第491話 第三の試練 その十一

 朝風呂に浸かり、昨夜の少女人魚ご奉仕タイムの素晴らしさを反芻していたら、酔いつぶれていた二人の人魚、ルーソンとマレーソンがやってきた。

 ルーソンはちょっと気まずそうな顔で、


「昨夜は、その、ちょっと羽目を外しすぎちゃって」


 などと言って、ズリズリと這い寄ってくる。

 うちは浴槽にかぎらず、蛇娘のフェルパテットが使いやすいようにスロープなどがついてバリアフリーになっているので、人魚でも問題なく使えるようだ。

 二人は昨夜の分を取り戻すようにたっぷりとお風呂ご奉仕を堪能する。

 おかげで寝起きはけだるかった体も、すっかりリフレッシュしてしまった。


 軽い朝食の後。

 中庭のベンチでふんぞり返り、両脇に黒髪人魚のルーソンとギャル人魚のマレーソン、膝元に少女人魚のペースンを侍らせる。

 ドラマーのペルンジャが竪琴をかき鳴らして雰囲気を盛り上げ、フェルパテットが運んできたフルーツなんかをもしゃもしゃ食べる。

 優雅だ。

 この星に俺以上の勝ち組が居るだろうか。

 いや居るまい。

 今日はこのまま一日過ごしてもいいなあとニヤニヤしていたら、できる秘書っぽい格好をしたスポックロンがやってきた。


「お取り込み中、失礼しますよ」

「一緒にイチャイチャしたいなら、まだその辺にスペースが有るぞ」

「あら、嬉しいお言葉。それは後ほどにして、まずはご報告を」

「面倒な案件なら、そっちでよきに計らってくれていいんだぞ」

「概ね、事後報告なのでご安心を。例の祠に埋もれていた次元航行船パリー・ファベリン号の回収に本日未明成功しました」

「ほう……ってなんだっけ、それ」

「本屋のネトックさんに依頼されていたものですよ」

「ああ、あれな、うんうん、そうあれあれ。大丈夫、覚えてるよ」

「現在、島の南東沖合十四キロの海中に保管しておりますが、あれはアヌマールが狙っているようですので、引き渡しには慎重を要するかと」

「ネトックには連絡したのか?」

「それはまだです。ストーム曰く、余計な干渉を避けるために、ギリギリまで伏せておくように、とのことでしたので。可能ならこちらで解析したいところですが、これもやめておけと釘を差されてしまいました、残念ですね」

「ふうん、それじゃまあ、そういう感じで」

「こちらからの報告は以上ですが、なにかご質問は?」

「特にないな」

「では引き続き、オフをご堪能くださいませ」


 そう言って下がっていった。


「祠に埋もれてたって、なんですか?」


 年少人魚のペースンが尋ねる。


「うーん、なんつーか、遠い世界から遊びに来た友人の乗り物が、無くなっちゃっててな、それを頼まれて探してたんだけど、海神様の祠に埋もれてたのを見つけたから、回収してきたんだよ」

「それ、バチとかあたりません?」

「大丈夫じゃないかなあ、まあもし神様に怒られちゃったら、一緒に謝ってくれよな」


 俺がそう言うと、ペースンはコクコクとうなずいていたが、白キハ人魚のルーソンは眉をひそめていた。

 一方、ギャル人魚のマレーソンは、蛇娘のフェルパテットと仲良くおっぱいをつつき合っている。

 両刀使いってのは本当っぽいな。

 エーメスと絡ませるとどっちがタチになるのか気になるところだ。


 午後。

 ちょっと散歩するかと新人を誘うと、ルーソン、マレーソンの二人は家事を覚えたいと言うので、ペースンだけを連れ出した。

 彼女も一緒に家事を手伝うと言っていたが、一人ぐらいは相手をしていただかないと、俺が寂しいのでわがままを言ってみたのだ。

 蛇娘のフェルパテットが移動しやすいように用意した空飛ぶ椅子があるので、これに乗ってもらう。

 フェルパテットの場合、お座敷風の台座にとぐろを巻いて乗るのだが、人魚の場合はタイトなスカートを履いた人間と構造的にほとんど変わらないので、座面は普通の椅子になっている。

