第517話 第四の試練 その六
「ははは、どうだみたか、見事なものであろう!」
煤まみれで高らかに勝利宣言するカリスミュウルに惜しみない賞賛の拍手を送る。
カリスミュウルの戦いは、非常に泥臭いものだった。
ここのボスはポツポツと湧き出してくる黒いスライムのような物で、物理攻撃がほとんど効かなかったので、動かないように前衛が牽制したり、カリスミュウルが念動力で押さえ込んだりしながら、ミラー達が火炎放射器で焼き尽くすと言う戦術をとったのだが、黒スライムは燃えると猛烈に煤を吐き出し、それによってみごとに真っ黒けになったというわけだ。
時間的には一時間もかかってないのでこのまま次の戦いに行ってもいいんだが、煤まみれで見学させるのも気の毒なので一度戻ることにした。
これがゲームのボスラッシュだと回復に制限がかかってて、ラスボスのためのリソース管理が重要になったりする所だろうが、幸いなことに、回復もメンバー交代も自由なので気楽なもんだ。
気を抜きすぎて、生身で挑んでることを忘れちゃまずいけど。
でまあ、気を抜いたわけではないが、その日の午後と、翌日の二戦も無事にこなして残すはラスト八戦目となった。
ちなみに絵本によると、五戦から七戦までの相手というかタイトルは次の通り。
宇宙大怪獣バルバルゴン
破壊大帝ビズー
異次元からの侵略者ズゥ
パルプSFっぽくてかっこいいが、まあなんか普通に強い化け物で、うちのメンツの方が強かったので無難に勝ちを収めた。
で、ラスボスだが、『静寂の淵より染み出たる黒き竜』というタイトルだった。
まあ黒い竜、つーからにはあれだ。
レーンによると、
「黒竜とは精霊教会、とくに原理主義においては父なる大地とも呼ばれ、それ自体は決して邪悪な存在とは言いがたいのです。むしろ黒竜会の持つ破滅的な思想によって、後天的に色づけされたと言えるでしょう。無論それは、神学的な視点の話であって、我々は先の都での一戦において、黒竜の鱗と呼ばれた実在する敵として相対したわけです。これがまた実に非現実的と申しますか、この世の物とも思えない存在でありましたから、ここはやはり物理的な脅威に対して語るべきでしょうね」
「つても試練だろ、今までのもそうだったし、なんか黒竜っぽい何かが出てくるって展開じゃないのか? じゃないと、他の連中だって勝てないだろう」
「まあ、それはそうですね。ひとまず黒くて強い竜ということで、作戦を立てましょう」
「まかせるよ。今夜は街に降りてるから」
「おっと、そうでした。ではあとのことはお任せください」
予想通りだと、第四の試練は明日で終わりそうなので、この地を離れる前に、人魚従者ルーソンの実家の宿に泊まりに行くのだ。
小さい宿だからこそ、紳士御用達の看板が出せるのは大きい。
先日まで好青年紳士のブルーズオーン君も泊まってたし、一躍人気宿となることだろう。
というわけで、夕日に染まる海を見下ろしながら、参道の石階段をのんびり下っているのだった。
お供は最近ボディガード役が板についてきたキンザリスと、少女人魚のペースンだ。
町中の護衛だと元白象騎士のエーメスにも任せているが、彼女は見るからに騎士然としていて目立つんだよね。
騎士のホロアを連れてる町人なんてのは、普通いないわけで。
同じホロアでも侍女だか女中だかわからんけどそう言う仕事のエキスパートであるキンザリスは一見するとどう見ても普通の女中さんだからな。
それでいて空手の達人なので、ボディガードには最適なのだった。
もう一人のペースンもかわいらしい少女なので、散歩の相手としては最適である。
「この椅子のおかげで、どこでもお供できて最高だと思ってたんですけど、村の友達とかみんな気味悪がって乗ろうとしないんです」
階段をのんびり下る俺の横で、ぷかぷか浮かぶペースンはそんな愚痴を言う。
「まあ、椅子が浮いてるのって端から見ると珍妙だからなあ」
「でもルーソン達もみんな普通に受け入れてるのに」
「まあ、訳のわからん物を受け入れる度量があってこそ、紳士の従者も務まるのさ」
などと適当なことを言っていたら、小さな屋台が見えてきた。
