第519話 第四の試練 その八

 混乱が収まり、後始末タイムだ。

 高齢の坊さんはかすり傷、夫婦の観光客は無傷のようで、クロックロンを護衛につけて街まで送り届けた。

 アヌマールになっていたお嬢さんは、現在シーナの街外れに用意した医療用コンテナの中で治療中だ。

 年の頃は二十代、まあホロアはある程度の時点で成長が止まってしまうので外見は参考にならんけど、それぐらいの見た目。

 身長は百八十センチぐらいあって、細マッチョな感じ。

 うちでいえば、騎士のオルエンあたりが近いかな。


「しばらく目を覚さないと思いますが大きな怪我などはありません、このまま休ませた方が良いでしょう」


 最近流行の昭和ナーススタイルできめたミラーの説明を受けた残る二人のホロアは、治療中のお嬢さんに付き添うことになった。

 その際に一応挨拶は受けたんだけど、あちらも混乱してたので、後で改めてナンパ、もとい事情を聞くとしよう。

 後のことは任せて俺は宿に向かった。


 人魚娘ルーソンの実家は、以前食堂を利用したことがあるが、今日は部屋の方で自慢の料理をごちそうになった。

 ほら、漁師町でしか食えない味みたいなのあるじゃん、そういう感じ。

 ちなみにこの宿は船宿で、海側に桟橋が架けてあり、そこから船に乗って釣りもできるそうだ。

 時代劇で船宿っていうとあくまで船に乗せる店で、宿泊施設ではなかったりするんだけど、ここは宿泊もありなんだな。


「天気が良ければ夜明け前に船を出して、ちょっと釣りなんかもできますけど」


 ルーソンが酌をしながらそんなことをいう。

 興味はあるが、俺はめっちゃ釣りが下手だからな。

 たまに雑魚が引っかかるぐらいで、最近は釣りというと子供達を連れて行って面倒を見る方がメインなぐらいだ。


「俺も下手だからなあ」

「フルン達がいってましたけど、ご主人様は辛抱が足らんって、釣りは何も考えないぐらいがちょうどいいんですけど」

「何も考えないのは得意なはずなんだけどなあ」


 うまい魚を堪能したので、今度はうまい人魚でも堪能しようかなと思ったら、来客だ。

 誰かと思えば、デュースの古い友人ポワイトンのじいさんだった。


「なんだね、君は相変わらずのんきにやっとるね」


 一見すると還暦を過ぎてなおかくしゃくとした老騎士と言った風体だが、中身はスポックロン達と同じノードだ。

 つまりロボットじいさん。


「おかげさまで、まずは一杯どうです?」

「うむ、では酒だけいただこうか」


 乾杯してから用件を伺うと、果たして黒竜会がらみのことだった。


「どうもかなりまとまった数の黒竜会信者がこの島に上陸したようでね」

「把握できてないんですか」

「難しいな、信者同士でも顔を知らんことが珍しくない。しかも念話で指示を受けておるとみえて、なかなか尻尾をださん」

「なるほど」

「しかもこの島は今、もっとも観光客が集まる時期だろう。スポックロンなどは監視体制を強化しておるようだが、まずこの土地は上空からの監視が効かんからな」


 島の北方に沈んだバリア発生装置のせいで、いろいろアレなんだよな、たしか。


「こういう場合は、信者を捕まえて情報を引き出すしかないが、さっきも言ったとおり、横のつながりが希薄なので、たとえ捕まえたとしてもさしたる情報は得られんのだ」

「でもまあ、アレでしょう、狙いは紳士なんでしょ」

「だと思うが、違うかも知れぬ。まだ予断を持って当たる段階ではなかろう」

「そんなもんですか」

「港の方は騎士団を中心に、水際でのチェックを強化しておるし、町中では盗賊ギルドが手を回しておるようだな。君の所のエレン君も先日から出張っておるだろう」


 そうだったかな?