 体を傾けることで自在に進むので、それなりにセンスが必要だが、ペースンはすぐに慣れたようだ。


「陸の上を海みたいにスイスイ進める! これすごいですね。みんなも欲しがるかもなあ」

「古代遺跡のものだから、ホイホイばらまくわけにはいかないんだけどな、どうしても困ってるようなら、まあこっそりとな」

「ふふ、わかりました」


 そう言って微笑む表情などはだいぶ大人っぽい。

 年齢的にはフルンやガーレイオンと変わらないはずなんだけど、アフリエールなんかと組ませると、色々捗りそうだな。

 従者は個人の魅力ももちろんあるが、組み合わせでご奉仕の可能性が無限に広がるのも、従者が増えた際の醍醐味だといえよう。

 なんせミラーやクロックロンを別にしても、すでに七十人を超えてるからな。

 ヒロインが何百人も居るソシャゲを見て顔を覚えるだけでも無理なんじゃと思ったこともあったけど、この感じだとあんがい行けそうな気がする。


 キャンプ地から少し南に下り、海の見える開けた高台まで来ると、前衛組がトレーニングをしていた。

 木剣を使っているとは言え、本番さながらの激しい撃ち合いの迫力に驚いたペースンが椅子から落ちそうになる。


「すごいんですね、戦闘ってあんなに激しいんだ。ご主人さま、大丈夫なんですか?」

「俺があの中に入るとあっというまにケチョンケチョンだよ。むしろそうならないように、あいつらが頑張ってくれてるのさ」

「そうなんですね。私は何を頑張ればいいんだろう」


 そりゃあ、ご奉仕じゃないかなと思ったけど、特に答えを返さず視線を移すと、隅っこの方でフルンとガーレイオンが木剣で打ち合っていた。

 これも大人顔負けの激しさで、動きが早すぎて、文字通り目にも留まらぬレベルだ。

 ガーレイオンはあのあと、少女ギャル人魚のオルーシンちゃんを従者にするかどうかで揉めていたが、結局先送りしたようだ。

 肝心なところでひよるところなど、俺のダメなところばかり似てくるようで師として忸怩たる思いである。

 それでも、練習中のガーレイオンはかっこよく、赤キハ少女人魚のオルーシンちゃんもラティちゃんらと並んで、うっとりしながら応援していた。

 ペースンも二人の練習を見て驚いたようだ。


「すごい、あの二人もあんなに強いんですね」

「そりゃあ、大人に混じって十分戦えるからな」

「紳士の試練って、あんな力が必要なんですか? 漁師も喧嘩っ早いから、キハイカもアーシアルも関係なくしょっちゅう喧嘩してますけど、全然あんなんじゃないですよ!?」

「あれはなあ、俺もよくわからんが、全身に魔力を巡らせてすごい動きをしてるらしいぞ。すごいよな」

「本当にすごい。私も修行したらあんなふうになれるのかなあ」

「どうかな、俺にはちょっとわからないが、剣の修業がしたければ、うちのものに相談してみるといい。剣術の師範も、隊長級の騎士も揃ってるから、一流の武術が学び放題だぞ」

「いいんですか!? 私、ホントは興味あったんですけど、漁師が剣なんか習うもんじゃないって……」

「じゃあ、早速話してみるか」


 フルンたちを指導していたセスに声をかけてみる。


「良いのでは有りませんか? 人魚にどのような剣術が向いているかは調べてみないといけませんが、フルンたちの稽古を見て憧れるというのであれば、少なくとも胆力は十分でしょう」

「そうかもな、俺なんてアレを見たらビビって腰が引けるよ」

「ご主人様は胆力だけは一流の戦士並だと思いますが」

「俺のは見かけだけだからな」

「見せかけであっても、敵から見れば同じことですよ」


 そう言って笑うと、セスは少女人魚のペースンに木刀の握り方を教え始めた。

 楽しそうに素振りする姿を眺めていたら、いつの間にか日が傾いている。

 時間がたつのが早いなあと思いながら、ぼんやりと空を眺めていたら、上空からなにか降下してきた。

 輸送船のべリフトーだ。

 目立つなあ。

 隠す気とか全然なさそうだけど、ノード連中はだいたい俺より遥かに物を考えて行動してるので、たぶん問題ないんだろう。

 あるいは普段から小出しにすることで、慣らしていくとかそういうアレだろうか。

 キャンプの方に飛んでいくべリフトーを目でおうと、視界の端に小さな丸いものが見える。

 こちらはアップルスターだ。

 前は月ぐらいの大きさだったのに、今じゃかなり小さい。

 最終的には月の裏側に持っていくので、地上からは見えなくなると言っていたが、あれもあんまり話題になってないな。


 訓練を終えた前衛組と連れ立ってキャンプに戻ると、雨が降り出した。

 いつものバーベキューはやめて、屋内でのんびりやることにする。

 晩酌タイムは再び大人人魚のルーソンとマレーソンが相手だ。

 白キハのルーソンは、実家が小さな民宿で酒場も併設しており、家族で経営している。


「私、都会のバーに憧れてたんですよ。うちの実家も味には自信があるんですけど、お酒の種類とかは限られてるし、ここすごいですよね。さっきも大きな空飛ぶ船が、山のようにお酒を運んできてて。あれ、全部家で飲むんですよね」


