第514話 第四の試練 その三

 第四の塔、二階のボスは謎のガス状生物だったのだが、結論から言うと苦戦するかに見えて、あっけなく倒されてしまった。

 本フロアのボス、以下ガス野郎と称するが、こいつはセス達が近づき、周囲の結界が発生すると同時に、ギラギラと虹色に輝きだした。

 スモークを焚いて電飾で照らしたような感じのケバさで、いまいちファンタジーっぽさに欠けるが、この世界も言うほどファンタジーじゃないしな。

 露払いとばかりにフルンが地面を蹴って飛びかかり、やぁっとかけ声勇ましく切りつけるが、するりと空振りする。

 続いてシルビーも飛びかかろうとするが、フルンがそれを制して飛び退る。


「さがって! ダメな匂いする!」


 言い終わる前に、ガクッと膝から崩れ、シルビーに支えられるフルン。

 思わず心配して身を乗り出した俺の襟首をつかんでぐいっと引き戻したスポックロンが、


「大丈夫、軽い麻痺のようです」

「いや、麻痺は大丈夫じゃないだろう」

「末梢神経障害に限定されているようですね、戦闘中の皆さんにはすでに情報共有されています。蛍光分析によりますと、どうやらあのガスは色によって毒の成分が異なるようです」

「毒って凶悪だなあ」

「むしろ控えめなのでは? 致死性の毒など、いくらでもあるでしょうにそうした物は含まれていないようです」

「うん? そんなもんか」

「とはいえ、こちらに油断があったとは言えるでしょうね。女神の試練である以上、正面から武力で渡り合うような物を暗黙のうちに想定していたのかもしれません」

「たしかに……。といっても、ここまでの塔もたいがいアレな試練だったよな」


 どうもフルンは顔が少し麻痺したようで、引きつった笑いを浮かべており、自分でピシピシ頬を叩いている。

 後衛のキンザリスも飛び出してフルンを抱え、結界の場所まで戻って治癒呪文をかけているが、こちらも効果が無いようだ。


「呪文による短期回復が見込めないようですので、中和剤が投与されました。あと三十秒ほどで元通り動けるはずです」

「投与って?」

「鎧代わりに身につけているシェルに各種アンプルが内蔵されており、適宜合成してアンダーの襟首にあるパッチから皮下にナノカプセルを浸透させます」

「よくわからんが、大丈夫そうってことか」

「そうなりますね」


 皆を守るように前に出ていたセスは、フルンが大丈夫なことを確認すると、改めて目の前のガス野郎と対峙する。

 ゆらゆらと漂いながら、じわじわと鮮やかな色彩を変化させていくガス野郎は実にとりつく島もないように見えたが、セスが一歩踏み出すと、身を守るかのようにガスのサイズが少し縮む。

 かと思えば、不意にセスがぴょんと跳び上がる。

 さらに二歩、空中で何かを蹴るように跳ねると、ガス野郎の真上に到達した。

 そこで手にした刀をすっとすくい上げるように切り上げると、ふわっとガスが二つに割れる。

 一瞬、鉛色の丸い塊が見えたかと思うと、キンッと言う金属音と共に火花が飛び散り、鉛色の塊は真っ二つに割れ、ぼとりと地に落ちた。

 セスがガス野郎を飛び越えて着地した数秒後には、ふわふわしたガスはすでに霧散していた。

 あとには真っ二つになった鉛玉が残るのみだった。




「……こうして苦闘の末に、ウルは見事ガス惑星を倒したのでした、めでたしめでたし」


 気がついたらまた絵本の朗読会に戻っていた。

 いや、めでたしじゃねえだろう、フルンはどうなった。

 おもわず憤ると、幼女は拍手する手を止め、不思議そうに俺の顔をのぞき込む。


「すまんすまん。面白かったかい?」


 コクコクとうなずく幼女は、さっそく次の絵本に手を伸ばした。

 表紙は真っ黒で、そこに青白く輝く円が描かれている。

 ゼロかな、それともアルファベットのオーだろうかとページをめくると、ロング・ロング・リングとタイトルが書いてあった。

 リングかあ。


「よおし、じゃあ次はこいつを読むぞぉ、準備はいいかい?」


 全力でうなずく幼女に、読み聞かせる。

 俺も真面目に読もう。

 でもって、今度はもうちょっとちゃんと内容を覚えていって、みんなをフォローしてやらんと。


「えーと……ロング・ロング・リング。それは巨大なリングであった。はじめは量子サイズの閉じたエネルギー振動に過ぎなかったものが、何度かの相転移の果てに、今や複数の銀河にまたがる巨大な輪にまで成長していた」


 ってなんじゃこりゃ、訳がわからん。

 とにかく続きだ続き。


「輪は常に固有の振動を持ち、それによって様々なエネルギーのモードを生み出す。これほどの長さを持ちながら、その質量は0、よって光速で振動している事はわかっているが、それがもたらす物理的影響は未知である。よってその戦いは力ではなく、知恵によって行われた……」




