第510話 うどん

 軽めの朝飯を終えて、ラーラと遊んでやろうかなと思ったが、午前中は検査があるらしく、朝から地下にいる。

 まあ、あれだけの重病だったんだから、しかたあるまい。

 当然、牛娘のポイッコも付き添っている。

 女中のネリはうちの作法を覚えると言って、家事組みと一緒になってフューエル屋敷に出向いていった。

 ベテラン女中テナの指導を受けるらしい、物好きなことだ。

 さえずり団の面々は学校に行ってしまった。

 こちらは休学手続きなどをしてくるそうだ。

 人魚たちもまだ湖でちゃぷちゃぷやっており、一緒にこちらに来たパシュムル、カシムルの山羊娘姉妹も、ネリと一緒にあちらに修行に行っている。

 パシュムルは家事とかするタイプじゃ無いと思うんだけど、そういう気分の時もあるのかもしれんなあ。

 残りも何かしらやってて、新人が捕まらなかったのだが、こういう時はベテラン勢が要領よく遊んでくれるものなんだけど、せっかくこちらに戻ってるのだからとみんな自分の用事にいそしんでいて誰も遊んでくれない。

 唯一万年暇女のカリスミュウルは例のごとくまだ寝てるし。

 つらいなあ、とぼんやり空を眺めていたら、幼女軍団を率いたピューパーがやってきて、俺の肩を叩いた。


「さみしいなら、遊んであげようか?」

「ほんとに? あそぶあそぶ、なんだ、鉄棒か?」

「鉄棒はもう古い、じだいはドッジボール」

「え、まじで? いつの間に時代動いたの?」

「おととい。ちょっときて」


 ピューパーに引っ張られて、いつの間にか裏庭に建っていた物置小屋に入ると、壁一面に大小様々なボールや遊具が並んでいた。

 そのうちの一つを手に取る。


「これ、カプルが最初に作ってくれたボール。いっぱい遊んだけど、あんまり跳ねない」


 昔キャッチボールとかしてた野球ボールだな。


「これはおとといカプルがくれた大きいボール。軽くてよくはずむ」


 とバレーボール風のボールを手にして、バンバン、ドリブルしてみせる。

 うまいもんだな。


「二チームに分かれて、これをぶつけ合う。当たったあとに地面にボールがついたら退場」

「ふむ」

「みんなまだ、投げるのヘタだから、今から特訓するの、ご主人さまも参加するべき」

「なるほど、たしかにブームに乗り遅れるわけにはいかんな。こう見えてもおまえたちぐらいの年齢の時は、ドッチボールが大得意だったんだ。ブランクがあるが、まけんぞぅ」

「そのいき、いざ裏庭へ、すすめ!」


 ピューパーのかけ声とともに、ドタバタと幼女軍団が走り出す。

 うちも幼女が増えたなあ。

 ピューパー、撫子、メーナのリアル幼女トリオに、最近体をゲットしたばかりのクント、洞穴人のパマラにリキルと、エセ幼女のストーム、カーム、オラクロンも一緒になって遊んでいる。

 これだけいると完全に保育園だな。

 九人の幼女とおじさん一人がペアを組んで、ボールを投げ合う。

 俺の相手はオラクロンだ。

 緩やかにボールをやりとりしながら、会話も弾む。


「幼女ごっこが似合ってるじゃないか」

「ごっことは心外な、私は正真正銘、ピュアな幼女ですよ」

「ピュアな人間がもっとも使わない単語の一つがピュアなんだよ、覚えとくといいぞ」

「ありがとうございます」


 そう言って急に強いタマを投げてくるオラクロン。

 みぞおちに直撃して少しむせながらも、落とさないのが中年の意地というものだ。


「げふげふ、そりゃそうと、例の黒竜会とやらの襲撃の心配は無いのか? この子たちは目を離すとすぐ突撃していくからなあ」

「先日もお役に立ったイントルーダを周囲に複数忍ばせておりますから、まず大丈夫かと。この子たちの行動範囲には、シールド装置も設置してありますし、街の全域をオービクロンが監視しております。また従来通り、クロックロンたちも無数に潜んでおりますし」

「よくわからんが、頼もしいな。そういやあのイントルーダは、クロックロンなんかと同じで、俺の子分なんだろう、名前をつけてやらんでよかったのか? まああんまり数が多いとしんどいけど」

