第494話 女紳士 後編

 朝から大仕事を終えて食堂に向かうと、昨日の女紳士リリリルルことリルが自分の従者と一緒に食事を取っていた。


「おはよう。今朝もごちそうになってるわ」


 そう言って肉を頬張るリル。

 朝から肉を食ってて頼もしいな。

 俺は自分が図々しい男なので、相手もそうだと安心できるんだよ。

 リルの周りでは従者たちも食事を取っているが、メニューはバラバラだ。

 外見的にもバラバラだが、ホロアの常として、ちゃんと教育を受けたお行儀の良さを感じる。

 主人であるリルが一番だらしなく食べているが、まあ、エディと同じぐらいのワイルドさかな。

 エットとか、うちに来たばかりの頃はすごくヘタだったからな。

 テナにみっちり仕込まれて、最近はお行儀よく食べてるけど。


「今日はどうする? お連れさんも昨日の今日では、無理はできんだろう。どうせ俺たちもグリエンドに向かうから、一緒に行くかい? といっても、足が遅いから到着は明日になるだろうが」

「そうねえ、イムルヘムの様子を見ないとわからないけど。さっき覗いたらまだ眠ってたし」

「そろそろ目覚めるだろう。後で当人を交えて相談して決めてくれよ」

「助かるわ。それよりも、彼女の扱いはそれでいいの?」

「なにが?」

「だって、アヌマールになったのよ? ちょっと前にもアヌマールが島で揉め事を起こしたんでしょう。ここの騎士団から色々説明受けたわよ。あたしたちは、彼女とずっと一緒に居たからそっちに関してはシロだって信じてるけど、周りから見たらそうはならないんじゃない?」


 脳筋だと思ってたけど、ちゃんと考えてるんだな。


「まあ、その時襲われたのは俺だし、別にいいんじゃねえかな?」


 先日、ブルーズオーン君も遭遇したようなことを言ってたけど、忘れたことにしておこう。


「軽いわね。相手はアヌマールよ? あたしも初めて見たけど、あんな恐ろしいものは見たことがないわ。しかもそれが自分の仲間だなんて……。正直、なんて言って彼女と話せばいいのか、わからないのよ。イケてないわよね」

「そうかもしれんな。じゃあ、面会には俺も立ち会うよ。何と言っても、俺はこの国でもっともアヌマールに襲われたことのある男だからな。年季が違う」

「なにそれ、普通何度も襲われたりする? アレって魔王とかに匹敵するような伝説級の存在でしょ」

「よく言われるんだけど、これがまあ、定期的にポンポン湧いてきやがってなあ」

「よほど行いが悪いんじゃない? 女神様にちゃんと祈ってる?」

「俺は酒を飲むか女性を口説くかしかしてないんだけど、どっちが懺悔すべき悪徳だと思う?」

「世間的にはどっちもダメじゃない?」

「生きづらい世の中だな」

「そんなんで非難されたりしない? あたしなんか、故郷で魔物とか退治しても紳士だから当然みたいな感じで、逆にちょっと失敗すると生まれが卑しいから、とか馬鹿にされるんだけど」

「俺もしょっちゅう馬鹿にされてるようだけど、そんな奴のせいでいちいち凹んでたら相手の思うつぼじゃねえか、無視だよ、無視」

「あんたって、見た目はひ弱そうなのに、神経は図太いのね」

「繊細な男にナンパはできんよ。見てくれよここに居る従者の数、みんな俺が国中はおろか、海の向こうまで行ってナンパしてきたんだからな。彼女たちに囲まれていれば十分満たされるんだよ。顔も見たことのない陰口野郎なんてゴミ、歯に詰まった食べかす以下の存在だね」

