第492話 強襲部隊

「いやあ、お前のアドバイスで助かったよ」


 試練を終えてキャンプに戻り、いの一番に人魚のルーソンをねぎらうと、すっかり恐縮して、


「そんな、お役に立てて嬉しいです」


 などと言って尾ビレをバタバタさせていた。

 かわいいな。

 というわけで、今夜も宴会だ。

 朝から塔で宴会してた気がするけど、あれは試練の一環であり、仕事みたいなもんだから、こちらこそが本命の宴会といえよう。

 今も食堂のバーカウンターでルーソンが出刃包丁を持って、酒に使う氷をカットしている。

 人魚用に急遽仕立てたバーテンダーのような黒スーツが様になってるな。


「今日の昼間も、ずっと練習で氷を削ってたんですけど、形や大きさで溶け方が違って、お酒の味にも随分と影響があるんですね。こんなこと、考えたこともなかったです」

「形によって、溶け具合も変わるしな」

「そもそもこんなにたくさん氷が使えるなんて贅沢ですよね。それにすっごい透明で」


 そう言って今削り出した四角い氷をライトにかざす。


「うちは魔法無しで氷が作れるから使い放題なんだよ」

「漁でも魚によっては氷を使うんですけど、先に島の北に回って氷を切り出しにいくんですよ。でも、あれもなかなか危険なんですよね」

「ふうん、大変そうだな。それよりも、その格好、似合ってるじゃないか」

「そうでしょう、自分でもかなりイケてるんじゃないかと思ってたんです。ご主人さま専門のバーテンダーって感じで、どうです?」

「ああ、最高だな」


 そのとなりでは山羊娘のカシムルが生乳を絞っている。

 こいつでミルクカクテルを作ってくれるわけだが、シェイカーを振るミラーもまた、見事なバーテンダーぶりだ。

 地球風のシェイカーはこっちの世界にはないので、これも特注なんだけど、シャカシャカ腰を振りながら混ぜる姿が面白い。

 裸でやったほうがおっぱいが揺れて更に見ごたえが増す気もするんだけど、スーツ姿も絵になるし、悩ましいもんだ。

 などと悩んでる間に出来上がった、ほんのり泡立った白いカクテルを口に含むと、カシムルの味がする。

 たまらんなあ。


「自分のおっぱい飲んでもらえるとか、マジ最高じゃん。私もミルクでないかなあ」


 などと言っているのはギャル人魚のマレーソンだ。

 彼女は飲む方専門のようで、今は俺の隣で飲んだくれている。

 思った以上に酒癖が悪く、ちょっと絡み酒だ。

 カリスミュウルといい勝負だな。

 まあ、こういう従者も居てくれないと、俺もたまに自分がやばいレベルのダメ人間じゃないかと不安になるので、主人の心の安定を保つという意味でも立派に役に立ってくれているのだろう。

 そんな親友を見て苦笑しながらも、


「私、お酒のお勉強をいっぱいしようと思います。ソムリエっていうんでしたっけ、そういうのになって、御主人様にいつも最高の状態で最適なお酒を飲んでいただけるようになろうかなって」

