第521話 第四の試練 その十

 日本人は地震が来ても全然ビビらないみたいな話があるけど、本来やばいことでも日常化してしまうと感覚が麻痺するというのはあるわけで、今の俺がまさにそれ。

 天井からじりじりとしみ出してきたアヌマールの黒いもやを見ながらまた出たのかあ、ぐらいに構えてたら、今さっきまで談笑してたホロアちゃん達が腰を抜かしている。

 そうだった、こいつはやばいんだった。

 刺激としては確かに強いんだけど、どうも緊張感に欠ける。

 まあ、俺はいつでもそんなもんかもしれんが、かわいこちゃんがいるので、少しは真面目にやろう。

 といっても、当然俺がなんかすごい力を発揮してやっつけるわけではなく、壁から出てきた人型ガーディアン達がなんかするのを邪魔しないようにホロアちゃん達をかばいつつ安全を確保するのだ。


「ひ、ひぃっ! いや、あんなの、いやぁ!」


 小柄な方のバドネスちゃんは、パニック映画のモブみたいにめっちゃ怖がってるし、もう一人のエキソスちゃんも腰を抜かしている。

 これぐらいで普通だよな、とぼんやり考えながら、さすがに今日の俺はぼんやりしすぎているのではと我に返ると、望遠レンズでのぞいたように周りの景色が後退していき、灰色のまだら模様の雲がモクモクと湧き上がってくる。

 なるほど。

 なんかまたよくわからんアレな状況になって、俺の認識もおかしくなってたんだな。

 てっきりスケベのしすぎで脳が萎縮したのかと心配しちまったよ。


「心配はした方がいいなー」


 そんなことを言いながら、へそからパルクールが出てくる。


「まじで、ちょっとやり過ぎ?」

「しらん!」

「知ってくれよ、そもそも今度は何が起きてんだよ」

「そっちは知ってる」

「そうか。で、何がどうなってるんだ?」

「なにが?」

「だから、この状況だよ」

「更年期の心配をしてる」

「そっちじゃなくて、ほら、このモヤとか、そういうの」

「モヤモヤしてる」

「そうな」

「もっとムラムラしたほうがいい」

「そうかな?」

「しらん」


 相変わらず話が通じないことに定評のあるパルクールだが、通じたところでどうなるわけでもないので、自分で考えてみよう。

 そもそも、なんか黒竜会って狂信者どもが俺を狙ってんだろ。

 アヌマールも俺、あるいは本屋のネトックがもつ異次元に行ける船を狙ってるらしい。

 で、アヌマールは黒竜会のボスの生まれ変わり的なやつかもしれない。

 だが、黒竜会とは無関係そうなホロアが、本人の意思とは無関係にアヌマールになってしまっている。

 あと、黒竜会のボス、ダーク・ソーズっていうんだっけか、そいつらは生まれ変わりというか、記憶を引き継ぐというか、そういう感じで転生したりするらしい。

 つまり、昨日アヌマールになったイーネイス嬢も、そういうアレでダークソーズの記憶を引き継いでどうこうみたいなやつなんだろうか。

 でも、リリリルルの従者イムルヘムはそうした記憶に心当たりはないという。

 嘘をついてる可能性がないわけではないが、女の嘘は許す系男子なので、この際考えないことにする。

 そういえば、うちの新人リカーソも以前、妖しい声を聞いていたとかなんとか言ってたな。

 あれも女神であるビジェンがついてなければ、アヌマール化してたんじゃなかろうか。


「あたり!」


 目の前でふわふわ浮かんでいたパルクールが突然叫ぶ。


「だーかーらー、はやくムラムラしにいくべき!」

「だからって、なにが」

「ムラムラー」


 突然全身が光り出したかと思うと、干渉縞のようにまだらに波打ち始める。


「ムラムラってそっちかよ」


 突っ込んだ瞬間、俺は元の場所に戻っていた。

 人型ガーディアンが手から光線を発して、天井から現れたアヌマールを押さえ込んでいるが、どうもパワー負けしているようにみえる。


「どうもこちらの攻撃に対応してきているようですね。今のうちに避難してください」


 とオービクロン。


「避難はいいが、大丈夫なのか?」

「わかりませんが、出力を上げますので離れて……あぶないっ!」


 突然アヌマールの黒い部分がはぜるように膨張し襲いかかってくる。

 とっさに俺たちをかばうように前に出た人型ガーディアンが吹き飛ばされた。

 同時に俺の体がピカピカ光り出す。

 力を封じる指輪を見ると、手首のあたりからニュッと飛び出したパルクールが、俺の指輪を外していた。


「あはは、ムラムラー」


 パルクールの言うとおり、今日の俺のありがたい光はなんかムラムラ波打っている。

 新しい技に目覚めたんだろうか。

 通常の三倍ナンパに成功しやすくなるとかそう言うのなら大歓迎なんだけど、どうもそういう方向ではなく、俺の光を浴びたアヌマールがもがくようにのたうちながら消えてしまった。

