第493話 女紳士 前編

 アヌマールと対峙していたという冒険者一行は、俺と対面すると開口一番、


「いやあ、参ったわ。まさか自分の仲間がアヌマールになるなんて思わないじゃない、えへへ。それにしてもあんたの人形、強いわねえ。あれなんなの、ガーディアンなの? そりゃすごい。あたしも仲間にほしいわねえ、えへへへへ」


 そう言ってチャーミングに笑っているのは、小柄で可愛い顔立ちの細マッチョ、というか陸上でもやってる女子高生ぐらいの雰囲気の女戦士だった。

 強めのウェーブが掛かった赤毛をふわふわさせるところなどはお人形さんのようだが、無骨で使い古した革鎧に身を固めた姿は見るからに強そうだ。

 そんな彼女こそが、


「おっと挨拶が遅れたわね、あたしがリリリルル、今一番イケてる女紳士のリリリルルちゃんよ、リルって呼んで頂戴」


 名乗った通り、このおチビちゃんがクイーン・オブ・ザ・サンの異名で知られる女紳士リリリルル、だそうだ。

 通り名からしてもっとごつい女傑って感じを想像してたんだけど、オテンバ少女ぐらいの印象だな。

 エツレヤアン時代の俺みたいに、ほんのり紳士の後光がさしており、特に隠したりはしてない。


「はじめまして、クリュウだ」

「会いたかったわ。いま評判のナンパ男が、イケてるあたしをナンパに来ないなんてどういう了見か、聞いてみたかったのよ」

「君と違って、俺はノロマでね。それよりも北東の第五の塔に居ると聞いていたが、なぜこんなところに? 地元民だってそこから山は越えないそうだが」

「あそこ寒すぎるからちょっとグリエンドまで戻って対策たてようとおもったのよ。それでまっすぐグリエンドを目指してたら、ちょうどこのへんで山越えになったんじゃない、考えたらすぐわかるでしょ」


 頭の中で島の地図を思い浮かべると、たしかに真っ直ぐ進むとそうなりそうだ。

 なるほど、道なりに進むという考えはないんだな。

 うちにも脳筋は多いが、彼女は筋金入りのようだ。


「それより、イムルヘムの治療までしてもらって悪いわね。なんせ彼女がうち唯一の回復役だから、ダウンしちゃうと誰も治療とかできないの、イケてないわよね、えへへ」


 えへへと笑うのはいいが、実は笑ってる場合ではない。

 先ほど倒したアヌマールの正体が、そのイムルヘムというホロアだったのだ。

 オラクロン曰く、闇の衣が剥がれたあとに、倒れていたという。

 そこについてリリリルル、言いにくいから本人の希望通りリルと呼ぶが、リルに聞いてもたぶんわからないだろう。

 なんせ脳筋だし。

 リルの従者は五人、全員ホロアで、戦士枠のリルの他に、戦士が二人、僧侶、魔導師、盗賊が一人ずつみたいな感じの六人組で、古典RPGのデフォルトパーティみたいなお行儀の良い編成だった。

