第515話 第四の試練 その四
本日二回目の試練となるわけだが、すっかり回復したフルンは、俺が行くと聞いて心配して声をかけてきた。
「ご主人さま大丈夫?」
「まあ大丈夫かどうかで言えば、あまり大丈夫じゃ無いかもしれんが、俺の場合、街をふらふらしててもひどい目に遭うから、なんとも言えんな」
「私が失敗しちゃったから、心配になって参加するの?」
「それがないと言えば嘘になるが、なんとなく自分の出番みたいな気もしてなあ」
「それならいいけど、もし無理だなと思ったら、ちゃんと無理だって言った方がいいと思う」
「そうだなあ、足を引っ張るようなことになると、俺だけじゃなくて、ガーレイオン達も危なくなるかもしれんしな」
「ご主人さまそういうのわかってても、しでかすところあると思う」
「そうなんだよ、こればっかりはなかなか改まらんものでなあ」
「ここの敵、ほんとに強かったから気をつけてね」
などとフルンと話していると、シルビーも会話に加わってくる。
さっき活躍できなかったので、少しは落ち込んでるかと思ったが、そうでもないようだ。
シルビーも場数を踏んで、一戦の結果に左右されるほどヤワじゃなくなったのかもなあ。
「そういうことなら、ボディガードとして私たちを使っていただけないでしょうか。先ほどの試練は、どうにも物足りない結果に終わってしまいましたし」
とおっしゃる。
若いお嬢さんに守ってもらうというシチュは大変好みだけど、どうしたもんかなあ。
ヒントを求めて今回のパートナーである道楽女神の燕に聞いてみると、
「そうねえ、確かに誰か助っ人を用意した方がいいかもね。せいぜいよく考えなさい。ご主人ちゃんが知恵比べをするに当たって、一番フォローしてくれそうな相手よ。これってのを一人選ぶべきね。あとシルビーの気持ちもわかるけど、続けて参加するのはどうかしら、なるべく出番は均等に用意するのがフェアだと思わない?」
燕の言葉を聞いたシルビーは、
「たしかに、他の皆さんを差し置いて連戦を希望するなど、おこがましいことでした」
「そこまで厳格にやるもんでも無いと思うが、まあ、まだ参加してないのを優先するとなると……」
知恵くらべなあ、うちで賢いのは学者であるエンテルやペイルーン、坊主のレーンなども該当するが、古代文明のロボット連中も当てはまるだろう。
だが、あえて一人選ぶなら、俺に足りない部分を補うべきではなかろうか。
燕も一番フォローしてくれそうな、っていってるし。
となると知恵比べと言いつつ、何があるかわからんので決定力を持った従者がいいよな。
決定力ってのは、つまり武力だ。
結局、喧嘩に強いのが勝つのよ、たぶん。
エディやセスといったうちでもトップクラスのカードをすでに二枚も切っているが、他にもクメトスやラッチル、デュースといった面々もいるので選択肢は豊富にある。
あるんだが、燕がわざわざ一人選べと言うからには、何か別の意味で決定的な能力を持った人物ということも考えられる。
シルビーを外したのも、何かのヒントになって……るかどうかはわからんな。
エキセントリックさで攻めるならパルクールあたりも大穴かもしれん。
などと考えていたら、鼻の穴からにゅーっと自称妖精のパルクールが出てきた。
「ぶぶー、私の出番じゃない」
「ないか」
「ないなー、今、充電中だからー」
それだけ言って引っ込んでしまった。
充電中ってまたなんかあるんじゃないだろうな、聞かなかったことにしよう。
うーん、それにしてもどうしたもんか。
無論、燕が何も考えずに言ってる可能性も拭えないが。
うーん、うーん、誰がいいかなあ、決定力……やっぱ最後に勝つのは暴力だよなあ、俺みたいに軟弱なおじさんがいくらへ理屈こねたところで、げんこつ一発でアウトだもんな。
うううーん、腕力、うちで一番の力持ちって誰だろ、やっぱ巨人のレグかなあ。
これは妥当かもしれん。
あんまり実戦で頼ってないし、俺に選ばれたと言うだけでも、喜んでくれるかも。
