第512話 第四の試練 その一

 朝も早いうちから家を出て、空飛ぶ丸い船リッツベルン号に寝ぼけたままつめこまれ、濃いめのコーヒーなんぞを流し込んで目が覚めてきた頃にはもうルタ島についていた。

 今回はちょっと横着して、ルタ島南東に栄える港町シーナの近くに降り立つ。

 そこからぞろぞろと列をなして街を抜け、エトア山の頂にあるウル神殿へと入るコースだ。

 標高三百メートル程度の低山だが、俺のペースだと小一時間はかかる参道の階段を根性で登りきると、立派な神殿が俺たちを出迎える。

 再建されて百二十年程度と聞くが、その後もあちこち手を加え続けているとあって、実にゴージャスな神殿で、参拝客も多い。

 つまり儲かっているということだ。

 まずはアンなどの主だった従者とともに、神殿を詣でる。

 出迎えてくれたのはここのトップであるバゴ方丈で、脂ぎったおっさんだ。

 余裕のある温和な人柄を豪華な僧衣でくるんだ人物で、それを一目見るだけで儲かってるのがよく分かる。

 ところで方丈ってなんだと思ったが、後で調べたら和尚とかの別名っぽい。

 例のごとく、脳内翻訳の都合だろうが、俺の知らん言葉に変換されてもなあと思うのだった。


 ウル神殿は戦女神ウルを祀るだけあって、騎士や戦士といった武人の信者が多い。

 参拝客も見るからに強そうな連中が結構な割合で含まれている。

 無論、大多数は普通の観光客なんだけど。

 神殿って最大手の行楽施設でもあるんだよな。


 ここは山頂までみっしりと巨木が生えていて見晴らしは悪く、参道のあたりからかろうじて島の南側が見えるぐらいだ。

 反対の北側へは、神殿の奥に山越えの細道があるそうだ。

 北側は例の異常気象で夏でもクソ寒く、ほとんど人の往来はないという。

 今は南風なので温かいが、そういえば夜は結構寒かった気がする。

 だいたい酔っ払ってるのでわからないんだけど。

 飛行機で来るときに見とけば良かったな。


 そういえば、ここでは紳士狙いのホロアが待ち構えてて、試練におとずれた紳士にアタックしてくると聞いていたんだけど、俺のところには来なかった。

 もしかして、俺って世間の評判が芳しくないのかなあ。

 いやでも、カリスミュウルやガーレイオンもいるわけで、俺だけの評判の問題とは限らんよな。

 まあ、愚痴ってても仕方ないので、野営地の確保と、試練の塔の下見に行こう。


 ここの試練の塔は、山頂のウル神殿から尾根の南側沿いの小道を少し西に行ったところにぽつんと生えている。

 俺たち以外の紳士は入れ違いに次の塔に向かったらしい。

 それに伴い、つい先日冒険者に開放されたばかりだが、まだあまり冒険者はいないようだ。

 聞けばここの試練は超強力なボスキャラしかおらず、並の冒険者では稼げないかららしい。

 それはそれで困りもんだなと思うんだけど、まあうちのちょー強い従者たちならサクッと攻略してくれるかもしれないな。


 尾根道の少し開けた場所にテントを張る。

 前回までのような巨大な野営地は確保できなかったので、主立ったメンバーだけが寝泊まりする。

 残りは内なる館やシーナ村の宿、それにリッツベルン号などに乗って離れた場所で寝泊まりすることになる。

 俺はまあ、適当に寝る場所を切り替えつつやっていこう。

 そういえば、爽やか青年紳士のブルーズオーン君は、毎日麓の宿から通っていたらしい。

 俺の従者である人魚ルーソンの実家の宿なので、俺も一回ぐらいは泊まりに行かんとなあ。

 と言った計画の大半は、事前にアンたちが決めといてくれたので、俺はハイハイ言って従ってるだけなんだけど。

 ひとまず初日はテントかな。


 今回のテントはいつものコテージみたいな立派なやつではなく、地味な軍幕っぽいものだ。

 無論、中の快適さは従来通りで、脆弱な中年が寝泊まりする上で何の心配も無い。

 いつもなら初日は野営の準備だけで終わるんだけど、今日は移動で横着したせいか支度が終わってもまだ正午まえで、前衛組みを中心にやる気を持て余してるみたいなので、軽い軽食をとった上で塔に入ってみることにした。

