第488話 人魚祭 中編

 開けた砂浜にも関わらず鳴り響く太鼓の音は、日本人にも馴染みやすい表拍のビートで無意識に体が揺れる。

 最近、ペルンジャの生演奏ばかり聞いてたけど、あっちはこの国と違い南方由来の裏拍なので、やっぱノリが違うんだよな。

 春のさえずり団の音楽は、そのへんで多少好き嫌いが分かれる評価だった気がする。


 などとぼんやり考える余裕もないほどに、人魚たちの追い込み漁は激しくなっていく。

 漁に詳しくない俺的に、地曳なのか追い込みなのかどっちだよという気がしてくるが、どっちでもいいのかもしれない。


「今年は甘エビ取れるかなー」


 一緒に応援していた黒髪少女人魚のペースンちゃんはそう言って舌なめずりする。


「この辺は甘エビが取れるのかい?」

「ううん、全然。紳士様、甘エビ食べたことあるんですか?」

「故郷だとそこそこ取れるからね」

「ほんとに? 紳士様の故郷って漁の技とかすごいんですか?」

「どうだろう、俺は山育ちでねえ」


 そういや甘エビってどこで取れるんだろう。


「甘エビはとるのが難しいのかい?」

「そうなんです。島の北寄りの深いところに住んでるだろうっていわれてるんですけど、この時期はたまにこのあたりでも子持ちが取れることがあって、生でも揚げ物でもすっごく美味しいんです」

「たしかに、とろっとした甘さでうまいよなあ」


 そこでギャル少女人魚のオルーシンちゃんが、金髪ボブを揺らしながら、俺にしがみついてくる。


「ねえねえ、紳士様のご利益でいっぱいとれたりしない? なんかチョーいけてる漁船も持ってたじゃん」

「ははは、実はやろうと思えばやれなくもないが、勝手に漁場を荒らすわけにもいかないだろう」

「紳士様まじめじゃーん、本土の連中とか、勝手に取りに来るんだよ」

「けしからんなあ」

「じゃあさ、今度ばーちゃんにお願いしとくから、とりにいこうよ」

「いいのかい?」


 甘エビが取れると聞いて乗り気になったのか、ペースンちゃんも俺の腕にしがみついてお願いしてくる。

 この子たち、甘えるの上手だな。


「オルーシンのおばあちゃん、村長だからたぶん大丈夫です、取りに行きましょう」


 村長ってさっきのヤマンバか、こんなかわいい子がああなっちまうのかと思うと、言葉には言い表せないツラミがあるな。


「おっしゃおっしゃ、任せときなさい。おじさんがエビでもタイでもじゃんじゃんとってやろう」


 喜ぶ少女二人に囲まれながら、人魚たちのダイナミックな漁を応援する。

 浜に追い込まれた魚が海面で跳ねており、見てるだけで盛り上がるなか、両チームそれぞれの網を引く船が砂浜まで乗り上げ、その勢いのまま綱を引き始めた。

 陸から見学している連中も大きな旗を振り、声援を飛ばす。

 太鼓と人魚たちの掛け声が浜に響き、見物する俺たちも最高に盛り上がったのだった。




 人力で引いたとは思えない巨大な網には、無数の魚やらカニやらがかかっていた。

 クロックロンも何体か捕獲されてた気がするんだけど、見なかったことにする。

 それにしても大漁すぎて、とても数えられたものではないと思うんだけど、どうやって勝敗を決めるのかと思ったら、大きな木箱にざっくり詰めて、どんぶり勘定で引き分けとなった。