 そういや一昨日ぐらいからまた顔を見てないな。


「いずれにせよ、現状で我々は後手に回っているというわけだ。これがただの盗賊団といった犯罪者や、国同士の陰謀であれば手の打ちようはいくらでもあるが……」

「あいては黒竜ですからね」

「うむ」


 そうなのだ。

 結局、この黒竜会とか言う連中がやばいのは、その信じるところの黒竜とか言う破壊神みたいなゲーム的ラスボス存在が実在して、それをなんか呼び出してあれこれしようという所に問題があるのだ。

 黒竜は古代文明の英知たるノード連中の力をもはるかに超えた存在なので、状況次第では手に負えない。

 前回も女神パワーを最大限発揮して黒竜の一パーツみたいなのをどうにか封じたって感じだったしな。


「個人的に気になっているのは、アヌマールのことだが……」


 そう言ってポワイトンは髭をピンとはねてグラスを差し出す。

 だまって酌をすると、話を続けた。


「黒竜会のリーダーであるダークソーズは、アヌマールに転じる事があった。そのアヌマールがこのところ頻出しておるのだろう」

「さっきもいましたね」

「うむ、それも聞いた。あの闇の衣というものもどこか黒竜の放つ瘴気に似ておる。それに黒竜というのは、なにやら外宇宙の高度な文明につながる存在だという話もあるのだろう? 女神は我々にはそうした情報を与えてはくれぬが」

「そんな話もありますね」

「また、先日は同じく外宇宙との往来を可能にする特殊な船を入手したのだろう」

「そんな話もありましたね」

「それらの間に、何かの関連を見いだして調査するのは当然ではないかね?」

「おっしゃることはもっともですが、うちの女神連中はしばらくアレを封じておけと言うんですよ」

「それが我々の手に負えぬと言うのならば致し方ないが、代わりの情報ぐらい提供してくれてもいいのではないかね?」

「俺も常日頃からもっとわかりやすいように筋道立てて説明してくれって頼んでるんですけどねえ」

「だめか」

「知らない方が面白いとかなんとか、そんな感じですね」

「それはまあ、ダメだろうなあ」


 女性関係で苦労してる男特有のため息をついて酒を飲み干すと、ポワイトンは帰って行った。

 入れ違いにスポックロンがレーンを伴ってやってきた。


「じじいの相手でお疲れでしょう。かわいこちゃん相手に飲み直すべきでは?」


 などと言って酒瓶を両手に抱えている。

 まあ、もっと飲んだ方が良さそうな気はする。


「それで、当然酒が進むようないい話を持ってきたんだろうな」


 スポックロンとレーンの組み合わせで楽しい話題になるわけがないと思いつつ、あえて話を振ると、


「それはもう」


 と自信満々にうなずいて俺にグラスを押しつけるとなみなみと注いで一気に飲ませ、今度はそのグラスをぶんどり、俺に酌をさせる。

 こういう出来損ないの芸者みたいな仕草はどこで覚えてくるんだろうな。

 話を切り出したのは、ルーソンの酌で一杯飲んだレーンの方だった。


「先ほどご主人様が保護なされたホロアのお三方はそれぞれ、イーネイス、エキソス、バドネスとおっしゃいまして、カラコルという西の島国出身です。島開きの少し前にアルサの神殿で一度顔を合わせたことがありまして」

「へえ、そういやお前はペキュサートとも面識があったよな」


 ペキュサートは試練の直前にゲットした従者で、同じくアルサの神殿で島に渡る準備をしていたのだ。


「はい。ペキュサートさんは、あの性格ですからあまり他の皆さんと交流はされていなかったようですが。それはさておき、アヌマールになっていたのはこのうちのイーネイス殿とおっしゃる方なのですが、この御仁の肩に刀傷がありまして」

「うん?」

「さきのリリリルル様の従者イムルヘム殿の肩についていた傷と寸分違わぬ同じ物、もっと言えばセスさんの刀でつけられたと見て間違いない傷がありました」

「へえ」

「この傷が現れたのは、ちょうどセスさんがアヌマールを撃退したのと同じ夜のようです。イムルヘム殿の方は確認できておりませんが、おそらく同じでしょう」

「つまりどういうこと?」

「これは聖痕と呼ばれる現象だと思われます」


 聖痕っていうとあれか、キリストが貼り付けになった時と同じ場所に傷が浮かぶとか言うあれ。


「一般に聖痕といえば、神話に出てくる女神が受けた傷と同じ傷が自然に浮き出る現象を言います。例えば女神ウルは若い頃額に傷を受けたことで、怒りに震えて敵を討つ度に額に稲妻状の痣が浮き出るなどと言われておりますが、これと同じ痣をさして聖痕などということもありますね」

「ふうん」

「また、いにしえの大魔導師ロブスが念話の途中、刺客に襲われ手傷を負ったのですが、その念話を受けていた人物も同じ場所に傷ができたと言われております。すなわち念話のような形で精神がつながった相手とは、肉体も何らかの形でつながっている可能性があるという」