 カリスミュウルなどはまだ寝ぼけているし、俺もさっきの山道で疲れ切ってるんだけど、休暇明けで体力を持て余してる連中にも配慮してやらんとなあと言う、主人らしい判断に基づいての行動だ。


 第四の塔は、直径は三十メートルぐらいだろうか、高さは三倍程度あるが、百メートルはないかな。

 装備を確認し、意気揚々と扉をくぐった瞬間、違う場所にいることに気がつく。

 多分また俺の謎能力みたいなのが発動したっぽい。

 覚えてない部分も多いが、今までにも何度もこういうことがあったようで、大抵、ろくなことが起きない。

 冷静に周りを見回すと、野球場程度の巨大なホールで、周りを取り囲むように巨大な石像がずらりと並んでいる。

 エジプトの遺跡みたいな雰囲気といったらいいだろうか。

 俺はその石像の一つの前に立っている。

 人の姿は見えないが、何かの気配は感じる。

 すごい威圧感だが、不思議と恐怖は感じない。

 むしろ懐かしさを感じるほどだ。


 ふと振り向けば、隣に光る塊がある。

 その光が、言葉を発した。

 言葉と言うには断片的で、俺が理解できたのは、奏上、盟友、来訪、歓待といった単語というか概念だけだった。

 それに応じるように、周りの石像が一斉に輝き、姿を変える。

 真っ白い、シルエットだけは女性風で、しかも物々しいデザインの巨大なロボットたちだ。

 なんか見覚えがあるけど、あれか、以前都で黒竜と戦ったときに判子ちゃんが持ってきたロボットに似てるんだ。

 あれは闘神のなんかだといってたので、つまりここにいるのは女神達か。


「その通りです、マスター」


 先ほどまで光る塊だった何かは、いつの間にか紅の姿になっていた。


「ここはアジャールの霊廟、世界の楔となった姉妹達、そしてその礎となった神子たる最後の皇帝をお慰めする無辜の匣」


 そう言ってホールの中央を指す。

 そこにはぽっかりとスポットライトが当たり、小さなテーブルが置かれている。

 歩み寄ると、椅子が二つあらわれ、さらに近づくと片方の椅子にはぼんやりと光る、小さい何かが座っていた。

 光る何かは、こちらを見てなにか訴える様子を見せるが、なにも伝わってこないので、こちらから手を握って声をかけてやる。


「そんなに光ってばかりだとしんどいだろう。もっと気楽にやっていいんだよ」


 するとたちまち光が収まり、小さな幼女の姿になった。

 エプロンドレスがかわいいな。

 きょとんとしてこちらを見つめるその顔は、誰かに似ているようで、誰にも似ていないようにも見える。


「マスターも、おかけになってください。今、お茶をお入れしましょう」


 紅がそう言って椅子を引いてくれたので、どっかりと腰を下ろす。

 見るとテーブルにはお茶と絵本が八冊、置かれていた。

 こいつを読んでやればいいんだな。

 順応性の高さに定評のある俺にかかれば自明すぎるぜ。

 目の前の幼女は、不思議そうな表情を浮かべ、こちらを見ている。


「こっちにおいで」


 と手招きすると、幼女はぴょんと椅子から飛び降りて俺の膝に乗る。

 俺も最近は幼女の扱いに慣れてきたんだ。


「よしよし、じゃあ、どれから読もうかな」


 一番上の本を手に取ると、予想に反して昭和の劇画タッチでまがまがしい怪獣が描かれている。


「結晶怪獣エルメダーフ……、ずいぶん勇ましいタイトルだな、これでいいのかい?」


 と尋ねると、膝の上の幼女はコクコクとうなずく。


「じゃあ読んでみるか。えー、宇宙の深淵から恐怖のエルメダーフがやってくる! エルメダーフとは全身がクリスタルに覆われた透明な怪獣で、宇宙の誕生と同時に生まれた原始宇宙怪獣の最後の生き残りである。その力はすさまじく……」