「そりゃあ、頼もしいな。俺も面倒になるとつい目の前にある酒で酔っ払えばいいや、とかなるからなあ」

「せっかくこんなに美味しいお酒がいっぱいあるんだから、アテの組み合わせとかそういうのもいっぱい勉強したいです」

「いいねえ、アテにしてるよ」

「そのダジャレはどうかと」

「すみません」

「それで、フューエル奥様のお屋敷の女中頭が、お酒に詳しいってことで、そっちにいって勉強したいと思うんですけど」

「ああ、そりゃいいけど、新人は最優先でそばにいてイチャイチャしてくれないと俺が泣くぞ」

「またそういうことをいう。もうちょっと貫禄のあるところをですね」

「無茶言うなよ、俺なんていい年しておっぱいが恋しいと泣くでかい赤ちゃんみたいなもんだぞ」

「赤ちゃんはそんなにお酒ばかり飲みませんよ」

「いいんだよ、うちのおっぱいは酒が出るから」


 そう言って後ろに控えていたミラーを抱き寄せる。


「それもすごいですよね。人形のおっぱいってお酒も出せるんだ。当然、それを作った人はそういう使い方を考えてたってことですよね」

「そうだろうな。まあ建前としては乳母として赤ちゃんの授乳用だろうが」

「よく知らないんですけど、人形って錬金術の秘術を使って生み出すんでしょう? そんなすごい技術で作った人形のおっぱいからお酒が出るってのは、どうなんでしょう」

「つまり、そういう優れた技術を持っている人間をしてそれをなさしめるほど、価値のある行為なんだよ」

「そこがよくわからないんですよねえ」


 まあ、ルーソンが女中頭リアラの元で修行したいというのなら別に止めはしないんだけど、もうすこし落ち着くまでは、そばでイチャイチャしてもらいたいものだなあ、と考えていると、ついリアラのクソでかいおっぱいを思い出してしまう。

 彼女は三十代後半だけどまだ独身らしいし、手を出したい気持ちでいっぱいなんだけど、テナに怒られそうでまだ一度も口説いたことがないんだよな。

 実年齢で俺より年上の従者は何人か居るけど、ちょっと特殊なアレなので、リアルでお姉さん感を醸し出してるリアラには他に代えがたい魅力があるよなあと常々考えていたのだった。

 まあ彼女に限らずフューエルの屋敷には、魔族騎士ラッチルや温泉令嬢リエヒアが連れてきた侍女が何人も待機してて、なかなか魅力的な人材が揃っているので、一人ぐらいはナンパしてもいいのではとかひっそり思ってるんだけど、やっぱり怖いのでまだ挨拶ぐらいでしか声をかけたことがない。

