第497話 あなたの騎士

 翌日は朝からバタバタと支度をして、例の屋敷に向かう。

 一緒に行く予定だったカリスミュウルは寝坊して少し遅れて出ることになったので、温泉令嬢のリエヒアと空手メイドのキンザリスを伴う。

 そのリエヒアの希望で、ブラブラと散歩がてら、歩いての移動だ。

 他に招かれているフューエルやクメトスなどはすでに屋敷に入っているはずだ。


 あんまり目立ちたくないので、新米商人の一張羅ぐらいの程々の衣装で固めておいたが、ジャケットを着てるとちょっと汗ばむな。

 リエヒアも徒歩なので、パーティ衣装にはむこうで着替えるらしく地味なドレスだが、元がいいのか、こんな格好でも貴人の風格がある。

 御婦人はいろいろあって大変だと思うが、本人は楽しそうに街を歩く。


「賑やかな街ですね。大きな港が近いせいでしょうか。ここに来る途中に方舟から見えましたが、立派な神殿もありましたし、後で詣でたいですね」

「いいよな。温泉みたいな名所があるわけじゃないんだけど、活気があって住んでて楽しいよ」

「私も、貴族の暮らしはちょっとは苦手だったんです、これぐらいがちょうど暮らしやすそう。その点、フューエルのお姉様はオンオフを上手に切り替えてらっしゃいますね」


 などとごきげんだ。


「あいつは要領がいいからなあ」

「そういうのはご主人様が一番うまいと、聞いてますけど」


 リエヒアはさりげなく妹ポジションに収まっているようで、要領の良さなら負けてないんだろう。

 目的地の屋敷では馬車回しで立派な馬車が列を作っていたので、俺はそっと裏口から入る。

 裏口は出入りの業者がパーティで使うなんやかんやを大量に積み上げていた。

 警備に立っていたのは顔見知りの騎士だったので顔パスで入ると、裏庭では下っ端の見習い騎士や女中たちが上を下への大騒ぎを繰り広げていた。


「ちょっとどいてどいてどいてー」


 両手いっぱいにかごを抱えた女中が突っ込んできたかと思うと、俺の目の前で豪快に転ぶ。

 手にしたかごが宙を舞うが、さっと飛び出たキンザリスが見事受け止めた。

 一方の俺も女中さんを抱きとめようと前に出るが、失敗して一緒に転んでしまう。


「ご、ごめんなさい。大丈夫? ってサワクロさんじゃない」


 声の主はここの女中、ネリちゃんだった。

 縁はありそうだが、今のところ光らないな。

 だが古代種相手に必要なのは根気だ。


「ネリちゃん、大丈夫かい?」

「大丈夫じゃないですよ、この忙しい時に! ほんともうむり。って、あ、荷物は……よかった、ありがとうございます」


 荷物を受け取り、無事を確認すると、改めて頭を下げる。


「それより、サワクロさんどうしたんです、そんな良い服きて。あ、そちらのお嬢様の付き添いですか?」

「いやまあ、そんなところ」

「ゲストの部屋はそこの扉から入って左の突き当りですよ、後、手が空いてたらでいいんですけど、搬入手伝ってもらえません? あとでまかないにお酒も出るらしいから、付添の人より良いのが食べられますよ」


 などと言ってこちらの返事も聞かずに走り去ってしまった。


「元気なお嬢さんですわね」


 呆れ顔のキンザリスだが、ご指名を受けたなら手伝わざるをえんだろう。


「俺はちょっと手伝っていくから、キンザリスはリエヒアについといてくれよ。パーティが始まったら顔出すよ」

「まあ、自分ばかり楽しそうな事を」

「ははは、じゃあ頼んだぞ」


 俺は脱いだ上着をキンザリスに押し付け、腕まくりしながら二人と別れると、業者に混じって女中ちゃんの手伝いに奔走するのだった。




 ネリちゃんに小一時間ほどがっつりこき使われて、どうにか一段落ついたのは、すでに正午近くだった。


「はあ、お疲れ様。どうにか間に合ったみたい。そろそろパーティが始まるから、私たちは少し休めますね。厨房は大変そうだけど」

「パーティはなんかうまそうなのが出るのかな?」

「出るみたいですよ、なんでも魔界産のお肉とかお酒とかが出るとか」

「へえ、最近、魔界のものも流行ってるよな」

「街の近くに穴が空いて交易してるそうですよね。魔族なんて怖そうだと思ってたんだけど、寮で一緒に暮らしてると、全然私達と変わらないし。あ、この間のペレッティは、いま厨房に入ってて、魔界料理を担当してるはず」