 あ、と思った瞬間、足下の段差につまずいて目の前を歩いていたエディの背中に顔から突っ込んでしまった。


「あらハニー、昼間から情熱的ね」

「いやすまん、ちょっとボーッとしてて」


 ボーッとじゃなくて、明らかに違う世界に飛ばされてたと思うんだけど、周りの様子を見るに、俺がいなくなってたことに誰も気がついていないようだ。

 あるいはほんとに白昼夢でも見ていたのだろうか。

 などと首をかしげていると、隣で俺を支えてくれた紅が、


「移動誤差は十のマイナス三十三乗まで押さえられています。あと一息でプランク時間まで短縮できるでしょう」

「つまり、どういうこと?」

「マスターは上手に世界移動を行えるようになってきたと言うことです」

「ふーん、そりゃすごいな」

「なんだかわからないけど、あっちもすごそうよ」


 そう言ってエディが指さしたのは、巨大な結晶の塊だ。

 塔の中は仕切りもなく、円形闘技場と言った趣で、天井の高さも十メートル程。

 その中央にキラキラしたやつがでんと構えている。

 あれさっきみた絵本のやつじゃん、つまり今回はそういうギミックか。


「ふむ、あれこそは結晶怪獣エルメダーフ」


 などと訳知り顔でつぶやくと、エディが訝しむ。


「なあにその珍妙な名前」

「えーと、そういうのがあってだな」

「へえ、じゃあ特徴とか弱点とかは?」

「いや、そこまではちょっと……」


 と適当にごまかしていると、当家の蘊蓄四天王が一人、僧侶のレーンが驚いてみせる。


「まさかご主人様がその名をご存じだとは。エルメダーフとはパフ記の一説に出てくる邪悪な魔物で、女神ウルが苦心の末に倒したと記されております。あいにくと名前しか伝わっておりませんが」

「へー、そうなのか」

「おや、聖書を学ばれたのではないと」

「いやね、なんかそういう絵本があってだな」

「それは初耳ですね。うちにある絵本の大半は読み聞かせのために目を通していたと思いますが」


 と首をかしげるレーン。

 俺もさっき読んだのがなんだったのかよくわかってないんだけど。


「おしゃべりはそこまでよ、緒戦は私とメリーのコンビで行かせてもらうことになってるから、よろしくね」


 そう言って手にした槍を握りしめ、エディが一歩前に出る。

 続いてメリーも前に出て、


「あなたの槍の力、とくとご覧ください」


 とかっこよく決める。

 かっこいいなあ。

 で、今気がついたんだけど、メリーの隣には真っ黒な四つ足の動物が付き従っている。

 ドーベルマンとかイングリッシュポインターみたいなシュッとした大型犬のシルエットだが、表面はぬるっとメタリックに黒光りしており、生身の生き物ではあるまい。

 初めて見るが、エンシュームが持っていた鷲ロボットとおなじようなアレだろうか。


 この塔がボス戦ということで、事前にある程度の段取りは決めていたようで、ほかのメンバーはそのまま後ろに控えている。

 二人のサポートには、カルト教団から足を洗った巫女のリカーソと新米魔導師エンシューム、それにレーンがつく。

 レーンは非常時のフォローといった感じで、実際に後衛として戦うのはリカーソとエンシュームのようだ。

 リカーソの実力もしらないんだけど、あのおてんばお姫様だったエンシュームがどこまで成長したのかも、しっかりと見届けてやらんとな。


 前衛の二人とサポート三人がボスに近づくと、巨大な水晶の塊がピカッと光り、円周状に結界が張られる。

 どうやら塔自体が決闘の場を作り出しているようだ。

 エンシュームが腕をかざすと腕輪が光り、細かい粒子の粒が無数に渦巻き始める。

 よく見ると一つ一つが羽のような形をしている。

 大きな渦は五つに分かれ、前線に立つ五人を個別にくるんでいった。

 そろそろ解説がいるんじゃなかろうかと思ったら、いいタイミングでスポックロンがやってきた。


「あきれたものだと思いませんか、あれは惑星連合協定で各国家ごとの所持数が三体までと規制されていた戦略級兵器、またの名を超殲滅級ガーディアン『フォルシー・フォルス』と『パルシー・パルス』、そのコアユニットです」

