第509話 ティータイム

 夜の楽しい時間は続く。

 とはいえ長年の闘病生活で弱り切っていたラーラに無理させるわけにもいかないので、雑魚寝スペースに特製ハイテクベッドを設置してそちらで休ませることにする。

 名残惜しそうにしていたが、これからいくらでも楽しいことができるよと言い聞かせておいた。

 むろん、楽しいことというのはアレだ。

 牛娘のポイッコはラーラについているが、彼女とはあとで楽しいことをするとしよう。

 今はフルンたちがベッド脇にたむろして、一緒に本を読んだりしているようだ。

 最近、歓迎双六はやってない気がするけど、新人接待にはげむ姿勢は変わってないようだな。

 そんな様子を眺めていると、フューエルが酒瓶片手にやってきた。


「ラーラは随分と具合が良さそうですね。正直、あそこまで悪くなっているとは知らなかったのですが」

「付き合いは長いのかい?」

「父が役人時代からの付き合いですからそれなりに。もともと同郷ということもありますし。あの子の姉の一人は同年で、彼女が嫁ぐまではよく遊びに行っていたのですが、最近はご無沙汰で……」

「ふうん」


 などと曖昧に返事を返していると、不意にベースをはじく音が聞こえる。

 青肌のサーシアだ。

 ついで、リーダーのヘルメが胡弓のような弦楽器を奏で始める。

 その奥では、ペルンジャがハーブを構えている。

 実にムーディでよいな。


「お抱えの美人演奏家というのはたまらないものだという顔ですね」


 とフューエル。


「うん」

「いい気分の所に水を差すようで恐縮ですが」

「なにかあったのか?」

「エマのことですよ」


 エマとはフューエルの姪御であるおしゃまなお嬢さんだ。


「きたる彼女のお披露目に際して、同時に婚約を発表したいと」

「へえ、めでたい話じゃないか」

「じゃあ、お受けしていいんですね」

「なにを?」

「婚約の相手は、あなたですよ」

「あー、うん、そうだと思った。まあ俺はいいけど、本人はなんて言ってるんだ?」

「先日、顔を見せたときは、リーストラム家の娘たるもの、家のために嫁ぐのは当然だとかなんとか」

「そんなタマじゃないだろう」

「むしろ兄の方が微妙な顔をしていましたね」

「そういや、義兄さんは前にあったときも、俺からパパ呼ばわりされるのはいやだなあ的なことを言ってたな」

「気持ちはわかりますが」


 そこに、褐色肌のムードメーカー、オーイットがお盆に酒とつまみをのせてやってきた。

 色っぽい格好で慎ましやかにしている。

 普段は元気があふれてる感じなんだけど、こういうのもギャップを感じてよいものだ。

 BGMは交代で演奏しているようだな。


「いま、エマ様のお名前があがっていたようですけど」


 身分違いとはいえ、エマとは学友でもあるオーイットたちは、俺とのつながりもあって仲良くしているようだ。

 先日も、エマの助言で俺に相談に来たおかげで色々解決した上に、みんな揃って従者にできたとも言える。


「うん、今度彼女が婚約することになってね」

「ええ!? お、お相手は?」

「これこれ」


 そう言って自分を指さすと、さらに驚く。


「そっかー、エマ様がお嫁にいらっしゃるんだ。改めて考えると、私とんでもないところに従者に来ちゃったんじゃ……」

「まあ、あんまり深く考えないのがうまくやっていく秘訣さ。俺なんて目の前のかわいこちゃんとどうやってイチャイチャするかしか、考えてないからな」

「やだもう、ご主人様ったら」

「おっしゃおっしゃ、たっぷりかわいがってやるぞぅ」


 などとたわいなくやって、夜を過ごしたのだった。




 翌朝。

 夕べも遅くまでハッスルして試練の倍以上疲れた体を引きずるように裏庭に出てみると、ギャル人魚のマレーソンが湖から飛び出してきた。


