第520話 第四の試練 その九

「さて、最後の絵本か」


 さっきまでイチャイチャして酔い潰れたはずなのに、気がつくと俺は絵本の最後の一冊を手に持っていた。

 膝の上でワクテカしてる幼女は、今か今かと待ち構えている。

 表紙までは前回見てたんだけど、朗読会もこれで終わりかと思うとちょっと寂しいな。

 そういえば、この子の名前も聞いてなかった気がする。


「じゃあ、読むぞ。タイトルは『静寂の淵より染み出たる黒き竜』かあ、物騒だなあ」


 ページをめくると、真っ黒に塗りつぶされていた。

 ちょっと怖い。

 次のページは、真っ黒いページの真ん中にひび割れが入っている。

 さらにめくると、ひび割れの向こうから、赤い目玉がぎょろりとのぞいていた。

 ちょっとビビったんだけど、幼女はキャッキャと喜んでいる。

 女の子の方がホラーに強いよな。

 身構えて次のページをめくると、綺麗な星空が描かれていた。

 そこに絵本らしからぬいかめしい書体で、こう書かれていた。


「エントロピーを食い尽くす謎の影。その正体は別次元の支配者、シーサの作った秘密兵器デストロイヤーだった。暴走し、シーサの手にも負えなくなったデストロイヤーの魔の手が命の種の芽吹く星々に迫る。いかな闘神といえども、真なる闇の前では無力であった。だが、希望はあるのだ。彼女たちの命を燃やし尽くした果てに、約束された希望の光が……」




 目覚めると、宿の客室だった。

 隣では一晩中サービスしていた人魚の従者が美しく黒光りした体をうねうねと横たえている。

 客室とはいえ、実家でこんなにサービスしていいのかね。

 まあ、海の女だし、情熱的なんだろう。


 魚を酒とオイル、大量のハーブで煮込んだアクアパッツァって感じの朝食をいただいてから宿を出たのは少し遅い時間で、街外れに置いた医療用コンテナまでのんびり歩きながら、昨日のお嬢さん方のことを思い浮かべる。

