第490話 告白タイム

 海神の祀られた洞窟は、元の穏やかさを取り戻していた。

 だが、海面には気を失った人魚が何体か浮いている。

 その真中で少女人魚二人を抱えたガーレイオンが声を上げた。


「師匠! 今、なんか師匠が光って急に渦がなくなった!」

「おう、なんかおさまったみたいだな。急いでみんなを助けよう」

「うん!」


 ルーソンらも手伝って、気絶していた人魚を全員助け出す。

 幸い水も飲んでおらず、すぐに意識が戻るが、さっきのことは誰もおぼえていないらしい。

 悪い空気が溜まっていたのかも、などと言ってその場は納得してもらい、倒れてた連中から先に引き上げてもらう。

 最後に残ったのは俺とガーレイオン、それに馴染みの人魚ちゃん四人だけだ。


「あの、紳士様、さっきの……」


 撤収の準備をしながら恐る恐るといった感じで、黒髪人魚のルーソンが口を開く。


「白昼夢……ってわけじゃないですよね。あれ、紳士様のお力なんですか?」

「お力ってほどのもんじゃないさ。ちょっとした宴会芸みたいなもんだ」

「あれをみて、小さい頃に聞いた話を思い出したんです。私の出産日が近いからって、急いで港に帰ろうとしてた父がひどい嵐にあって、海に落っこちたそうで。キハイカでも泳げないほどの大しけでもうだめだと思った時に声が聞こえたそうです。『助けて紳士様』って。そしたら海神様の足が海底から生えてきて、船の上に引き上げてくれたんだって」

「そりゃあ、海神様のご利益だろう」

「でも……、それを聞いてたから、私、紳士様ってのはすごい立派でご利益のある人なんだなって思い込んじゃってたと思うんです。だって、この島には紳士クーモスの奇跡の言い伝えとかもいっぱいあるし、それにさっきの……」

