第495話 星が消えた日
「世話になったわね、この御礼はいずれさせてもらうわ」
別れしな、女紳士リルはそう言って握手を求めてくる。
握り返しても、どこかの女紳士のように力比べをしてくるでもなく、
「もっとも、試練のほうじゃ手加減しないけどね。最初に達成するのはあたしよ」
「頑張って追いかけるさ」
「第四の試練は手強いわよ。といっても、あんたの従者は腕利きがたくさん揃ってるみたいだから、かえって簡単かもね」
そう言ってリルは去っていった。
「賑やかな娘であったな」
一緒に見送ったカリスミュウルは、彼女と少し話したようだが、どんな印象だったか尋ねてみると、
「言いたくはないが、以前の自分を見るようだな」
「そんな気はする、つまりちょろいということか」
「そういうことではない!」
そう言って俺の尻をつねってから、
「あの娘のふるまいからは、焦りを感じるな。何が何でも試練を一番にやり遂げようと考えているのだろう。私も貴様にひっかかるまでは、亡き父に恥じぬような王族としての証を建てねばならぬと必死であったからな」
「一番なんてそんなに価値のあるもんかね? 紳士なんて祭りの神輿みたいなもんだろうに」
「さてな、一番を取って、誰かに褒められたいのか、見返したいのか、あるいは自分にとっての証がほしいのか」
「ふむ。お前は称号を得たら一番に誰に報告したい?」
「それはむろん母と、父の墓前にもいかねばな。貴様はどうだ?」
「そうなあ、俺はやっぱり、ばあちゃん……エネアルに、だろうな」
「達成したら、降臨なさるのであろう」
「そういう話らしいけど、絶対なんか余計な事件とか起きそうだよな」
「そういうのを貴様の国では、フラグを立てるというのではなかったか?」
「そうだっけ、そうかもしれん」
何れにせよ、俺もカリスミュウルも、そのときは笑って報告できるだろう。
リルちゃんは、どうだろうな。
他の紳士連中はなにを考えて試練に挑んでるんだろう。
たぶん、俺よりもちょっとは真面目に、挑んでるのかもしれんなあ。
まあ、人様のことを考えても仕方があるまい。
いつものように酒でも飲んで女体に飲まれつつ、英気を養おう。
白いモヤの中。
いつものテーブルには、ケーキの代わりにお寿司が置かれていた。
寿司桶いっぱいに並んだウニとイクラをパクパク食っていた燕が俺に気づくと、手を止めずに投げやりに声をかけてきた。
「あらご主人ちゃん、先にやってるわよ」
「俺のは残ってるんだろうな」
「早いもの勝ちよ。ほしけりゃ早く食べなさい」
「世知辛いな」
空いた席に腰を下ろすと、紅がお茶をすっと出す。
一口すすると、なんだか味がぼんやりしてよくわからんな。
「そんな状態じゃ、お寿司はもったいないわね」
「それより、お前ら二人しか居ないのか?」
空いた席を見て尋ねると、
「もうすぐ来るでしょ、ほら」
改めて見ると、さっきまで空席だったところに、エネアルや判子ちゃんが座っていた。
テーブルにも真新しいケーキが載っている。
「カームが名前をつけてもらったお祝いね」
燕が指を鳴らすと、三本のローソクに火が灯る。
「それで、どうだった?」
「なにが?」
「種を蒔いてきたんでしょう」
「あー、それな」
「私は行ってないけど、エネアルは行ったんでしょう?」
寿司を食う手を止めて燕が視線を向けると、エネアルはケーキを切り分けながら答える。
「そうじゃな、あれは闘神になって最初の仕事であったか。ペレラールや地球に種を蒔いたのも、あの時のこと。判子に始めてあったのもあのときであったな」
「どうだったかしら?」
