第516話 第四の試練 その五

「やった、いなくなった! ねえ師匠、あれ勝ち? 僕たちの勝ちでいいの?」


 気がつけば目の前でガーレイオンが盛り上がっていた。


「おう、勝ちだ勝ち、よくやったな、ガーレイオン!」

「うん、師匠やっぱりすごい、僕だけじゃあんな敵、何すればいいかわからなかった!」

「ははは、そうだろう。だけどお前もがんばったな。お前の力無しじゃ、こんなにスムースには解決しなかっただろう」

「ほんと!? やった!」


 リィコォやピビ、それにレグもねぎらってから、最後にずっと後方でふんぞり返っていた燕に声をかける。


「おう、おまえもお疲れさん」

「あら、もっと熱烈に褒めてもいいのよ」

「褒めるところあったっけ」

「なくてもむりくりにひねり出すのが良い主人ってもんでしょ」

「そうかもしれん」


 まあ、あえて何もしないことで余計なトラブルが発生しなかったという可能性もあるからな。


「そうだな、お前も足を引っ張らなくてえらかった!」

「そんな褒め方ある?」

「足を引っ張らないということは、俺の平均的活躍よりは上ということなので、十分な敬意を払った表現だとはいえまいか」

「じゃあ、そういうことにしとくわ」


 当人が納得してくれたので、賞賛タイムはおわり、宴会タイムへと移行する。

 毎日宴会してて大丈夫かと思わなくもないが、試練などと言う非日常で精神をすり減らさないためにも、こうしたテンプレ化は重要なんだよ、たぶん。


 キャンプに戻ると晩飯にはちょいと早く、テントの周りでいつものように宴会の準備が進められている。

 どうやら、人魚連中が午前中にしこたま魚介類を採ってきたそうで、今夜は海鮮パーティだな。

 エビフライとか食べてえな。

 エビ天でもいいけど。

 むしろ両方食べたい。

 エビ天とエビフライって、なかなか同時に口にすることないよな。

 天ぷらとフライ、同じ揚げ物でありながらも決して相容れない壁があるような気がするが、俺ほどの男になればそんな壁などたやすく超えていけるのだ。

 というわけで、料理番長であるところのモアノアを探すと、どうやらルタ島の東十キロの上空にいるらしい。

 具体的にはコンテナ型飛行機がまるごと移動式厨房になっており、そこで調理中だとか。

 ここのキャンプスペースが狭いのでそんなことになってるそうだ。

 やり過ぎな気もするが、八十人を超える俺のかわいこちゃんたちの腹を余すところなく満たそうと思えば、それぐらいやらんと駄目なのかもなあ。

 料理のリクエストはミラーに連絡を頼み、まったりすることにした。




 白いもやの中で、ふわふわと漂っている。

 これはあれだ、起きたら覚えてないタイプの方の夢だ。

 どこに違いがあるのかはわからんが、なんとなくそれがわかるような気がする。

 俺の放浪者レベルがあがったのだろう。

 放浪者ってのが何かは、相変わらず謎のままだけど。


 白いもやが晴れると、あたりは色鮮やかな星々がきらめく宇宙のど真ん中だった。

 宇宙だけど、普通に呼吸もできている。

 水中を泳ぐ夢を見たときに、水の中でも呼吸ができてるのに似てるなあ。

 などと考えながら宇宙を漂っていると、突然視界の半分から星が消えた。

 なるほど、ここが宇宙の境界か。

 エネアルも随分と無茶なことをするなあ、と考えていると、目の前にぽっかりと丸い何かがしみ出してきた。


「なんだこれ」

「それは次元カプラというものです」


 突然脳内に声が響いて振り返ると、紅が浮かんでいた。

 ピカピカ光って顔が見えないけど、多分紅だ。


「カプラってーと、なんか接続するやつか?」

「そうです、宇宙の内外を接続するアダプタです」

「ふうん」

「エネアルが十万年前にこの領域を分割し、重畳空間に滑り込ませた際に、元の宇宙との接続弁としてもうけた物です」

「ふむふむ」

「これによって、再結合時にあちら側とハンドシェイクすることで分断によって生じた誤差を解消するのですが、このカプラにゴミが詰まっているようです」

「詰まるとどうなる?」

「両方の宇宙の歪みが大きくなり、再結合が困難になります」

「で、これを掃除すればいいのか?」

「そうなります。お手数ですが、よろしくお願いします」


 紅はそういってどこからともなく取り出したバケツとモップを手渡す。

 これで掃除するのかあ、シュールだなあ、とかなんとか考えているうちに、俺の意識は遠のいていった。




 香ばしい匂いに目を覚ます。

 いつの間にか眠っていたようで、なんか面倒な夢を見た気がするが、でかいあくびを決めながら空を見上げると、すでに日が傾いている。

 我ながら、フリーダムな暮らしだなと感心するが、定期的に冒険とかで命の危険にさらされるので、手放しで喜べるわけじゃないんだよな。

 テントの前に広げたテーブルでは、すでにパーティが始まっていた。

