第513話 第四の試練 その二

 一冊目の絵本に満足した幼女は、用意されたホットミルクを一口飲むと、すぐに次を催促してきた。

 手に取ると、『死のガス惑星の謎』というタイトルとともに、ちょっとコミカルなペン画で顔のある雲がモクモクと描かれている。

 あんまり怖そうじゃないけど、よく見るとこの雲は目つきがいやらしく、妙な親近感を覚えてしまう。

 うちに秘めたいやらしさを隠しきれない人物ってのは好感が持てるよね。

 そうでもないかな?

 ないかもしれん。

 俺も気をつけよう。


「よしよし、それじゃあ読むぞ。その前に俺もお茶をいっぱい」


 喉を湿らせようとお茶を口に含むと、なんだか懐かしい味がした。

 子供の頃にばあちゃん、じゃなくてエネアルがよくいれてくれたお茶の味だなあ。

 ちょっとしんみりしてから、気合を入れて朗読を始める。


「死のガス惑星の謎! 銀河群から遠く離れたボイドの片隅に、そのガス惑星は存在した。いや、惑星どころか太陽の数万倍のサイズを持つその巨大怪獣は、一見するとガス惑星のようではあったが、確かに生きた一個の生物であった。ガス雲の成分は謎の金属からなり、アジャールで発生するもっとも大きな嵐の数千倍もの暴風が吹き荒れていた。そのガス生物は貪欲に星間物質を吸い込み……」