渡されたケーキを食べながら、判子ちゃんが首を傾げる。
判子ちゃんになんか言うことがあった気がしたけど、なんだっけ。
思い出せないので、気になった別のことを尋ねる。
「地球とペレラールって同じ宇宙だったのか?」
するとエネアルがお上品そうにケーキを口に運びつつ、
「あのころはな」
「今は違うのか」
「そうなるな」
「なんでまた」
「切り分けねば、手におえなんだのでな。主殿のように、宇宙をまるごと複製とはいかぬ。わしの力では、せいぜいが半径十万光年といったところか」
「ふうん、まあよくわからんけど」
「すぐにわかろうよ。ほれ、星が消える」
エネアルが指さした方向に目をやると、さっきまでそこにあったであろう何かが不意に消えた。
何事だ、と思った瞬間、何もかも無くなって、俺は虚空に放り出された。
「だから早いもの勝ちっていったでしょ」
そんな声が聞こえた気がしたが、急速に覚醒する意識に、全てかき消されていった。
今朝はエネアルの夢を見たような気がするが、昨日話題に出たせいかな。
午前中にグリエンドのネアル神殿で定例報告を終えた俺たちは、慰安のために、グリエンドの街があるグリー半島の南端、チボアという保養地で一週間ほど休暇を取ることにした。
実際には家族の何割かはアルサの我が家に戻るのだが、残りはここの高級ホテルでバカンスを楽しむ。
チボアはルタ島に観光に来る金持ちや貴族が利用する高級リゾートで、島民にとってはあこがれの場所らしい。
南の島の水上コテージみたいなのがズラッと並んだ一角をまるごと貸し切ることになった。
「チボアに泊まれるなんて、まじ信じられないっしょ、ご先祖様に報告いるやつじゃん」
「でも、アルサのお屋敷の方にも行ってみたいし、あ、でもやっぱり……」
などとルタ島出身の面々は苦悶していたが、まあ適当に両方楽しんでくれればいいだろう。
俺は一泊だけして、明日の朝にアルサに戻る予定だ。
そこで春のさえずり団の面々を再会させるというファンとしての崇高な使命がある。
ついでにあと一人ぐらい、いや全員コロっと従者になってくれないかな。
それ以外はとくに予定はないんだけど、冒険者ギルドのサリュウロや、珈琲屋のフリージャなどのちょっと唾つけてるかわい子ちゃんもいるし、顔を見るだけでも帰る価値はあるだろう。
プライベートビーチでじゃぶじゃぶ泳ぐ大胆なビキニ姿の幼女たちを見守っていると、遊び疲れたのかデッキチェアでジュースを飲み始める。
ホテルが用意したジュースを一口のんだ牛娘のピューパーは、
「おいしい。けど、うちのジュースのほうがもっと美味しい。このジュースは明らかに街の屋台のやつより美味しいのに、それほどじゃない気がする」
などと言って難しい顔をしている。
「ご主人さまはどうおもう?」
そう言ってグラスを差し出してきたので、一口飲んでみると、たしかにそこそこ上手い。
「そうなあ、まあこんなもんかなあ」
「もっとちゃんと考えて! このままじゃ、美味しいものがどんどん減っちゃうでしょ!」
「そうはいっても、慣れもあるからなあ。毎日うまいもんばっかり飲み食いしてると、舌がどんどん贅沢になるんだよ。俺たちはもう、すっかり贅沢に慣れてしまったんだ」
「慣れ……、慣れたら美味しいものが減る。どうしよう」
「普段、程々のもんを食っといて、ここぞという時にうまいものを食うとか」
「せっかく毎日作ってくれてるのに、残すとか無理!」
「そうなあ」
「まだ慣れてない人の意見を聞きたい。マレーソンかオルーシン……はまだ泳いでる。そうだ、パマラ! パマラに飲んでもらう、ご主人さま、パマラに会いに行こう、塔が終わったら行くって言ってた!」