 残り四人のホロア達は先程の戦闘で疲れ切ったのか、俺の用意した酒をガブガブ飲んでいた。

 いい気なもんだ。

 気のいい連中は大好きなので、彼女の希望通りナンパしようかなと考えていると、オラクロンが話があると俺を隅に連れて行く。


「イムルヘム嬢は、極度の疲労で気を失っているだけで、目立った外傷はありません。投薬で眠っているので、明日になれば回復するでしょう」

「そりゃよかった」

「ただ一点、気になることが」

「むしろ一点しかないのか? アヌマールだったんだぞ」

「そこはそれ、それに関したことではあるのですが、彼女は左肩に刀傷を負っておりました」

「刀傷?」

「傷はすっかりふさがっているので確証はありませんが、以前この町で出現し、セスが傷つけたアヌマールの傷とかなりの確率で一致します」

「じゃあ、彼女があの時のアヌマールだと?」

「その可能性が高いと言えましょう」

「いやでも、以前コー、なんだっけ、うちに挨拶に来た坊さん紳士」

「コーレルペイトでしょうか。私が来る前の話ですが、情報は共有しております」

「そうそう、そのコーレルペイトの従者がその可能性があるってセスが言ってなかったか? 肩に傷を負ってるっぽくて肌も褐色で背格好も似てるとか」

「むろん、そちらも調査中です。こちらのイムルヘム嬢の場合、肌が白く体格的にも外見の一致度は低いのですが、現にアヌマールになっていたわけですし」

「そりゃそうだ」

「パリー・ファベリン号を入手したタイミングで接触してきたことも、怪しいと言えば怪しいでしょう」

「でも、あの脳筋嬢ちゃんが? そんな器用なことできそうにないが」

「御主人様でも、あれぐらいの演技は可能でしょう」

「俺は性根がチキンでひねくれてるからできるんだよ。あんな気持ちのいい性格の娘を疑うなんて、俺にはむずかしいな」

「何れにせよ、心に留めおいていただければと」

「ふむ」


 まあなんだ、ナンパすれば真意もわかろうというもの。

 さっそく女紳士リルのもとに戻って、彼女の仲間は無事だと告げる。


「朝には元気になるってよ、安心して任せてくれ」

「助かるわ。お礼はどうすればいいかしら」

「そうだな、一杯付き合ってもらうってのはどうだい? 君の仲間はとっくにやり始めてるけど」

「そりゃイケてるわね。どうせ今日はもう移動できないし」


 さっそく食堂で酒盛りを始める。


「いいわねえ、自前のキャンプにこんなのあるんだ。あんた、お金持ちなのね」

「まあね」

「あの王様もすっごい行列引き連れてたけど、あんたも負けてないんじゃない?」

「貫禄は負けてる気もするけど」

「えへへ、だって王様だもんねえ」


 そう言って笑いながら、グビグビ飲むリル。


「人魚ちゃんも従者なの、シーナでナンパしたの?」

「まあね、第三の塔より手応えがあったよ」

「第三が終わった帰り? あそこどうだった、面倒じゃなかった?」

「まあ、程々かな」

「あたしさあ、あの最上階で詰まってあそこに一ヶ月ぐらい泊まり込んでたら、あの王様がやってきて、『なにをしているのだ?』とか聞いてくるから言ってやったのよ。見てわかることを聞くなって」

「そりゃいいな」

「そしたら王様は納得したみたいなんだけど、王様のお姉ちゃんが、すっごく怒り出して大喧嘩になったのよね」

「王様に姉ちゃんとかいたのか」

「なんかいつも隣に控えてる、巫女っぽい人よ」

「ああ、アレは姉だったのか。俺にもなんか文句言ってきてたな」


 以前遭遇した王様御一行の様子を思い浮かべていると、人魚のルーソンが、お酒のおかわりを出してくれる。


「あら、ありがとう。これ、何杯でも飲み放題なの? うちのもみんなごちそうになってるけど、こんなイケてる酒、貴族に招待されたときぐらいしか飲んだことないわよ」


 リルの言葉通り、彼女の従者たちも、うちの連中に混じってガバガバ飲んでいる。

 ホロアって基本的に大酒飲みだよな。


「気にすることはないさ、酒はみんなで飲むほうがうまい」

「ふうん、世の中にはあんたみたいなのも、居るのねえ」


 俺みたいなのが他にいたら困る気もするが、まあいいや。


「あんた、実家もお金持ちだったの? それとも、紳士で稼いだの?」

「うーん、実家は平凡な市民でな、その両親も幼い頃に亡くなっちまって、数年前まで地味に生きてたなあ。それがなんか貴族のお嬢様と結婚しちゃったのとか、従者が頑張って稼いでくれるのとかで、色々と贅沢ができてる感じかな。だいたい紳士ってだけじゃ儲からんだろう」