こういうのもできる主人の福利厚生といえる。
よし、決めた。
「レグ、俺の補助を頼みたいが、いけるか?」
クメトス達と一緒に固まって移動していたレグは、巨人にしては小さめな体をますます小さくして恐縮する。
「わ、私でよろしいんですか? 知恵比べと聞いていますけど」
「ああ、お前の力が必要になる……かもしれん。まあやってみないことにはわからんがな、どうだ、やってくれるか」
「も、もちろんです! 微力ながら、全力で勤めさせていただきます!」
というわけで、サポートメンバーも決まり、いざ試練ということになった。
巨木で見通しの悪い尾根道を進むと、やがて試練の塔が見えてきた。
三度目ともなると慣れた物で、油断した俺は木の根っこで転びかけるが、レグが巨体に似合わぬ素早さでさっと支えてくれる。
頼もしいな。
それを横目に、レーンがいつものノリでご高説をたれる。
「ご主人様の予知を元に聖書から同定できたのは二つ、一つは火の海を這いずる蛇というもので、今ひとつは絡め取る糸、という魔物です。ともに女神ウルが打ち倒したという話となっておりますが、詳細は不明ですね。知恵比べを思わす記述も見つけられませんでした」
「まあ、そんなもんだろ」
「おや、投げやりですね。今になって余計なことを言い出さねば良かったという顔ですよ」
「わかってるなら言ってくれるなよ」
「いけませんね! そんなことではかわいいお弟子さんが混乱してしまいます。虚勢とて最後まで張り続ければ威勢となります。がんばって参りましょう!」
「そうするよ」
ありがたいお説教を聞くうちに、塔の三階にたどり着いてしまった。
闘技場の中央には、何やらギラギラと光る金色の輪っかが浮かんでいる。
浮き輪ぐらいの大きさかな?
「師匠、準備いいよ!」
気合いの入ったガーレイオンと、少し緊張気味のリィコォ、さらにガーレイオンの雇われ助っ人ピビちゃんが、自分の武器を構える。
俺は腰にぶら下げたビームサーベルには手も触れず、一歩踏み出した。
それに鼻歌交じりの燕と、生ハムの原木みたいなどでかい棍棒を構えたレグが続く。
レグ愛用の六メートルあるハルバートは、でかすぎるので今日は使ってないようだ。
「おっしゃ、やるか」
そう言って踏み出した瞬間、周りに結界が張られる。
結界の中はトランスが唸ってるようなギーって感じの圧をちょっと感じる。
浮き輪に動きはない。
「ねえ師匠、あれなに?」
剣を構えた姿勢を崩さずにガーレイオンが尋ねる。
「なんだろうな、あれ」
「斬ってみていい?」
「まあ、ちょっとまて。こいつで様子を見てみよう。」
おもむろに拳銃を取り出す。
拳銃と書いてコルトと呼ぶのが通だ。
こいつは以前の麻痺銃ではなく、リボルバー風のかっこいいやつで、腰のホルスターから取り出すと黒光りしてマジでかっこいい。
かっこいいなあ。
ちょっとうっとりしかけたが、ガーレイオンが興味津々でこちらを見ていたので、銃を構える。
最近のフィクションだとみんな軍人みたいなリアルな構えかたしてるけど、ガキの頃に見てた古い映画なんかだと、だいたい腰だめで撃ってたよな。
まあ、鉄砲のことなんて何も詳しくないので、よくわからんけど、なんか照準でねらわないと強そうに見える。
幸いなことにこの銃は狙わなくても当たるので、俺にぴったりだ。
当てたいところを凝視すると、ARメガネ越しに狙いが定まるので、マーキングしたら引き金を引くだけで見事命中というわけだ。
試しに浮き輪の縁をかすめるように当ててみた。
乾いた破裂音からわずかに遅れて、キュィーンと言う甲高い金属音と共に、浮き輪がくるくると回転を始める。
かと思えば回転する浮き輪がぶれ始め、その数が倍々に増えていった。
その数秒後、同サイズのねじれた輪ゴムみたいになった浮き輪のコピーがぽろぽろと地面に落ちた。
ゴンッ、と重そうな音を立てて落下したねじれ浮き輪は、床で跳ねたり転がったりして、そのまま動かなくなる。
「なにあれ! 攻撃……してこないね? 今度は僕が殴ってこようか?」
