第518話 第四の試練 その七

 女冒険者が襲われていると聞いて、我が身の危険も顧みずホイホイ来た道をもどろうとしたんだけど、非戦闘員である少女人魚のペースンがいたことを思い出した。


「いかんいかん、状況もわからんまま、しかもペースンをつれて突っ込むなどオロカモノのすることではないか」


 と立ち止まると、キンザリスが驚いて、


「まあ、ご主人様はそういうトラブルに飛び込むのが趣味かと思ってましたけど」

「そんなことはあんまり無い、むしろ結果的に巻き込まれて辟易するタイプだ」

「周りからすれば同じ事かと」

「そうかもしれん、とりあえず誰かペースンを見てて貰いたいんだけど、どうしようか」

「では、イントルーダたちに任せましょう」


 キンザリスが言い終わるより早く、物陰からボロをまとった人物が三人現れる。

 隠密活動専門の人型ガーディアンらしい。

 その特性故に、こいつらがどんな連中かよくわからないが、信頼はできる。


「よし、任したぞ。状況を見ながら、先に下山しててくれ。ペースンも言うことを聞いて、いい子にしといてくれよ」


 混乱しながらもうなずくペースン。


「それから、一応アレ対策としてだな……」


 手短に指示を出して、俺は悲鳴のした方に駆けだした。




 現場に駆けつけた俺が目にしたモノは、まあなんというか、予想通りのものだった。

 最近よく見る、黒いやつ。

 ある程度予想してたので、混乱せずに冷静に状況を分析できた。

 参道石階段の踊り場にはかがり火が焚かれ、その明かりで照らし出された人物は六人。

 二人は観光客らしい中年夫婦で、腰を抜かして倒れ込んでいる。

 一人は高齢の坊さんで、ちょっと取り乱して必死に念仏を唱えている。

 二人は若い女戦士で、これまた腰を抜かして混乱しつつも、何か叫んでいる。

 そして残る一人は、彼らを見下ろすように黒いあいつ、すなわちアヌマールが浮かんでいた。


「イーネイス! ちょっとあんた、どうしちゃったのよ!」


 二人の女戦士のうち、小柄な方がそう叫ぶ。

 してみると、目の前のアヌマールは彼女の仲間が変身してしまったのか。

 アヌマールの放つ力が強すぎてわかりづらいが、どうやらこの二人はホロアのようだ。

 となると、先日のイケてる女紳士リルの従者のように、このアヌマールもホロアが突然おかしくなって変身したってパターンかな。

 想定の範囲内とはいえ、一番やっかいなタイプかもしれないなあ。


 そもそも、何を想定してたかと言えば、このアヌマール以外に、先日の黒竜会とやらの襲撃だ。

 それ以外だとただの強盗や喧嘩だろうから、そうなるとぶっちゃけポケットに忍んでる手乗りガーディアンのクロミちゃんだけで事足りる。

 というわけで、アヌマール対策の装備をしたクロックロンがどこからともなく湧いてきた。


「ヘイボス、ヤルカラサガットケ」


 台詞と同時に、クロックロンの座布団ボディのうえに装備された筒から、一斉にビームが放たれ、アヌマールを焼きはじめた。

 アヌマールを覆った黒いモヤが四方からたたきつけられるビームの結界によって、青やら紫の光を放って蒸発していく。

 居合わせた連中は皆あっけにとられていたが、小柄な女戦士が我に返って叫ぶ。


「ちょ、ちょっとまって、あれ友達なの! まって、ちょっととめてってば!」

「いやいや、だいじょうぶだいじょうぶ、うちはアヌマール退治の専門家だから。ちゃんと中の人の安全に配慮しながら対処する実績もあるから安心して」


 などとうさんくさいことを言いながら、焦る女戦士をなだめる。

 まあ、嘘は言ってないしな。


「アヌマール退治って、え、あれってアヌマールなの!? あれ友達よ? え、なんで!?」


 小柄な女戦士は至ってまっとうに混乱しており、もう一人の女の子は、腰を抜かしたまま呆然としている。

 アヌマールってやつは初見だとだいたい恐怖で動けなくなるかパニックになるものなので、こんなもんだろう。

 むしろ友達の心配ができるだけマシな方だ。

 アヌマールの方は、ビリビリと光に焼かれて身動きができないまま、徐々に黒いモヤが減ってきている。

 この調子でいけば楽勝だな。

 後はいかにして目の前のホロアちゃんをナンパして……。