パマラとは、アップルスターに乗って宇宙から降ってきた、ピューパーたちの友達だ。
今は故郷の仲間とともに、農業系ノード・ファーマクロンのところに居る。
「そうだなあ、ちょっと向こうの様子を確認してみるか」
ミラーに尋ねると、どこからともなく幼女ママのオラクロンが現れる。
こういう時はスポックロンとオラクロンのどちらかがランダムに現れるんだけど、なにか法則とかあるのかな。
「もちろん訪問は大丈夫ですよ。哀れなファーマクロンは無駄にグラマーな肢体を持て余し、夜毎袖を濡らしているそうです」
「そりゃいかん、今すぐ行こう」
そういやあのスーパーボディを放置したままだったよ、我ながら迂闊すぎる。
幼女だけ連れて行くと大変そうなので適当に声をかけたら、温泉令嬢のリエヒアが名乗りを上げた。
そういや、洞穴人のことが気に入ってたっけ。
また、考古学者のエンテルやペイルーンも同行するという。
古代人の生き残りであるリトゥンテイムが、現代人とも交流したいそうなので、うちで一番の教養人であるエンテルとその相棒であるペイルーンが妥当であろうとの判断だ。
もともと古代文明を研究していた二人は、今では歴史や科学に対する理解も進み、古代と現代の橋渡しにはもってこいだろう。
教養人という点ではレーンなども該当するんだけど、今回の場合にはふさわしくない気がする。
どうダメかは、いわずもがなだ。
また、料理人のモアノアも同行したいという。
「いつも送ってもらってるうめー野菜の畑をみてみてぇだよ」
とのことだ。
仕事熱心で結構なことだなあ。
まあ、俺も唯一の仕事であるナンパに対しては、一意専心で臨んでいるわけだが。
というわけで、さっそくファーマクロンの待つアーランブーランに向かうことにした。
アーランブーランは魔界にあるが、天井部分がぽっかり空いているので飛行機で行くとすぐにつく。
出迎えたファーマクロンは、足まで届きそうだった髪型が一転、短く刈り込んだピクシーカットで、スレンダーなくせに乳と尻がでかい体型をビビッドな花柄のショートワンピースでまとめていた。
なんか六十年代って感じだな。
「お待ちしておりましたよ、ご主人様」
「今日はずいぶんと、攻めた格好だな」
「前回地味すぎたのではないかと、反省しましたもので」
そう言って笑うと、ラメ入りのリップがぬらりと光る。
確かに反省の跡が見える。
今夜は眠れないものと心得よう。
そこにドタドタと走ってきた牛幼女のピューパーがファーマクロンのきれいな生足にしがみつく。
「あなたがファーマクロン?」
「ええ、はじめまして、ピューパー。いつもお手紙ありがとう」
「すごい、ほんとにおっぱいでかい。モゥズなみ」
「モゥズに負けないぐらい、お乳も出ますよ」
「すごい! たのしみ!」
俺も楽しみだ。
さっそく飲むのかと思ったら、洞穴人のお友達であるパマラちゃんが、すごい勢いで走ってきて、ピョーンとピューパーに飛びつく。
「ピューパー! あそび、きた?」
「あ、パマラ、遊びに来たよ、元気だった?」
「げんき!」
「やった! じゃあ、遊ぼう!」
「あそぶ!」
片言だが、現代語を喋っている。
翻訳装置もあったはずだが、ちゃんと勉強してるんだな。
ピューパーたちは洞穴人の子供も一緒になって、遊びにいってしまった。
パワーあるなあ。
アレと遊ぶのは無理なので、おれは昭和ボインちゃんと遊ぼうかと思ったら、今度は別の美人がやってきた。
アップルスターの生き残り、リトゥンテイムだ。
「ようこそ、クリュウ」
