第508話 ミルクパーティ

 翌日はがんばってはやめに起きて、フューエルと一緒にヘルメたちの実家に挨拶回りをする。

 突然、紳士や貴族が乗り込んできてお宅のお嬢さんはいただいたなどと言えば一悶着あるものだが、俺の人徳というか紳士様の素晴らしさについて、当人たちが普段から家族に話していたのだろう、いずれそういう日が来ると考えていたのかもしれない。

 まあそんなわけで、ご家族との話し合いは無事に済んだのだが、当人たちの学業や芸の方はどうするのかというと、


「サワクロさ……、じゃなくてご主人様の試練にご一緒したいですし、休学しようかと」


 代表してそう語るリーダーのヘルメ。

 一度は留学を取りやめたペルンジャも、改めて復学したい気持ちはあるようだし、演奏の方は、時々依頼されてやってただけのようなので、どうにかなるだろう。

 春のさえずり団を実質的にプロデュースしてくれているエッシャルバン先生にも相談したいところだが、今は忙しいようで面会の時間がとれなかった。

 まあ、楽団同伴で試練となれば、いかにやる気のかけらもない俺でも、少しは真面目に試練に挑もうという気になるかもしれないし、ならないかもしれないなあ、などと考えながら遅めの昼食をとる。

 もうすぐラーラの麻酔が切れて、面会できる時間だ。

 ラジカジ・パパの所に使いとしてテナが向かっている。

 地下基地の主であるオービクロンは、今朝は女医さんっぽい格好で経過は順調ですなどと言っていたが、ああ言うのってスマホに入ってた辞書とかその他諸々のデータからサルベージした地球の情報を元にやってるっぽいけど、オフラインで見られる情報にそこまで入ってたのかなあ。


 やがて面会の時間が来る。

 少し早めに来ていたラジカジパパとその妻は、緊張した面持ちで控えている。

 集中治療室的なガラス張りの部屋から普通の病室にうつされたラーラは、すでに点滴やセンサーのチューブなども外され、静かに眠っている。

 そばに控えたオービクロンが、不意に顔を上げると、静かに眠るラーラの耳元でささやいた。


「おはようございます、気分はいかがですか?」


 すると、ラーラのまぶたがピクピクと動き、静かに目が開いた。


「あら……まだ夢の中かしら。何も感じないの」

「いいえ、それが健康な状態、というものですよ」

「それに、声が自然に出せるわ。よくわからないけど、苦しくないと、体がなくなったみたい」

「それもすぐに慣れてしまう物です、少し体を起こしますよ」


 ホワンと言う音が響き、静かにベッドが傾き、上体が起こされていく。

 しばらく不思議そうな顔で自分の両手を見つめていたラーラだが、不意に気がついてこちらを見る。


「いやだ、皆さんおそろいでしたのね。もう、どうして教えてくれないの?」


 そう言って普通の少女のようにはにかむラーラを見て、ラジカジパパは男泣きに泣いたのだが、俺は空気の読めるおじさんなので、黙って見守るのだった。




「このような日が来るとは、未だに信じられぬ気持ちだが、あの子がああして笑っているのは事実なのだな。思えばあの子は生まれたときから体が弱く、妻の故郷の風習で異性の名をつければ健康になるなどと言っていかめしい名前をつけたのもつい昨日のことのようだ……」


