第504話 さえずる娘たち その六
カリスミュウルとともに内なる館から外に出ると、そこは真っ暗な場所だった。
思わず方向感覚を失ってよろめくと、柔らかい物に支えられる。
「明かりがありませんので足下にお気をつけください、オーナー」
「ああ、すまん、ミラーか。どこだここは」
「ゲスク家の屋敷裏にある藪の中です」
「それで、状況は?」
「一時間前に潜入したチェリ氏は、現在ターゲットのある部屋の真下まで来ているのですが、槍の見張りにやっかいな人物がついているようで、身動きがとれなくなっております」
「ふむ、そいつを俺の無双の槍で倒せというのだな」
「残念ながら、相手は中年男性なのでオーナーの槍は効かぬかと思います。あるいは効くタイプかもしれませんが」
「やめとこう」
ミラーは情報を同期しているのでこの場にいなくてもネタが通じるが、通じなくてもろくでもないことを言っていると察したカリスミュウルが、俺の尻を蹴飛ばしながら、
「あそんでおらんで、さっさと解決せぬか」
「そうはいっても、相手が女の子じゃないなら俺にできることなんて何にも……」
「貴様の活躍を待っている物好きなおなごがおるのであろう、いいからやれ」
「はい」
カリスミュウルも最近はフューエルとは違った路線で俺を使うのがうまくなってきた気がするなあ。
奥様方同士でこうして棲み分けができているのだとすると、ありがたい話じゃないか。
それはそれとして、どうしよう。
「で、結局どうすればいいんだ?」
ミラーに丸投げすると、
「見張りを排除すればよいわけですが、チェリ氏単独では困難です。何らかの方法で注意をそらす必要があります」
「クロックロンを大量に投入するのはどうだ?」
「あの子たちは、土木ギルドでの労働実績があり、その筋ではすでにオーナーの人形だとしられております、余計な痕跡を残すのはデメリットが大きいかと」
「そうなのか、じゃあ、えーと、まだ誰にも知られてないような……」
今日の探偵はひときわボンクラなようで、なんも思い浮かばん。
えー、たんてい、たんてい、探偵と言えば……怪盗か。
「よし、今日から俺は怪盗だ、怪盗、えーと、怪盗紳士Kと呼びたまえ。怪盗が乗り込んで大暴れして注意を引こう」
「怪盗というのは、盗賊の上位職のような認識でよろしいでしょうか」
「まあ、そんな感じ」
「この街で紳士を名乗ると、真っ先にオーナーの名が浮かぶかと思いますが」
「俺は今、パーティに出てることになってるし、有力な証人もいるからかえってアリバイができて安心じゃないかな」
「一理ありますね。Kとはオーナーの母国語のイニシャルですか。音が違うのでそこから関連性を疑われることはないでしょう。オーナーの母国における怪盗に関する情報は把握できました。ちょうど変装用の擬態フィルムがありますから、これで外見を繕いましょう。実際に暴れる際は、イントルーダたちがフォローしますので、お任せください」
「イントルーダ?」
「潜入型ガーディアンの俗称です。先ほど、ラッフィーレというコードネームの個体とお会いしたのでは?」
「ああ、あのいけ好かない優男に化けた」
「素敵な殿方に変身していたと思いますが」
「そうかな」
「はい」
「それで、そのイントルーダがフォローしてくれるのか」
「はい、オーナーは変装した上で堂々と中庭に乗り込み、お得意の軽口で相手を煽っておびき出してください。その間にチェリ氏が作戦を遂行するでしょう。もちろん、私もお役に立ちます」
「なるほど、じゃあこんな感じで行こうか……」
手短に打ち合わせをして、支度をする。
着込んでいた軽装鎧を脱ぎ捨て、素っ裸になると、頭からタイツのような布をかぶせられる。
するとたちまち色と形が変わって、シルクハットにタキシード、顔にはアイマスクという怪しげな紳士ができあがった。
どう見てもまごうこと無き怪盗だな、これは。
「ほんじゃ、ちょっくら行ってくる」
コンビニにでも行くような軽さでカリスミュウルたちに手を振ると、屋敷に乗り込んでいった。
中庭ではかがり火がたかれ、チンピラみたいな連中がうろついて警備している。
この不思議フィルムは光学迷彩で透明にもなれるっぽいので、姿を消してずんずん進むが、酒を飲みながら警備してる連中もいる。
まともな貴族屋敷の警備じゃないのは一目瞭然だが、気にせずランプの灯ったテラスに足を踏み入れると、突然犬の吠える声が響いた。
透明でも犬にはばれるのか。
消臭機能ぐらいついてても良さそうな気もするが、あるいは俺が特別いい匂いを発していたのかもしれない。
