第506話 さえずる娘たち その八
「怪盗紳士とやら、なかなか見事な神通力ではないか!」
ワイヤーのトリックで空を飛ぶ俺に向かって芝居がかった暑苦しい台詞を吐く偽物の俺。
俺ってもっとサバサバしてねえかなと思うんだけど、かっこつけてるときはあんな感じだったかもしれん。
ローンもそっくりだと言ってたし、自分で自分がわからなくなってきたなあ、などと心の中でつぶやきながら、空中でかっこいいポーズを決める。
「お褒めにあずかり恐悦至極、ならば次なる力をお目にかけよう!」
手にした槍をぞんざいに放り投げると、勝手に加速してシュッと空気を裂き、偽物君に襲いかかる。
それをバク転などしながら紙一重で交わす偽物君。
ちょっと京劇じみたアトラクションって感じでかっこいい。
「おみごと!」
俺もちょっと芝居がかった褒め方をすると、偽物君は爽やかな笑みを浮かべる。
「今度はこちらからいくぞ!」
え、やだ、こないで!
俺の心中の叫びもむなしく、偽物君の放った槍が俺に襲いかかる。
周りを信じてかっこいいポーズのまま空中に静止していると、体が勝手にすっと動いて槍をかわす。
こんな感じでしばらくワイヤーアクションでかっこいいバトルを繰り広げていたわけだ。
この仕組みは演出家のエッシャルバン先生に売り込めば喜びそうだなあ。
飛び交う槍が怖くて現実逃避している間に、どうやら仕込みが終わったようだ。
俺の着ているスーツと同じ透明化フィルムで隠した槍を運んでいたはずのカリスミュウルが、槍の空箱の手前で合図を送ったのが見えた。
後から考えると別にカリスミュウルじゃなくてもよかったんだけど、こういう場で貴族以外の人間が妙な行動をとると目立つからな。
その点カリスミュウルはたとえ面識のない相手から見ても外見だけは完璧な貴族だし、不測の事態にも適当ないいわけでごり押しできる、かもしれない。
それにスポットライトが俺と偽物君を照らしているので皆の注意は槍の箱からはそれている。
とはいえ、さすがに大衆の面前で箱を開けて中に収めるのは無理があるので、ここからが俺の出番だ。
無線で合図を送ると、俺の体は空中でくるくるとかっこよく回転して、ピタッと槍の箱の上で制止する。
ちょっと目が回ったんだけど、ぐっと我慢だ。
「ふふふ、さすがは桃園の紳士、噂に違わぬ見事な腕前。だが力比べにも飽いてきたのでね、そろそろ槍を拝ませてもらおう」
そう言って派手なアクションで箱に手をかけて、ガバッと蓋を開ける。
同時に箱の手前に置かれた本物の槍を、まるで箱の中から取り出したかのように出して見せた。
みんな槍は箱の中にあると思っているので、箱の手前から取りだしても、中からとりだしたように見える物なのだ、たぶん。
でもって、これ見よがしに槍を掲げる。
「おお、聞きしに勝る見事な名槍。最後に、皆の衆にもご覧に入れよう」
ほんとはここでかっこよく槍を振り回したいんだけど、この槍はかなり重くて俺には無理だった。
まあ初歩の槍術しか学んでないので、どっちにしろすぐにぼろが出るからなにもしないほうがいいんだけど。
観客が騒ぎ出したところで、最後の締めだ。
「では諸君、ごきげんよう」
捨て台詞とともに煙幕が沸き起こり俺の姿を隠す。
「させるか!」
同時にかっこよく叫んだ偽物君が煙幕に飛び込んできて、俺につかみかかる。
「お疲れ様でした、ボス。後はお任せを」
偽物君は煙幕の中で俺に耳打ちするとパッと外見が怪盗紳士、つまり今の俺の姿に変わる。
そして俺の方は、さっきまでの偽物君の姿へと変身した。
この見事な入れ替わりこそが、今回のマジックのキモなわけだ。
やっつけにしては、我ながら見事なトリックではなかろうか。
いいタイミングでさっと風が吹いて煙幕が晴れる。
そこにはひざまずいて俺を見上げる偽物君、もとい怪盗紳士と、彼の首元に槍を突きつける俺の姿があった。
「残念だが、相手が悪かったな」
そう言ってニヒルな笑いを浮かべる俺。
「くっ、見事な物だな、桃園の紳士。この借りはいずれ返すとしよう。さらばだ!」
再び煙幕が炸裂して姿を消す怪盗。
どっちに飛んで逃げたのかわからなかったので、あらぬ方を見て訳知り顔でふっとため息をついた。
呆然とする観衆を横目に、槍を手にして当主ラジカジ卿の元まで歩く。
ラジカジ・パパは、俺の手にした槍を見るとあっけにとられていたが、