 いつものバーベキューやグリルとは別に、リクエストの揚げ物も大量に盛り付けてある。

 まあ、大量と言っても、フルン達がみるみる平らげてるので、目に見えて減ってるんだけど。

 あそこに行くと釣られて食べ過ぎるので、別の場所で食べるとしよう。

 その前に散歩かな。

 起きて即揚げ物を食べる若さはとうに失われてしまったのだ。


 狭いキャンプスペースから小道を少し下ると、こぢんまりとしたレンゲ畑が広がっていた。

 中央に小さな女神の石像があり、人魚のルーソンとマレーソンが何かお供え物をしている。

 ギャル人魚のマレーソンが俺に気がついて手を振った。


「ご主人様、起きたんだ。料理できて起こそうと思ったけどまじぐうぐう寝てたから。もう、ご飯食べた?」

「いやあ、まだだな。ちょいと食前の散歩をね。お前達は?」

「私たちもさんぽー。ここ来てみたかったんだよねー」

「うん?」

「ほら、私ら足無いじゃん。本殿の方は、正月だけ輿を頼んでお参りしたことあるけど」

「ああ、なるほどね。山道はきついか」

「ここさー、この時期、麓からも綺麗なレンゲ畑がちょこっと見えて、子供の頃から、めちゃ気になってたんだよねー」

「あー、そういうのあるよな。俺もガキの頃住んでたのが山の中でさー、ちょっと離れた山の斜面に崖崩れでぽっかり土が露出してるとこがあったんだけど、それがまあ綺麗な三角形で遠目にもスゲー気になって、一度行ってみたいと思ってたんだよ。そういや、アレ結局登ってみなかったなあ」

「ご主人様でもそういうのあるんだー」

「まあね」

「私もこの椅子貰ってなければ、絶対来られなかったしー、まじ感謝」


 そういって空飛ぶ椅子をぽんと叩く。


「気に入ってもらえて良かったよ。ところで、この女神様はなんの神様だ?」


 と尋ねると、隣で像の周りを掃除していたルーソンが像の足下のプレートを見ながら、


「アンクソスルという女神様だそうですよ、何の神様かは書いてませんね」

「へえ、なんだろうな」

「アンクソスルは一般に荷馬車の女神として知られ、流通に携わる人々の信仰を集める女神ですね!」


 突然背後から蘊蓄が響く。

 もちろん、レーンだ。

 蘊蓄のためなら、どこからでも現れるな。


「へえ、そんな女神様もいるのか」

「何をおっしゃいます。アルサにも小さいながら祠があり、そこでイミアさん、サウさんのご両人と縁を結ばれたと聞いておりますよ」

「うん? そんなことあったっけ、言われてみると、そういうこともあったような……」

「この女神像は、先のウル神殿建立の際に、不幸にも事故で亡くなられた人足のうち、麓から資材を運ぶ仕事に就いていた方々の御霊を慰めるためにここに祀られたのです。彼らの犠牲のおかげで、こうして我々も山上で活動できているわけですね」

「へえ、なるほどねえ。じゃあ、俺も拝んでいくかあ」


 そうこうするうちに日が暮れたので、キャンプ地に戻る。

 結局、その日は揚げ物を食べ過ぎて胸焼け気味の腹を抱えて酔い潰れたのだった。




 翌朝。

 珍しく俺より早くカリスミュウルが起き出していた。

 どうやら、次はこいつが行くらしい。


「おう、やる気満々じゃねえか、大丈夫か」

「ふん、昨日のアレは、貴様ならではと言える活躍だと認めることにやぶさかではないが、試練においてはこの私も決して貴様に引けを取るものではないと証明してやろう」


 などと鼻息を荒くしている。

 次のボスである次元なんたらウイルスだが、こちらも該当する記述は聖書から見つけられなかったそうだ。

 レーン曰く、


「ウイルスと言うことですので、疫病などの記述をピックアップしてみたのですが、どれも古代の歴史的事実に基づく寓話といった感じで、超常の怪異と女神の戦いと言った物は見つけられませんでした」

「ふむ」

「カリスミュウル様のパーティですが、アンブラールさん、レネさんの前衛を、チアリアールさんがサポートするといういつもの構成です」

「ふむ、しかしウイルスか、なんか病原菌的な物だとすると、もっと火力っていうか、火だな、火で焼き尽くすような手段がいるかもしれんぞ」

「スポックロンさんもそのように申しておりましたので、火炎放射器という武器を装備したミラーさんが三人、サポートにつきます」

「そりゃ頼もしいな」

「ご主人様にはこれを」


 そういって小さな旗を手渡す。


「なんだこれ」

「応援用の旗です」

「逆効果では?」

「そこはそれ、愛をこめて声援を送れば通じる物です」

「坊主らしい主張だな」

「ありがとうございます」


 などと言いながら他の連中にも旗を配っている。

 こういう悪乗りしてるときが一番生き生きとしてるように見えるのも、我が従者として実に頼もしい話であるなと思うのだった。

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