第523話 インターバル四回目

 クリア報告のために、馬車でグリエンドに戻る道中。

 いい加減面倒だから、このシステムやめてくれよと毎回思うけど、俺も社会の面倒くさい部分に理解のある大人なので、粛々と紳士としての義務を果たしているのだ。

 船を使わないのは、船上のような閉鎖空間や、港のような人の多い場所で黒竜会の襲撃にあい、民間人が巻き込まれるのを避けるためだが、飛行機を使わないのは、逆に人気の無い道中で敵をおびき寄せて叩こうという作戦なのだ。

 つまり囮作戦。

 俺に寄ってくるのはかわいこちゃんぐらいじゃないかと思うんだけど、まあ襲ってきた狂信者が美少女なら、あらゆる手を尽くして改心させたいところだ。


 というわけで、見た目は普通の馬車だが、中身は超ハイテク武装車両で、上空や道路脇の茂みなどにも大量に護衛を配した体制である。

 ちなみに、内装も普通の豪華馬車で、乗っているのは死の病から生還したばかりのラーラと、彼女の侍女で牛娘のポイッコ、エディの侍女に抜擢されたプリモァ女中ネリ、最近ボディガード役が多い空手家メイドのキンザリス、あと秘書ポジションとして南方から来たエセ幼女オラクロンと言う面々だ。

 ちょっと濃いめだな。

 ラーラは病気が治ったとは言え、まだ体が弱く毎日リハビリに励んでいるので、今日はご褒美として俺がたっぷり甘やかすことになっている。

 今も膝の上に抱っこしているが、まだガリガリなのでピューパーより軽いぐらいだ。

 もうちょっと肉がつかないと、大人の甘やかしは無理っぽいな。


「うふふ、こうやって抱っこされていると、赤ん坊みたい」


 無邪気に笑うラーラに、彼女の侍女であるポイッコが、牛娘らしい巨大な四つの乳を揺らしながら、


「わかっているなら、もうちょっとお上品になさった方が良いのでは?」

「まあ、意地悪を言うのね。あなただって夜はこんな風に甘えてるくせに」

「そ、そんなことは……なくも、ないですけど」

「そうでしょう。私ももうちょっと元気になったら、あんな風にかわいがってもらえるのでしょう、ご主人様」


 と俺の首筋に鼻を押しつける。


「もちろんさ、今でもチュウぐらいならいくらでもしてやろう、ちゅっちゅ」


 ほっぺたやおでこにキスをすると、キャッキャとはしゃぐ。

 かわいいなあ。


「あ、あんまり興奮したら、息が上がっちゃった」

「大丈夫かい?」

「ええ、これぐらい平気です。でも喉が渇いちゃって……」

「俺も乾いたな、ポイッコ、いつものやつを頼むよ」

「ええー、ここでですか?」


 ポイッコはいつもの仏頂面をさらにしかめる。

 牛娘に飲み物を頼むと言えば、当然アレだからな、アレ。

 口では嫌そうにしながらも、大きなボインをボヨンととりだす。

 少ししめった先っちょを布で拭い、どうぞと差し出した。

 しばしチューチューと飲んで満足したところで、ラーラが疲れたというので、シートを一つ倒して寝かせる。

 やはり授乳プレイは心身に負担がかかるようだな。

 もうちょっと初心者向けの所からならしていかないとなあ。

 ラーラの代わりに抱っこしているエセ幼女のオラクロンは、俺のポリシーとしてアレなことはお預けしているが、たまに膝枕とかはして貰ってる。

 幼女膝枕はなんだか俺の魂の次元みたいなやつを一段階引き上げてくれそうなパワーがあるので良い。

 向かいに座ってリンゴをむいているネリは、至って普通の田舎娘で、普通すぎてうちでは珍しいタイプなんだけど、最近は大貴族のご令嬢にして名誉ある騎士団長でもあるエディの側仕えに抜擢されて、大分苦労しているようだ。

