第524話 第五の試練 その一
ひとまず設営を終えて、時刻は午前十時頃。
本日の業務はそろそろ終了してもいいのではないかと思うんだけど、世間は俺とは異なる価値観で動いているっぽいので、そういうわけにはいかないのだった。
というわけで、さっそく塔に挑む。
いつものウエルカムメッセージみたいなやつを適当に流して乗り込むと、少し開けた広場になっていた。
そこにいくつか野営の跡が見られる。
ここに挑戦しているのは紳士だけなので、先ほどのリルの他に、好青年のブルーズオーン、うさんくさい坊主のコーレルペイト、そして王様ことサンザルスンの各パーティがいることになる。
野営跡もちょうどその四つだが、人がつめているのは一つだけで、王様のものとおぼしき陣幕だけだった。
これも大所帯ではなく、せいぜい十人程度の小規模なもので、他の連中は別の町にでもいるのか、内なる館に入れるかしてるんだろう。
カリスミュウルもそうだったが、内なる館って小さいのが多いみたいだから、言うほど便利でもないんだよな。
俺やガーレイオンみたいに知らなかったのもいるし。
かといって、わざわざ聞くのもどうかと思う。
なんかママ友どうしで夫の年収を探り合うようないやらしさがない?
ないか。
まあいいや。
誰か他の紳士がいたら挨拶しようと思ったんだけど、時間的にみんな攻略の最中だ。
リルがあそこにいたのは、朝一で町まで戻るつもりだったからのようだ。
一応、その場にいた王様の子分に挨拶したら、平身低頭されてしまった。
そういやあの王様、俺のことを友とか呼んでたし、偉大な王の同類扱いなのかもしれない。
王様はずっと出ずっぱりでここに数日戻ってないらしい。
トップが二十四時間働けるタイプだと下は大変だろうなあ。
使いを出すと言ってくれたが、別に用事も無いので、王の歩みを留めるのははばかられるとかなんとか言って断っておいた。
どうせどっかで会えるだろう。
そんなことをしているうちに、リルが一風呂あびて、うちで出したであろうカツバーガーなどを咥えながら追いかけてきた。
「別にもっとゆっくりしてても良かったのに」
「そうはいかないわよ。ちょっと王様に負けてるっぽいし。それにお礼に案内してあげようかと思って」
「そりゃうれしいが、一緒に回ると同じメンバー扱いになったりしないかな?」
「え、そんなのあるの?」
「うちは紳士三人で一緒に回ってるけど、なんか一括でクリアしたことになってたぞ」
「それは困るわね。じゃあ、アドバイスとかいる?」
「いるいる、俺は可能な限り楽をしたいタイプなんだ」
「あんまり紳士っぽくないわよね」
「ははは、紳士たるもの、自分の可能性を狭めちゃいかん、やろうと思えば、極めつけのナマケモノにだってなれる、それが紳士というものさ」
「イケてないことを自信満々に言わないでよ。まあいいわ、ここは第三の塔と似てるっぽくて……」
あちこちの小部屋にいる魔物を倒すと、一定の確率で小さな杭のようなものをドロップするらしい。
でもって、やはり塔のあちこちにある穴にそれを差し込んでいくと光るとか。
確かに似てるが、あえて外してくる可能性もあるよな、なんせ女神のやることだし。
「アレを全部埋めるのが目標だと思うのよね。ただ穴も杭もなかなか見つからなくて」
「なるほど。塔の高さは? 外から見た感じ十階建てぐらいだったが」
「最初にぐるっと回ってみたけど、九階だったわ。十階があるのかどうかは不明ね。いまのところボスっていうの? そういう大物はいなかったわよ」
「ふぬ」
「一階に穴は七個見つけたけど、それで全部かはわからないわ」
「他の紳士と情報交換は?」
「するわけないじゃない」
「まじで? 俺ならじゃんじゃんオープンにして楽するのに」
「いいわよねえ、あんたは気楽で。もっとも、それぐらいのおおらかさが紳士には必要ってことなのかしら」