フェロモンとかそういうの。
まあ、ばれたものは仕方ないので迷彩を消して姿を現すと、警備の連中が驚きの声を上げる。
「な、何者だ!」
「てめぇ、どっから現れやがった!」
誰何する声は無視して、指をパチンと鳴らすと、光源も見当たらないのに四方からスポットライトで照らされた。
雑な打ち合わせしかしてないのに、実に気が利くなあ。
「静粛に!」
よく響く声で俺が叫ぶと、一瞬の沈黙が訪れる。
「君たちは運がいい、この怪盗紳士Kの初仕事に見えることができるのだから」
そう言って指輪を外すと、紳士の光がスポットライトよりもさらにまばゆく光る。
「な、なんだ!」
「紳士!?」
「どこの紳士だ!」
「この街で紳士っていやあ、おめえ」
「だがしかし、あのスケコマシは試練だって」
「そんなことはどうでもいい、侵入者はとらえろ!」
リーダーらしき男が混乱する警備の男たちを怒鳴りつけると、我に返ったのか棍棒を構えて襲いかかってきた。
このままだとあっという間に俺はミンチにされてしまうんだけど、イントルーダとやらはちゃんと助けてくれるんだろうか。
まあ、ミラーが任せろといったんだから任せるんだけど。
俺の丸投げはそんじょそこらの丸投げとは格が違うからな、たとえ命がけの状況でも、任せるとなったら任せるのだ。
そもそも、俺にできることなんてないんで、ほかにどうしようもないんだけど。
スポットライトに照らし出されて決めポーズを崩さずにそんなことを考えていたら、眼前まで迫った警備のチンピラが吹き飛ばされる。
お、これあれだな、例のイントルーダの仕業だな。
次々と襲いかかるチンピラ警備員がド派手に吹っ飛ばされていく。
それをただ突っ立って眺めているのも芸が無いので、吹っ飛ぶタイミングに合わせて、何かかっこいいポーズを決めてみる。
うーん、なんかかっこいい、はずだ。
うちのお子様たちに見せてやりたいところだぜ。
年長の連中には見せなくてもいいかな。
カリスミュウルがどんな顔で様子をうかがっているかは、見なくても想像がつく。
そうこうするうちに、警備員連中も歯が立たないと理解したのか、方針を切り替えたようだ。
俺を捕らえることはできないが、逃がすわけにもいかないといった感じで、じりじりと距離を保ちながら、俺を取り囲んでいる。
このままじゃらちがあかないんだけど、そもそもの目的が槍を奪取することで、そのために見張りについている腕利きをおびき出す必要があるのだ。
つまり、これだけ派手にやってればそろそろ、その腕利きの見張りが出てくるんじゃないかと思っていたら、出てきた。
着流し風のすれた衣装で腰には白木の長ドスを差している。
侠客物の敵役みたいな感じだな。
警備員連中がさっと左右に分かれてできた花道を、やる気のなさそうな顔でのっそりと歩いてくる。
素人目にもめっちゃ強そうに見えるなあ。
などとのんきに構えていたら、突然着流し男の姿が消える。
次の瞬間、ガキンッっという鈍い金属音とともに、目の前に着流し男が現れた。
腰の長ドスを抜き放ち、まっすぐ俺の心臓に突き立てようとしていたのだ。
その刃先はほんの数センチ手前で、見えない手に止められていた。
いや、今やその姿はうっすらと見えている。
数人の半透明の何かが、俺の周りを取り囲み、守っていた。
ワンテンポ遅れて、アイマスクに仕込まれたモニターに、警告が表示される。
「ちっ」
着流し男は舌打ちすると同時に、一瞬で十メートルは後退する。
あれ、こいつめちゃ強くね?
具体的にどれぐらい強いのかは全然わからんけど、セスとかに並ぶような達人級の強さだろ、たぶん。
「任務は完了しました、決め台詞をどうぞ。しかる後に内なる館経由で脱出してください」
俺を守っている半透明の一人がそっと耳打ちする。
なんだかわからんが、さっさと逃げた方が良さそうだ。
何を言おうかなと考えていると、アイマスクのモニターに着流し男の情報が表示される。
年齢、生国不明。
鬼斬りホーズの通り名で知られる、手配中の殺し屋。
などと出ている。
殺し屋とかいるんだ、怖いなあ。
「ふふふ、面白い芸を見せてもらったよ。だが、鬼は切れても怪盗は切れぬと見えるな」
俺が静かにそう言い放つと、着流し男の目に、一瞬殺気がこもる。
「だが、怪盗の仕事は終わった。諸君、さらばだ」
言い終えると同時にマントを翻すと、さっと内なる館に逃げ込んだ。
あー、怖かった。
しかし、俺が来た意味あったんだろうか?
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