「従者に囲まれていれば……ねえ。それが紳士ってもんなのかしら?」

「そりゃそうだろ、紳士なんてのは、従者を入れる入れ物みたいなもんだ、聖書風に言えば匣だよ」

「そういえばイムルヘムもそんなこと言ってたわ」

「そうだろう、お前さんもそれだけ立派な従者を連れてるんだから、堂々としてりゃいいんだよ」

「そうね、なんかそんな気がしてきたわ。イケてる仲間の居るあたしがイケてないわけないわよね、えへへ」


 そう言って、大きく口を開けると、でっかいハンバーグをまるごと頬張り、ぺろりと平らげたのだった。


 それからしばらくして、投薬で眠っていたリルの従者イムルヘムが目を覚ます。

 最初、自分の状況がわからずに呆然としている彼女の手を取り、リルがやさしく声をかけた。


「どこも痛くない? ここは安全な場所よ、もう安心していいわ」

「リル……、私はどうなって」

「なにも覚えてない?」

「いえ……覚えています。私は、声が聞こえて、あの声が……、それで意識が薄れて、私は……あなた達を!?」

「大丈夫、落ち着いて、大丈夫よ!」

「でもっ、わ、私は!」


 傍に控えたミラーが興奮するイムルヘムを押さえつけ、鎮静剤を投与する。

 あれ効くんだよなあ、あっという間にイムルヘムは落ち着いてしまった。


「大丈夫、全部解決したから、あなたを覆った闇の衣も全て消えたわ」

「あれは、どうやって?」

「ほら、あっちの男前が助けてくれたの」

「彼は?」

「彼が噂の桃園の紳士よ」

「あの方がクリュウ様……」


 イムルヘムはベッドの上で姿勢を正すと、俺に頭を下げる。


「私と、主人がお世話になりました。あなたのお力添えがなければ、取り返しの付かないことになったことでしょう」

「なに、俺が偶然通りがかったのも、君達の日頃の行いの為せる技さ。女神に感謝しないとね」

「そのお言葉に救われます。あなたにもエネアル様のご加護がありますように」

「おや、君はエネアルを信奉してるのかい?」

「そうです。先ごろついに名のしれた女神で、まだ神殿もできていないのですが」


 エネアルの信者ってことは、勝ちフラグが立ったようなもんじゃねえか。

 この出会いが偶然のはずはあるまい、勝ったな。

 ニヤけそうになる顔に爽やかな笑顔を浮かべて、俺は話を続ける。


「そりゃあ偶然だな、俺の女房もエネアルを信じる神霊術師でね、今度この国に神殿を立ち上げようという話も出てるんだ」

「なんと、それは偶然とも思えぬお導き。立ち上げの際にはぜひ私も微力ながら協力を」

「そりゃ、うちのもんも喜ぶだろう。後で引き合わせるよ」

「よろしくお願いします」

「しかし病み上がりだろう、そんなに興奮して、大丈夫かい?」

「いえ、今のお話を聞いて急に力が湧いてきました。女神のお導きというものは、いたるところにあるのですね」


 そう言ってうっとりした顔で俺を見つめるイムルヘム。

 年齢的には二十代前半って感じで、ストレートの黒髪がつややかに光る巨乳美女だ。

 ホロアなので実年齢はわからんが、雰囲気的に、だいぶいってると思う。


「ねえ、ちょっと」


 そこでリルが割り込んできた。


「あんた、あたしを差し置いて、あたしの仲間をナンパしてない?」

「まさか、俺は人の従者と人妻には手を出さんよ。あとが怖いから」

「ならいいけど……」


 それを見たイムルヘムは、くすりと笑う。


「まあ、あなたがヤキモチなんて、よほどクリュウ様のことが気に入ったのね」

「ちょ、変なこと言わないでよ!」


 そう言って顔を真赤にするところなどは、年相応の娘っぽくて実にかわいい。

 いやあ、朝からいいものを拝ませてもらったなあ。


 昼前に、ラクサの街を出発する。

 例の聖水云々の後処理のためにフューエルは少し残るようだ。

 地元民のパシュムル、カシムルの姉妹もお供として残るらしい。

 まあ、地元だしな。


 グリエンドに向かう馬車の中で、俺はリル一行と親睦を深めるべく、真っ昼間から酒を飲んでいた。

 飲みニケーションといえば近年は印象が悪いが、下戸ならともかく、酒好きにとって、酒を飲みながら会話するのは本来楽しいものだ。

 それが嫌になるのは相手が嫌いな場合であって、そんな相手だと酒が入ろうが入るまいが、嫌なものなので、酒は関係ないといえよう。

 で、今目の前にいるのはぜひともお近づきになりたいかわい子ちゃんなので、酒も一層進むというものだ。

 給仕をしてくれている人魚のルーソンは、客商売をしていただけあって顔には出ていないが、紳士を理想化してるところがあるので眼の前のナンパ男に対して思うところはあるかもしれないのだが、従者となったからには俺のナンパに協力するのが努めみたいなところもあるので、頑張っていただきたい。

 いやまあ、従者になったばかりなのでもうちょっとサービスしてあげるべきなんだろうけど、今はちょっとだけ我慢してもらおう。


 エネアルを称える神霊術師であるイムルヘムは、女紳士リルの育ての親だそうだ。

 あんまり人の過去に興味のない俺だが、向こうが話すことを聞かぬ訳にもいかぬし、なにより相手が巨乳美人であれば鰯の頭に念仏を唱えるような話であっても、ありがたいものなので、熱心に相槌を打っていた結果、少しばかり彼女たちの素性がわかった。