「おはー、ご主人様」

「おう、おまえたちも来てたのか」

「うん、さすがにご主人様ほっぽって遊んでばっかって訳にはいかないっしょ」

「ははは、気にしなくてもいいのに。ルーソンやペースンはどうした?」

「今あっちの島だよー」


 そう言って指さしたのは、湖の少し沖にある小島だ。

 先日カプルがなにか工事をしてた気がする。

 直径十メートル程度の小さな島で、立派な一本松が遠くからでも目立つ。

 白象砦の帰り道、あの松が見えると家が近いなあと感じるんだよな。

 全体的にこんもりした感じがちょっとだけ江ノ島に似てる気もする。

 もちろん大きさは全然違うし、そもそも行ったことないけど。


「カプルっちが、あそこに海女小屋作ってくれてんの、まじサイコー。この湖もめちゃ魚とか貝とれるよね。今朝潜ったから、あとでいっぱい食べてよ」

「そりゃいいな、俺が釣ってもろくに釣れないんだけどな」

「あはは、ご主人様でもヘタなことあるんだー」


 そこにミラーが風呂敷包みを持ってやってきた。


「これ届けてくるから、またあとでねー」


 ギャル人魚のマレーソンはつつみを受け取ると頭に乗せて、器用にすいーっと泳いでいってしまった。

 そういえばピチピチの競泳水着みたいなのを着ていたな。

 全裸でいいのにと思わなくもないが、ここだと人魚村と違って世間の目があるので、配慮したのかもしれないなあ。

 まあ、あのボディは俺だけの物だからな、でゅふふ。

 などと朝から気持ち悪い含み笑いを浮かべていると、アンが出てきた。


「どうなさったんです、朝から魔物に化かされたような笑みを浮かべて」

「そんな顔だったかな」

「そりゃあもう。ところで、朝食はどうなさいます?」

「あんまり腹減ってないな、とりあえずコーヒーでももらおうか」

「かしこまりました。それから、出発はいつになさいます?」

「うーん、そうなあ」


 春のさえずり団をゲットすると言う当初の目的は果たしたので、そろそろ試練を再開してもいいかもしれない。

 新たに従者となった元白象団長のメリーなども、俺の騎士として早く槍を振るいたいと燃えてるらしいし。

 ちなみに、俺の従者として必須のご奉仕の方はあまりうまくない。

 まあ野暮天の極みだったクメトスでさえ、最近は結構色気が出てるぐらいなので、メリーもすぐに上達するかもしれない。

 するといいなあ。

 そのメリーは、裏庭の空き地でほかの仲間と一緒に汗を流している。

 元気そうだな。

 アンは俺が返事を返さないので、そのまま引っ込んでしまった。

 いつもコーヒーを入れてくれるオルエンも修行中なので、誰が入れてくれてるのかと思ったら、先日従者になった女中のネリがコーヒー機材を運んできた。

 目の前で入れてくれるようだ。


「おはようさん、今日は仕事じゃないのか」

「エディ奥様がオフなので」

「あれ、そうだっけ。いないようだが」


 と朝練中の騎士集団を確認する。


「まだお休みですよ、どうも私の知ってる姫様と印象が違いすぎて」

「まあ、彼女はうちではことのほか気を抜いてるからな。おまえも程々でいいぞ」

「そうはいきませんよ、せっかくうちにいるときぐらい、ちゃんとお世話させていただきます。じゃないとあっという間に後輩が増えてるみたいですし」

「そういうのはあるかもしれん」


 話す間も、ネリは慣れた手つきでコーヒーをドリップしていく。


「うまいもんだな、この国じゃあんまりコーヒーは飲まんだろう、どこで覚えたんだ?」

「騎士団でも、北方砦出身の方などは好まれたので、エツレヤアンで勤めていた頃はお入れしてたんですよ。といってもこんな洗練された茶器ではなかったので、夕べのうちに、少しばかり練習はしましたけど」