 うーん、手も触れずにラスボス級の敵を退けるとは、なんかバトル漫画っぽくなってきたな。

 俺の柄ではないんだけど、まあいいや。


「ご主人様、今のはいったい?」


 とオービクロン。


「いや、なんかこう、ムラムラ」

「ムラムラとは?」

「こうなんつーか、波打っててだな」

「波? なるほど」

「なるほどってなにが?」

「今の現象がわかりました。次回以降に対応します」

「わかったって、なにがムラムラだったんだ?」

「敵はフォス波の波長を巧妙にずらすことで、こちらの放つエネルギーの吸収率を低下させていたのです。先ほどのご主人様は時間インピーダンスを同調させることで、抵抗を下げたわけですね」

「ふぬ、まあ、言葉の意味はわからんが、雰囲気はわかった。とりあえず、安全そうか?」

「引き続き警戒しますが、今のところは大丈夫でしょう。それより、イーネイスさんが目覚めたようですよ」


 さっきまで眠っていた長身のホロアちゃんは、ぼんやりと宙を見つめている。

 あと体が赤く光っている。

 さっそく、勝ってしまったか。

 やはりさっきの技はナンパ用だったみたいだな。

 そそくさと側によって、彼女の手を取り優しく語りかける。


「やあ、気分はどうだい?」


 俺の問いかけに静かにうなずくと、イーネイスはうつろな表情のまま答える。


「あなたの声で、闇の底から戻ってくることができました。闇より誘う声に吸い込まれそうだった私の心を救い出してくれたのは、あなたの、声でした」

「そうかい?」

「ですが私は、一度はあの声にひかれて……」


 心ここにあらずといった感じで、淡々と話すイーネイス嬢。

 どうもまだメンタルをやられているようだ。

 こういう時に頼れるのは坊主の説教だよなと振り返ると、ちょうど都合のいいことにレーンが駆けつけていた。

 俺と目が合うと自信満々にうなずいて、ありがたい説教を始める。


「我々ホロアは従者の一族、女神の眷属などと申しますが、精霊石より生まれた我々は本質的にこの肉体は現し身であり、本質は移ろうもの。光に照らされれば光りに輝き、闇にひかれれば、その身もまた闇と化す。紳士の光に惹かれるのも、黒竜の闇に惹かれるのも、等しくホロアの業であると言えましょう」

「ではやはり、私が闇の声に惑ったのは私自身の業であると」

「いいえ、あなたは闇の声に打ち勝ち、我らの光たるクリュウの手を取ったのです。これすなわちあなたの善性の勝利だと言えましょう。自信を持って光の差す方に歩めばよろしい」

「それで、良いのですか?」

「それが、良いのです」

「そう、そうです、私はこの光の下にいたい、それが良いと、そう思います」


 そう言って俺の手をきつく握り返すと、先ほどとはうってかわって情熱的なまなざしで、従者にしてくださいと頼むのだった。


「よろこんで、君を照らす光となろう」


 などとうさんくさい台詞を爽やかに決めて血を与える。

 こんな歯の浮く台詞が自然に出てくるのも、俺の紳士力の高まりを示していると言えよう。


「わ、わたしも、私も従者にしてください!」


 そう言ってすがるように駆け寄ったのは、アヌマールにビビってひっくり返っていたバドネス、エキソスの両ホロアだ。

 彼女たちも同じく体が光っており、おっしゃおっしゃまかせなさいと血を与えたのだった。


「よかった、よかったねえ」


 互いに抱き合って喜ぶ三人のホロアをみて、満足そうにうなずいてふと横を見ると、ガーレイオンと目があった。


「すまんな、抜け駆けするような形になってしまったが」

「ううん、僕じゃ、あのお姉ちゃんが何を悲しんでるのか全然わからなかったから、ダメだったと思う」

「そうか」

「僕も師匠に教わってばっかり。師匠がいなかったら、今も故郷の村で、ずっと曇った空ばかり見てたのかなあ」


 そう言って、部屋から出て行った。

 思春期っぽい悩みだなあ。

 一方、とっくに思春期を過ぎたカリスミュウルは、とくに何をいうでもなく出て行った。

 後に残された俺は、とりあえず新人三人と仲良くするとしよう。

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