 ここスパイツヤーデの西の隣国シャムーツからさらに北西に進むと、オーグスの荒野という定まった国のない空白地帯がある。

 近隣諸国の緩衝地帯みたいなもので、大昔の戦争で焼き払われた廃墟に難民が集まりスラム化したのだとか。

 リルもそこの生まれで、孤児だったところを、精霊協会の仕事で炊き出しをしていたイムルヘムに拾われたそうだ。

 紳士なんて無条件でありがたがられてる感じあるけど、それでも捨てる親もいるんだな。

 まあ、どうしようもない理由があったのかもしれんが、それは誰にもわからない。

 その後、縁あって主従の契りを結び、今に至るというわけだ。


「あの辺りでは、生まれのせいか紳士としての活動もままならず、やはり何をするにも身分が重要だろうと、ホロアマスターの称号目指してこの地にまいったのです」


 神霊術師であるイムルヘムは、もともと僧侶として育てられたが、成人した際の奉仕請願で名もなき神の声を受け神霊術師に転向したという。

 僧侶と神霊術師は共に神霊術の使い手で、両者の違いは、信じる神の名が明らかになっているかどうかによるのだが、一般に神霊術師は結界術を得意とする事が多い。

 だがイムルヘムは僧侶として育ったので、回復術などのほうが得意だという。


「エネアル様がスパイツヤーデに降臨されたという話は聞いていたのですが、よもや貴方様がその場に立ち会っていたとは」


 話の流れでエネアルの話が出たのだが、黒頭でのエピソードを聞くと、感じ入った様子で涙ぐみ、何度も祈りを捧げていた。


「このような出会いだけでも、この地を訪れたかいがあるというもの」

「そりゃよかった」

「リルも貴方様が気に入っているようですし、紳士同士、将来を見据えて従者ぐるみでお付き合いを」

「ちょっと、何の話をしてるのよ!」


 リルが顔を真赤にして割り込んできた。

 かわいいな。


「あんたも何ニヤニヤしてるのよ、そういう関係じゃないでしょ! ライバルよ、ライバル」


 そんなこと言ってた某紳士は、今じゃ俺の隣で寝てるぞ。


「しかしな、俺の故郷には鴨がネギ背負ってやってくるという諺があってな」

「どういう意味よ」

「鴨は鳥の鴨だ、うまい」

「うまいわね」

「脂が乗ってるやつを鍋にすると特にうまい、そいつにあわせる野菜はまあ、ネギだな」

「そうかしら、まあ、悪くはないわね」

「つまり自分で具材を背負ってメインディッシュが向こうからやってきたような美味しい状況を指すんだよ」

「あたしが鴨ってこと?」

「この状況はそうとしか思えないなあ、と思ったらニヤニヤするのも当然だろう」

「ちっとも笑えないわよ!」

「そうかな?」

「イケてるあたし的にはだめよ。とにかく!」


 バンとテーブルを叩いて宣言する。


「あたしは一番に試練を達成して一番イケてる紳士になるの!」

「そりゃイケてるな」

「でしょ、あんたが二番めに達成するぐらいイケてたら、その時考えてあげるわ」

「なにを?」

「それは、つ、つ、付き合う、とか」

「なるほどね。だが俺はそんな君の都合は無視して、勝手に口説くけどな」

「なんでよ!」

「言っただろう、俺は酒飲むかナンパするかしかしてないんだよ。俺は俺のやり方で生きる」

「イケてないことをイケてるみたいに言わないでよ! まあいいわ、紳士ってのは変わり者ばっかりだけど、あんたは極めつけね」


 そんな俺達のやり取りを隣でニコニコしながら聞いていたイムルヘムはリルの肩に手をおいて、


「今度の旅の目的は、一に試練、二に恋人探しがあったのですが、やっと素敵な出会いがあったようで、私も安心しております」

「そんな目的、聞いてないわよ!」

「試練に出る際に、貴族は見下してくるから嫌、平民は崇めたふりして利用してくるから嫌、だったら自分と同じ紳士を見に行ってみようと言っていたではありませんか」

「あれは純粋に紳士に興味があっただけよ! なんで恋人探しなのよ!」

「適齢期なのに出会いの一つもないと、育ての親としても、従者としても辛いのですよ」

「あたしは辛くないわよ!」

「そんなことはないでしょう。王様にお会いしたときにあれは無理ね、とか、コーレルペイト様の時はあんな朴念仁、僧侶でもおかしくない? とか言ってたでしょう」

「それは文字通りの意味よ!」

「ブルーズオーン様の時は、主従というより恋人みたいで羨ましいって言ってたでしょう」

「あ、あれは、あれも見たまんまよ! ただの感想よ!」

「それに引き換え、クリュウ様はあなたみたいなお転婆を積極的にナンパしてくださるのですから、これにおこたえしないでどうするのですか。私はそんな娘に育てた覚えはありません」

「そんなふうに育てられた覚えはないのよ! まったく、まだ浮かれてるんでしょう、エネアル様のことになるとすぐ興奮するんだから」

「それは仕方のないことです。ですが、ちょっと疲れてしまいましたね、もう少し休ませてもらって良いでしょうか」


 漫才が終わったようだな。

 別の馬車にベッドを用意してあったので、そちらに移して休んでもらうことにした。

 イムルヘムに関してはもっと聞いておくべきことがあったのかもしれないが、話の流れ的に聞きづらかったしな。

 あるいは聞かれたくないので、ああやってジョークでお茶を濁したのかもしれない。

 まあ、相手が言いたくないことを無理に聞き出すほど物好きなタイプではないのだが、リルと他の従者たちもイムルヘムと同じ馬車に移ったので、どっちにしろこれ以上情報を得ることは難しいようだ。


 夕食時に再びリルら一行と食事をともにしたが、その時も雑談に終止した。

 その折に彼女たちは先を急ぎたいと言うので、その日は結局強行軍で馬車を進め、夜遅くにグリエンドに入ったのだった。

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