「イントルーダは任務上、固有の外見も名称も持ちません、必要があればコードネームを割り当てますが、お気になさらずとも大丈夫ですよ」

「それじゃあ、ご奉仕してもらいたくなったときに困るじゃないか」

「個性を与えすぎると、変身時にエミュレーションブレインが影響を受けるので、お勧めはしませんが」

「切ないな」

「そうですね、では手柄を立てた個体が退役するときに、顔と名前を与えてやるというのはどうでしょう」

「ほほう、じゃあそんな感じで」


 そう言ってひょいと投げたボールがすっぽ抜けて、隣のストームの頭にぽんと当たった。

 石柱か何かのように身じろぎ一つせずに跳ねたボールをキャッチすると、じろりと俺をにらむ。


「まあ、いたいけな幼女になんとひどい仕打ち、泣いてしまいそうですわ」

「すまんすまん、しかし本物の幼女は自分のことをいたいけとか言わないんじゃないかな」

「それは偏見という物、もっと幼女の多様性を認めるべきですわ」


 などとのたまうエセ幼女に、同じくエセ幼女であるカームがすごい勢いでボールを投げつける。


「お気になさらずに、あの石頭はこんな剛速球でも身じろぎもしませんよ」


 カームの言葉通り、すごい勢いのボールをすごい切れ味のヘディングで返す。

 猛烈な回転でホップするほどのスピードだが、打ち返されたカームはなんなくキャッチした。


「ご覧の通りですよ」

「子供らがまねするぞ、程々にな」

「あら、もう遅かったようですよ」


 カームの言うとおり、ピューパーたちが目を輝かせて周りに集まっていた。


「今の頭突きすごい、教えて! 絶対やりたい」


 と盛り上がるが、


「残念ですけど、もう少し成長してからでないと、今の技は使えませんよ」


 そういってオラクロンがなだめる。

 その横で、ストームが今度はリフティングを始める。


「すごい、そっちの方がみりょくてき!」


 などと言って幼女たちはたちまち夢中になってしまった。

 もう、ドッチボールのことは忘れてそうだな。




 午前中は幼女軍団とたっぷり遊んだせいで腹ぺこになった俺は、人魚たちがとってきた大量の魚を焼いて食っている。

 うまい。

 酒がいるな。

 なに飲もうかなと悩んでいると、道場から帰ってきたエットが手に紙切れを持って駆け寄ってきた。


「ご主人様、また探偵やったの? 怪盗ってなに、まえ話してくれたやつ?」


 怪盗の話なんてしたっけ、と思ったが、昔せがまれてうろ覚えの推理小説の話とかしたかもしれん。


「ははは、まあちょっとばかりな。誰に聞いたんだ?」

「新聞! 新聞に載ってたっ!」


 手にした新聞をバンバン叩きながら叫ぶ。

 みると、名探偵またまた大活躍、謎の怪盗から名家の秘宝を守り抜く、とかなんとか書いてある。

 貴族屋敷での出来事なのに、こんな風にニュースになったりするんだなあ、ゴシップはこわいねえ。

 目を輝かせるエットに当日のことを話して聞かせていると、少し遅れてフルンが帰ってきた。

 シルビーと一緒に仲良く談笑しながら帰ってきたようだ。

 最近のシルビーはすっかり落ち着いた名家のご令嬢って感じになってて、変われば変わるもんだなあと感じ入っていると、フルンが昼食をモリモリ頬張りながらこんなことを言った。


「シルビーも、試練の見学に行きたいって言ってるけど、いいかな?」

「そりゃあかまわんけど、学校とか大丈夫なのか?」


 と尋ねると、一緒に食事をとっていたシルビーが食事の手を止めて、


「ちょうど講義が一段落ついたところなので。この時期はグランドツアーに出る生徒が多いですし、講義もあまりないのです」

「グランドツアー?」

「主に貴族の子女はちょうど私ぐらいの歳になると、お披露目を兼ねて諸国を漫遊し、見聞を広めるのですよ」

「ふうん、楽しそうだな」

「昔は諸国の宮廷を回り上流社会を経験する重要な儀式だったそうですが、今は金持ちの道楽のようなもので、貴族をまねて商家の子女なども参加するようです」

「まあ、平和でいいじゃないか。子供が旅をできるってのはすごいことだぞ」

「そうなのでしょうね」

「そういや、お披露目といえばエマがそろそろだと言っていたな。あの子もそのグランドツアーとやらをするんだろうか?」

「彼女は婚約者の試練に付き従うと言っていましたよ」


 そういって、にっこり笑うシルビー。

 あれ、ちょっとトゲを感じるな、もしかしてヤキモチかな?