「やあ、リトゥンテイム、元気そうで何より」
「やっと地上の重力が馴染んできたところですよ」
初対面の時は現代のプリモァ以上に真っ白だった肌が、少しに日に焼けたのか赤みがかっている。
靴や膝に土がついているところを見ると、畑仕事をしていたのだろう。
「今は、土いじりかい?」
「ええ、かつては地上に居ても、土を目にする事自体少なかったので、新鮮ですね」
「たしかに、今のこの星には、石畳ぐらいしか舗装路はないもんな。ここはちょっと特別だが」
アーランブーランは広大な土地のほとんどが畑だが、あぜ道や水路は、朽ちない樹脂で固められている。
たぶん、十万年前の人の住む場所は大体こういうのでできていたんだろう。
その後は、エンテルやペイルーンをリトゥンテイムに紹介したり、モアノアをつれて畑を見学したりして過ごす。
日が傾いてアーランブーランを取り囲む山並みが赤く染まると、どこからともなく出てきた洞穴人たちが空に祈りを捧げ始めた。
そんな様子を見守っていたリトゥンテイムは、自身も同じように祈りを捧げる。
「あれは、明日もまた同じように青い空がもどってくることをマザーに祈っているそうですよ。私も同じ気持ちで祈りを捧げるのが習慣になりそうです。神など信じては居ませんでしたが、こういう時には便利な概念ですね」
「俺も昔、うちで巫女をやってるのに無神論だと言ったら、形而上的な概念との折り合いをどうやってつけているのかと聞かれたけど、神様も都合のいいときだけ湧いてくれると、こっちも気安くて助かるんだけどな」
「たしかに」
日が沈むと、そのまま焚き火を囲んでパーティになる。
洞穴人は食べられるものが限られているので、肉などを食うのは俺たちだけだ。
リトゥンテイムは焼けたての肉を頬張りながら、
「私も以前はこうした自然食を食べるほうだったので、災害後にブロック食ばかりになった時期は、辛かったものですよ」
ブロック食ってのは、完全栄養食的な団子のようなものらしい。
SFだなあ。
リトゥンテイムは頬張った肉を酒で流し込み、空を見上げる。
「地上から星空を見上げていると、宇宙では見られぬ星の瞬きに安心感を覚えます。宇宙では壁一枚隔てた向こうは即、死の世界が無限に広がっていたのに、今は分厚い台地の上で、広大な大気に包まれているのですから」
「そうなあ、まあ俺は宇宙はちょっとしか行ったことないんだけど」
「そういえば、クリュウ。あなたの故郷は、惑星連合にも加入していないゲートのない世界だとか」
「そうなんだけど、そもそも、この宇宙とは別の宇宙なんじゃないのかなあ?」
「本当ですか?」
「よくわからんが、前に一度だけ元の世界に戻った時に、時間が進んでなかったんだよ。こっちに戻ったときもね」
「なるほど、時間軸が共有されていないと。ですが、移動した時に、時間も一緒にずれているという可能性は? ゲートの事故でも、使用者は一瞬で抜けたと認識しているのに、実際は三十年ほどゲートに閉じ込められていたという事案が……、いやでも、その場合は未来にシフトしたわけで、時間が進んでいないように見えたとすれば過去にシフトしたことになりますね、時間が一方向だとすると無理がありますが、別の解釈も……」
「その辺を知ってそうな連中は、みなイケずでね、なかなか教えてくれない」
「知ってしまうことが、何らかの事象に影響を与えるということもあるでしょう。そうした配慮があるのでは?」
「それはなんとも言えんなあ」
そう言って俺も空を見上げる。
そういや、ここと地球が同じ宇宙にある、みたいな話をこの間したような気がするけど、いつだったっけ?