 特にラッチルの侍女は、エキゾチックな魔族娘が揃ってるので、狙わない手はないと思うんだけど。

 などとけしからんことを考えていると、フューエルがお誂え向きなことをいいだした。


「第三の試練も終わったことですし、一度アルサに戻りたいと考えてます。領地の案件もあるのですが、屋敷で預かっている侍女たちの扱いなどで少々」

「そうなあ。俺もちょっと家が恋しい気はしてたんだ」

「では、一度グリエンドに戻り神殿での儀式を終えたあと、休暇を取っていることにして戻りますか。一週間も滞在すれば十分でしょう」


 というわけで、休暇を兼ねて家に帰ることになった。




 翌朝早々にキャンプを畳んで出発する。

 第三の塔の最寄りであるシーナから出発点のグリエンドに戻るのは海路が定番だが、うちは馬車を連ねて移動するので陸路で戻ることにした。

 一つには人魚であるルーソンたちが、陸路を通ったことがないからだ。


「一度ぐらいは森を抜ける道を通ってみたかったんです」


 白キハ人魚のルーソンがそう言ってオープンタイプの馬車から身を乗り出すと、山羊娘妹のカシムルもうなずいて、


「私もウル神殿にお参りするときは、一旦グリエンドに出てから船で行ってたので、こっちの道はこれまで通ったことなかったんですよ」

「そうなんだ、でもたしかに使われてないせいか道が悪いですよね。馬車はあんまり揺れてないけど」

「この馬車って見かけは普通の豪華な馬車って感じだけど、古代のすごい技術で作ってるそうですよ、カプルさんに聞いたんですけど」

「カプルさんって大工の人ですよね、まだ全然顔と名前が一致してなくて。正直、こんなに多いと思ってませんでした」

「私もまだ、よく話すのは家事担当の人ばかりで……」


 この二人は同じルタ島出身で家事担当ということで、ルーソンも最初に仲良くなったようだ。

 むっちりした山羊娘と、どっしりした人魚の組み合わせは実に素晴らしいものだと思う。


 馬車のデッキではしゃぐルーソンたちを横目に、俺ものんびり景色を眺める。

 今朝はからりと晴れて、少し蒸し暑いほどだ。

 ルーソンがほんのり汗ばんだ額を手で拭う。


「陸はやっぱり暑いですね。ウル神殿の祭りがくると、もう島も夏ですよ。北の氷も少し溶けて、魚もたくさん取れるんです」

「そりゃ楽しみだ。この島は魚がうまいからなあ」

「そうでしょう。試練が終わったら島を離れることになるので、そこだけがちょっと心残りですね」

「まあ、移動はすぐだから、手頃なところに、別荘でも用意したいもんだな」

「別荘! 発想がお大尽ですねえ」

「それもそうだな、俺もちょっと贅沢に毒されてきたか」


 そんなことをつぶやくと、そばでりんごを剥いていた女中指南役のテナが、


「御主人様の贅沢は偏り過ぎなので、もう少しバランスの良い贅沢を覚えていただきたいものです」

「贅沢にバランスがあるのか」

「もちろんです。もっとも重要なのは貴族らしい体裁を整えるために使うお金です」

「そこはほら、俺の爽やかな笑顔でフォローできないかな」

「見た目の話ではありません。あの領主はどこで仕立てただの、あの店はかの貴族の御用達だの、そういう話題になるようなことに金を使うということです」

「そうはいっても、自分の装いにステータスを感じるタイプじゃないからなあ」

「趣向の問題ではなく、貴族としての義務ですよ。貴族らしくあろうとする振る舞いが貴族を作るのです。御主人様が手を抜いている分、すべてフューエル奥様に負担がかかっているではありませんか」

「いやまあ、ちょっと丸投げしすぎだよな、とはおもうんだけど、そういう負担は、奥様同士で分かち合ったりしてくれたほうがいいんじゃ……」


 後ろの馬車に乗っているカリスミュウルの方をちらりとみる。

 ちなみにエディは仕事でしばらく戻ってない。


「他の奥様方はそれぞれにふさわしい仕事をなさっておいでです。もっとも、リエヒア様がいらしてくれたおかげで少しは分担できそうなのですが、異国生まれの上に、まだお若いので、これからに期待いたしたいところです」

「エームシャーラは?」

「あの方は……よいのですよ、奥様のご親友なので。プライベートで支えてくださっておいでです」

「そういう枠もあるのか」


 温泉令嬢のリエヒアに限らず、ドラマーのペルンジャなんかもお姫様マダム枠なんだけど、彼女はどっちかというと従者よりなんだよな。

 そういやアルサに戻ると、春のさえずり団の面々と再会できるわけだ。

 彼女も楽しみなことだろう。

 思ったより早く会えそうなので、先方にはまだ秘密にしてある。

 サプライズ効果で、なにかいいことが起きたりしないかな。

 いいことってのはもちろんアレだ、アレ。

 などとニヤニヤしていたら、テナがりんごを差し出す。


「ちょっと酸っぱいので、そのたるんだ口元を引き締めるのにちょうどよいと思いますよ」

「気が利くなあ。みたか、ルーソン。従者ってのはこうやってアメとムチを使い分けて主人に尽くすものなんだぞ」


 そう言って一口かじると、想像以上に酸っぱくて涙目になる。

 そんな俺を見て、ルーソンはなんとも言えない顔をして、同じくりんごを頬張ると、


「すっぱ……」


 とつぶやいて、益々顔をしかめるのだった。


 日暮れと同時に馬車はラクサの町に入った。

 山羊娘姉妹の故郷で、宝探しなどという胡散臭い名物以外、目立った観光資源もない小さな町だが、今日は妙に賑わっていた。

 町の入口に居た男は、俺たちに気がつくと、先頭で馬にまたがるクメトスに声をかける。


「こりゃ、桃園の紳士様御一行じゃありませんか、ちょうどよいところに」


 とすがるような様子からして、なにか厄介事が起きた感じだな。

 紳士は便利屋じゃないんだぞと思わなくもないんだけど、山羊姉妹のパシュムルたちの故郷なので、ちょっと多めにサービスしてやろうかな、ぐらいのアレな気持ちもないわけではない。

