第505話 さえずる娘たち その七

「それで、首尾はどうだったのだ?」


 内なる館で待ち構えていたカリスミュウルが開口一番そう言った。

 だが俺が答えるより早く、あきれ顔で結論づける。


「調子に乗ってひどい目に遭った顔だな」

「見てなかったのか」

「脱出の支度に追われていたのだ。とにかく出るぞ」


 せっかくかっこいいポーズも決めたのに、見られてなかったとは。

 さっきは見られたくないとかいってた気もするけど、素直じゃないお年頃なのだ、アラサー男子という物は。


 カリスミュウルに引っ張られて外に出ると、さっきの藪の中ではなく、湖の畔だった。

 スムースに脱出するために、ここまで移動していたようだ。

 それにしても内なる館経由の移動は便利だな。


「お疲れ様でした、オーナー。現在、チェリ氏が槍を持ってこちらに向かっております」

「そりゃよかった。それにしても、あんな強いやつがいるんだなあ。しかも殺し屋って、通報して逮捕した方がいいんじゃ?」

「先ほど、ローン殿と検討した結果、不用意に乗り込むと死人が出るので、所在の追跡だけをお願いしたい、とのことです」

「そんな相手のところに俺を送り込むなんて……、そもそも、暴れるだけでいいなら、俺じゃなくてよかったじゃん、クロックロンがだめでも、さっきのイントルーダでもなんでもいけただろう」