「ふうん、それよりもさすがに腹が空いたな」

「じゃあ、お弁当貰いに行きましょうか」


 一緒に裏口から女中たちの控室に入ると、さっきまで走り回っていた他の女中や業者の人足も、休憩を取っていた。

 それに紛れて席に付き、用意の弁当をいただく。

 弁当と言っても折り詰めではなく、少し深いお盆にパンやハムなどが詰まったものだった。

 それにジョッキ一杯のエールも付く。


「私は午後も仕事があるので、お酒は夜にいただくんですけど、サワクロさんは頂いちゃってください」

「そうかい、そういうことならいただくよ」


 弁当はシンプルだが、なかなかうまい。

 ネリちゃんも満足そうな顔でパンを頬張っている。


「美味しいでしょう、ここの仕事はいつも美味しいものを食べさせてもらって。エンディミュウム様が団長になる前は、もっと酸っぱい黒パンばかりだったんですよ」

「赤竜姫はグルメだって評判だけど、下働きまで恩恵があるんだな」

「そうなんですよ。そういえば、さっきサワクロさんが一緒に居たの、どこのお嬢様なんです? ちょっとここいらじゃ見ない種族だったような」

「彼女は南方から来たご令嬢でね」

「へえ、そういえば寮にも南方から来た侍女の人たちが何人かいますよ。まだ口を利いたことないんですけど」

「ふうん、流行ってるのかな?」


 流行ってるもなにも、リエヒアの侍女だろうけど。


「ああいう奥勤めの侍女って私みたいな平民じゃなくて、小さな貴族の三女四女、みたいな人が多いから、立ち振舞からして全然違うんですよね」

「そういうもんかな? ちょっとよくわからんけど」

「騎士団は見習いの人も多いじゃないですか。そういうちゃんとした侍女は見習い騎士と仲良くなって、叙任と同時にゴールイン、みたいなのがよくあるんですよ」

「君も狙ってる騎士とか居るのかい?」

「無理無理、私みたいな芋娘なんて、世間話の機会もありませんよ」

「愛嬌があって働きものだから、モテそうだけどなあ」

「そもそも私プリモァだから、結婚するならプリモァの騎士様じゃないとだめですけど、めったに居ませんしね。かといって身分的につりあう平民上がりの騎士様だと、従者まで抱える余裕はないし」

「そりゃそうか」


 種族が違うと子孫が残せないから、くっつくなら従者になるが、俺みたいにイチャイチャすることしか考えてない人間と違って、安易に手を出すわけにはいかんのだろう。

 なにより、従者を抱えるには金がかかるものらしい。

 俺は貧乏な頃から後先考えずに攻めてたけどな。


「むしろ出入りの商人のほうが狙い目で……、サワクロさんって独身?」

「残念ながら、既婚だよ」

「あら残念。従者を抱えるほどの甲斐性はなさそうだし」

「将来性にかけてみるのはどうかな?」

「うーん、サワクロさん、三十代の半ばぐらいですよね」

「そうだね」

「家具のお仕事でしたっけ。雇われ……ですよね?」

「やってるのは家族だから、雇われってわけじゃないさ」

「あ、そうなんだ。それなら案外」

「本業はチェスのような遊具を売ってるんだけどね、色々扱ってるのさ」

「私もそろそろ行き遅れそうでやばいので、貰ってくれる人がいるなら飛びつきたいんですけど、今の仕事も美味しいし……」


 などと悩み始めた。

 この子は、脈があるのかないのかわからんな。

 ちゃんと生活に根ざして、将来のことを考えてるんだろう。

 うちの従者は中学生の初恋みたいなノリで飛び込んでくる子も多いけど、地に足をつけて生活してれば、結婚にせよ従者にせよ、その後の生活も考慮して相手を選ぶわけだ。

 まあ、うちに来れば左うちわで生活できるんだけど、それをちらつかせては、ナンパ男の名がすたるといえよう。

 もうちょっと軽いジャブを繰り出してみようかと悩んでいると、ネリちゃんのルームメイトで、魔族騎士ラッチルの侍女であるペレッティと、数人のコック、それに騎士が一人やってきてここの責任者と相談を始めた。