 今日はエディが護衛として騎乗で同行しているので、ここに乗っているというわけだ。


「それにしても、いい馬車ですねえ」


 むいたリンゴを俺に手渡しながら、そうつぶやく。


「私、故郷から出るときに、はじめて長距離の駅馬車に乗ったんですけど、下に乗るお金がなかったから屋根裏だったんですよ」


 よく知らないんだけど、大型馬車の屋根の上に幌をかぶせて、その隙間にも客を詰め込んで運ぶらしい。

 外国の鉄道で屋根の上まで客がみっしり乗ってるのを見たことがあるが、あんな感じだろうか。


「すっごい揺れるし、酔って気持ち悪いしでもうほんと無理ってかんじで。街に着いてから、貴族様が豪華な自家用の馬車に乗ってるのを見て、あんな暮らしができる家に生まれたかったなってしみじみ思ったんですけど」

「かなっちまったわけだ」

「まだ、いまいち実感湧いてないんですけどね」


 そう言って苦笑する。


「そういえば、田舎の両親から手紙が来てたんですけど、私が従者になったってのがよくわかってないみたいで、お仕えする屋敷が変わったのは、なにか粗相があったのか、お金はあるか、こまってないかとか、そんなことばっかり」

「いいご両親じゃないか。挨拶に行きたいんだけど、なかなか都合がつかないよな」

「無理しなくて大丈夫ですって、それに紳士の従者だなんて知ったら、腰抜かしますよ。そもそもうちの村ってプリモァばかりなんですけど従者になった人とかいませんからね」


 まあ、そう言うものらしい。

 従者にしかならないホロアが珍しい存在だというのは周知のことだが、血の契約で従者になるというのもまた珍しいみたいだからな。

 なぜなら、普通は同族で結婚するからだ。

 友人のエブンツも、異種族にたいして恋愛感情は湧かないといっていたからなあ。

 異種族で結ばれる場合もやはり契約ではなく結婚するそうだし。

 うちにいるプリモァハーフな従者の両親もみなそうだ。


 従者によくあるパターンは貴族などのアーシアル人が、古代種とねんごろになって従者にするとかそういう感じだときく。

 国によっても違うのかもしれないが、俺の知ってる範囲でも、従者のいる人間って少ないもんなあ。

 そもそも、普通の人間は光ったり光らされたりしないものらしいし。

 俺に寄って来る女の子はすぐピカピカ光るので勘違いしがちだけど。

 まあ、あくまで俺の知ってる範囲の話なので、統計的にどうか、みたいなんはわからん。


 昼食を終えても襲撃もなく、馬車は順調に進む。

 前回同様、ラクサあたりで一泊するのが無難な行程だが、町を避けて南の海岸沿いをいく。

 こっちのコースは途中大きな川があって、橋がないので馬車を捨て渡し船で越える必要があるが、うちの馬車は水陸両用なので平気なのだ。

 まあ、浮橋の設置だろうが、空輸だろうが、どうとでもなるし。

 午後は島名物の濃い霧が出て車窓越しの景色も退屈なので、ひたすらイチャイチャして過ごし、日が暮れる前に川に着く。

 海も近いので潮の香りもするな。

 川縁の空き地をキャンプ地と決めると、空からコンテナが飛んできてあっという間にキャンプができあがった。

 これだけの技術格差がある相手を襲撃するのは無理では、と人ごとのように考えていたら、どうも午後の霧に紛れて襲撃してきたらしい。

 でもって、あっけなく全員無傷で捕獲したとか。

 まあ、そらそうよな。

 これだけ警戒してると、もはや不意を突くのは不可能だろう。

 捕らえた連中は、エディの権限で尋問することになった。

 尋問するのはオラクロン、というか、オラクロンのいる基地の施設だ。

 脳をスキャンしたり不思議な薬を使ったりして、洗いざらい調べるらしい。

 こわいねえ。

 こわいけど、俺や家族の命を狙ってくる連中に同情するほど、間抜けなお人好しではないつもりだ。