「へえ、そりゃめでたいな」

「大事な妹分のことですから、私も喜ばしく思います」


 などと言って軽い昼食を終え、フルンと一緒に地下のトレーニング室に行ってしまった。

 シルビーもかわいいところがあるなあ。

 エットはもっと探偵の話を聞きたがっていたが、正直、これ以上話すことがなかったので諦めてもらった。


 子供たちと別れて、気を取り直して一杯やろうと台所で酒を漁っていると、地下からラーラとポイッコが戻ってくる。

 空飛ぶ椅子を車椅子風につかい、ポイッコに押されているが、血色も良く元気そうだ。


「お疲れさん、検査はどうだった?」


 と訪ねると、少しはにかみながら、


「はい、なにも問題が無く順調だと」

「そりゃあよかった。何かくうかい、検査のあとは腹が減るだろう」

「そうなんです、こんなにおなかがペコペコになったのなんて、初めて!」


 などと言って笑う。

 椅子を押す牛娘のポイッコも、すまし顔のままではあるが、どことなくうれしそうだ。

 ラーラの食事に制限は無いと聞いているが、消化にいい物がいいだろう。

 アンたちはまだ戻ってないが、ミラーはいるので任せてもいいんだけど、せっかくなので俺が作ってやろう。

 俺がすぐに作れる物となると、うどんかおじやかなあ。

 米は慣れてないだろうから、うどんかな。

 卵を使わないパスタってのもあるので、この町の住人にとってうどんはさほど突飛な物ではないと思う。

 うちでもたまにモアノアが低重心豊満ボディを駆使して踏み踏みした腰のあるうどんを食わせてくれる。

 最近はファーマクロンが合成してくれた最高級鰹節もあるので、出汁まで完璧に再現できるのだ。

 和風味だと馴染みがないかもしれんが、まあいいだろう。

 というわけで、冷凍庫を漁ると冷凍のゆでうどんがストックされていた。

 こいつは湯がいてしめるだけでいいので簡単だ。

 がさごそ準備していると、ポイッコが慌てて声を上げる。


「あの、もしかしてご主人様が作るんですか!?」

「まあね」

「い、いけませんよ、そんなの! どうしてご主人様が作るんですか!」

「ははは、まあうちに来たばかりだと面食らうのもいるがな、俺の故郷じゃ珍しくないんだ、そういうもんだと思って、ちょいと待ってなさい」


 それを聞いたラーラも、ポイッコをたしなめる。


「そうですよ、ポイッコ。ご主人様がああおっしゃってるんですから」

「そうはおっしゃっても、ちょっと考えられないでしょう」

「それでも従うのが、従者という物です」

「それはそうなのかもしれませんが」


 新人らしい葛藤に苦しむ巨乳を横目に見ながら、着々と料理をすすめる。

 醤油と酒を煮きって出汁とあわせ、味を見ながら隣で鍋を用意する。

 鍋をコンロにセットすると、なんか鍋底からお湯がシュワッとあふれてきてたちまち熱湯でいっぱいになるので、うどんを湯がいてから水で締め、さらに温め直すと完成だ。

 調理器具がハイテクすぎて、腕のいい料理人みたいに手際よく進んでしまった。


「ほれ、完成だ、食ってくれ。熱いから気をつけてな」


 初めて見るうどんに恐る恐る口をつけるポイッコと、興味津々にフォークで麺をすするラーラ。


「ねえ、見てちょうだいポイッコ、この麺の太いこと!」

「だいじょうぶですか、お嬢様、食べられますか」

「もちろんよ、これぐらい……あ、あつっ」

「だ、大丈夫ですか!?」

「へ、平気です、あなたもちゃんと自分の分を食べなさい!」

「そうはおっしゃっても、危なっかしくて……」


 などと楽しそうに食べる二人を見ながら、俺もちびちびと酒を飲んだのだった。

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