 あとから聞いたら、だいたいいつも引き分けになるらしい。

 そんな並んでゴールする運動会みたいな結果でいいのかよと思わなくもないが、俺みたいな日和見オジサンが言うセリフじゃないよなと言葉を飲み込んだ。


 この後、取れた魚を海神に奉納し、残りをみんなで食べるのだが、奉納の儀式にも参加してほしいと、ヤマンバ村長が頼みに来たので素直に引き受ける。

 まあ、あの顔で頼まれて断れるやつは居ないだろう。


 真っ白い羽織を押し着せられて待っていると、人魚コンビのルーソン、マレーソンの二人も、同じような白い衣装で現れた。

 濡れた髪を同じく白い布で巻いてるせいか、ちょっと白無垢っぽさがあってトキメクな。

 俺が邪な目で見てるせいか、二人とも特に色っぽく見えるし。


「お陰様で、今年も豊漁でよかったです」

「ねえねえ、私らの泳ぎ、見てくれてた? マジかっちょよかったっしょ」


 漁を終えたばかりのせいか、ちょっと興奮気味で上気した頬もじつに愛らしい。


「それで、これをあの海神様にそなえるのかい?」


 樽に詰められた収穫物を前にして尋ねると、ルーソンちゃんが首を振る。


「いえ、これは祠の方にお納めします。向こうの崖に洞窟の入口があって、その奥にある婦神の祠に」

「ふうん、海神様は夫婦神なのか」

「そだよ、だからねー、お供えするときはカップルが基本なんだよー」


 とマレーソンちゃん。

 見ると周りにも同じ格好のものが老若男女問わず何人もいるが、だいたい二人か三人でコンビを組んでいる。


「カ、カップルっていっても、夫婦や恋人だけじゃなくて、親戚とか恩師とか、そういうのもありなんですから! 紳士様にはお世話になったから、その御礼っていうか、そういうのですから!」


 慌てて訂正するルーソンちゃん。


「ははは、なんにせよ、俺を指名してくれて嬉しいよ」


 俺が爽やかに答えると、むうっと唸って頬をふくらませるルーソンちゃん。

 かわいいなあ。


 ガーレイオンも俺と同じく、お供えの神事に選ばれたようだ。

 少女人魚のペースン、オルーシンに囲まれて、大きな樽を担いでいる。

 俺にはちょっと無理なので、小さな手桶で勘弁してもらう。


 白衣を着た俺達は、樽に詰まったお供え物を抱えて、祠に入る。

 祠は海に面した洞窟で、中まで海水が入り込んでいる。

 青の洞窟って感じだけど、海水の色はちょっと赤い。

 ぱっと見じゃわからないんだけど、洞窟の壁面に僅かに含まれる赤の精霊石が陽の光を反射して光るのだとか。

 俺とガーレイオンの他にも数人、二本足の人間がいるがそちらは船で、人魚たちは泳いで、洞窟の奥に進む。

 白衣を着たままちょっと泳ぎにくそうな白キハイカのルーソンちゃんが、水面から上半身を出したまま、器用に船に並走して、説明してくれる。


「もともと、こちらの婦神は赤キハの、地上の夫神は白キハの守護神だったんですけど、私達のご先祖様がここに移ってきた時に、夫婦になったって伝えられてるんです。でも……」


 そこで言い淀んだルーソンちゃんの代わりに、赤キハイカのマレーソンちゃんが、


「それは白キハの言い伝えでー、二人はもともと夫婦だったけど、浮気した夫神の元から逃げた婦神を追いかけて、ここまで来たってのが赤キハのいいつたえなんだよー、だから夫神はご機嫌取りのために毎年贈り物するんだってー、チョー頼りないっしょ」

「ははは、男はだいたいそんなもんさ、神様だからってそこは変わらんよ」

「紳士様も、あの美人の奥様の尻にしかれてんの?」

「しかれてるしかれてる、もう万年床みたいなもんだ」

「ウケルー、でね、婦神が許したら洞窟から出てくるって言われてるんだよねー」

「ふうん、俺の故郷にも似たような言い伝えがあるな。太陽の女神が拗ねて洞窟に隠れたので、外で宴会とか裸踊りして、気を引かれて顔を出したところを無理やり引っ張り出したそうだぞ」

「それもウケル。太陽がなくなると困るじゃん」

「だよな、もうちょっと神様としての自覚を持ってもらいたいもんだぜ」

「ここもさー、婦神が洞窟にこもったせいで島が閉ざされてるって話もあるんだよ。私らが移ってきたの、そんな昔じゃないのに、いいかげんだよねー」

「まあ、そんなもんさ」


 話すうちに、洞窟が開けた場所に出る。

 ここまで来ると完全に外の光はささないんだけど、海底に七色に光るものがあって洞窟内は幻想的に輝いている。

 そして、洞窟の突き当りには、巨大な石像があった。

 上半身はムチムチの美人系で、下半身はタコだ。

 タコのご奉仕とか強そうだなあ。

 実在するなら従者にほしいけど、どうなんだろうな。


 石像の隣に祭壇があり、そこに運んできたお供物を置く。

 同行者のうちに、年長の男人魚が、祈りを捧げる。


「めちゃ綺麗だから、マジビビると思うよ」


 小声でギャル人魚のマレーソンちゃんが教えてくれたとおり、儀式が進むに連れて、洞窟内の光がどんどん激しくなっていく。

 光源である海底のなにかがやばいぐらいに光を発し、水面も波打ち始める。

 周りの連中は神妙に祈りを捧げているが、ガーレイオンだけはキョロキョロと落ち着きなく周りを見回していた。

 まあ、今にも何か起きそうな雰囲気なのでガーレイオンの気持ちもわかる。

 なんか、嫌な予感がしてきたなあ。

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