 などと俺が余計なことを考えたのが原因だとは思いたくないが、


「あぶないっ!」


 キンザリスの叫び声に振り返ると、火のついた矢が無数にこちらに飛んできていた。

 それが矢だと認識したのは少し後の話で、何か光るモノが襲いかかってきたとおもったら、次の瞬間に俺の四方からレーザー光線的なもので迎撃したように見えた。

 だが、そのうちの一つをうち漏らし、アヌマールを攻撃していたクロックロンの一体にぶち当たって爆発する。


「アイタッ」


 と言う気の抜けた声と共に、背中に担いだビーム兵器がガコンと外れて照射が止まる。

 その隙を突いて光線の結界からぬるりと抜け出すアヌマール。

 一方、階段の上の方からは、雄叫びを上げた十人ぐらいの団体様が襲いかかってくる。


「いたぞ、あれが紳士だ!」

「逃がすな!」


 などとぬかしてるところをみるに、俺を襲いに来たっぽい。

 たぶん、黒竜会とか言う連中だろう。

 何でこんなタイミングで来るかなあ。

 みたところゾンビ化した連中はいないようだが、あれって薬か何かでああなるらしいので、いつ変化してもおかしくない。

 不幸中の幸いなのは、襲撃者は皆中年男性だったので、遠慮無く迎撃できるところだろうか。


「申し訳ありません、こちらの対応に周辺のガーディアンを集中した隙に、現れたようです」


 そう言って俺をガードするように現れたのは、顔ののっぺりしたガーディアン・イントルーダの面々だ。


「まあ、そういうこともよくある」

「ここを動かれませんよう」


 こういう場合、余計なことをして彼女たちの警護の邪魔をしないと言うのがもっとも重要なことなので、言われたとおりじっとしてるんだけど、戦況はあっという間に混沌としてきた。

 こちらの攻撃を逃れたアヌマールは、再び黒いモヤモヤを吹き出し、周りを威嚇する。

 襲撃してきた団体様も、気がつけば口から赤黒い煙を吹き出して暴れ出した。

 あのままゾンビになるんだろうか、っていうかドラッグでそんな風になるか?

 もっとやばいやつなんじゃねえのかなあ。


 クロックロン達は再度体制を立て直し、アヌマールを封じようとするが、いかんせん混戦になってしまったのでうまくいかない。

 一方の襲撃者も、薬が効いて頭がおかしくなってきたのかむやみやたらと暴れているが、イントルーダによって軽くあしらわれ、すでに半数ぐらいが無力化されていた。

 あれって、むしろ冷静に元のまま俺だけ弓で狙ったりした方が成功率は高かったんじゃないだろうか。

 だが、薬の効果は想像以上で、手足を手錠で拘束されたまま全身をのけぞらせて跳ね上がり、俺に飛びかかってきた。

 俺に直接飛びかかった三人はイントルーダに殴り飛ばされ、そのまま斜面を転がり落ちていったが、残り一人が俺の隣にいた小柄な女戦士ちゃんにぶつかりそうなる。

 それを見てとっさに懐から銃を抜くと、狙いもろくに決めずにぶっ放した。

 運良く、というか多分弾の方からあたりに行ってくれたんだと思うんだけど、投網のように広がる弾が相手に当たって吹っ飛んだ。


「大丈夫かい、お嬢さん」


 ニヒルな笑みを浮かべて語りかける俺。


「え、今の、魔法?」

「まあね」

「あなた、いったい……」

「ふふふ、コルトのKと呼んでくれ」

「はぁ」


 どんなピンチでもユーモア精神を失わないのは俺の美点だが、それが通じないとちょっぴりさみしい気持ちになるのは致し方あるまい。

 わかってもらえそうなネタを出せないあたり、俺もテンパってたんだろうが。

 むなしさを押し殺し、とくに煙も出ていない銃口にふっと息を吹きかける。

 そんなことをして遊んでいる間に、襲撃者は全身を石膏みたいな白いものでガチガチに固められていた。

 一方のアヌマールも無節操に暴れていたが、数を増やしたクロックロン達の攻撃を受けて、こちらも全身を覆う黒いモヤが消し飛んだ所だ。

 どうにか、事態は収まったようだ。

 アヌマールはともかく黒竜会らしい連中はほんとはた迷惑だな。

 まあいいや、気を取り直して、ナンパしよう。

 どのような苦境に遭っても、ナンパだけは忘れない、それが紳士魂というものなのだから。

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