 それはさておき、男の話を要約すると、町の裏手に広がる山の尾根で、なにやら魔法の閃光らしいものが何度も発生して、みんなビビってるらしい。

 山頂には基本的に人は住まず、山越えでここから島の北に抜ける道もないそうだ。

 町の猟師も木こりも今日は山に入っておらず、宝探しの連中もそちらには居ないとなると、魔物でも暴れているのではないかと言う話になる。


「それで、どういたしましょう」


 話を聞いたクメトスが俺に相談してくる。


「そういう事情なら、ほっとけんわな。とはいえ、すでに日も沈みかけてるから山の中は真っ暗だろう」

「ひとまず警戒態勢を敷いて、朝を待つのが妥当でしょう。暗視スコープがあるので、深夜でも探索は可能ですが」


 そんなものが。

 そいや俺がつけてるメガネも、暗いところでバッチリ見えてたな。

 うちの騎士たちも、あっという間にハイテク部隊になっちまってるからなあ。


「うーん、それじゃあ……」


 適当に任せた、といいかけた瞬間、山頂で大きめの爆発が起きる。

 その閃光によって薄気味悪いものが照らし出された。

 山の上からキノコのように伸びる黒い塊だ。

 黒光りしてそそり立つ姿がちょっとエッチだが、あれってやっぱ、


「あれ、アヌマールじゃないのか?」

「そのようですね、以前魔界で見たような、大型のものです」


 初期のボスキャラが頻繁に出てくるようになると雑魚化したんだなあって気がして感慨深いが、基本的にやばいやつなんだよな、あれは。

 っていうか、ここに来て出すぎじゃね?


「あれが相手では、降りてくる前に迎え撃つ必要があります。となると、私どもよりガーディアンに任せたほうがよいかと」


 クメトスの言葉を受けて、どこからともなく幼女ママのオラクロンが現れる。


「では、ガーディアン高高度強襲部隊ガーボーンを投入しましょう。軌道リングに残存していた部隊を先日再編したばかりです。ペレラ名物、ガーディアンのヘイロー降下を御覧ください」


 そう言って南の空を指差すと、キラリと光る。

 暗くてよく見えないので目を凝らすとARメガネが一部をズームして表示してくれた。

 大きな貨物艇の後部ハッチが開き、コンテナのようなものが投下される。

 そいつが空中でスラスターを噴出しながら姿勢を安定させつつ降下しつづける。


「高高度と言う割には結構低いな」

「ここはバリアの影響がありますので、本来は成層圏から突入します」

「ほーん、かっこいいな」


 話す間もぐんぐん降下してくるコンテナは、そのまま下まで落ちるのかと思えば、コンテナの外壁が一斉に剥がれて、中から卵型のカプセルが大量に射出された。

 しばらく見ていると、卵は十秒ぐらいで山の上空まで落ちてきて、そこでパラパラと花弁のように卵が開き、キノコ型アヌマールの周りに音もなく近づいていく。

 その数秒後。

 四方から浴びせられた無数のビームが、アヌマールを焼き尽くしていった。

 光の筋がサイクロイドって感じの渦を描いてて見ごたえがある。


「あの闇の衣というものは解析がほぼ完了しております。ざっくりいうとフォス波のマイナスエネルギー場を形成して時空間に歪みを作って結界としておりますので、光学兵器による飽和攻撃で焼き尽くしてしまえば、剥がれるわけです。都の黒竜戦でストームたちが取った戦術の応用ですよ。もっとも出力は何桁も下ですが」


 ざっくり過ぎてよくわからんが、オラクロンの言葉通りうねうねと踊り狂う黒いキノコは、たちまちのうちに縮んでいき、やがて見えなくなった。

 ちょっと自分のキノコが責められてるみたいでムズムズするぜ。

 しかしまあ、うちも強くなったなあ。

 ってどう考えてもあかんレベルの軍事力だろう。

 まあいいけど。


「力場の形成と言うのは、現在我々がもっとも注力している研究対象でして」

「というと?」

「私どものもつレプリケータでは、運動エネルギーを生成できないのですよ」

「ほう」

「本来、物質とエネルギーは等価なので理論上は可能なのですが今はまだ。女神のレプリケータにはできているようですので、いずれは我々も実現……と、終わったようですね、敵の消滅を確認中。中身は残ったようです」

「まずいのか?」

「すでに意識はないようですし、確保します。また現場に冒険者らしき一行がいて、そちらと戦闘になっていたようですね」

「物好きなやつも居たもんだ。怪我はないのか?」

「負傷したアヌマールの中身が一名。先行していたマーカー役のクロックロンが誘導して、下山してくるようです」

「じゃあ、出迎えるか。さっきの攻撃してたガーディアンもしっかりねぎらっといてくれ。大活躍だもんな」

「仰せのとおりに」


 町長にも人をやって町民を落ち着けるとともに、俺は例の冒険者とやらを出迎えることにした。

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