「そうそう、だいたい君だって教えてくれたじゃないか」
「これはお世話になったお礼よ。丸一日分ぐらいは稼げたし」
「遠慮せずに、毎日お世話になりに来てくれてもいいんだぜ」
「考えとくわ、じゃあ、私はお先に」
そう言ってリル一行は先にいってしまった。
情報収集も終わったし、今度こそ本日の業務終了でよろしいんじゃないかしらと思ったら、ガーレイオン達がガーッと突撃してしまう。
しょうがない、俺もいくか。
本日のパーティは当然、新人三人を起用だ。
三人ともベッド上で発揮できるスペックについては十分に把握したが、戦闘に関してはよくわかっていない。
これは俺の戦闘能力が皆無だからであって、俺以外のメンツ、たとえば彼女たちのチューターを買って出た魔族騎士のラッチルなどは、短い時間で十分にその力量を把握している、はずだ。
というわけで、残りのメンバーはラッチルと僧侶のレーン。
同じく僧侶であり、空手家でもあるキンザリス。
ナビ担当としてスポックロンという構成だ。
さらにクメトスをリーダーとした騎士パーティがすぐ近くでサポートしてくれるという完璧な布陣。
ここまでやっても何かあるときはあるんだけど、まあいいや。
三人とも戦士としては未熟故に、急にがっつり装備を変えるとかえって危ないとかの理由で、見た目はほとんど元の装備のままだ。
ただし肌着はハイテク装備のなんかすげー頑丈かつ衝撃吸収力抜群なやつを着て、その上の安い革鎧も特殊なコーティングが施されている。
アヌマールになっちゃってたイーネイスは片手剣を使うが、これはそのままだと安物過ぎて頼りなかったので、見た目やら重量バランスをそのままに、材質だけ替えたすごい切れる剣になっている。
むっちり系のエキソスは大きな盾と槍を構えるスタイルだが、これも同様だ。
一番よくしゃべる小柄なバドネスは小さな
そうした装備に身を包んだ三人のホロア娘は、俺の従者としての初陣でさっそくしでかしてしまった。
一階の小部屋に魔物の気配を感じ、ラッチルがそっと中を確認すると、ギアントが一匹部屋の真ん中に腰を下ろしていた。
獲物は手にした棍棒一つ、魔法を使う上位種にも見えず三人の腕試しには手頃だろうとみたラッチルは、三人に挑ませる。
無論、すぐ後ろにはラッチルとレーンがサポートにつくし、ギアントは一匹なら俺でもサポートがあればどうにかやり合える相手だ。
戦士クラスのホロアが三人がかりであれば、そうそうヘタを討つことはないだろうとの判断だったが……。
扉を蹴り開けて躍り込んだ三人は、まず長身のイーネイスが剣を掲げて突撃すると、面倒くさそうに立ち上がったギアントの蹴りをまともに腹に食らって吹っ飛び、すぐ後ろで斧を構えようとしていたバドネスに激突して二人とも伸びた。
あっけにとられて硬直したむっちりエキソスは、ギアントの棍棒の一撃にさらされるが、これは割って入ったラッチルに盾で防がれる。
そのまま盾をぶつけるように体当たりしてひるんだギアントの首筋に剣をたたきつけると胸元までめり込み、敵は絶命した。
「未熟だとは思っていたが、これはいささか……」
レーンとキンザリスが治療に当たる様子を横目に頭をかきながら、難しい顔でそう話すラッチル。
「きびしそうか」
「ええ、正直これでは、ご主人様の方がまだマシですね」
「そこまでか」
「実戦経験もほとんど無く、戦士としての修行もまともに受けてはいないのはわかっていましたが、そこはホロアだけあって、生まれついてのセンスのような物は感じられたので本番であれば、と考えたのですが。あるいは主人の前で舞い上がってしまったのかも知れません……」
「そういうことなら、適切な経験さえ積めば、どうにかなるんじゃないか?」
「そうなのですが、試練で相対する敵は、今の彼女たちの相手としては強すぎるかと。半年、いや三月でも適切な修行を挟めば……」
紳士の試練に出てくる敵って平均して強いからな。
