第502話 さえずる娘たち その四

 パーティまでは時間があるので、さえずり団の面々をともない、闘病中の娘の元に向かうと、扉の前まで薬の匂いが漂っていた。

 付き従った年配の女中が扉をたたき、先に中に入る。

 しばらくすると、扉が開き、招き入れられた。

 こぢんまりとした病室は清潔に整い、壁には華やかな異国の風景画などが多く飾られている。

 奥のベッドで体を起こした娘は、一見ぽっちゃりとしていたが、肌は黄ばみ、手もむくんでいた。

 素人目にも内臓を病んでいるのがわかる。

 ラジカジ卿が娘のそばまで行ってその手を取ると、優しく語りかけた。


「ラーラ、今夜は素敵なゲストがお見舞いに来てくれたよ。誰だかわかるかい?」

「ええ、わかりますわ、お父様。あちらのお嬢様方が、あの春のさえずり団でしょう、ほんとうに春にさえずる小鳥のように、素敵な方々。そして、そちらの殿方は……まあ、これは本当の事かしら、私、一目でわかりましたわ! あの方は紳士様ね、噂通りのお方、夢みたい、ねえ、お父様、私は本当にここにいますの? 夢じゃありませんわよね」

「ああ、夢じゃないよ。だからそんなに興奮してはいけないよ」

「そうはおっしゃってもお父様、これが興奮しないでいられましょうか。ねえ、早く紹介してくださいな。じゃないと私、我慢できずに自分から声をかけてしまいそう。ほらお父様、娘にそんなはしたないことをさせないでちょうだい」

「ははは、これは一本取られたな。では紹介しよう、こちら桃園の紳士ことクリュウ殿、そして後ろに控えるのは春のさえずり団の面々だよ」


 紹介を受けたので、一歩前に出て名乗る。


「お初にお目にかかります、ミス・ラッグ。クリュウと申します。私のささやかな冒険譚にご興味がおありと聞いて、今宵ひとときの語らいをともにしようと参上いたしました」

「はじめまして、クリュウ様。ラッグと申します。でもラーラと呼んでくれた方がうれしいわ。だって、その名前の方が少しは娘らしいでしょう」


 そう言ってラーラ嬢は左手を差し出そうとして、すぐに引っ込める。


「ご、ごめんなさい。こんなむくんだ手を」


 そう言ってうつむく彼女に、おとぎ話の王子様よりも甘い声音で語りかける。


「恥じることはありません、病と闘う、力強い意思に満ちた手だ。さあ、お手を」


 改めて促すと、恥じらいながらラーラ嬢は手を差し出す。

 ささくれていたが、丁寧に手入れされた爪がキラリと光る。

 そんな彼女の手の甲にそっと口づけると、ふわっと赤い光を発し始めた。

 長年の経験からここで光るのは必然だろうと思ってたので俺は驚かなかったが、当のラーラ嬢も、特段驚いた様子を見せず、光り輝く自分の指先を見つめている。

 むしろ父親のラジカジ卿の方が取り乱していた。


「こ、これは一体……」


 そんな父親に対して、


「ねえ、お父様。やっぱりこれは夢だわ。だって、ずっと願っていたんですもの。いつか素敵な殿方が私を従者にして、遠い世界に連れ出してくださるって。でも、でも、こんなことが本当に起きるわけがないって知っているし、私はもうすぐ……でも、もしもこれが本当の事なら、もう少しだけ、この輝きを眺めて……」


 そこで不意に言葉が途絶える。

 急に呼吸が乱れ、胸を押さえている。


「お嬢様!」


 そばに控えた若い女中が慌てて背中をさする。

 よく見たら牛娘っぽいな、でかい乳が揺れとる。

 いや、今はそれどころじゃなかった。

 取り乱して医者を呼べと叫ぶラジカジ卿を制して、お供でついてきていたミラーに見せると、すでに用意していたのか何かの装置でさっとラーラ嬢の体を調査する。


「エルミクルム結晶骨症ですね、いわゆるレアルコアと呼ばれるものと似た現象ですが、こちらは骨や臓器が精霊石化してしまう病気です。かなり進行しており、肝臓や腎臓も石化しております。ひとまず投薬して落ち着かせますが長くは持ちません。早急な外科治療が必要かと」