 まあ、ホロアの場合、相性が合えば即決だし、そうでなければご縁がありませんでしたで終わりなんだけど。

 従者の種族と言うだけあって、その辺は逆に融通が利かないところはある。

 その点、俺の方は最大限ご婦人の都合に合わせる男なので、バランスがとれてるんじゃなかろうか。

 世の中はよくできてるなあ。

 などと朝から脳みそがお花畑なことを考えながら目的地に着くと、カリスミュウルらが待っていた。

 俺より先に起きてるとは珍しいな。


「すまんすまん、待たせたか」

「ふん、貴様にしてはマシな方だろう。それよりもなんだ、昨夜もまたアヌマールが現れたというではないか」

「そうなんだ」

「いったいなんなのだ、この世の終わりか?」

「暖かくなると色々わくもんだし、そういう感じじゃねえのか?」

「気を抜きすぎであろう、もう少し緊張感を持った方がいいのではないか?」

「そうはいうけどなあ、無い袖は振れぬと言うか」


 カリスミュウルはあきれた顔をしていたが、少し真顔になってこう続ける。


「だがまあ、家長たる貴様の気風が我が家の家風を作っておるのだ。その脳天気さが、我が家の居心地の良さを生んでいるのだとすれば致し方ないのやもしれんがな」

「そんなもんかね」

「足りぬ部分は、周りで補うほかあるまい。今よりさらに護衛でも増やすのだな」


 医療コンテナの中は最近よく見るタイプの病室になっていて、ちょうどガラス張りの治療室から運び出されたところだった。

 俺たちが入ってきたことに気がつくと、二人のホロアが深々と頭を下げる。


「夕べは、その、大変お世話になったって言うか、えっと」


 小柄なほうが、しどろもどろになりながらしゃべると、もう一人のむっちりした方は大きな体をすぼめて押し黙っている。


「なに、二人とも無事で良かった。彼女の方も大丈夫なのかな?」


 そう言っていまだ眠っている長身のホロアに目をやると、やはり小柄な方が答える。


「大丈夫、らしいです」

「それはよかった。じゃあ、改めて自己紹介させて貰おうか」


 俺は夕べ名乗っておいたが、カリスミュウルとガーレイオンも紹介すると、すっかり恐縮してしまう。

 とくにカリスミュウルが王族と聞いてビビってる感じだな。

 まあ、そんなもんかもしれん。

 二人のホロアは、小柄でよくしゃべる方がバドネス、むっちり無口タイプがエキソスという名だ。

 三人とも黒髪に淡褐色の肌でアジア風といっていいのかなあ、うちも外見だけならいろんなタイプが増えすぎて、外見の違いに大分無頓着になってきてる気がする。

 人魚ぐらい攻めてくれると別だけど。

 二人のホロアは、なかなか次の言葉が切り出せないようでもじもじしている。

 紳士とフリーのホロアが対面すれば、まずは相性を見るものだと思うんだけど、俺たちを後回しにしたということが引っかかってるのかもしれない。

 やはりこちらから切り出すべきだな。

 へりくだらず、それでいて配慮は忘れない感じで、こう……、と思ってたら、


「おねーちゃん、相性見てください!」


 とガーレイオンに先を越されてしまった。

 俺より先に行くとは、成長したな、ガーレイオン。


「え、あの、はい、かまいませんけど……」


 そう答えつつまだ眠っている仲間を横目に見る、小柄なバドネスちゃん。


「ガーレイオン、治療中の彼女が目覚めてからでも、いいだろう」

「え、なんで? あ、そうか、そうする! えっと、それじゃあお茶、お茶にしよう、僕頼んでくる!」


 そう言って部屋からかけだしていった。

 元気でよろしい。


 お茶を飲みながら、会話を楽しむ。

 しゃべるのはもっぱら小柄なバドネスちゃんだが、故郷のカラコルと言う島国の話や、ここに来るまでの道中などを語ってくれた。

 やはり貧乏で苦労してるんだろうなあというのが、言葉の端々から見て取れる。

 ホロアってのはどこの国でも手厚く保護されるもんらしいが、だからこそ国力がそのまま出てくるよな。

 こういうのも、自称幼女ママのオラクロンが言うところの格差なのかもしれない。

 面倒なんで、手っ取り早くどーんと世界中のあれやこれやを底上げしてやりたいよな、とおもったりするんだけど、ゲートの爆発とかそういう問題もあるんだよな、たしか。

 やがて話題は最近のことになるが、他にもアヌマールになったホロアがいると聞いた、小柄なバドネスちゃんは、みるみる顔が青ざめていく。


「じゃ、じゃあ、私もあんな風になってたかもしれないってこと?」

「それはわからない、ただ可能性がないわけじゃないとはいえるね」

「あんな、恐ろしいものに……」

「アヌマールを見たのは初めてかい?」

「は、はい。先日、神殿で現れたって話は聞いてたんですけど、正直実在するって思って無くて聞き流してたのに、あんなの……見た瞬間、心の中が真っ暗闇になったみたいに何も見えなくなって、ただ赤い目玉みたいなのがこっちをじっと見てて……」

「だが、俺が駆けつけたときは気丈にも友達に呼びかけてたじゃないか」

「え、そうでしたっけ?」

「うん」

「そ、そうだ、あのとき、急に心に光が差したみたいになって、我に返ったんです! イーネイスを助けなきゃって。あれは、多分……」

「たぶん?」


 答えを聞く前に、病室の扉が開く。

 入ってきたのは女医姿のオービクロンだった。

 うちの地下基地の主は、最近女医ブームらしい。

 ぞろぞろとナース姿のミラーを引き連れてるあたり、往年の病院ドラマっぽい風格がある。

 ドロドロの派閥争いとかも似合いそうだなあ。


「そろそろ、患者がお目覚めになる頃です。つきましては……おや?」


 オービクロンが首をかしげた次の瞬間、病室内に警報が鳴り響き、照明が赤く明滅する。

 同時に壁面が何カ所も忍者屋敷のどんでん返しのようにくるりと回り、人型のガーディアンが出てきた。

 あっけにとられていると、急に正気に呼び戻すような強い刺激を感じる。

 心の臓をぎゅっとつままれるようなあの刺激、すなわちアヌマールのそれだ。

 慌てて眠っているホロア・イーネイスをみると、鼻や目から黒い煙が吹き出している。

 だが、刺激の元は彼女ではなかった。


「師匠、うえっ!」


 ガーレイオンの叫び声に釣られてうえをみると、少し高い天井にぽっかり穴が開いている。

 いや、穴じゃない。

 それは天井からにじみ出してきたアヌマールの闇の衣だった。

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