「よし、まずは落っこちたやつ、次いで浮かんでる輪っかだ、慎重にな」
「うん、任せて!」
ぶわっと体を光らせて結界を張ったガーレイオンがどばっとねじれ浮き輪に飛びかかる。
バトル漫画っぽくていいな。
俺もああいうのができるタイプなら良かったのになあ、俺が光ってもナンパしかできないからなあ。
などと考えているあいだに、ガーレイオンが手にした剣でねじれ浮き輪に斬りかかる。
やはり重量があるようで、斬りつける度にガコンガコン音を立ててはじけ飛ぶ。
ねじれ浮き輪はガーレイオンのパワーをもってしても傷一つついておらず、今度は宙に浮かんでる方に斬りかかると、再びぐるぐる回ってねじれ浮き輪の数を増やした。
叩けば叩くほど、ねじれ浮き輪が落ちてくるようで、ガーレイオンは次第に楽しくなってきたのか、斬りつけるペースが速くなっていく。
それに伴い、ねじれ浮き輪も床に山積みとなっていくのだが、どうも時々数が減っているようにみえる。
なんかその辺にこのボスのキモがある気がするな。
「おーいガーレイオン、ちょっとストップだ」
「え、なに!? これ楽しいよ、師匠もやる?」
「まあまて、そのまえの観察だ」
「観察?」
「相手をよく見て、調べるんだよ」
「わかった!」
近づいて床に山積みされたねじれ浮き輪に触れてみる。
ひんやりと冷たい金属の塊といった感じで、襲ってくる気配はなさそうだ。
持ち上げると結構重い。
一つ十キロ以上はあるとおもう。
質感は金属っぽいな。
鈍い金色で、アルミ鍋みたいな感じだ。
個々のねじれ浮き輪は、ねじれた輪ゴムのようにのたくっているが、よく見ると、同じ形の物がある。
ランダムというわけではないようだ。
試しに綺麗にねじれて棒状になってるやつをいくつか集めてみた。
並べるとわかるが、同じ型から作ったかのように、完全に同じ形をしている。
だんだん、パズルっぽくなってきたぞ。
あとはこれが何のパズルかがわかれば俺の勝ちだな。
前にハノイの塔とかあったし、俺が知ってるやつでもおかしくないと思うんだけど。
輪っかでパズルと言えば、知恵の輪だろ、と思うんだけど、これすでにバラバラだしなあ。
「ねえ師匠、これ並べてどうするの?」
「それを今、考えてるんだ」
「考えてわからないときは、まず動けってじいちゃんが言ってた」
「なるほど、一理あるな。とりあえず、他のやつもこうして分類してみるか」
「うん!」
力持ちのガーレイオンとレグが、ねじれ浮き輪を次々とより分けていく。
俺だと二、三個運べば体力の限界なので、レグを選んで正解だったな。
レグは巨体をいかしてがっぽり抱えて運ぶが、ガーレイオンは体が小さい分、運ぶ量ではどうしても負けてしまうので、ペースを上げようとねじれ浮き輪を放り投げ始めた。
「ちょっとガーレイオン、そんな無造作に放り投げたら危ないでしょう」
一歩下がって様子を見ていたガーレイオンの従者リィコォちゃんが小言を言うが、ガーレイオンは投げるのに夢中で聞いてない。
そろそろしでかす頃合いだよな、と警戒していたら案の定すっぽ抜けたねじれ浮き輪が俺の方に飛んできた。
警戒してたからといって、華麗に回避できるわけではないのが俺という男な訳だが、紙一重でよろめきながらかわすと、飛んできたねじれ浮き輪は、俺の足下にあった別のねじれ浮き輪とぶつかり、鈍い光を一瞬放って合体してしまった。
「師匠! 大丈夫!?」
慌てて飛んでくるガーレイオン。
「大丈夫大丈夫」
「ごめんなさい!」
「まあ、お互い気をつけような。それよりも見てみろ、どうやら答えが見えてきたぞ」
「え、どういうこと?」
「今お前が投げた輪っかと、俺の足下にあった輪っかがくっついて、別の輪っかになったんだ」
「ん?」
「つまり、これをこうして、くっつけてやると、別の輪っかが……」
そばに合った別のねじれ浮き輪をくっつけてみるが、うんともすんとも言わない。
「あら、うまくいかんな。同じ種類じゃないとダメなのか? それともぶつける力か?」