 これで連中の実体がつかめればいいんだけど。


 グリエンドでの面倒な報告を終えると、空路第五の塔を目指す。

 続けて襲撃もないだろうという判断だが、せっかくなので、先行してる紳士連中に追いついておきたいという欲もある。

 一番先行しているイケてる女紳士リルもまだクリアしてないようだし。


 ルタ島を東西に分断する山を越えると、島の北東に伸びた半島部分は真っ白だった。

 すでに季節は初夏といってもいいころだというのに、積雪二メートル以上はあり、平均気温はマイナス十度ほど。

 吹雪いてるときはマイナス二十度以下も珍しくないとか。

 真冬ともなれば、この一帯はまったく近づくことができないらしい。

 まあ、うちは宇宙空間でもキャンプできるタイプなので、しでかさなければどうということはない条件だが、他の連中は外でキャンプするのは無理なので、塔の中で野営しているそうだ。

 そのため、塔の周りにキャンプ地は設定されていない。

 これ明らかに塔の出現場所がミスってるだろうと思わなくもないが、まあいいか。


 塔の近くに自家用宇宙船リッツベルン号を下ろし、雪上車で塔の入り口に乗り付ける。

 今日は晴れてることもあって日差しもきつく、白い雪が一際ギラギラと輝いている。

 塔の周りは数メートル雪が積もっているが、入り口の前だけ雪が吹き飛ばされていた。

 たぶん、攻略中の誰かが出入りのためにやったんだろう。

 せっかくなので、うちも整備しておこう。

 寒冷地仕様のクロックロンを投入し、塔の周りを雪かきする。

 ついでに居住用コンテナも設置する。

 周りに誰もいないので塔のすぐ横に、南極の昭和基地みたいに上げ底のやつが飛んできて、そのまま着地して完成だ。

 塔の入り口まで透明なチューブでつないだので出入りもお手軽になっている。

 これで気候に左右されず、従者達に全力で戦ってもらえるだろう。

 できる紳士は、従者への福利厚生を怠らないのだ。

 そうしてごちゃごちゃやっていると、塔の中から人が出てきた。


「なにこれ!」


 素っ頓狂な声を上げたのは、イケてる女紳士リルだ。


「よう、久しぶりだな、リルちゃん」


 ちょうど近くにいたので声をかけると、再び驚くリル。


「クリュウじゃない! あんたもうこっち来たの?」

「君の顔が見たくて駆け足でね」


 俺にふさわしいキザな台詞を飛ばすと、リルは心底嫌そうな顔をして、


「その台詞、だいぶイケてないわね」

「そんな気はしてたんだけど、案外喜ぶ子もいてなあ」

「そういう子だけにしときなさいよ」

「気をつけよう。それよりどうしたんだ、もう終わったのか?」

「まだまだ、ここ結構大変でさあ。食料が切れそうだから、買い出しに行こうかと」

「こっからじゃ大変だろう。うちのをわけようか?」

「え、いいの!? おごり?」

「奢ってもいいが、かえって高くつくかもしれんぞ?」

「あはは、それは怖いわね」

「まああれだ、必要なものは何でも言ってくれ」

「じゃあ、お言葉に甘えるわ。ついでにもう一つ甘えたいんだけど……お風呂って、ある?」


 少し恥じらって尋ねたリルは、たしかに何日も風呂に入ってないもの特有のアレな臭いがしていた。


「あるある、ゆっくり骨休めしてくれ。その間に俺はパパッと塔を攻略するよ」

「あら、さすがのあんたでも、ここは手こずるかもよ」

「そりゃあ、楽しみだ」


 ほんとは全然まったくもってこれっぽっちも楽しみではないんだけど、かわいこちゃんの前では強がって見せるぐらいのピュアな心を持ちあわせたおじさんなのだよ、俺は。

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