ぼんやりと記憶の糸をたどりながら、空で瞬く薄暗い星を見るともなしに見ていると、不意に消えた。
「あれ? なんか今、星が消えたような」
思わずそんなことを口にすると、そばで酌をしていたファーマクロンが空を見上げて、
「……視認できる星の一部が一斉に消滅しました。これは、何事でしょうか?」
首を傾げる美人を前に、それを聞きたいのはこっちだよと突っ込むと、
「困りましたね、せっかく今夜こそ私の番だと思っていたのに、こんな問題が発生しては、どうなることやら。ひとまず、調査いたしましょう」
星がまとめて消えるなどという、文字通り宇宙規模のハプニングに、さすがのファーマクロンも動揺したかとおもえば、こんな調子で落ち着いて対処していた。
宇宙で何が起きているのか、という問題に対して、今残っている古代文明の設備だと、すぐに解明できるわけではないようだ。
例えば宇宙の謎を解き明かせるような本格的な観測装置は、当時全て軌道リングか、さらに外の宇宙に設置されていて、十万年前の災害でぶっ壊れたまま放置されている。
軌道リングへのアクセス自体回復してなかったんだから、仕方ないのかもしれない。
代わりに地上にあるレーダーとか、偵察用のガーディアンなどを転用して調べた結果、概ねこんな感じのことがわかった。
「可視光背景放射が消失、すなわち我々の銀河系の外にある星がほぼ消失、または見えなくなっております」
「ダイナミックだな」
「また、マイクロ波を始めとした宇宙背景放射が観測できません。宇宙の外側は、全てフラットにみえます」
「どういうこと?」
「わかりませんが、約十数万光年より先の宇宙がごっそりなくなった、という見方もできますね」
「むちゃいうなあ」
「本当に、無茶なことが起きているようですね」
「それで、どうなるんだろうな」
「想像もできません。宇宙の法則自体に影響が出てしまってもおかしくないですね」
「なるほど、宇宙の法則が乱れると」
「ですが、今のところ、銀河系外の天体が観測できない以上の変化は見られませんね。もし本当に宇宙がそこで閉じているとすれば、光源の消失と同時にフォス波や重力波なども検知できるはずですがそれもないようです」
「うーん、まああれだよな、こっちの世界でも光より速いものはないんだろう?」
「そうです」
「つまり昨日今日起きた出来事ってわけじゃないよな」
「そうですね。十数万年前に、銀河系を覆う半径十数万光年の範囲がまるまる蓋を被せられたような状況であると言えるかもしれません。いずれにせよ、私どもの手には負えない事象が発生していると言えましょう」
「ってことは、女神様の出番か」
ピューパーたちと一緒に遊びに来ていた幼女女神のストームと、セプテンバーグ改めカームの二人を探すと、ガブガブと肉を食っていた。
「なんですか? 見ての通り、食べるのに忙しいのですけど」
ストームがこちらも見ずに、肉の塊にかぶりついている。
「そう言わずにほら、なんか言うことあるだろ」
「味噌ダレより、ポンズ系のさっぱりダレのほうが、好みですわね」
「味噌ダレは漬け焼きのほうが合うかな」
「なるほど、ではそれを試してみましょう」
そう言ってどこからともなく生肉の入ったボールを取り出すと、タレをどぼどぼ注ぎ始めた。
こりゃ、なにも答える気はなさそうだな。
仕方がないので、隣のカームにも聞いてみる。
「カーム、お前はあんな意地悪しないよな」
「もちろんですよ、ご主人様」
「じゃあ、なにが起きてるか教えてくれよ」
「私は今、お肉を焼いていますね」
「そうだな」
「そしてそれを食べています」
「うん。つまり?」
「タンパク質を熱すれば、変性して二度と元の形には戻りません。時間というものもまた同じ。未来という生の時間は、現在という瞬間を通して焼かれてしまえば、それは永遠に過去という実在へと不可逆に転じます。宇宙というのは、過去を作る装置だと言ってもいいでしょう」
「急に話がでかくなったな」
「肉を自分好みに焼こうと思えば、自分で火加減をコントロールできるコンロが必要でしょう。エネアルにとっては、それがちょうど半径十万光年程度のサイズだったということです」
「なるほど、全然わからん」
「気にすることはありませんよ、ご主人さまなら、わからずとも、上手に焼くことが可能ですから」
「つまり、気にしなくていいと」