 ふと我に返ると、元の試練の塔にいて、目の前の結界が消えたところだった。

 慌ててフルンの元に駆け寄る。


「大丈夫か、フルン!」

「うん、しっぱい! 油断じゃ無いと思うけど、想像できてなかった!」

「まあ、そういうこともある。しびれはとれたか?」

「まだちょっと唇がふわふわしてるけど、大丈夫そう」


 そう言って少しよだれの垂れた口元を拭う。

 フルンはしっかりとした足取りで受け答えもできてるので大丈夫そうだが、一応戻って検査することにした。




「フルンが怪我したんだって? 様子を見てきたら大丈夫そうだったけど」


 そう言って寝起きのだらしない格好でやってきたのはエディだ。

 どうやら今起きたらしい。


「怪我って程じゃないけどな」

「ふうん、やっぱり一筋縄じゃ行かないわねえ。それで、この後はどうするの? 次はハニーのお弟子君の番じゃなかった?」

「そうだっけ、とりあえず飯を食ってからという話だったはずだが」


 そういう俺たちは、キャンプに戻って休憩中だ。

 セス達は録画した映像を見ながら先ほどの問題点を粛々と検証しているようで、エディもそっちに行ってしまった。

 まあ、多少の失敗はあったものの、失敗に対して怒ったり悲しんだり、ミスを詰めるような体質じゃないのは我が家のいいところだな。

 問題点は改善して今後に生かしてもらおう。

 それはそれとして、次はガーレイオンか。

 さっきの絵本のヒントを元に、適切なアドバイスを……っていっても、銀河より長いリングとか言われてもなあ。

 そういや、力ではなく知恵で戦うとか書いてたな。

 すなわち理性と悟性がカンストしてる俺の出番では?

 うむ、きっとそうに違いあるまい。

 というわけで、さっそくガーレイオンに声をかける。


「じゃあ、次は師匠も一緒にやるの!?」


 昼飯の牛丼をモリモリ頬張りながら、ガーレイオンがそう叫ぶ。

 ぽろぽろこぼして行儀が悪いなあ、そういう所もちゃんと教えてやらんとなあとおもいつつ、ひとまず本題をすすめる。


「次の戦いは、知恵比べになる可能性が高い。お前は十分強いし賢いが、知恵というのは生来の賢さだけではなく、実のところ経験が物を言うものだ。そういう所を、お前にも教えてやろうと思ってな」

「やった! じいちゃんも言ってた、ベテランの言うことはよく聞けって。師匠はすごい賢いし、そういう所を見習いたいと思ってた!」


 などと健気なことをおっしゃる。

 その真剣なまなざしを見ていると、急に不安になってきたぞ。

 さっきまではちょっとフルンがやられちゃって動揺してたせいで、なんか俺がやらなきゃって気になってたけど、冷静に考えると、たとえ知恵比べであろうが何だろうが、俺があんなボスキャラ相手に役に立つわけないじゃん。

 とはいえ、いまさらあとにはひけんし……困ったな。

 そもそもリングってなんだよ、リングと言われても思い浮かぶのはフラフープぐらいだぞ。

 ガキの頃、近所の家に置いてあって遊びたいって言ったら、そこの家の人が子供が遊ぶと腸がちぎれるからダメだとか言って、遊ばせてくれなかったんだよな。

 なんでも、俺が生まれる前にそう言うデマが広まってそいつを信じてたっぽいんだけど、一度広まったデマってやつを打ち消すのは大変なんだなあと思ったわけだ。

 だいたい、世の中には不安をあおってそれを飯の種にするけしからん輩も……いや、話がそれちまった、そうじゃなくて、いかにして俺の知恵をもってしてこの問題を切り抜けるかどうかだよ。

 しょうがない、こういう時は助っ人だ。

 俺の知恵とはすなわち、いかに従者をうまく使うかと言うことだろう。

 普段軍師気取りであれこれ口を出すスポックロンか、女神パワーとロボットパワーのハイブリッドでなにかと役に立つ紅のどっちかかなあ。

 などと悩んでいると、フランクフルトを頬張りながら、女神時代は紅の妹だったらしい燕がやってきた。

 普段は鯨飲馬食するか、チェスなどで遊ぶか、俺とスケベするかという飲む打つ買うの三拍子揃った遊び人である。


「あらご主人ちゃん、ここにいたのね。私に助けを求めてたんでしょう、こっちから来てあげたわよ」


 燕はフランクフルトをいやらしく食べ尽くして、口にべっとりついたケチャップをペロリとなめる。


「何の話だよ」

「次は輪っか野郎がモチーフでしょ、アレやったの私と紅だから、見守ってあげようかと思って」

「まじかよ、それなら紅に頼もう」

「なんでよ! 私でいいでしょ!」

「普段から真面目に働いてくれてる紅と、俺の駄目な部分ばかりフォローしてるようなお前とじゃ、どう考えても……」

「あいにくだけど、紅はいないから諦めなさい」

「なんでだよ、今朝はいたじゃねえか」


 エレン達と一緒に、今朝出張から戻っていたはずなのだ。


「さっき、なんか連絡が入って、エレンと山を下りたわよ」

「まじかよ、真面目に働きすぎだろう、じゃあしょうがねえ、おめーの力とやらを見せてもらおうか」

「なにいってるの、見守るって言ったでしょ、見守るだけよ」

「まじかよ、おめえそういうのアリだと思ってんのか?」

「自分だって丸投げするつもりだったんでしょう、たまには自分で汗を流して問題を解決することね」

「痛いところを突いてくるな、知恵比べって感じがしてきたぜ」

「ほら、さっさと何か食べて、脳にカロリーを供給しておきなさい」


 言われるままに、豚バラをこんがりあぶった肉丼をしこたま食べて、ちょっぴりビールを飲んでいい感じに仕上がった。

 脳に行くべき血が全部腹に行ってる気もするけど、まあこれぐらいの方が、俺はかえって調子がいいんだ。

 一方、ガーレイオンも食べ過ぎたみたいで、ぽっこりしたおなかをさすっていた。


「師匠が一緒に戦ってくれると思うと、うれしくて食べ過ぎちゃった」


 などとおっしゃる。

 うーん、どこまでもかわいい奴め。


「おっしゃおっしゃ、まあ俺に任せておきなさい」


 そういって俺も丸い腹をさする。

 俺の腹は最近デフォで丸い気もするな。

 まあ、やるか。

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