 そう言って酌をするルーソン。

 貝殻風のマイクロビキニがよく似合う。

 もちろん、デザインは俺の趣味だ。

 まずは王道から入るのが重要なんだよ、たぶん。


「そうなんだよ、水のように飲む連中がいっぱいいるからな」

「すごい高そうなお酒もあったんですけど」

「早いもの勝ちだから、気になるのがあったらガバガバ飲んどけよ」

「でも、やっぱりちょっと……」


 遠慮するルーソンに、すぐそばで飲んでいたフューエルが声をかける。


「遠慮は無用ですよ、変に遠慮されても飲みづらい者も出てきますし」

「あ、奥様」


 と居住まいを正して、


「ありがとうございます。そう言っていただけると、安心していただけます」

「そうしてください。ところで、結納の品はお酒でいいのかしら」

「は、はい。漁師はだいたい、そうなので」


 脳内翻訳では結納と言ってるが、恩賜とか下賜とかのほうがイメージに近いかもしれない。

 貴族の家に従者として上がった時に相手の家族に贈る品だとか。

 そういや、トッアンクを従者にした時も、あれこれ村に贈ってたな。

 あれもそうした習慣の一種なんだろう。

 俺が知らないだけで、他にも従者が増えたときはフューエルの方でやってくれてたようだ。

 最初の頃は、俺が根無し草のヒモ野郎だったので、そういうのは全然なかったんだけど、今は貴族様のヒモなので色々あるらしい。

 まあ、そういうのは丸投げでいいよな。


「アルサあたりでは、贈答には都の酒などが好まれるのですけど、こちらではどうなんでしょう」

「うーん、漁師は度数が高ければそれだけで満足するところがあるので……、都のお酒といえば、お客さんがくれたバーボンをなくなった祖父がすごく大事そうに飲んでたのを覚えてます。あれ、飲んでみたいなあ」

「バーボンならいくつかあるでしょう。ちょっと開けてみましょうか」


 バーボンってのはトウモロコシなんかで作ったウイスキーだが、樽を焦がすのも特徴の一つだ。

 こっちのバーボンはどうなんだろうな。

 地球では個人規模のクラフトビールやクラフトウイスキーが流行ってるみたいな話も聞いた記憶があるけど、俺もなんか作ってみたいよなあ。

 といってもどうせ実際に始めると面倒になって丸投げするんだろうけど。

 酒造りといえば、デザイナーのサウの実家も蔵元だが、農業系ノードであるファーマクロンの管理する施設でも酒を造ってるようなので、そっちで俺好みのものを作るぐらいが妥当かもしれん。