「どうにか槍は取り戻せました、お確かめください」
そう言って俺が手渡すと、言葉の意味を理解したのだろう。
しばし槍を眺めていたが、確信したようにうなずく。
「たしかに、これこそ拝領の槍。さ、さすがはクリュウ殿。見事、賊の手から取り戻してくれた、礼を言う……」
深々と頭を下げるラジカジ卿。
ワンテンポ遅れて、観客からもわっと歓声が上がる。
ふふ、また名探偵が事件を解決してしまったようだな。
パーティの後半。
もちろん主役はかっこいいこの俺で、次から次へと来客の連中に話しかけられては調子のいいことを言って満足していただいた。
俺に勝負を挑んだ例の丸い貴族はいつの間にか姿が消えていたが、まあいいや。
パーティも成功と言えるだろう。
あとはナンパを成功させれば本日のミッションはパーフェクトなんだけど、えーと、どういう状況だったっけ。
さえずり団の青肌ベーシスト、サーシアを光らせて、ラジカジ卿の娘ラーラとその侍女の牛娘ポイッコちゃんも光らせたんだっけか。
で、ラーラ嬢はすでに従者にしたので、牛娘ちゃんは後回しにして、やはりさえずり団のサーシアかな。
問題の槍は取り戻したので、きっとご両親もご納得の上ですなおに従者になってくれるんじゃなかろうか。
今もいい感じの音楽を奏でている。
残り二人、ヘルメとオーイットもこの機会に攻略したいが、どうなるかなあ。
あと宰相閣下もいるんだった。
今も俺の隣でパートナーっぽい貫禄を醸し出してうっとりと俺に付き従っている。
でも彼女の場合は、彼女の都合だけが問題だからな。
俺ってやつは、相性がよくて俺にベタ惚れしてる相手は自動的に好きになる人間なので、もういつでもOKだといえるんだけど、いかんせん身分も立場もある彼女のような人間に、無責任に従者になれとはいいづらいのよね。
彼女の妹であるエディもそうだったけど。
でも、そのエディはことあるごとに、さっさと従者になっとけばよかったと言ってるので、宰相閣下も早く従者にした方がいいのかもしれない。
やがてパーティは終わる。
時刻は深夜の二時頃だろうか。
朝まで続くパーティもあるので、まあ、マシな方だろう。
貴族は宵っ張りなのだ。
ホストのラジカジ卿が帰宅する客を送っている間、俺は控え室で一息ついていた。
宰相閣下やローンとその妹、あとは俺のお供のキンザリスやミラーがいる。
さえずり団の面々も一緒だが、若いだけあってさほど疲れは見えない。
そのうちの一人、ベーシストのサーシアが俺に話しかけた。
「サワクロさん、さっきのですけど、槍はその、無事に戻ったってことで、いいんですよね?」
「うん、まあそういうことだ、安心していいよ」
「よかった、でもいったいどうして……、あの箱の中は空だったんじゃ」
「マジックに種明かしは御法度だが、まあいいか。その前に、彼を紹介しておこう、いるんだろう、ラッフィーレ。みんなにご挨拶を」
俺がそう言って指を鳴らすと、窓のカーテンがはらりと揺れる。
次の瞬間、そこには怪盗紳士が立っていた。
「か、怪盗!?」
驚く面々を制して、怪盗紳士は俺の前にひざまずく。
唖然とする皆に向かって、俺はこういった。
「つまり、こういうことさ。賊の屋敷から槍を取り戻した怪盗が一芝居打って、皆の前で槍を戻したというわけだ」
「え、じゃあ、盗んだんじゃなくて、返しに来た……ってこと?」
驚きながらもリーダーのヘルメがそうつぶやく。
「その通り」
「じゃあ、怪盗さんは、サワクロさんの仲間だった、ってことですか?」
「正確には、この俺が怪盗で、彼、いや彼女は俺の影武者だったのさ」
そう言って皆の前で怪盗姿に変身してみせる俺。
「怪盗紳士K、参上!」
「ええ、ど、どういうこと!?」
驚く皆に大雑把に事情を説明した。
「つまり、あの勝負の間、戦っていたのはそちらの影武者さんで、サワクロさんは槍を盗んだ相手の屋敷に、取り返しに行ってたんですか」
「そうなんだ」
「言われてみると、体格も似ているような、それに声も同じで……」
「まあ、ああいう状況だと気がつかないものさ。でもって、その屋敷にはまた恐ろしい殺し屋なんてものがいて……」
話を盛りながら現場の出来事を話して聞かせると、みんな驚いたり心配してくれた。
美人の宰相閣下なども、顔を青くして、
「自らそのような危険なまねをなさるなんて……」
などと心底心配してくれている。