試練を後回しにして三人の修行というわけにもいかないだろうし。
話す間に治療を終えたイーネイスとバドネスだが、さしたる怪我はないものの、叱られた子犬のようにしゅんとしていてかわいい。
あとで確認すると、腹を蹴られたイーネイスはハイテクアンダーを着てなければ内臓が破裂していてもおかしくないダメージだったようで、かわいいとか言ってる場合ではないんだけど。
しかしまあ、なんか考えてやらんとなあ。
普通、漫画やゲームだと後に出るキャラほど作中のパワーインフレにあわせて強いのが出てくるもんだけど、現実にはそんな都合良くはいかんよな。
そもそも、うちの場合だと最初にセスやデュースのような最強キャラをゲットしてるわけだし。
家族をキャラとか言うなって話だけど。
このまま引き上げても良かったが、かえって三人が落ち込みそうだし、さほどダメージもないっぽいのでもう少し探索をつづけ、四時間ほどで探索を終えた。
塔の入り口に戻ると、うさんくさい僧侶紳士のコーレルペイトが食事をとっていた。
食事の世話をしている彼の五人の従者は、相変わらず地味な格好でも隠しきれない色気を発している。
これだけ煩悩の塊みたいなのを引き連れといて、本人は絵に描いたような草食系おじさんなんだよな。
うさんくさく感じても仕方あるまい。
なぜなら人間という物は自分の価値観でしか他人を評価できないものであり、俺の価値観はアレだからだ。
とはいえ、無視するわけにもいかないので軽く挨拶をする。
「いやはや、それにしても、さすがはクリュウ殿、もうここまで来られたとは」
「後発はなにかと情報も手に入りますし、なにより私の所は紳士三人で分担しているようなものですから」
「そのことが少し気になっていたのです。試練に際して共闘ということが成り立つものなのですか」
「少なくとも私どもに関しては、そのようです。といっても、一人は妻で今一人も弟子と、試練の前から身内ということもあり、女神が気を利かせてくれているのかも知れません」
「はは、確かに。僧職に身を置くとつい神の恩寵を特別視しがちですが、往々にして女神の奇跡という物は気安いものですからな」
などと爽やかに交流して会話を終えた。
それとなく資材の提供を申し出てみたが、内なる館に十分な物を備えているので大丈夫とのことだった。
キャンプに戻って飯を食う。
とりあえず三人を慰めるとこから始めようかなと思ったんだけど、三人とも食堂の隅っこで小さくなってパンを食っていた。
弱いことに定評のあるレルルなどはもっと図太かった気がするので、これはなかなか手がかかるかもしれないな。
先生役のラッチルはと言うと、厚い唇をへの字にして悩んでいた。
「さて、どうした物でしょうか。これが見習い騎士であれば、多少手荒にしごくという選択もあるのですが、同じ従者となると気を遣うというか。いかが致しましょう」
「いかがと言われても、俺はお前達を甘やかす方法しか知らないので、困難に立ち向かう方法を導いてやることはできんのだよ」
「それでもご主人様なら、なんとかしていただけるのでは?」
ラッチルはクメトス同様の堅物な騎士のようでいて、したたかなところもあるので、こういう時の押しが強い。
したたかさに定評のあるフューエルの親友エームシャーラや魔界のお姫様アウリアーノの古い友人だけのことはある。
たぶん、丸投げすればそれはそれでいいように教育してくれるんだろうが、俺と一緒にやり遂げたい、みたいなやつかもしれない。
「要するに修行して経験を積めばいいんだろ」
というわけで、スポックロンを呼び出す。
「御用向きは何でしょうか、食事をアーンしてほしいというのであれば喜んで」
「それはそれで後で頼んでもいいが、ほら、おまえ前に言ってたじゃん、なんか特別カリキュラムで三ヶ月で一人前になるとかなんとか」