参道の中程で、参拝客にお茶なんかを出す店だ。
日暮れと共に店じまいのようで、腰の曲がったばあさんがこちらに気がついて声をかける。
「おや、ペーちゃん、今から帰りかい?」
「うん、おばあちゃん大丈夫、手伝おうか?」
「いいのかい、あんたお仕事中じゃないのかい?」
「ううん、大丈夫……だと思うけど」
ペースンはチラリとこちらを見る。
勢いで手伝いを申し出たものの、俺のお供をしていたことを思い出したんだろう。
「かまわんよ、まだ時間もあるだろう。どれ、俺も一緒に手伝うか」
それを聞いて喜ぶペースン。
年の割にはしっかりしているように思ってたけど、主人に雑用をさせて申し訳ないという気持ちより、一緒にお手伝いできることの方がうれしいのだろう。
子供らしくてかわいいなあ。
「それじゃあ、このお人がペーちゃんたちのご主人様なんだねえ、随分と気さくなお方のようで、ありがたやありがたや」
片付けが終わって、お茶をいただいているときに、改めて自己紹介したらそうやって拝まれてしまった。
尻がむずがゆくなるが、人に拝まれてもその程度で済んでしまうあたり、人はえらい人間であることに慣れてしまうのだなあ、などと思ったりもした。
それはそれとして、余り物を貰ったんだけど、すごくうまい。
串に刺してあったので団子かとおもったら、魚の練り物の天ぷらだった。
残りを包んで貰って、再び下山する。
「あのおばあさん、毎朝魚を仕入れに来てて顔なじみなんですけど、お店をここで出してるから、いままで食べに来たことなかったんです。たまにお土産で貰う天ぷらが大好物で」
お土産の紙袋を抱えてうれしそうなペースン。
わりと食いしん坊だよな。
そういや、甘エビを捕りに行こうなんて話もしてたな。
「つぎの第五の試練は島の北東の方なんだろう。前に話してた甘エビも捕りに行けるといいな」
「ほんとですか!? ご主人さま、思ってたより忙しそうで、なんだか言い出しづらかったんですけど」
「暇なはずなんだけどな、大人はままならんのよなあ」
などと話しながら進むと、半歩遅れてついてきていたキンザリスが手にしたランプで足下を照らしてくれる。
寄り道したせいで、大分薄暗くなっちまったな。
参道の下半分ぐらいは、周りを木に囲まれた林道のようになっていて、昼間でも薄暗いがこの時間になると、明かりなしでは真っ暗だ。
「あ、そういえば、この椅子にも明かりがあったんです。夜眩しいんで消したままにしてて……」
ペースンが肘掛けのボタンを操作すると、椅子の周りがペカっと照らし出された。
確かに眩しいほどの明るさだ。
「これ、ほんと明るいですよね。もうすぐイカ釣りの季節で、かがり火焚いてイカを集めるんですけど、大変なんです。でもこれなら……、うーん、でもこういうのもみんな抵抗あるんだろうなあ」
「便利ってだけで新しい物に手を出すのは、案外勇気のいるものだからな」
「そうみたいですね。こんなに面白いのに」
そう言って空飛ぶ椅子をふわふわと動かす。
バランスボールみたいなもんで、体重移動だけでうまく乗るにはこつがいるんだよな。
俺には無理っぽい。
まあ、フルオートで勝手に移動してくれるモードもあるんだけど。
「あ、お花」
ひなげしっぽい白い花だ。
ペースンが路傍の花に手を伸ばし、手折ろうとした瞬間、山中に悲鳴が響き渡る。
思わずビビってペースンにしがみつくと、
「だ、大丈夫ですよご主人さま、キンザリスもついてますし」
と励まされてしまった。
「そりゃそうと、今のはなんだ? 若い女の悲鳴のようだったが」
手にした端末を操作していたキンザリスに尋ねると、
「そのようですね、三人組みの女冒険者が何者かに襲われているようですが、相手が確認できません」
「どこだ?」
「少し戻ったところです。どうなさいます?」
「聞くまでもないだろう。困ってるご婦人に笑顔を届けるのが俺の使命なんだ」
「そう思って、応援を呼んであります。参りましょう」
さて、変なのが出なきゃいいけど。
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