 聞き耳を立ててみると、食材の一部が届いていないらしい。


「でも、荷物はすべて運び込んでるし、もしかして最初から届いてなかったのかしら?」


 首をかしげるネリちゃん。

 よくわからんが、料理人は青い顔をしている。

 どうやら目玉のデザートの食材がないそうだ。

 心配したネリちゃんが、ペレッティに声をかけにいったので、俺も騎士に話かけてみた。

 なんとなれば顔見知りの女騎士、モアーナだったからだ。


「なぜ、こんなところに。パーティは始まっていますよ」

「成り行きで搬入を手伝ってたんだよ」

「またそういうことを。どうせかわいい女中でも居たのでしょう」

「よくお見通しで」

「団長が拗ねるではありませんか」

「まあ、ここに来てるだけで勘弁してもらいたいね。それよりも、なにが足りないんだ?」

「なんでも魔界名物のフルーツだというのですが。本日のゲストのご希望だそうで」

「めんどくさいなあ、俺がいって土下座してこようか?」

「やめてください」

「しょうがねえ、じゃあ仕入れてくるか」

「大丈夫ですか?」

「店で売ってるものなら世界中どこでもすぐに手に入るよ、たぶんね」


 具体的に足りない食材を確認すると、すべてファーマクロンのところで入手できそうだった。

 三十分後に街の西外れまで届けてくれるようだ。

 流石に街中のここまで飛行機で運んでくるわけにもいかないからな。


「とりあえず手配できそうなので、小一時間ほど待ってくれ」


 俺の話を聞いたコック長は、どうやら俺の正体を知っていたようで、素直にうなずく。

 そんな様子を見ていたネリちゃんは、俺の袖を引っ張りながら小声で、


「大丈夫なんですか、安請け合いして」

「お望みのものを何でも仕入れてこその商人さ、受け取りに行くから、君もついて来るかい?」

「え、ええ。行きます」


 彼女を誘ってちょっとは甲斐性のあるところを見せてみよう。

 それはそれとして、なにか嫌な予感がしたので、逃げるように慌てて外に出ると背後から、


「ちょっとハニー、どこ行くのよ!」


 という声が聞こえた気がしたが、振り返らずに走り抜けたので、声の主はわからずじまいだった。

 いやあ、危機一髪だったな。

 結局ついてきたのはネリちゃんだけだった。

 西通りを真っ直ぐ抜けて町の外に向かう。


「あの、荷馬車とか要らなかったんですか? そもそも、どうやって連絡を」

「馬車は向こうで用意してあるよ。連絡は念話でね」

「念話!? 念話ってたしか遠くの人と話す魔法ですよね。サワクロさん、そんな事できるんですか」

「まあね、人にない特徴を一つ二つ持ってると、ここぞというところで美味しい思いができるのさ」

「もしかして、サワクロさんって結構できる商人なんです?」

「さあ、そこはわからんが。このへんでいいかな」


 町外れの開けた森の縁で荷物の到着を待つ。

 たまにうちの幼女を連れて遊びに来る草原で、西に広がる森の中は、以前、白象騎士団の宝探しで探索しまくった馴染みの場所でもある。

 ファーマクロンからの荷物は、あと十分ぐらいのようだ。

 別途用意している馬車も同じぐらいのタイミングで着くはずだ。

 この辺りは人通りもほとんどないので、航空便を受け取るのに都合がいい。

 しばらく待っていると、ネリちゃんが珍妙な声を上げる。


「あっちから馬車が来ますけど、あれですか? なんかすごい暴走してるような」


 みると湖の西岸に続く道から、土煙を上げた馬車がこっちにむかって爆走している。

 なんかやばくねえか、アレ。


「ちょっと飛ばし過ぎじゃないですか、危ないような」

「いや、あからさまにやばいだろう。ちょっと避難して……」

「え、あれ違うんですか!?」

「ちがうちがう、うちのじゃない、ただの暴れ馬だ」

「ちょ、こまりますよ、こっちに来てるじゃないですか、やばいやばいムリムリムリィ」


 常軌を逸した速度で、あっという間に目の前に迫る。

 くそう、なんだというのか、エディから逃げた罰か?

 ひぃひぃ叫ぶネリちゃんを抱きかかえて間一髪回避すると、暴走馬車はそのまま横転してしまう。

 馬車はバラバラに砕け散って、乗ってた人も無事とは思えないが、生きてるなら救助したほうが良いだろうと様子を見ると、中から血まみれの人間が飛び出してくる。

 全身血まみれで目は血走り、口から血だか唾液だかを垂れ流す姿は、ゾンビ映画かなにかのようだ。

 しかも折れた足を引きずりながら、こちらににじり寄ってくる。

 なんかこう、自我はないっぽいのに明確な殺意を感じる。

 絶対、あかんやつだコレ。


「に、逃げるぞ」

「え、なんで、え!?」


 混乱するネリちゃんの手を引き、森の中に逃げ込む。

 森と言ってもこの辺りはまだ木がまばらなので走れなくもないが、根っこがうねるように張っていて、油断するとつまずいてコケる。

 と言うか今まさにコケた。


「いてぇ」

「だ、大丈夫ですか? なんか追ってきてますけど、アレなんなんですかぁ」

「わからん、とにかく逃げろ!」

「でも、サワクロさんが!」

「俺は良いから、いや、良くないけどいいからっ!」

「お、置いてけませんってば! は、早く起きて」


 ネリちゃんは泣きながら俺を引っ張り起こそうとするが、ゾンビもどきは今まさに俺達に襲いかからんとしていた。

 俺も相当混乱してたんだろう。

 そもそも人気のない森に逃げた時点でどうかしてるんだが。

 これが魔物ならどんな強敵でも、もっと落ち着いて対策が取れただろうし、あのアヌマールであっても最近はそれなりに冷静に向き合えてる気がする。

 だが、相手は血まみれのゾンビもどきだ。

 怖い。

 まじこわくて頭が真っ白だ。

 怖すぎて泣き叫ぶしかできなかったとしても、仕方がないのではなかろうか。

 薄暗い森の中でスプラッタ映画の序盤のモブのように女中と二人泣き叫び、今まさに化け物の餌食となろうとした瞬間、目の前で化け物が真っ二つになった。


「はぇ?」


 真っ二つになった化け物の向こうで剣を振るう人物を見た俺は、この上なく情けない声を上げた。


「間に合ってよかった、お怪我はありませんか?」

「な、なんで、君が……」

「誓いましたもの、あなたの騎士たらんと」


 そう言って爽やかに笑う人物は、誰あろう元白象騎士団団長、メリエシウムその人だった。

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