「わかった」


 このまま治療に入ってもいいんだけど、物事には順序がある。

 薬が効いたのか、少し呼吸の落ち着いてきたラーラ嬢の光る手をとり、しっかりした声で語りかける。


「ミス・ラーラ、聞こえるかい?」

「ふぅ、はぁ……しんし、さま?」

「そうだよ、まだこれは夢だと思うかい?」

「いいえ、これだけ苦しいと、さすがに目が覚めてしまいましたわ」

「それじゃあ、聞かせてくれないかな。俺の従者に、なってくれるかい」

「こんな……娘を従者にしては、お名前を穢してしまいます」

「相性のよい相手を見捨てたとあっては、俺は自分で自分を許せなくなるよ。俺のためにも、君の忠誠がほしいんだ」

「わたしなどが、紳士様の、お役にたてますの?」

「もちろん、君にしかできないことだ」

「うれしい」


 そう言って目を閉じるラーラ。

 彼女の返事を待つまえに、俺はラジカジ卿に向き直る。


「娘さんをいただきたい、よろしいか」

「いや、だがしかし、こんな時に……」


 パパの動揺はもっともだが、時間がないのだった。


「混乱するのはごもっとも。ですが私には彼女が必要で、きっと彼女も応えてくれる。あなたにはぜひ、それを祝福していただきたい」

「……わかった、それで娘の望みが叶うなら」


 そう言ってうなずく父親に、力なく微笑むラーラ。


「ありがとう、お父様。私、こんなに幸せな気持ちは初めてだわ」


 今にも死んじゃいそうなので、慌てて指を切って血を与える。


「さあ、これでもう君は俺の従者だ」

「うれしい、紳士様。お父様も、ありがとう、これで、わたし……」


 そこでラーラの意識が途絶える。


「ラーラ、ラーラ!」


 ラジカジ・パパは動揺するが、まだ死んだわけじゃない。

 ミラーがすがりつこうとするラジカジを制して、


「お気持ちはわかりますが、お手を触れないように。これから急いで娘さんを運び出します」

「運ぶ? どこに!?」

「治療のできる場所にです。我らが主人にお任せください。必ずや元通り、いえ、健康な体を取り戻すことをお約束します」

「そ、そんなことが可能なのか?」

「あなたの娘さんは、それが可能な人物の従者となったのです。信じてお待ちください。私もお役に立ちますので」


 そう言ってラーラを抱きかかえると、ミラーは俺に、


「内なる館経由でお願いします、オーナー。カリスミュウル様がすでに待機中です」

「おう、そうか、じゃあ……、ラジカジ卿、後で連絡をいれます。私はひとまずこの場を離れますので」


 そう言って内なる館にラーラ嬢をミラーごと引き入れた。

 中ではカリスミュウルと数人のミラーがゴージャスな担架、というか空飛ぶベッドとともに待っていた。


「おう、おつかれさん、助かるよ」

「昼寝の最中に起こされたと思ったら、貴様もせわしないな。それで病の娘はどちらだ? ああ、その抱えた娘か」

「どちらって、みればわか、ってあれ?」


 みるとさっきの牛娘の女中もついてきてしまっていた。

 そばにいたので巻き込んだようだ。

 俺も結構、動揺してるな。


「こ、ここなんですか? お嬢様は大丈夫なんですか!?」

「いや、大丈夫だから、君も落ち着いて」


 混乱する牛娘ちゃんを取り押さえようとすると、こっちまで体が光ってしまう。

 まじかよ、いくら何でも節操がなさ過ぎでは?

 たしかに所嫌わずいつでも光らせちまうのが俺って男だが。


「な、なんですかこれ、何で私まで光らせてるんですか、こんなことしてる場合じゃないでしょ!」

「いや、そりゃそうだった、とにかくカリスミュウル、出してくれ」


 混乱する牛娘ちゃんも一緒になって外に出ると、我が家の地下基地だった。

 手際がよいな。


「パーチャターチのところと同レベルの施設を準備しておいたのですが、早速役に立つようですね」


 そう言って出迎えたのはオービクロンだった。

 さすがはできる女だ。


「患者は引き受けました。付き添いはどうします? ご主人様はまだ用事があるでしょう」

「参ったな、ついててやりたいが」

「手術は長丁場で二十時間ほどかかる予定です。それまでにそちらの用事を済ませておけばよいでしょう。チョリ氏はすでに屋敷に忍び込んではおりますが、少々手こずっている様子。今しばらく、時間を稼いでいただく必要があるでしょう」