「ええ。お気になさらず、ファーマクロンの相手をなさったほうが良いのでは。いかにご主人さまといえども、あまり女に恥をかかせると、何がおきるかわかりませんよ」
「そりゃこまる。宇宙よりおっぱいだ」
カームのありがたいアドバイスを受けた俺は、面倒なことはすべて放置して、ファーマクロンの忠誠をねぎらうことにしたのだった。
レトロモダン系美人ロボットと素敵な夜を過ごした俺は、すっかり干からびた顔で朝を迎えた。
ヘビーだぜ。
「ご奉仕というものがこんなに素敵な体験であるとは。居眠りを決め込んでいる他のノードや、女性型ガーディアンにも勧めたいところですね」
などとファーマクロンは調子のいいことを言っていた。
たぶん照れ隠しだろう。
昨夜は遅くまでエンテルと語り明かしていたらしいリトゥンテイムは、今もエンテルらと朝食を一緒にとっていた。
「昨夜はお楽しみだったようで」
「別け隔てなくサービスするのが、家庭円満の秘訣なんでね」
「ああして人の形を取ると、ノードといえども他のロボットと大差ないようですね」
「俺の故郷にはああした人間と同等以上のロボットってのはいなかったんだが、当時はやはり人間と同じように暮らしていたのかな?」
「そのとおりです。ですが、ロボットが居なかったのに、ロボットを対等のパートナーとして扱うという心構えはどうやって身につけたのです? 私などは物心ついたときからロボットを始めとした人工知性体と共存していたので、それが当たり前の関係でしたが、こちらの世界でも、人間同等のロボットが現れた時は、かなりの軋轢があったそうです」
古代種に関しても似たようなことを聞かれた覚えがあるが、正直なところ、どう違うのかよくわからんのだよな。
みんな可愛いし。
強いて言うなら……、
「いやあ、なんというかロボットに限らず、好きだと言われたら無条件で惚れてしまう能力があると思うんだよ」
「それは、なんとも評価し難いものですね。ところで、昨夜の星が消えた件ですが」
俺のモテパワーに理解が及ばぬと見たのか、強引に話題を変えてきた。
「私の方でもデータを検証してみましたが、半径十万光年程度のところで何かが起きたのは間違いないようですね」
「方向を問わず十万光年か?」
「ええ、つまり、ここを中心に何かが起きた、あるいは」
「あるいは?」
「例えば電磁波が十万光年しか届かないように、物理法則が変わった場合でも、同じように見えるかもしれません」
「ふぬ、あるかな、そんなこと」
「想像も付きませんね。ただ十万光年ということは、十万年前にそれが起きたということ」
「ゲートの爆発と関係があるのかな?」
「等方性の調査はこれから行いますが、ここが中心に見えるという状況から考えても関係がある可能性は高いですね」
「つまり、どういうことだろう」
「想像も付きません。ここが完全に中心だとすると、例えば銀河自体の運動はどうなっているのか。我々の銀河系は、当時のままだとすれば十万年もあればざっと二割中心からずれていてもおかしくありません。現状でそこまでのずれは観測されていませんから、ここを中心とした静止座標で閉ざされていると言えるでしょう」
「珍妙だな」
「お手上げですよ。そもそもゲートと言う物自体、運用方法はわかっていても、なぜ、どうやって存在するのかを理解できてはいなかったのですから」
「うーん、まあ便利な瞬間移動装置っで認識だもんな」
「そういえば、地上には無数のショートゲートが点在しているそうですね。あれも、宇宙にあるゲートの周辺に時折観測されることはあったのですが、ここのように地上の都合のいい場所に存在しているというのは、なにかがコントロールしているとしか思えません」
「昔はなかったのか」
「ありませんね。女神の柱同様、女神と呼ばれる存在が何らかの形で干渉、制御しているのではないでしょうか」
「あいつらって、なに考えてるのかわからんからな」
「恐ろしくはありませんか? 我々の時代においても、アジャールの遺物は意図が読めずに常に畏怖の対象であったのですが」
「いやあ、ほら、あいつらって俺にべた惚れだし、振り回されることはあっても、心配はしてないから」
「まさか、この話題でも惚気けられるとは思いませんでした」
「酒と色恋の話題しか、できないタイプでね」
「色恋の話題は、私には難しいですね」
そう言って苦笑するリトゥンテイム。
「聞かない方がいい話題かな?」
「何がです?」
「いや、恋人とか居たのかなって」