武勇伝を語ってちやほやされる構図、完全にキャバクラにはまるおじさんなんだけど、まあしかたあるまい、俺はそういう男なのだ。
そんなご婦人方の中で、ひときわ情熱的な視線を俺に突き刺しているのがベーシストのサーシアちゃんだ。
まあ、さっき体が光っちゃったばかりだし、さぞうずうずしていることだろう。
そんな彼女にマスクを外して微笑みかけ、そっと手を取ると、押さえていた体の光が再び輝きだした。
「あ、あの……」
もじもじと照れてうつむくサーシア。
さえずり団の中ではミーハーでスイッチが入ったときだけ早口になるが、普段は一番後ろに控えてベースのように皆を支える地味なサーシアには、今だけはドーンとセンターに立ってもらわないといけないのだ。
「事件は解決しちゃったけど、それでも従者になってくれるかい?」
「わ、わたしなんかで、いいんですか?」
「君という従者は、君しかなれないものだよ」
「でも、あの……」
「不安かい?」
「いえ、その……、わ、わたし、去年のチェス大会の時に、イミアさんが勝負に勝って、それで従者にしてほしいって頼んだのを見て、ああ、かっこいいなあ、自分もあんな風に言えるときが来るのかなあ、ってあれからしょっちゅう考えるようになって、でも、私口下手だし、で、でも興奮すると今みたいに早口になって、ちゃんとしゃべらなきゃって思っても止まらなくて、や、やっぱり私にはそんな台詞なんて、私、わたし……」
興奮して台詞が止まらなくなる彼女の唇に、そっと指を当てて制止させる。
「大丈夫、君ならちゃんと言える」
「わ、私っ! 私を従者にしてください!」
ぐっと手を握り、センターで絶叫するボーカルのように叫んだ。
爽やかな笑顔でそれに答えると、指をさいて血を与える。
「おめでとう、サーシア!」
仲間に祝福されながら、光の収まった自分の体を抱きしめるように胸を押さえるサーシア。
いやあ、かわいいなあ。
親友を祝福しつつ、ふと思い出したように、ちょんと俺に触れるリーダーのヘルメ。
「どうしたんだい?」
「あ、いえ、私も光らないかなーとか、なんとか」
照れ笑いするヘルメに、ムードメーカーで褐色肌のオーイットが、
「えー、ヘルメ今日に限って大胆!」
「さっきちょっとお酒をいただいちゃったからかも」
「じゃあ、わ、私も」
そう言ってオーイットも俺に触れるが、こちらも光らなかったようだ。
「あーん、残念」
俺も残念だが、光らないぐらいで諦める俺ではない。
「ははは、別に光らなくても従者になった子もいるけどね」
「あ、そうなんです、エンテル先生のお弟子さんのアフリエールちゃんがそう言ってて」
などとかしましいさえずり団の面々。
そんな娘たちを祝福しつつもどこか寂しそうな宰相閣下。
何か声をかけようと思うが、それより早く彼女がこう切り出す。
「私はそろそろおいとまいたします。明日の予定も押していますので」
「そうですか、名残惜しいですがあなたの立場では致し方のないこと」
「名残惜しいのは私も同じ……ですが、ま、またお会い……」
「いつでも会いに来てください、お待ちしていますよ」
「はい、必ず」
そう言って目を潤ませながら俺に右手を差し出した彼女の手の甲にそっと別れの口づけをする。
ぽっと体を光らせた彼女は、光る指先をうっとりしながら見つめていた。
そんな彼女を見る俺の体も、なぜか光り出す。
いや、光ってるのは体じゃなくて怪盗衣装の方だ、これ。
「ボス、バッテリーが切れるようです。古い物なので整備不良だったようですね」
と影武者のラッフィーレ。
「え、バッテリーが切れるとどうなるの?」
「それはもちろん……」
ラッフィーレが言い終わる前に、怪盗衣装が光を止めて、元の透明なフィルムに戻った。
すなわち、俺はご婦人たちの前で、すっぽんぽんというわけだ。
「ひっ、ひえーっ!」
顔を真っ赤にして俺を突き飛ばして部屋から走り去る宰相閣下。
突き飛ばされた俺はゴロゴロと転がり、さえずり団にぶつかる。
そうして俺を支えたヘルメとオーイットの二人の体が光り出した。
驚いた二人に再び突き飛ばされた俺は、分厚い絨毯の上を転がりながら、こういうのを怪我の功名というのかなあ、など思いつつ、つぎなる口説き文句を考えるのだった。
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