「逆玉ってやつね。あたしもさあ、なんか紳士の血筋が欲しい、みたいなので声かけてきた貴族とか居るんだけど、あたしってスラムの孤児だからさあ、それ知ったら手のひら返したみたいになったりして。あんた、孤児ってどう思う?」

「どうと言われても、俺の従者にも居るからなあ、それ自体は別になんとも」

「なんともって?」

「孤児だろうが貴族だろうが、気にいるやつは気にいるし、嫌いなやつは嫌いなだけだからな、会ってみないことにはわからん」

「そっかー、じゃあ、あたしに会ってみてどうだった?」

「初対面の印象としては……イケてる女だな」

「えへへ、あんたわかってるじゃない、そうよぅ、私はイケてるの。ぅえへへへ」


 そう言って満足そうに笑いながら、さらにグビグビ飲んでたかと思うと、突然テーブルに突っ伏してグーグーいびきをかきはじめた。

 ほんとにイケてるな。

 酔いつぶれたイケてる女紳士は、彼女の従者が抱きかかえて、こちらが用意した客室へと運んでいった。

 お仲間たちも、もう休むようだ。

 ゲストを見送ると、入れ違いに普通の女紳士カリスミュウルがやってきた。


「客人はもう休んだのか」

「酔いつぶれちまったよ」

「ふむ、私も気になっていたのだがな。なんせ珍しい女紳士として、なにかと比べられたものだからな」

「うちは女紳士のほうが多いじゃねえか」

「ガーレイオンは世間では少年紳士として通っておるだろうが。身内の者ぐらいしか、アレが少女だとは知らぬぞ」

「そりゃそうか。しかし、お前たちから見た、彼女の印象ってのも聞いておきたいものだな」

「何か気になるところがあるのか? まあ、紳士という時点で普通ではないのだが」

「いやなんかこう、見かけが豪快な割に影のある感じがしてな。本人は孤児だと言っていたが、そのせいかな?」

「孤児と言っても千差万別。母が孤児の救済活動などしていたので多少は知っておるが、貧乏で家族愛に飢えているというだけではなく、もっと凄惨な境遇で育ったものもいよう。そうした影響は生涯、尾を引くであろう。たとえ現在、紳士として名を挙げていようとも、な」