「ほほう」

「もっとも、こちらは再現実験などは成功していないようですね。ロブスの念話はまるで相手のいる場所にいるかのように完全につながるという図抜けた術だったということですし、単に声が聞こえる程度ではだめなのかも知れませんし、そもそもが根拠のない作り話にすぎないのかもしれません。ですが……」

「ふぬ」

「この場合、二人のアヌマールが何らかの形でつながっていたと見るのは、さほどの飛躍とは言えぬでしょう。しかも、二人が実行犯でないのなら、さらに別のアヌマールがいる可能性もあります」

「そうかもなあ」


 二人のホロアの顔を思い浮かべつつ、わき上がる疑念を口にする。


「しかし、どっちも別に黒竜会と関係があるわけじゃないんだろう」

「両人とも異国の出と言うこともあり、完全に証明されたわけではありませんが、まず違うでしょうね」

「つまりなにか、ホロアがある日突然、アヌマールになる可能性があると」

「その可能性もありますね。ダークホロアの伝説なども、あるいはこれを指していたのかもしれません。無論、現象としてはネールさんらの覚醒の方が近いと思うのですが」

「うーん。うちのは大丈夫かなあ」

「一応、全員の健康チェックは行っておりますが、肩にそのような傷跡の浮かんだホロアはいませんね」

「ふむ、まあホロアじゃなくてもならないとは言い切れんし、そういう可能性も排除せずに、対策しといてくれ」


 まあ、俺が思いつくようなことは当然みんなもすでに考えててちゃんと対策してるんだけど、そこはまあ、何というか主人の義務として情報を把握しつつ、指示も出さねばならんのだった。

 で、それをやり終えたので、あらためて本題に移る。

 すなわち、あの三人のホロアについてだ。


「おっと、なかなか切り出さないので、もしや興味が無いのかと思いましたよ!」


 とオーバーに驚いてみせるレーン。


「そんな訳ないだろう、見た感じ、まだフリーのホロアのようだが」

「もちろんそうですね。我々とほぼ同時期にこちらに渡ったようですが、まず王様ことサンザルスン様の元に向かい、その後他の紳士を回った後に、最終的にご主人様にご挨拶に向かおうとこちらに滞在していたようです」

「まだ、うちに顔は出してないよな?」

「やはり、後回しにしたということで、ばつが悪いのでは?」

「そんなはずはないだろう、俺は女の子なら誰でもいいスケコマシの鼻下長族と思われてるんじゃなかったのか」

「そういう意見もありますが、ホロアはホロアで、それなりに情報を集めるものですから、色々と思うところがあったのでは?」

「まあ、俺に女心なんぞわからんのだが」

「我々もご主人様が何を考えていらっしゃるのか、たまにわからなくなりますが、別に気にせずに奉仕にいそしむのが従者の心得というものかと思いますね!」

「そうだろうそうだろう、それで、あの子達はどうなんだ?」

「出生地であるカラコルという国は、主だった産業もなく貧しい国だと聞いております」

「ふむ、つまり貧乏生活を送ってきたと」

「そうなりますね。とくにホロアは教会の施しを受けて育ちますが、この待遇は国力がそのまま影響するものですから」

「ここで重要なのは、施しを喜ぶタイプなのか、清貧を旨とするタイプなのか、そういうところだよな」

「一般にはそうなのですが、ホロアの場合、良くも悪くも主人に影響されるもの、あまり主体性をともなった主張は持たぬものです」

「ほんとにぃ? 勇者に仕えたいとか、魔王に仕えたいってのは自己主張としては控えめなもんなのかね?」


 隣で俺に酌をしているキンザリスは、魔王みたいに体制を打破しうる大物に仕えたいと言ってたそうだし、当のレーンも勇者に仕えると鼻息を荒くしてたからなあ。


「もちろんです、そんなものは少女が王子様に憧れるがごとき、ささやかな欲望、いえ欲望と言うほどでもない、ちょっとした妄想のようなモノですね!」

「そうまでいうなら、そうなんだろうなあ」


 レーンは自信満々に言い切るし、隣のキンザリスも、顔を伏せたまま、すまし顔で控えている。


「じゃまあ、明日にでも様子を見に行って、そこで相性の方も見ておくか。ガーレイオンやカリスミュウルも呼んどいてくれよ、一緒の方がいいだろう」

「かしこまりました。では、打ち合わせも終わりましたので、改めて晩酌など」


 結局、その日は面倒なことをすべて忘れ、人魚連中を中心に、遅くまでウハウハの接待を受けて過ごしたのだった。

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