 などと少しぼんやりした感じでつぶやくラジカジパパだが、まあ感極まったあとは、かえって気が抜けてしまう物なのだ。

 日が暮れる頃に、奥方に腕を引かれて帰って行ったが、あれはまた明日も来そうだな。


 気を取り直して、ラーラの相手をする。

 この新しい従者のお嬢ちゃんは、長い闘病生活でなんというかひょろひょろだ。

 治療の甲斐あってむくみなどはかなり治まってるんだけど、そのせいで余計に骨と皮が強調されて痛々しい。

 オービクロンは半年もすれば健常者と変わらなくなると言っていたが、古代文明のサポートをもってしても、リハビリは大変そうだなあ。

 俺はご婦人に対しては夜のサポートしかできないので、昼間は年の近いさえずり団の面々にフォローしてもらうのもいいかもしれない。

 そもそも彼女たちの演奏がつないだ縁だしな。


「ご主人様、病を治していただいたことも、従者にしていただいたことも、感謝の言葉は尽くしても尽くしたりないのですけど」


 そういってうつむきがちに俺を見るラーラ。

 少しクマの残る目元に、黄ばんだ白目がぎょろりとしている。

 こんな外見でも我が従者となればかわいく見えるんだから、主人ってのは得だよな。


「けど、なんだい?」

「私、淑女らしいことも、従者らしいことも、何ひとつ身につけてこなかったので……、何をお返しできるのかと」

「そりゃあいい、じゃあこれから何でも学び放題じゃないか」

「まあ、本当ですわね」

「そうだろう、そうだろう」


 などと言って笑い合う俺とラーラの隣で、ちょこんと座っている牛娘のポイッコ。

 体は光ったものの、まだ従者にはなってない。


「あら、どうしたのポイッコ、いつも笑顔のあなたが、そんな仏頂面で」


 ラーラがそう言ってからかうと、


「お嬢様が私の分まで笑ってらっしゃるので、なんだか笑うのがもったいない気がしてるだけです」

「まあ、難しいことを言うのね」

「お嬢様譲りですから」

「そうだったかしら。それよりもポイッコ」

「なんです?」

「あなたもたしか体が光っていたような記憶があるんですけど、従者にしていただいたのですか?」

「な、なんでお嬢様が知ってらっしゃるんです、あのとき気絶してたんじゃ」

「いつも意識がもうろうとしてたので、あんな時でも、案外周りが見えているんですよ。それで、どうなのです?」

「わ、私なんて、ただの牛娘ですよ! お嬢様のお世話だけしてればいいんです!」

「でも、あなたも従者になってくれた方が、気兼ねなく一緒にいられるじゃない」

「従者じゃなくたって、一緒にいますよ! 旦那様にもお許しはいただいてます」

「そうじゃなくて……、こういう時、なんて言えばいいのかしら、ねえ、ご主人様」


 と俺に話を振るラーラ。


「こんな時に、言葉は不要なのさ、そっと手を取って見つめ合うんだ」


 そう言って牛娘のポイッコちゃんの手を取り、じっと見つめると、たちまち体が光って顔を赤くする。


「や、やめてくださいそういうのは! 何考えてるんですか!」

「なにって、従者になってほしいなあって」

「紳士様が牛娘なんて従者にしてどうするんですか!」

「そりゃあ、乳を飲ませてもらうに決まってるじゃん、うちの子もそりゃあうまいのを飲ませてくれるが、おまえさんのミルクもさぞうまいだろうなあ」


 それを聞いたラーラが、


「そうなんです、彼女のミルクはとてもおいしくて、どんなに苦しいときでも、それだけは飲めたから、私も今日まで生きてこられたんだって、お医者様もおっしゃってたくらいで」

「へえ、そりゃすごい。是非従者になって、飲ませてほしいなあ」

「み、ミルクぐらいなら、ってモゥズの従者がいるんですか!?」

「うん、乳の出る獣人だと、モゥズが二人に、メェラが一人かな」


 ピューパーはまだ出ないし、一部の巨乳ホロアも吸えば少しは出るんだけど、わざわざあげることもないだろう。


「う、噂通り、誰でも従者にしちゃうんですね」

「誰でもって事は無いよ」

「じゃあ、なんなんです?」

「もちろん、相性のいい子を従者にするのさ、君みたいなね」

「うぅ……私今、絶対判断力がおかしくなってると思うんですけど、この体が光ってる状態って、なんか頭の中がバラ色になるって言うか、紳士様のことしか考えられなくなってるって言うか、何かおかしくないですか?」

「さあ、俺はなったことないからなあ」

「うう、ま、まあ、どうせお嬢様についていくつもりでしたし、こちらの屋敷にお世話になるなら、従者の方が都合がいいというか、でもそういう打算でなる物じゃないですよね、従者って」