「なるほどね」

「彼女の生い立ちも、調べてあったのではないか?」

「うーん、まあいいや。女の過去に興味はないんだ」

「さようか。まあよい、どうせ飲みたりぬのであろう、私が付き合ってやろう」


 そうして夜遅くまで飲んで惰眠を貪っていたら、朝早くにアンが起こしに来た。


「町長が相談に来ているのですが、どうします?」

「どうって、この二日酔いのだらけた顔で出ても大丈夫かな?」

「大丈夫ではないでしょう。急いでリフレッシュしてきてください。浴場は客人が使われているので、ここのシャワーで」

「気づかないふりして、うっかり裸のお付き合いをしてしまうのはどうだろう?」


 宿の女将だったパルシェートはその手でフラグを立てたしな。

 狙った訳では無いが。


「ダメです。ほら、いそいで。二日酔いの薬を今ミラーが持ってきますから」

「しょうがねえなあ」


 身支度を整えて出向くと、町長が困った顔で待っていた。


「これは紳士様、朝から申し訳ありません」


 平身低頭しつつも、町長は手短に用件を述べる。


「昨夜は紳士様のご活躍で、山頂に現れた魔物を退治していただいたそうなのですが、その後に生じた割れ目から、地下水が湧き出しておりまして」


 それがかなりの水量で、土砂混じりの水が相当流れてきているらしい。


「このままでは、早晩、被害が出ることが予想できまして、対策を建てようにも私どもの方ではいかんとも」


 まあ、鉄砲水が町を襲っても大変だし、水源が汚染されても困るだろう。

 町長は俺の従者である山羊姉妹の保護者でもあったわけで、実質身内みたいなもんだ。

 その頼みは無碍にはできない。

 とはいえ、俺になにかできるわけでもなく、ほんとにヤバそうならすでにスポックロンたちがなんかやってんだろという甘い見積もりで引き受けた。


「わかりました。なに、町長にも世話になっておりますから、最善を尽くしますよ、おまかせください」


 などと言って、一旦、町長を帰らせる。

 入れ違いにやってきたスポックロンは、


「随分と安請け合いなさいましたね」

「お前たちを信ずればこそだろ」

「すぐにそうやって都合のいいことを仰る。私どもノードが都合のいい女扱いされて喜ぶことをよくご存じですこと」

「ははは、都合よく解釈するのはお互い様だろう。それで、どうなんだ?」

「まずはこちらをご覧ください」


 スポックロンが壁を指差すと、ぱっと映像が表示される。

 山の斜面の一部が深くえぐれ、そこから勢いよく水が吹き出し、泡立って白い水がキラキラと輝いている。


「これは聖水、すなわち白い精霊石であるところの高純度エルミクルムが溶け込んだ地下水ですね。温度は四十度ほどで温泉としては適温だと思いますが、現代では高価な資源として重宝されている様子。湧出量は控えめですが、地下に埋蔵された精霊石のサイズを鑑みるに、向こう百五十年は維持できるでしょうね。安定するまで様子を見る必要はありますが」

「前に行ってた温泉か、そりゃあ、お宝だな」

「非常に価値ある資源だと思いますよ。それにこの白い湯が糸を引いて吹き出る様子などはまるで象の鼻のようではありませんか。白象のお宝伝説ともマッチするのでは」

「白い象の鼻ってか? 無理にこじつけなくてもいいんだぞ」

「まあ、せっかく町の目玉になるヒントを差し上げましたのに」

「そういうのは、町長に言ってやれ」

「その機会をお譲りしようかと」


 そこで映像が切り替わり、簡易の貯水タンクが映し出される。


「現在、湧き出た聖水はすべて貯めるように準備しておりますが、この施設をすべて我々で用意するべきかどうかの判断をお願いしたいと」

「要点をまとめると?」

「町で用意するとなると、予算の確保から初めて、年単位の準備が必要になるでしょう。その間、聖水は垂れ流され、水源は汚染されることでしょう。その結果、概算ですが数年後には目に見える形で下流の畑や海にまで影響が出るかと」

「ふぬ。聖水ってのは毒なのか?」

「毒にも薬にもなりますが、環境には良くないでしょうね」

「なるほど。じゃあ、こっちで用意すると、どうなる?」

「逆に私どもで用意するのは簡単ですが、権利の問題が生じます。作るだけ作ってただで譲渡とはいかぬでしょう。何と言っても、他の街の目もありますし」

「町にも出資させて合同会社的なアレでナニするみたいなのはいかんのか?」

「その方向で、現在フューエル奥様が契約の素案を用意されております」

「ならさっきの交渉も結論も丸投げでいいだろ!」

「そうは参りません。桃園の紳士が投資して町の経済を支えるという構図が重要なのではありませんか」

「誰にとって重要なんだよ」

「もちろん、我々従者の自尊心にとって、に決まっております」

「決まってるんじゃしょうがないな、じゃあ、任せた」

「では、その方向で進めさせていただきます。後日、契約の際にはまたよろしくお願いいたします」

「あれだろ、書類にサインしてにこやかに握手するだけの役」

「ええ、御主人様が一番得意なやつですよ」


 そう言って笑いながら、スポックロンは去っていった。

 しかし聖水か。

 そんな話を前に聞いた気がするな。

 あの坊さん紳士が言ってたんだっけか。

 だとすると、彼も俺みたいに予知夢じみた夢をみるんだろうか。

 なんかまたきな臭い話の予感がキュンキュンするなあ。

 やだなあ。

 とりあえず目先の面倒なことは丸投げしたし、飯にするかあ。

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