「ふむ」

「おや、ちょうどフューエル奥様がいらしたようですよ」


 見ると入り口の通路からフューエルが小走りにズカズカとやってきた。


「あなた、ラーラ嬢をかっさらってきたというのは本当ですか」

「うん」

「うんではありません、どういうことです!」

「いや、お見舞いに行ったらピカッと光ったからもらってきた」

「もらってきたって、犬猫でもあるまいし、それで、どうなのです?」

「命に関わる状況だから、今から手術だよ」

「そんなに!? かなり悪いとは聞いていましたが……、それで、助かるのですか?」


 その問いには俺の代わりにオービクロンが応える。


「失敗する余地がございませんね。もっとも、重篤なので後遺症が残る可能性はありますが、リハビリで回復可能です」

「そうですか、それはよかった。あの子はまだ小さい頃になんどか遊んであげたことがあったのです。よろしく頼みますよ」

「お任せください」


 安心したのかフューエルは相好を崩してこういった。


「あなたは用事があったのでしょう。ここは私たちがついていますから」

「それじゃあ、任せるよ」

「ところで、そちらで光っている娘さんは?」

「ああ、そうだった」


 と改めて牛娘ちゃんに声をかける。


「君も大変だったね。とにかくお嬢さんはここで治療すれば必ずよくなるから安心してくれ」


 すると牛娘は肩の辺りでカールした豊かな黒髪を揺すりつつ、ついでにでかい乳もゆらしつつ、いぶかしそうな顔で話しかけてきた。


「それは……ありがたいんですけど、ここ、なんなんです?」

「ここは、古代遺跡の中だよ」

「古代遺跡ってなんですか」

「そりゃあ、古代の……遺跡だよ」

「遺跡ってもともと古代のものじゃないんですか」

「普通よりさらに古い遺跡なんだよ、具体的には十万年ぐらい前の」

「そんな古い遺跡とやらと、お嬢様の治療に何の関係が?」

「昔の方が、すごい医者がいたんだよ」

「昔にいたって今いなけりゃしょうがないじゃないですか」

「今もいるんだよ」

「じゃあ、十万年も生きてるって言うんですか?」

「そうなるね」

「あなた、ちょっといいですかっ!」


 そう言ってすごんでくる。

 小柄なのにでかい乳が揺れて気になるが、すごむ顔がかわいいのでちょっと様子を見てみよう。


「私だってね、そりゃあ学はありませんけど、ものの道理ぐらいはわかりますよ! なにが十万年生きるですか、そんなものがあるわけないでしょう。ほんとにお嬢様は大丈夫なんですか!?」

「もちろん、保証するよ」

「ほんとに、もしお助けできるんだったら、あなたが誰でもいいからほんとに助けてくださいよ、お嬢様は、いつもいつも、あんなに苦しんで、あんなに……あんな、ううぅ」


 泣き出してしまった。

 俺のせいじゃないよな。

 だが、慰めるのは俺の役目だ。


「大丈夫、彼女はもう俺の従者だ、何があっても俺が守る。信じてくれ」

「うう、お嬢様、あんな幸せそうな顔で笑って、こんな、うぐ、怪しげな人なのに、ううぅ」


 涙混じりでアレな事をおっしゃるが、まあたしかに怪しいおっさんだよな。

 ネリもそうだったけど、真っ当に生きてると俺みたいな男に無条件でベタ惚れすることはないと思うんだよ。

 それでも、一度光ったからにはこの牛娘ちゃんも必ずやゲットしてみせるのがペレラ一のナンパ紳士の矜持という物だが、ここで彼女をナンパする流れじゃないことは確かなようなので、ひとまずフューエルに彼女の光を押さえてもらうことにした。

 たぶん、フューエルが妻らしくフォローしてくれるだろう。


「俺はまだ屋敷の方でやることが残っている。君はここでお嬢さんについててくれるかな」

「……うう、わかりました。あなたは信用はしてませんけど、お嬢様はあなたを信じたみたいだから、あなたを信じたお嬢様を信じることにします」

「ありがとう、それじゃあ頼んだよ。えーと、名前を聞いていなかったな」


 牛娘は涙を袖でダイナミックに拭うと、大きな声で名を告げた。


「ポイッコです。お嬢様の乳母だったポイポウの娘で、乳粥しか食べられないお嬢様のために、食事を含めて身の回りの世話をしています」

「そうか、俺はクリュウだ。ま、大船に乗った気で、どーんとかまえててくれ。それじゃあまたあとで」


 再びカリスミュウルに内なる館に入れてもらい、俺はボールズ家の屋敷へと戻ったのだった。

 さて、まだ面倒なことが残ってるよなあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る