あれこれ試していたら、どうも同じ形の物をある程度の速度でぶつけると合体するようだ。
これあれだな、マージパズルとかそういうやつだな。
会社に開発の案件が回ってきたことがあったなあ。
それを見た社長が、同じのくっつけるだけか、足して十にするんじゃないのか、とか言ってたけど、アレは何のネタだったんだろうな。
無駄な回想はさておき、ルールがわかったらあとは単純作業だ。
分別は仕事の丁寧なレグに任せて、ガーレイオンには同じやつをぶつけてもらう。
ぶつける度に数が減って新しいのが生まれていく様子を眺めていると、なんだか楽しくなってきた。
ガーレイオンも楽しそうで、うひょ、とか、あひゃ、とかいいながらぶつけている。
レグも楽しそうに額に汗して働いていて、結構なことである。
とはいえ、ギャラリーには退屈かもしれんなあ、と結界の外で見学している連中に目をやると、ちょうどカリスミュウルが大あくびしていた。
あんなにでかい口を開けて、顎が外れねえかなと心配していたら、ガーレイオンが寄ってきて、
「師匠、足りなくなった!」
「ほう、随分減ったな」
「これとこれくっつけるには、こっちがいるけど、数が足りない!」
「ってことは、また殴って増やす必要があるな」
「やってくる!」
浮かんでる方の浮き輪をガッキンゴッキン殴り続けるガーレイオンを横目に、改めてねじれ浮き輪を観察すると、一番ねじれの多い棒状のやつにはねじれが九個あり、それが一つずつ減っていくようだ。
現在もっともねじれの少ないやつで二つなので、多分0になるまでくっつけるんだろうな。
ってことは二の十乗、すなわち千二十四個の浮き輪が必要というわけだ。
実際はねじれが少ないやつもランダムに混じって生成されるのでその半分ぐらいになるかな?
五百十二個の浮き輪をくっつけるとなると、えーと、千二十三回か?
一個十秒だとしても三時間ぐらいかかってしまうぞ。
間違ってるかもしれんが、まあいいだろう。
何にせよ大変な重労働で、リィコォちゃんやピビちゃんにも手伝ってもらい、最終的に二時間ぐらいかけてくっつけまくり、ついにねじれのない浮き輪を合成することに成功した。
こいつは最初から宙に浮かんでるやつとほぼ同じで、黄金の輝きを見せている。
純金なら持って帰った方がお得なんじゃないかと思うんだけど、多分こいつをオリジナルの浮き輪にぶつけるんだろうな。
「よし、ガーレイオン、やってやれ」
「うん、いくよ!」
抱えた浮き輪を思いっきりぶつけると、グワングワンと珍妙な音を鳴り響かせて、闘技場がまばゆく光る。
「こうして、宇宙を飲み込もうとした無限の輪は消滅したのでした。めでたしめでたし」
気がつけば俺はまた幼女を膝にのせて絵本を読んでいた。
このパターンもそろそろ飽きてきたな。
そもそも、この幼女は何だろうな。
「面白かったかい?」
俺の問いかけに満面の笑みでうなずく幼女。
俺の下手くそな朗読に喜んでくれてるので、いい子なのは間違いないが。
「じゃあ、次にいこうか。えーと次の本は……」
と手に取ると、表紙がペイズリー模様で埋め尽くされていた。
アメーバみたいで苦手なんだよな。
ペじゃなくてパならよかったのになあ、などとくだらないことを考えながらタイトルを読み上げる。
「次元干渉ウイルスの恐怖」
うーん、B級ホラーSFみたいになってきたな。
「ちょっと怖そうだけど、こいつでいいかい?」
俺が尋ねると、幼女は目を輝かせて何度もうなずく。
「おっしゃおっしゃ、じゃあ読むぞ。えー、重力を制御することに成功したアジャールの人々は、宇宙の外にいる人たちとの交信を試みます。ですが、その呼びかけに応じてやってきたのは、恐ろしい次元干渉ウイルスでした。次元の壁を侵食し、この世界を食い荒らそうとするウイルスを退治すべく選ばれたのは、後の宇宙大元帥である、若き日のウルでした……」
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