「なってくれるなら打算でも何でも俺はかまわんよ。世界一懐の深い紳士を自負しているからね」

「世界一のお調子者なんじゃ」

「視点が変われば、そう見えることもあるかもしれないなあ」

「絶対、はやまってる気がするんですけど、これって断る流れじゃないですよね」

「強要はしないけど、懇願はするかなあ」

「うぐぐ、わ、わかりました、なります、ならせてください、お願いします」


 おっしゃおっしゃ、新しい従者ゲットだぜ。


「よ、よろしくお願いします、ご主人様。お嬢様も、今後もお世話させていただきますね」


 そういってポイッコが頭を下げると、ラーラも喜んでいた。

 ひとまず血を与えたので、しかる後に本格的契約タイムとなるわけだが、その前にミルクをいただきたいなあ。

 でも、ラーラにはちょっと刺激が強すぎるかな?

 などと考えていたら、様子を見ていたのか、タイミングを見計らったかのように、牛娘のパンテー、リプルの二人がやってきた。

 なお山羊娘のカシムルはまだルタ島のリゾートで遊んでるらしい。

 出会った当時は生活疲れの出ていたパンテーは、最近はすっかりやばいレベルで母性と色気があふれている、ような気がしないでもないが、穏やかな性格はそのままで、新入りであるポイッコに挨拶する。


「細かいことはあとで他の者も交えて相談しますけど、朝夕二回の乳搾りは一緒にすることになるかと思いますのでよろしくお願いしますね」


 それを受けたポイッコも改まり、


「こちらこそ、よろしくお願いします。そうだ、私の搾乳機とってこないと、ご主人様が、その、召し上がりたいって」

「ああ、それでしたら……」


 パンテーはちょっと顔を赤らめてから、


「器具はあとでも大丈夫ですよ、ご主人様がお飲みになるときは、その……」

「その?」

「直接、お召し上がりになるので」

「はぁ!? 直接! 赤ちゃんですか!」

「いえ、その、そういうときのご主人様は、大きな赤ちゃんみたいな物で……」


 それを聞いたポイッコは、くるりと俺に向き直りすごい形相でまくし立てる。


「何を考えてるんですか! いみじくも偉大な紳士たるあなたがそういう破廉恥極まりない幼児のごとき振る舞いをですね!」

「ははは、まあいいじゃないか、おまえも俺の従者になったからには、飲んでもらいたい気持ちがじわじわと湧いてきただろう」

「そんな物が湧くわけないでしょう!」

「おかしいなあ、パンテーは飲んでもらいたいよな?」


 急に話を振られたパンテーは、恥ずかしそうにうつむきながらもはいとうなずく。


「そうだろうそうだろう、ちょっと後輩に見本を見せてやってくれ」


 俺が頼むと恥ずかしいながらもまんざらでもないといった顔で、メイド服の胸当て部分をはらりとほどく。

 たちまちどでかいおっぱい四つがポロン、ではなくドボンといった感じでまろびでてくる。

 でかい。

 同時に甘ったるいミルクの香りがふわっと広がる。


「ちょ、何をいきなり!」


 混乱するポイッコをよそに、手にしたフキンで少し湿った先っちょを拭うと、俺に差し出す。

 これがまたうまいんだよなあ、とチューチュー吸ってみせると、ポイッコは目を白黒させているし、ラーラは興味深そうにじっと見ている。


「うーん、やはり牛娘の乳は直接飲むに限るな、どうだラーラ、やってみるかい?」

「よろしいのですか?」


 と目を輝かせる。


「で、では、いただきます」


 恐る恐る口を近づけるラーラに、ポイッコが慌てて制止しようとするが、俺が押しとどめる。


「ほら、せっかく自分の意思で何でもできるようになったんだ、邪魔をしちゃいかんよ」

「そういうおっしゃり様はずるいです!」

「すまんすまん、でもほら、うまそうに飲んでるじゃないか」


 ちゅーちゅー吸ってる姿は実に満足そうだ。


「ほおら、自分もあんな風に飲んでもらいたくなってきただろう」

「そんな、ことは、べつに、その……」

「じゃあ、さっそくおっぱいを」

「いや、まって、心の準備が!」


 混乱するポイッコをあの手この手で言いくるめて、しっかりとミルクを堪能したのだった。

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