「もちろんです。まさかご主人様が覚えておいでとは思いませんでしたが」
「そいつはどういう感じなんだ?」
「そうですね、投薬を含めた肉体改造と、体験型シミュレーションによる実践トレーニングの二本柱、となりますね」
「投薬って大丈夫なのか?」
「後遺症の残るようなものではありませんのでご安心を。もっともご主人様と違い、あの三人であれば、本格的な肉体改造は不要でしょうね」
「ふむ、じゃあそいつを使って、試練の合間に効率よくトレーニングできるかな」
「それはもちろん。具体的なカリキュラムはラッチルと検討したいと思いますが、それよりも」
「うん?」
「彼女たちに必要なのは、すぐに実行可能なご主人様への貢献と、それに伴う成功体験だと思いますね」
「それはいわゆる一つのスケベ以外の方法で?」
「もちろんです」
「難しいこと言うなあ。なんかアイデアあんの?」
「ご主人様が一緒にトレーニングなさるのはどうでしょう」
「俺が? トレーニングを!?」
「もちろんです。なによりご主人様は近頃怪しい連中に狙われているというのに、こちらがいくら護衛を強化しても隙を見て襲われにいっているとしか思えないところがございますので、もう少しご自身の腕を磨くことで根本的なところから危機に備えていただきたいと考えております」
「理屈はわからんでもないがな、現実問題として俺にできると思うかね?」
「できるカリキュラムを組むので、できますね」
「頼もしいな、じゃあやるか」
「さすがはご主人様、実に軽薄……もとい、迅速果断な振る舞いに私のエミュレーションブレーンもしびれます」
「ははは、もっと褒めたまへ」
というわけで、さっそく三人の所に話をもっていく。
「ご主人様と一緒に、特別な修行……ですか?」
ボソボソとパンをかじっていたバドネスがそういって顔を上げる。
「あのような醜態をさらした私たちに、効果があるでしょうか」
「ある!」
根拠はないが、あえて言い切るのが大事なときもある。
「なにより、その、ご主人様に気を遣わせているんじゃ」
「ははは、それは当然だろう。おまえ達が従者として俺に尽くしたいと思うように、俺だっておまえ達がその望みを叶えられるように、尽力したいと思っている」
「そんな、もったいないお言葉……。でも、そもそも、私たちみたいな落ちこぼれが主人を求めようとしたのが、間違いだったんじゃと、そんな風に思えて……」
落ちこぼれ度で言えば、俺の右に出るものはそうそういないと思うが、今必要なのはこいつらに自信をもたせることなんだよな。
俺みたいに日頃から根拠のない自信にあふれていると、なかなか気持ちを理解しがたいんだけど、要するに、根拠をもたせればいいんだろ。
ならいいのがある、困ったときのなんとやらというやつだ。
「なに、案ずることはない。俺とおまえ達の関係は、女神が保証しているようなもんだ。体が光ったときに、そう感じなかったか?」
「か、感じました! ご主人様こそ、自分の求めていた人だと!」
「そうだろうそうだろう、なに、心配はいらん。おまえ達に足りてないのは十分な経験と適切な修練だけだ。ついでに俺も、ちょっと従者に任せっきりでたるんでたからな、一緒に高みを目指そうじゃないか」
「は、はい、がんばります!」
残り二人も目を潤ませて何度もうなずいている。
この新人特有のチョロさが徐々に失われていくところに一抹の寂しさを覚えるまでが従者あるあると言うやつだが、しかしかわいい従者のためとはいえ、俺も修行するのかあ。
さっきのキャラの話じゃないけど、最近のバトル漫画とかって修行シーンがあんまり無いらしいし、ぶっちゃけ流行らんよな。
どうせならなんかカプセルみたいなんに入って寝てる間に勝手に強くなるぐらいで十分だとおもうんだけど。
まあ、がんばるか。
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