「ああ、なるほど。私のような士官の多くは性欲を薬で抑えているので、それに基づく恋愛感情は持たないのですよ。カプセルベビー、ええと、体外受精で通じるでしょうか、管理出産だったので家族も居ませんし」
「ふうん」
「今の世界で言えば、ホロアと呼ばれる存在と近いでしょうね」
「なるほどね」
「エルミクルムの研究者としては、非常に興味を惹かれますね。ペイルーンはどうみても人間との違いがわかりませんが、その精神性はネアル型のエミュレーションブレインに近い気がします」
「ネアル型とかあるんだ。女神のネアル?」
「ネアルという名は、デンパー帝国という、我々惑星連合とは異なる星系国家に伝わるもので、もともとデンパーはアジャールの末裔を名乗っておりました。現在のゲート管理の手法も、デンパーから伝わったもので、エミュレーションブレインも同様です」
「じゃあ、女神の文明みたいなのが伝わってたのかな?」
「それはどうでしょう。アジャールの先史文明は遅くとも二億年前には滅んでいたと考えられます。その頃にはまだ、デンパーにも人類は発生しておりません。おそらくはこの星と同じように何らかの遺物が残っており、それを研究したのではと考えられますね」
「なるほどねえ」
小難しい話を聞き流しながら朝飯を食っていたら、ピューパーや洞穴人の幼女軍団が、フラダンスみたいな踊りをキメながら、にじり寄ってきた。
洞穴人が主に捧げるダンスらしい。
可愛らしいダンスをおえると、幼女たちが一斉に俺の前に列を作る。
ご褒美にリンゴをあげるのが主の努めだそうだ。
タイミングを測ったように、ファーマクロンがどこからともなくカゴいっぱいのりんごを持って現れたので、それを一つずつ手渡していく。
なんかあれだな、幼稚園のクリスマス会で、プレゼントを配るようなノリだ、これ。
踊ってないのに何食わぬ顔で並んでいたストームやカームにもりんごを配り終えると、最後にオラクロンがやってきた。
「お前もりんごか?」
「いただけるのでしたら、もらいますよ」
「じゃあ、ほれ」
りんごを手渡すと、しばし眺めてから、がぶりとかぶりついた。
「あら、おいしい。それで、今日はどうなさいます?」
「どうと言われてもなあ、パマラちゃんはどうするんだ?」
「パマラとその親友のリキルという娘の二人が、一緒に来ると言っております」
リキルというと、アップルスターで墓参りをしていた娘か。
「同じように生活するにはまだ時間がかかるのですが、二人程度なら、個別にフォローできるでしょう」
「他の子は?」
「ひとまず、体質改善が終わるまで保留ということで」
「ふぬ」
「妙齢の洞穴人のなかには、ご主人さまを主として側に仕えたいと言うものもいるのですが」
「どれぐらい?」
「現状では三千人程ですね」
「俺のキャパを超えてると思わないか?」
「どうでしょうか、ご主人さまなら案外」
「よせよ、そう言われるとその気になるじゃないか」
「おすすめですよ」
「お前の順番が回ってこなくなるぞ」
「それは困りますね。私もファーマクロンを見習って、ちょっとイメチェンが必要かもしれません。女性器だけは成人サイズなのですが、一向に手を出してもらえませんし」
当たり前だバカタレとつっこむ俺の前でくるりと回転して、見事な幼女体型を披露してから、
「洞穴人に関しては体質改善と言語学習が終わりしだい、近隣に入植させる予定です。その過程で、現代人と家庭を持たせて帰化させる計画です」
「まあ、それがいいだろうな」
ここでの用事は済んだので、俺はひとまず引き上げることにする。
ファーマクロンはやはりここに残るようだ。
月に一度ぐらいは遊びに来てほしい、などと色っぽく耳元で囁かれたので、たぶん毎月通うことになるだろう。
リトゥンテイムは、引き続きここで療養しながら洞穴人の面倒をみるという。
落ち着いたら遊びに来ると言っていたので、ナンパの機会もあるだろう。
もっとも、彼女は安易に手を出しちゃダメなタイプの気もするな。
星が消えた件は、うちのかわいい従者が大丈夫だと言ってるので、考えないことにした。
一応、観測装置とかを立ち上げてなんかすると、ノード連中が言っていたので、任せておけばいいだろう。
お土産の野菜を山ほど積み込んで、久しぶりにアルサの家へと向かったのだった。
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