「まあ、いいじゃないか。君のお父さんは今も元気なんだろう」

「そうなんですけど、最近はあんまり会ってないし……。それより、あんなに凄いんだから、もうちょっとお力にふさわしいふるまいをした方が……」

「そのほうがモテそうかな?」

「モテって、そういうのじゃ」

「ははは、そもそも、俺が女の子を口説くときは、自慢話なんて回りくどいことはせずに、こうやって相手の手を取って、爽やかに微笑むだけで十分さ」


 そう言って、ルーソン、マレーソン二人の手を取って、キザな笑みを浮かべる。


「だ、だからそういうことを!」

「そうかい? だが、効果は抜群だろう」

「え? あれ、私のからだ光ってる! うそ、マレーソンも!?」

「うわ、私も光ってるじゃん、ホロアみたい、ほんとに光るんだ、私らの体、やばくね? なんで光るの」


 なんで光るかはわからんが、光らせるのは得意なんだよな。


「これ、ど、どうすればいいの?」


 動揺しているルーソンちゃんに優しく語りかける。


「なあに、単純なことさ。体が光るってことは俺たちの相性がいいってことだ。相性のいい相手とは、血の契約を交わすのがベストってもんだろう」

「でも、紳士様には感謝はしてるけど、私なんかとは釣り合わないっていうか、やっぱりあんなすごい紳士様だし」

「いつも紳士らしくないって言ってる割には、俺のことを持ち上げるじゃないか」

「そ、それは、あんなすごいことしたあとじゃ」

「相性ってのは一方通行なものじゃないからな、もし俺がそんなにすごいなら、君だってそれに値するすごい人魚かもしれないぞ」

「そ、そんなはず……」

「君がどれほど素晴らしい人魚か、一緒に確かめようと思わないかい?」

「で、で、で、でも!? マレーソン、あなただって光ってるでしょ、どうするの」


 隣で体を光らせつつニヤニヤしていたギャル人魚のマレーソンは、


「えー、私はいいと思うよ、ルーソンが従者になるなら私もなるよ」

「なんで私任せなのよ」

「だってだって言ったじゃん。ルーソンが結婚したくないって言うから、私もやめとこっかなーって思ってたけど、紳士様なら最高じゃん」

「そんな理由で」

「それにー、ルーソン、紳士様のことマジボレじゃん。初めて会った日から毎日紳士様のことばっか話してるし」

「そんなこと今バラさなくてもいいでしょ!」

「じゃあさ、紳士様ってかクリュウ様は他の紳士様とどこが違ったの? ブルーズオーン様がさー、宿に泊まってくれた時も、メチャ感動してたけど、全然感じ違ったじゃん」

「それは……」

「だから、きっとそれが相性なんだって」

「そ、そう……かな?」

「でしょ、だからほら、いっちゃえいっちゃえ」

「え、今? 今決めるの!?」

「こんな大物釣るんだよ、チャンスは一瞬、針にかかったその時が勝負っしょ。逃した魚は二度と釣れないって言うじゃん」

「そ、そうよね、そうかも。紳士様! 従者にしてください!」


 ルーソンちゃんも吹っ切れると思いっきりがいいな。

 この辺が海の女らしさなのかも。


「ああ、よろしく頼むよ」


 マレーソンちゃんも、光る体で俺に抱きついて、


「私もいいよね?」

「もちろんさ、じゃあ、二人一緒に契約だな」


 例のごとくサクッと血の契約を交わす。

 うっとりした眼差しで光のおさまっていく自分の指先を見つめるルーソンと、キャッキャと騒ぎながらそんなルーソンに腕を絡めるマレーソンちゃん。

 がはは、念願の人魚ゲットだぜ。

 機嫌よく浮かれていると、近くで様子を見ていたガーレイオンが騒ぎ出す。


「師匠がまたやった! なんで!? どういう仕組?」


 たしかにまたやったと言われれば、そうであるなあと言うしかないのだが、どういう仕組でこんなにモテるのかは俺も誰かに教えてもらいたい。

 だが、師匠としてはそれっぽいことを言って弟子を導いてやらなければならないのだ。


「ガーレイオン、あせっちゃあ、だめだ。お前はまだ俺の半分も生きちゃあいない、それで同じようにやろうとしても、そりゃあうまくいかん。むしろ俺がお前ぐらいの年齢のときよりも、しっかりしてるぐらいだ、心配はいらんよ」