「オーナーが自ら活躍したいのではないかと思いまして」

「まじかよ、自分でも気づいてなかったよ」

「オーナーにはそういう所があると、もっぱらの評判です」

「噂の出所は精査した方がいいぞ」

「かしこまりました。ちょうどチェリ氏が到着したようです」


 槍の包みとおぼしき大きな布を抱えて、ネズミっ子のチェリがやってきた。

 釈然としない顔で、黙って俺に槍を手渡す。


「助かったよ、おまえさんの助けがなかったらこいつも無事に取り戻せなかったよ」

「そんなことはないでやんしょ、まったく割の合わない仕事で、アネサンの苦労が思いやられるってもんだ」

「たまには愚痴でも聞いてやってくれ」

「あのアネサンが人前で愚痴なんてこぼすとは思えないでやんすがねえ」

「ははは、まあそうかもしれん。今日のお礼はあとで改めてするとして、こいつをもどしにいかないとな」


 そう言って手にした槍の包みをしげしげと眺める。


「それがオーナー、あちらは面倒なことになっているようです」


 とミラー。


「聞きたくないなあ」

「では情報共有無しでお戻りになりますか?」

「戻っても大丈夫そうなのか?」

「オーナーならあるいは、その場のノリで解決できるのではないかと」

「そのほうが、かっこいいかな?」

「ご本人の心意気の問題なので、他者に対するアピールにはならない可能性が高いですね」


 などと言っていたら、しびれを切らしたカリスミュウルが怒る。


「くだらぬことを言っている場合か、さっさと返しに行け!」

「はい」


 チェリちゃんは仕事が終わったので帰るといって、さっさと立ち去ってしまった。

 しまった、しょうもないこと言ってないで、もっとねぎらっておけばよかった。

 エレンのいない今がチャンスだったのではなかろうか。

 いまさら言っても仕方が無いので、状況説明を受けながらボールズ家の屋敷に戻る。

 内なる館はさっき使っちゃったので、小型のドローン風の奴でこっそり乗り付けたのだが、裏口からさっきの控え室に入ると、こちらで控えていたのはミラーだけだった。


 で、面倒なことというのは、俺に決闘を挑んできた丸い貴族が、勝負の褒美に、勝った方が例の槍を手に取って直接愛でる栄誉を授かるのはどうかと提案してきたことだった。

 俺の生活圏ではあまり実感がないんだけど、この国は騎士社会と言うだけあって、騎士っぽい名誉とかあれこれを重視する貴族が多いようだ。

 だから、王から拝領の素晴らしい槍を手に取れるというのは騎士の価値観から言えばとてもありがたいことらしい。

 そういう申し出を皆の前でした物だから、ホストのラジカジパパも断れなくなってしまったようだ。

 で、何が問題かというと、こうなると勝っても負けても槍を披露しなければならなくなるということだ。

 例の丸い貴族、名前はバイラというらしいが、オービクロン調べによると、どうも槍を盗んだゲスク家の寄子らしい。

 つまり子分だ。

 たぶん、親分の言いつけで、どうにかして槍がないことを知らしめようと画策していたのだろう。

 だとすると、うまくやった物だ。

 どっちに転んでも槍を出さざるを得ないのだから。

 そんなやつをパーティに呼ぶなよと思うんだけど、そこもまあ、なんかうまくやったんだろう。

 唯一の誤算は、相手が名探偵だったところだな。

 とにかく名探偵が相手ではちょっと知恵が回る程度の悪党など、物の数ではない。

 さっさと槍を元に戻して、あとは俺が偽物と入れ替われば万事解決、というわけだ。


「ところがそうは参りません」


 すげなく否定するミラー。


「あちらをご覧ください」


 そう言って窓の外を指さすので見てみると、ちょうど中庭で決闘が始まろうとしているところだった。

 まだ始まってなかったか、結構のんびりやってるな。

 まあ俺が戻るまで引き延ばしてたのかもしれんが。


「例の槍を収めた箱があそこにあります。もちろん中身は空なので、試合が終わるまでに、皆にばれぬようにあの中に槍を納めなければなりません」


 みると立派な箱が、中庭のど真ん中に置かれている。


「おまえそういうのは、先にタネを仕込んどくもんだぞ。なんか偽の槍とか入れとかなかったのかよ」

「あいにくと、偽物を製作するためのデータを収集する時間が足りませんでした。そもそも複製品を用意できるのであれば、ここまで慌てる必要もございませんでしたので」


 まあ古代技術で複製すれば、まずばれないだろうしな。

 いや、問題はそこじゃなくて、


「どうすんだよあんな人がいっぱいいて。今度は手品師にでもなれってか」


 くそう、まいったな。

 トランプの手品とかは割と好きなんだけど、宴会芸レベルだしなあ。

 こんな大がかりな手品はわからんぞ。

 どうしたもんか。

 手品のコツはテクニックよりも演技なんだよな。

 見せ方というか、ようはハッタリだ、つまり俺の得意なやつ。

 あとミスディレクション。

 タネとは別の方に視線を集めるわけだが……槍から目をそらすなら、やっぱ槍かな。

 うーん、まあなんとかなるか。

 カリスミュウルの協力も必要だな、もっかい呼び出しとこう。


「んじゃまあ、やってみるから、あの偽物君に指示を出せるかな?」

「かしこまりました。ご指示いただければ、寸分違わずお伝えして、お役に立ちます」


 ざっくり作戦を立てて、準備をする。

 再び怪盗衣装に衣替えして、中庭が見下ろせるバルコニーに移動した。

 決闘はちょうど始まったところで、丸い貴族は見かけによらずなかなか俊敏な動きを見せている。

 かたや偽物の俺は、軽やかなステップで相手の突きをかわし、時折相手の眼前で槍をしごいてみせる。

 まあ、俺の偽物だからあれぐらいやってくれないと困るよな。

 俺には無理だけど。

 観客の連中は、偽物の軽やかなステップに魅了されて、黄色い声援をあげている。

 とくに宰相閣下とエンシュームがひどい。

 遠目にもわかるぐらい、盛り上がっている。

 まあ夢を見せるのもマジシャンの仕事だ。

 今の俺はマジシャンだからな。

 さて、そろそろ勝負がつきそうだ。


 派手に振りかざした槍を横殴りに振るった丸い貴族の頭上を飛び超えると、さっと体をひねって槍の石突きの方で相手の腰を打つ。

 そこでバランスを崩した相手の首元に、偽物が槍を突きつけて、勝負が決まった。

 わっと歓声が上がる。

 ここで本物の出番だ。

 ダンディな怪盗姿をまとって、マスクで顔を隠したアルサ一のイケメンがさっとバルコニーの欄干に上る。

 もちろん飛び上がったりはできないので、のっそりと這い上がったわけだが、みんなこっちは見てないので大丈夫だ。

 さて、怪盗颯爽登場ってわけだな。


「おみごと、さすがは名高い桃園の紳士殿!」


 俺が声を張り上げると、どこかにスピーカーでも仕込んであるのか、大音響で拡声される。

 突然の出来事に、はっとあたりが静まりかえると、偽物君がこちらを振り向き、声を上げる。


「何者だ! 姿を見せろ」


 次の瞬間、スポットライトで照らされる俺。

 ちょっとまぶしくて目がくらんで落っこちかけたよ。

 つか、高いな、ここ。


「我が名は怪盗紳士K。以後、お見知りおきを」


 そう言って爽やかに聴衆の皆さんに挨拶する。


「怪盗とな、聞かぬ名だがこそ泥の類いであろう。それよりも紳士を名乗るのが気に入らぬな」

「ふふ、貴殿に気に入ってもらう必要はないが、お疑いとあらばご覧に入れよう。これぞまごうこと無き、紳士の輝きだ」


 そう言って指輪を外すと、例のごとく俺の体が光り輝く。

 スポットライトにも負けない輝きに、再び観衆が騒ぎ出す。


「紳士だ」

「本物だぞ、しかしいったいどこの?」

「怪盗紳士などと、聞いたことがない」

「そもそも怪盗とはなんだ?」


 動揺する観衆を押さえるように、偽物君が一歩前に出る。


「これは失礼、見事な輝きであった。して、その紳士殿がいかなるご用か?」


 指輪を戻して光を収めると、我ながらよく響く声で、要求を告げる。


「私は美しい物に目がなくてね、陛下より拝領の名槍を、是非とも拝借したいと参上した」

「拝借とは穏やかではないな。輝きとは裏腹に、性根はやはりこそ泥であったか」

「ふふ、こそ泥とて女神の認めた大いなるクラス、そう卑下するものではあるまい。なにより、槍にかけては私も自信があってね」


 そう言って手にした槍をさっと構える。

 こいつは取り返した拝領の槍ではなく、スポックロン謹製のハイテク槍だ。

 以前クメトスが気に入って名前をつけてやった槍の発展系で、勝手に空を飛んだり動いたりできる。

 クメトスが使うなら飛んで戻ってくるだけで十分だが、俺の場合、構えてるだけで勝手にかっこよく動いてくれる優れものだ。

 槍を構えた俺を見た偽物君も、自分の槍を構え直す。


「よかろう、紳士の挑戦から逃げたとあっては名が廃る、来たまえ」


 偽物君の言葉をうけて、俺はゆっくりと手を広げる。

 するとふわりと俺の体が浮き上がる。

 上空にいる飛行型クロックロンが見えないワイヤーでつり上げてるんだけど、たぶん俺が空を飛んでいるように見えるはずだ。

 同時にスポットライトも虹色に輝く。

 これぞ紳士イリュージョン。

 マジックは派手なほどよいのだ。


「おお、飛んだぞ!」

「何という魔力なの、虹のように輝いているわ!」


 などと観衆も盛り上がるが、一方の俺はマスクの下で冷や汗をかいていた。

 これちょっと高くて怖いんだけど。

 自分で考えた作戦とはいえ、大丈夫かいな。

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