「へえ、なんか強そうだな」

「個人レベルの戦闘に置いてはどう考えてもオーバーキルになると思うのですが、あの馬鹿はこんなものまで持ち出して、何を考えているのでしょう。それとも、何かこれが必要になる兆候が……」


 解説だか独り言だかわからないことをつぶやいている。

 その間も戦いは続いている。

 結晶怪獣エルメダーフ、まあほんとにそんな名前かはわからないまま通すんだけど、結晶の塊に見えたその巨体がむくりと起き上がると、筋肉もりもりのゴリラみたいなシルエットがそびえ立つ。

 体長は六、七メートルはあるだろうか、背を伸ばせば天井まで届きそうな巨体だ。

 体表には至る所に水晶が生え、キラキラと虹色に輝いている。

 その怪獣がブォッと雄叫びを上げ、ドラミングのようなゼスチャーで威嚇する。

 それを受けてエディとメリーが槍を構える。

 数瞬、無音となる。

 先に動いたのはエルメダーフだ。

 肩の水晶が赤く光ると、ガッっと砕けて破片が五人に襲いかかる。

 だが、間髪入れず手にした盾をエディが床に打ち付けるとたちまち光る結界が広がり、五人を覆い隠す。

 いや、盾の後ろにいるのは四人だ。

 目にもとまらぬ早さで黒犬にまたがり、メリーがエルメダーフの後方に回り込んでいた。

 犬に乗るのって憧れるよなあ。

 あとで乗せてもらおうかな。

 俺がのんきにそんなことを考えている間も戦いは続く。

 エルメダーフがメリーに意識をとられた瞬間、盾の後ろから飛び出したエディが手にした槍で脛にきつい一発をお見舞いする。

 あんな怪獣でも脛は痛いと見えて、がっくりと膝をつくが、同時に振りかざした腕でエディに殴りかかる。

 無論、そんな攻撃を食らうエディではない。

 再び盾の後ろまでとびしさった。

 げんこつが空振りしたエルメダーフは怒りをあらわに全身を震わせるがその隙を突いてメリーが手にした槍で反対の膝を打ち砕いた。

 たまらず尻餅をついた怪獣エルメダーフは、バタバタとだだをこねるように暴れ出す。

 手足を地面にたたきつける度に鋭い水晶の塊が散弾銃の弾のように飛び散る。

 大きいものだとドラム缶ぐらいはあって、まともに食らえばいかなエディ達でもただでは済まないだろう。

 エディ達四人は盾の後ろに隠れているが、メリーは黒犬にまたがったまま素早い動きで巧みによけている。

 実に素早い動きだが、いかんせん怪獣の駄々っ子攻撃はますます激しくなっていく。

 やがて一発の流れ弾が黒犬の足にあたり、横転するメリー。

 勝機とみたのか、エルメダーフは素早い動きで起き上がると、メリーに飛びかかるそぶりを見せた。

 だが、それより一歩速く、リカーソが呪文を完成させる。

 たちまち怪獣の頭上に光の渦が発生し、ぬっと巨大な顔が出てきた。

 その巨大な顔がフーッと息を吹きかけると、すさまじい吹雪が生じて飛び交う水晶塊ごと凍り付かせてしまった。

 そのスキを逃さず襲いかかるエディとメリー。

 二人の槍はエルメダーフの右目と左脇に突き刺さり、哀れ大怪獣はその動きを止めたのだった。




「……かくして全宇宙を恐怖に陥れた結晶怪獣エルメダーフは、闘神達の大活躍で退治されたのでした、めでたしめでたし」


 気がつけば俺は再び謎のホールで幼女を抱っこして絵本を読んでいた。

 幼女は絵本に満足したのか、しきりに拍手してその内容をたたえるのだった。

 満足してもらえたようで何よりだが、エディたちは大丈夫かな?

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