「そうかな? 師匠みたいになれるかな」

「なれるなれる、きっと俺以上のモテモテになるぞ」

「わかった!」


 ガーレイオンはそれで納得したようだが、黒髪人魚のルーソンは、今のやり取りを見て心に浮かんだのであろう疑問をぶつけてくる。


「あの、ガーレイオン君って何のお弟子さんなんですか?」


 それに対して、俺より早く、ガーレイオンが自信満々に答える。


「ナンパ! 師匠はナンパの師匠。僕も師匠みたいにモテモテになりたいから!」


 それを聞いたルーソンの目線がやけに突き刺さる気がするが、これもまた主人の醍醐味だよな。




 村に戻って、ルーソンとマレーソンの家族と挨拶をしたり、採れた魚を食いまくったりするうちに日が暮れる。

 海岸では赤々と篝火が燃え、宴会が続いているが、村人からの祝福を受けたルーソンとマレーソンの二人は、べろんべろんに酔っ払ってつぶれていた。

 こりゃ、今夜のご奉仕は無理だな。

 まあいいけど。

 気持ちよさそうに寝息を立てている二人を見ながら手酌で飲んでいると、少女人魚のペースンちゃんがやってきた。

 白キハイカのお嬢ちゃんで、なかなかのしっかり者に見える。


「二人の代わりに、お酌しようかと思って」


 などというあたり、ちょっとおマセだと言ってもいい。


「じゃあ、お願いしようかな」


 グラスを差し出すと、並々と濃い酒を注いでくれた。

 こんなのをグビグビ飲んでりゃ、さすがの俺もすぐに酔いつぶれるよな。


「村から紳士様の従者が出たって、村中みんな浮かれてて、こんなに酔いつぶれてるのは初めてです」

「そうなのかい?」

「ルーソンのお父さんとか、さっきまで号泣してたのに、今見たらひっくり返って寝てました」

「まあ父親としてはそうなのかもなあ」

「ルーソンって昔から紳士様に憧れてて、試練の塔ができた時も、すっごい興奮してたんです。本物の紳士様が見られるって」

「期待に応えられるよう、頑張らなきゃな」

「でも、紳士様は、いっぱい実績もありますよね。島が閉じてる間も、新聞で読んでました」


 念話みたいなので、外界の情報も最低限は入ってくるそうだからなあ。


「あの、失礼かも知れないんですけど、聞きたいことがあって……」


 ともったいぶって前置きするペースンちゃん。


「紳士様ってなんでキハイカとかマートルも従者にできるんですか?」

「うん?」

「キハイカの男と、人間の女漁師が結婚することは、結構あるんだけど、逆はあんまりなくて。ガーレイオン君が私に従者になってって言った時も、冗談だと思ってたんですけど」


 ははあ、なるほどね。


「そうだなあ、種族の違いが気になる人ってのも多いからな。アーシアル人の友人が言ってたが、人魚よりもっと外見がにてるプリモァやホロアだってなかなか恋愛の対象としては見られないもんらしい。それはもう生理的なもので、だめな人はだめなんだろう。でも、俺はそこが平気ってだけなんだよ」

「それだけなんですか?」

「そんなもんさ。ペースンちゃんは、二本足の男は苦手かい?」

「ううん、逆に人魚の男の人って乱暴だからあんまり。でも、そろそろ結婚する年だし。同い年で、結婚相手が決まってないの、私とオルーシンぐらいで。ルーソンとマレーソンが私達の指導役だったから、二人が独身な間は先送りできてたんだけど、どうしようかって、オルーシンとも話して……」


 結婚にせよ、従者にせよ、年頃になったら身を固めるってのは重要な通過儀礼みたいなもんだしな。

 アルサみたいな都会だと独身貴族を気取る連中もそれなりにいるが、こういう田舎になるほどその傾向は強いのだろう。


「それで、ガーレイオンが気になるのかい?」

「いえ、その……、私は」


 そう言ってバタバタと尻尾を揺らし頬を染める。


「クリュウ様のほうが、素敵だなあと思って」

「そりゃあ嬉しいなあ。でもガーレイオンだって君とお似合いじゃないかな」

「で、でも、あの人、女の子じゃないですか!」

「うん、まあ、そうだね」

「赤キハと違って、同性はちょっとどうかなあって思うんですけど」

「赤キハは違うのかい?」

「そうです。最近はあんまりないんですけど、赤キハって昔は異性と同性、両方のカップルを作ってたそうです。マレーソンだって、ルーソンとべったりなのは、そういうつもりなんだろうって、みんな思ってて。ルーソンだけはわかってないみたいだけど」

「なるほど」

「だから、二人一緒に従者にしてもらったのは良かったと思ってるんですけど。私は……」

「じゃあ、俺の従者になるかい?」

「い、いいんですか?」

「俺も惚れっぽいからね、好きだと言われたら、たちまち好きになっちゃうんだよ」

「ふふ、ルーソンがそんなセリフ聞いたら、また怒り出しそう」

「かも知れないな」


 そう言って指先を切り、血を与える。


「あ、すごい。これが契約なんだ。こんな簡単に……従者になれちゃうんですね」

「なってからが、大変かもしれないぞ」

「がんばります。漁しかできないけど」


 今日は絶好調だな、まさかの三人目人魚ゲットだぜ。

 ガーレイオンには悪いがこれもまためぐり合わせというものだろう。


「あの、それで、うちの両親とも挨拶とかお願いしたいんですけど、あ、母にはちゃんと話を通してきたので、大丈夫だと思います。それから」


 子供かと思ってたけど、しっかりしてるなあ。


「その、オルーシンの様子が気になって先に見に行きたいっていうか」


 オルーシンはギャル少女人魚の方だ。


「私がク……、ご主人さまにアタックするっていったら、あの子はガーレイオン君に行くって言って」

「ほう」

「オルーシンはやっぱり赤キハだから、男とか女とか関係ないじゃん、とかいってて」

「そりゃあ、お誂え向きだな」

「でも、ガーレイオン君って、お仕事とかどうしてるんですか? ご主人さまは、大きな商いをしてるってことだから、紳士とか抜きにしても大丈夫だと思うんですけど」

「ははは、まあ俺はそれなりに甲斐性はあるつもりだから、そんなに苦労はさせないよ。でもガーレイオンは、まあ将来は大物になるだろうが、今は俺が小遣いやってるぐらいだからなあ」