 ふたたび我に返ると、目の前ではエディたちが皆の称賛を受けていた。

 突然の場面転換にもめげず、俺も慌てて絶賛したり抱きしめてチューなどして皆をねぎらう。


「やっぱり騎士たるもの、想い人の称賛は槍で勝ち取るものよね、そう思わない、メリー」

「ええ、まったくもってそのとおりかと」


 などと言って互いを讃えるエディとメリー。

 エンシュームは実戦を終えてまだ興奮気味のようで息を切らせている。

 今一人、思いの外戦闘力の高かった巫女のリカーソだが、


「コールがあれほどうまくいくとは思いませんでした。やはりゲオステル様、いえ、ビジェンの加護が間近にあるからでしょう」

「そりゃあよかった、キャンプに戻ったら、しっかりお供え物でもしてやらんとな」


 冗談交じりに返すと、リカーソは真顔でこんな事を言う。


「ですが、ビジェンは祭壇をもうけて祀ろうとすると、すぐに逃げ出してしまうのです。私の信心が足りぬのでしょうか」


 足りないのは信心じゃなくてユーモアの精神じゃないかなと思うんだけど、一朝一夕で身につくものでもないので、生暖かく見守ることにした。

 一方、ほぼお目付け役みたいなポジションだったレーンは、普段からリーダーを務めているだけあって、まったく落ち着いたものだ。


「いやはや、強敵が出るとは聞いておりましたが、大したものですね。もちろん、うちのメンバーの実力が、ですが」

「たしかに、うちは古代文明パワーも加味されてるけど、他の紳士連中は自力だけであんなのとやりあってたんだろうか」

「でしょうね。さて、それはそうと、初日から連戦は野暮というものでしょう。そろそろ撤収の指示を出されては? その上で改めて本日の主役をねぎらうということで」


 レーンの言うことはいちいちもっともなので、さっさと引き上げることにした。

 さっきの謎空間での絵本の続きも気になるが、まあべつにいいだろう。




 キャンプに戻ると、すぐにパーティが始まる。

 やはり主役はエディとメリーで、ドイツ人みたいに二人で腕を組んだままジョッキを飲み干したりして盛り上がっている。

 巫女のリカーソはビジェンを探してどこかに行ってしまったようだ。

 今一人のエンシュームは、にこやかにパーティの様子を見守っていたが、ちょっとわだかまりがあるような顔をしている。

 さっきの活躍に満足できなかったのだろうか。

 少し前まで不似合いな甲冑に振り回されていたおてんばお姫様とは思えない活躍だったと思うんだけど、まあ若いうちはなかなか自分を正しく評価できないもんだしな。

 俺がたっぷり褒めてやろう。


「エンシューム、今日の活躍は見違えたよ、お前もすっかり一人前じゃないか、ローンもさぞ鼻が高かろうよ」


 などと声をかけると、顔を赤くして恐縮する。


「そんな、もったいないお言葉。私などまだまだで」

「納得いかんようだな」

「はい、私の力はほぼすべて晴嵐の魔女より授かった力です、ほかの皆様のように自らの地力と呼べるようなものが私には……」

「たとえ借り物でも使いこなせればそれは十分お前の力さ」

「そうなのでしょうか」

「そうさ、人一人の力なんていくら鍛えたところで知れてるからな。魔女の力だけじゃない、今日一緒に戦った仲間もお前の力の一部だし、逆にお前の力もまた、彼女たちの力の一部と言えるだろう」

「そう、そうですわ、さすがはご主人様。メリーという知己を得て共に旅するうちに、そのことを知ったはずですのに、私ったら、皆さんの実力を前にしてそんな大事なことを忘れるところでした、ありがとうございます」

「ははは、納得したところでみんなと一緒に乾杯してくるといい、今日はお前も主役だよ」


 真心たっぷりの励ましの言葉に元気になったのか、エンシュームはみんなの輪に溶け込んでいった。

 気がつけば、僧侶のレーンが隣で何か言って欲しそうな顔をしている。


「申し訳ないが、俺の会話能力ではお前を励ますのは難しいと思うんだけど、どう思う?」

「こういう時ばかりは自分の性格を見つめ直したくなる物ですが、批判精神無くして神との対話は成り立ちません、僧侶である自分に殉ずるのみですね!」

「殊勝な心がけだなあ、まあ、みんなと一緒に酒でも飲もうぜ」

「それは結構なことですね、さあ、参りましょう!」


 その後はグビグビ酒を飲んで、いつの間にか寝落ちしたのか、気がついたら日が暮れていた。

 大半の従者は引き払っており、キャンプ地に残っているのは十数人ほどで、エディたちがまだたき火を囲んで酒を飲んでいる。

 たぶん、あれは朝まで飲んでそうだな。

 寝ていたベンチソファから起き上がりテントの方に向かうと、こちらは小さなたき火の前で侍組みが談笑していた。

 セスを中心にフルンやエット、それにゲストのシルビーなどが一緒だ。

 ゲストと言えば姪っ子のエマも来てるんだけど、すでにフューエルらと一緒に麓の宿に移動したあとだった。

 エレンや紅と一緒に出張中だったコルスも今朝早くに合流している。


「あしたはねー、私たちの番!」


 ジョッキのジュースをビールみたいにグビグビ飲みながらフルンがそう言うと、シルビーが神妙な顔で、


「しかし、今日のエディ達の戦いを見ていると、とても私などの出番があるとは思えません」


 まあ、たしかに。

 シルビーも随分成長したそうだが、あんな人間離れしたレベルじゃないよなあ、と思うんだけど、セスは落ち着いた声でこう言い聞かせる。


「確かに、エディのようにあふれる魔力を載せた強烈な一撃、と言う物はあなたに限らず侍には望むべくもありませんが、敵が生物である限り、大事なのはとどめを刺すことです。動きを封じ、守りを崩し、急所に致命の一撃をたたき込む、突き詰めればそれだけですから、あとは工夫と勇気で挑めば、道は開ける物です」