 などと考えているうちに、目の前にボトルとグラスがずらりと並ぶ。

 試飲タイムだ。

 これも俺の思いつきで色々環境が整っていて、テイスティング用のグラスだけでなく、チェイサー用のタンブラーや水差しなどもおしゃれなものが用意されている。


「素敵、こんなのでお酒を飲むなんて、お姫様になった気分」


 ルーソンは上機嫌だ。

 ギャル人魚のマレーソンの方はマイペースに飲み続けて、すでにかなり酔っ払っている。

 俺もグビグビのんで、ほんのり漂うバニラの香りなどがわからなくなってきた頃に、ちょっと離れたところで飲んでいたカリスミュウルが酒瓶片手に千鳥足でやってきた。

 お姫様がやることではないなあと思いつつ招き寄せると、俺の膝の上にデンと座って、


「にゃはー、都の酒といえば、バーボンよりテキーラであろうが、こっちを飲め」


 などと言って、俺の口にボトルを突っ込んでくる。

 酔っ払いは度し難いな。


「ええい、もっと行儀よく飲め」

「ばかものぉ、酒は飲まれてなんぼだろうがぁ!」


 すると同じくベロンベロンのマレーソンが、


「みゃー、カリちんいいこというじゃーん、だよねー、もっと飲もう」


 そう言って手にした酒を口に含むと、カリスミュウルにぶちゅーっと口移しで飲ませる。

 半分ぐらいはこぼれてベトベトになるが、当人たちは気にしていないようだ。


「むはー、んまい」

「でしょ、お行儀の良いご主人さまなんかより、こっち来て一緒にのも」

「うむうむ、そうしよう、がはは」

「ほらほら、飲むのに服なんて邪魔じゃん、全部脱いで」

「うむうむ」


 そう言って丸裸にされて、ベタベタしながら飲み続ける二人を見たルーソンが、


「あの、いいんですか、あれ」

「いいんじゃねえかなあ、仲がいいのはいいことだ。俺の目の保養にもなるし」

「正直、私のこの格好もだいぶ恥ずかしいんですけど」


 と申し訳程度に貝殻飾りで隠された自分の乳房を手で覆う。


「まあなんだ、俺の楽しみって酒とおっぱいぐらいしかないんだ、わかってくれよ」

「はあ」


 何とも言えない表情でうなずくと、ルーソンは改めて酌をしてくれる。


「明日から、また試練にいかれるんですよね」

「まあ、いかんと終わらんよな」

「第三の試練って、他の紳士様はすごく時間がかかってたみたいですけど、大丈夫なんですか?」

「ちょっと怪しいんだよな。そういえばブルーズオーン君から、なにか話を聞いてないか?」

「いえ、あまりそういう話は。こっちから聞くのも失礼ですし、あの方、すごくシャイっていうか寡黙で」

「そうかあ」

「あ、でも、最後の方にピルさんが、宴会用のお弁当と酒を用意してくれって」

「宴会? クリアの打ち上げ用の?」

「いえ、塔の中で食べるとか言ってたような。春の祝福を女神に捧げるとか。たしかその翌日ぐらいにクリアされてたはずです」

「ははあ、宴会ね」


 酔った頭でもピンときた。

 さっそくスポックロンを呼んで打ち合わせると、あらためて明日に備えて飲み始めたのだった。




 翌朝。

 宴会用のお弁当をしこたま用意して、試練の塔最上階に挑む俺たち。


「これまでのログを検証した結果、最上階でお弁当を食べた日が一番光量の増加が大きかったことが確認できました」


 とスポックロン。


「つまり、ここで宴会をすれば、進行するってことだな」

「その可能性は十分にあります」


 というわけで、早速お弁当を広げて賑やかに酒盛りを始めたところ、小一時間ほどでこれまでの三倍以上、石碑の光る蕾の光量が増加した。


「これは当たりのようだな」


 酒瓶片手にそう言ってうなずくカリスミュウル。


「そりゃいいんだけど、もうちょっと試練っぽい感じでやれないのか?」

「貴様こそ、女体に囲まれてニヤニヤしておるではないか」

「これはおまえ、俺の平常運転じゃねえか」

「私もほろ酔いぐらいが一番調子が出るのだ!」

「ほろ酔いの定義からすり合わせる必要がありそうだな」


 とまあ、いつものノリでやれるのも、他の従者がきちんと護衛してくれてるからなんだけど、ダンジョンと違って、もしここで酒盛りするのが正解なら、たぶん敵は出ないと思うんだよな。

 女神の試練が、そんな野暮なことをするはずないし。

 まあ、俺が勝手にそう思ってるだけで、別に根拠はないんだけど。


「それにしてもだな」


 手酌で酒を飲みながら、カリスミュウルがつぶやく。


「例のブルーズオーンは、という考えに、どうやって至ったのであろうか」

「たしかに、石碑の文言から、宴会するって発想は出てこないよな」

「うぬ、なんぞ聖書などに該当する箇所があったのだろうか」

「うちの僧侶連中曰く、該当する記述はないそうだな。ミラーもそう言ってたし」


 全文検索可能なミラーが言うんだから、すくなくともうちにある文献の範疇ではないということだろう。

 ブルーズオーンの従者ピルは、巷では賢者と称されているそうだし、なにか俺たちの知らない情報を持っていたのかもしれないな。

 といっても、他の紳士連中もクリアしてるので、そんなに難しい条件でもないのか。

 いや、宴会という条件がわからなかったからこそ、長い時間がかかったのかもしれない。

 結局、昼下がりまで酒盛りを続けた結果、石碑の光は満開となり、


(我が試練を乗り越えし英雄よ、汝に印を授けん)


 という例のありがたい声とともに、金印、すなわちボックスと呼ばれるハンコをゲットして、第三の試練をクリアしたのだった。

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