「あの、ナンパの弟子って本当なんですか」

「まあ、似たようなもんだ。紳士の仕事は従者を増やすことだといっても、過言じゃないからな」

「そういう風に言われると、たしかに。でも主従の契約とナンパじゃちょっと印象が……」

「あいつはまだちょっと社会勉強が足りないからな、言葉足らずなんだよ。勉強も教えなきゃなあ」


 酔いつぶれたルーソンらをミラーに任せて、従者となったペースンと一緒にガーレイオンの様子を見に行くと、ギャル人魚のオルーシンとなにか言い合っていた。

 あんまり上手く言ってるようには見えないな。

 物陰から聞き耳を立てると、こんなことを言い合っている。


「……だから、従者になるって言ってるじゃん」

「なってほしいけど、体光らない」

「別にいいじゃん、ガーちん、私のこと好きっしょ?」

「うん」

「私も好き。好きピ同士なら契約できるって」

「ほんとに?」

「んー、たぶん」

「たぶんじゃこまる。僕わかんない、師匠に聞かないと」

「えー、自分のことでしょ、自分で決めなきゃダメっしょ」

「うっ、そうかも」


 まだ出ていくタイミングじゃないな。

 ペースンもそれを理解したのか、黙って様子を伺っている。


「じゃあ、ガーちん、他の子を従者にするときはどうしてたの?」

「リィコォは、最初すっごい喧嘩して、師匠に言われて謝ったら、仲直りして従者になった」

「ほかは?」

「ほかは居ない」

「あれ、でもラティちんとかピビっちとか、違うの?」

「ラティは、体光ったけど、様子見だって言って、一緒に暮らしてる。ピビは友達で、今はお金で雇った仲間」

「えーっ、ピビっちが仲間ってのはわかったけど、ラティちん、体光ったのに契約してないの? なんで!?」

「なんでって……僕が頼りないから、だと思う。ラティのお姉さんは、師匠と相性が良くて、光ったらすぐ従者になってた、たぶん、僕がダメだから」

「従者にしないからダメなんじゃん、ラティちんどこよ、昼間は居たっしょ、今すぐ会いに行こう」

「え? あの、たぶん、あっち……」

「ほら、いくよ!」


 オルーシンはガーレイオンの腕を引くと、グイグイと進む。

 押しが強いな。

 茶商人の娘ラティちゃんは、大きな焚き火の前で、姉のハッティらと魚を食べていた。

 リィコォちゃんもいるので、気を利かせて席を外していたのだろう。

 オルーシンはラティらを交えて、なにかワイワイ盛り上がっているが、時間がかかりそうなので、ほっとくことにした。


「あれ、大丈夫でしょうか?」


 心配げなペースンだが、


「ま、自分で乗り越えなきゃ身につかんこともあるさ。何かあったら、後で尻拭いするのが師匠の役目ってね。それよりも、ご両親に挨拶に行こうか」


 いそいで手土産を用意して挨拶をすませ、祭りに最後まで付き合い、キャンプに戻ったときにはもう日が変わる時間だった。

 汗を流してソファーにどかっと腰を下ろし、大きく息を吐く。

 いやあ、疲れたけど、釣果は上々。

 明日から楽しみだなあ。

 なんかやり残したことがあった気もするけど、考えるのも面倒だし、とりあえず一杯やって寝るかとミラーに頼んだら、人魚のペースンが腰に前掛けだけのセクシーな格好でお盆を持ってズリズリとやってきた。

 まだメリハリの少ない上半身がかえってセクシーだが、まあ人魚は基本トップレスだからおかしくないな。


「二人も起こしたんだけど、全然起きなかったので、その、私がご奉仕を」

「大丈夫かい?」

「大丈夫です。それに、人魚って、大人から子供まで女ばかり一緒に働いてるから、耳年増なんですよ」


 そう言って体を擦り寄せる仕草などは、たしかに年齢以上の色気を感じさせるようだ。

 こりゃあ、寝てる場合じゃないな。

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