 などとおっしゃる。

 たしかに、相手が生き物ならなあ、ってところで、昼間見た絵本のことを思い出した。


「そういや、確定じゃないけど、次のボスは、なんかガスっぽいやつかもしれんぞ」

「ガス、とは?」

「こう煙の塊というか、空気みたいなやつ……かなあ」

「ほう、それは興味深いですね。ほかには、何かご存じですか?」

「いや、それぐらいで、そもそもほんとにそうかも妖しいんだけど」

「他の紳士の情報は入っておりませんが、ご主人様はそれをどこで?」

「なんつーか、紳士パワーというか、そういうアレで」

「わかりました。とはいえ、それだけではとくに策を練るというわけにもいきませんね」


 ほんとにわかったのか、あるいはたいして役に立たんというのがわかっただけかもしれんが、セスは腕を組んで目を閉じる。

 たぶん、なんか色々考えたりしてるんだろう。

 達人の考えてることは、俺にはこれっぽっちも推し量ることができないので、その後は夜が更けるまでたわいない雑談で盛り上がったのだった。




 翌朝。

 テントの簡易ベッドで目を覚ますと、いつ潜り込んできたのかエディが素っ裸のひどい格好でグーグー眠っている。

 起こさないようにテントから出ると、キンザリスとネリが控えていた。

 ホロアであり、貴族の家庭教師などもしていたキンザリスは女中仕事も無理なくこなすが、田舎から出てきて騎士団屋敷の下働きとして働いていたネリは、エディの側仕えに抜擢されててんてこ舞いの毎日のようだ。

 二人のサポートで顔を洗ったり、着替えたりして身支度を調える。

 ボサボサの髪をなでつけながら、キンザリスが本日の予定を告げた。


「あと一時間ほどで試練に出発します。本日は問題が無ければ二戦挑むことになります。一戦目はセス達のサポートに私も入りますので、応援の程よろしくお願いします」

「おう、頼んだぞ」


 その隣で俺のシャツのボタンをとめていたネリが、


「食事の支度はできてますけど、どうします? 討伐などの任務のある朝は食事が喉を通らないって騎士の方も結構いらっしゃいましたけど」

「俺は見てるだけだから、食っとくよ。腹が減っては応援もできん」

「かしこまりました。ですけど……」


 シャツの襟をピシッと直しながら、ネリがつぶやく。


「あんまり冒険とか危ないことをしに行くって感じがしませんねえ。ご主人様って、あんなに弱いのに、普通無理ってなりません?」

「なったところで、試練をやめにしてくれるわけじゃないんだし、諦めていくしかないのさ」

「案外大変なんですね、紳士様ってのも」

「みたいだな」

「ご主人様ってほんとに裏表がないですよね。初めてお目にかかったときの飄々とした態度って、世を忍ぶ仮の姿なんじゃないかとか、正体を聞かされたときに思ったりもしたんですけど」

「そんな器用なまねができれば苦労はしないさ。エディなんかは案外うまく猫をかぶってるようだが」

「奥様、まだお休みなんですよね? 今朝、夜明け前に支度をしてたら酔っ払って服を脱ぎながらご主人様のテントに入って行かれましたけど」

「目が覚めるまで寝かしといてやれ」

「そうします」


 飯を食って体をほぐし、いざ試練に突入だ。

 塔に入ると、昨日ボスがいた場所にはなにもおらず、代わりによくあるタイプのらせん階段が壁沿いに出現していた。

 こいつで二階に上がる。

 二階も一階同様、円形闘技場のような作りで、中央にはどす黒いモヤのようなものがいた。

 アレが二体目のボスだろう。

 リーダーであるレーンがそれを見て、


「ご主人様のご指摘に基づき、あらためてパフ記に出てくる敵について精査してみました。あれは『暗雲のごとき魔』と称された魔物に同定できるでしょう。ウルの力をもってしても、実体を捉えられずに苦労したとあります」

「ふんふん、それで?」

「それ以外の攻略法のような情報はありませんでしたね。それではセスさん、よろしくお願いします」


 名前を呼ばれたセスが一歩前に出る。

 続いてコルス、フルン、シルビーの同門組みだ。

 エットはさすがに早いということで、俺の隣に控えている。

 四人のサポートをするのはキンザリスだ。

 戦術としては、後方でコルスが結界によって回復役のキンザリスをカバーしつつ、陣を張る。

 先頭はフルンとシルビーが並び立ち、すぐ後ろにセスがつく、という感じらしいのだが、あんなふわふわとどうやって戦うんだろうな。

 どっちにしろ、アドバイスとかできるわけでもないので、がんばって応援しよう。

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