ポジションがいっぱいいるので大変そうだよな。
「ええ、それよりもおじ様、私も試練に参加できるよう、おば様に頼んでくださいな。シルブアーヌ様と一緒に塔に入れると思ったのに、反対されるんですもの」
「君のおばさんも心配してるんだよ」
「でも、ご自身は今の私よりもっと小さい頃から、お師匠様について旅をしていたって言うのに」
「人間誰しも、自分のことは棚に上げるもんさ」
「おじ様がそうやっておば様を甘やかすからです。次は私も甘やかしてください」
「しょうがないなあ、しかしエマ、君は冒険の経験はあるのかね?」
「ダンジョンの類いはありませんわ。でもこれでもリーストラムの娘、いざとなれば騎馬をかって戦場に出られるだけの修行はうけております。狩りも結構、得意なんですのよ」
「そりゃすごい。それなら、ちょうどここで仮想の戦闘もできるんだ。シルビー達に手伝って貰って戦えるところを君の偏屈なおばさんに見せつけてやるといい」
この国は騎士の国らしいので、名家リーストラム家の娘ともなれば、それなりのトレーニングぐらい受けているのだろう。
魔法の補助もあるせいか、騎士に男女差はほとんど無いしな。
実際、シルビーやフルン達と組んで、ギアントとの模擬戦を何度かやって見せてくれたが、実に危なげなくこなしていた。
シルビーには及ばないが、エットよりもちょっとマシと言えるかもしれない。
火の魔法も少し使えるようで、これなら確かにかけだし冒険者より頭一つ抜けているだろう。
ラッチルに言わせると、
「実に筋の良い太刀筋です。まだ体が小さいので膂力に欠けますが、良い教育を受けているのでしょう。地上の貴族は男女問わず馬を駆り弓と槍を学ぶと聞きます、うらやましい限りです」
そういや魔界ではあんまり女は戦場に出ないとかで、ラッチルも年の離れた弟が成人するまでの代理みたいな条件付きで騎士をやってたらしいな。
「まあ、見るからに俺より強そうだからな」
「ですが、せめてあれぐらいにはなって貰わねば、我々が守ると言っても限度があるやもしれません」
「それはまあ、そうかもなあ」
おしゃまなご令嬢が、剣を片手に飛び回って魔物に斬りつけ、汗を流す姿は実に猥褻である。
けしからんなあ。
その様子を見ていたフューエルは、
「あなたがたきつけたのでしょう」
とプリプリ怒っている。
「兄からよけいなことをさせるなと釘を刺されていたのに、こんな物を見せられては、ダメとは言えぬではありませんか」
「つれてってやれよ。おまえやシルビーと一緒に、塔を回りたいのさ」
「気持ちはわかりますが……。留守番ばかりさせるわけにもいきませんし、ひとまず明日は連れて行くとしましょう。それよりも、あなたの方はどうなんです?」
「無事に今夜は筋肉痛だよ」
「あなたはそれぐらいでちょうどいいんですよ」
「夜の本業に支障が出るじゃないか」
とぼやくと、知りません、と言い捨ててエマの所に行ってしまった。
厳しいなあ。
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