「へえ」


 そういえば、うちも最初はバダム老にもらったセットでコーヒーを入れてたな。

 最近は使ってなかったけど、たまには引っ張り出してもいいかもしれない。

 趣味の物ってのは、必ずしも最新最高級がベストとは限らないのだ。


「さあ、どうぞ」


 とカップを差し出す。

 いい匂いだ。

 コーヒーは二杯入れてあるようだが、ネリは残ったカップを一目見て遠慮がちに訪ねる。


「あの、アンが自分の分も入れて一緒に飲むようにと言ってたんですけど、本当によろしいんですか?」

「そりゃあ、お茶はかわいこちゃんと一緒に飲んだ方がうまいだろう」

「そう言っていただくのはうれしいんですけど、ちょっと無理じゃ」

「まあいいじゃないか、ほら、座って座って」


 強引に座らせて、仲良くお茶を楽しむ。

 メイドさんと飲むコーヒーは、ことのほかうめえな。


「で、どうだ、うまくやれてるか?」

「どうでしょうか、なんだかお屋敷での立場みたいなのが変わっちゃって。私って田舎の出でしょう。ほとんど下働き同然だったのが、突然姫様付きの侍女あつかいで……。行儀作法はたたき込まれてはいるんですけど、貴族出身の侍女の方たちとはやっぱり根っこが違うっぽくて、どうにも。そもそも、私みたいなのがお世話するのは庶民の騎士の方で、貴族出身の騎士様のお世話は、そういう貴族出身の娘さん方がやるもんなんですよ。それなのに私なんかが姫様にべったりだと、何というか……」

「つらいようなら外してもらってもいいんだぞ」

「いえ、エディ奥様はやっぱり憧れの方ですし、やりがいはあるので、お許しいただければもう少しがんばってみようかと」

「まあ許すも何も、好きにしてくれていいんだが……」


 そう言ってコーヒーをすすりながら、お茶菓子をボリボリとかじる。

 ちょっと歯ごたえのいいクッキーでうまい。

 ネリもクッキーをかじりながら、苦笑する。


「こんな風に朝からお茶しながらおいしいお菓子をいただくなんて、貴族のご令嬢みたいで小さい頃は憧れてたんですけど、実際にやってみるとちょっと落ち着きませんね」

「俺も未だに貴族っぽすぎるスタイルは性に合わなくてなあ、成金がポーズとって貴族のまねごとをしてるだけ、ぐらいの認識の方がバランスがいい気がしてる」

「それはそれで、紳士様としてはどうかとおもうんですけど」


 ネリは顔をカップに近づけて少し匂いを嗅ぐと、湖の方をみやる。


「のどかですねえ」

「いいながめだよな。なんせ人魚も泳いでるし」

「そうそう、今朝びっくりしましたよ。夜明け前の薄明かりの時間にゴミ出しにでたら、突然大きな魚が跳ねてて、しかもよく見たら人魚で、話してみたら従者だって言うじゃないですか。向こうも驚いてたみたいですけど」

「ははは、まあ、うちじゃよくあるこった」

「ミラーたちを別にしても、八十人以上いるんですよね。ちょっとした貴族屋敷なんかじゃ使用人を全部足してもそんなにいませんよ?」

「しかし、かつては従者を二百五十六人従えた紳士もいたそうじゃないか」

「有名な紳士レオーヌの伝説ですよね、でもあれって実在した人なんですか? 彼が挑んだ試練の島ってのもどこかわかってないって話ですけど」

「そうなのか?」

「そもそも、二百五十六人なんて半端な数からしておかしくないですか?」

「何言ってんだ、二百五十六ってのは由緒正しい数字だぞ、うちのミラーもちょうど二百五十六人だし」

「へえ、そうなんですか?」

「数字を、二倍二倍としていくとな、二、四、八、十六ときて、八回目に二百五十六になるんだよ」

「ふうん、数字苦手なんでよくわかりませんけど、でも、ご主人様でもお得意なことがあるんですね」

「まあ、多少はね」


 ネリは悪気なく鋭いツッコミを入れるタイプのようで、まじめ人魚のルーソンや、牛娘のポイッコとおおむね同タイプである。

 ここに来てこういうタイプを続けざまに従者にしたということは、俺が突っ込みを受けたいお年頃なのかもしれないなあ。

 とまあ、そんな感じで朝のひとときを過ごしたのだった。

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