第487話 人魚祭 前編

 人魚の祭り、当日だ。

 午前中は神事があって、観光客にも開放される紅白戦は午後かららしい。

 今日も朝のうちに塔に登ってみたが、最上階の石碑を小一時間ほど観察している間に、三%ほどしか進まなかった。

 日によって進みが違うので、速度に影響する未知のファクターがあるのかもしれない。

 でもまあ、あれこれ試すのは祭りが終わってからでいいか。

 そんなことより、今日は人魚ちゃんゲットの絶好のチャンスであり、ペレラ・ナンバーワン・ナンパ師の面目躍如たるスーパーナンパを見せつける日なのだ。


 祭りの会場は街の東、シーナ湾の外洋側にあるキハイカの集落だ。

 住民の大半は人魚だが、地元のアーシアル人や多様な観光客も居て賑わっている。

 人魚のキハイカ族は、八割ぐらいがこの集落に住み、残りはシーナの街の海沿いの家に暮らしている。

 街に住むのはルーソンちゃんの実家の宿のように、陸の人間向けの商売をやっている家庭だ。

 そんな連中も今日はこちらの集落で祭りに参加している。

 残念ながら陸にいる間はちゃんと服を着ていた。

 トップレスな人魚祭りを期待してたんだけどなあ。


 集落は濡れて苔むした石畳が敷き詰められていて、すごく滑りやすい。

 どうやら人魚が陸でも移動しやすいように、こんな作りになっているようだ。

 二本足の連中は、脇に設けられた板張りの通路を歩くが、子供なんかははしゃぎながら石畳を走って転んでいた。

 うちの子供達も負けずに走っていたが、エットはつま先立ちでピョンピョン跳ねながら進み、フルンは普通に歩き、ガーレイオンはツルツル滑ってコケていた。

 ガーレイオンはちょっとパワー押しで不器用なところがあるっぽいな。

 探索用のハイテク靴はかなり滑りにくいソールになってたはずだけど、今日は祭りなので普通のおしゃれな靴を履いてる分、余計に滑るってのもあるのかもしれない。


「フルン、それどうやって歩くの? 僕全然歩けない、池の氷の方がマシだった」

「うーん、足のまっすぐ下に体重を乗せると滑らない、少しでも横にブレると滑るから、まっすぐ足を下ろして、まっすぐ上げるといいと思う」

「まっすぐってどれぐらいまっすぐ?」

「すっごいまっすぐ!」

「まっすぐ、まっすぐ……あっ」


 また滑ってころんだ。

 怪我はしない気もするけど、見てるこっちが痛いのでやめさせるか。


 結局そろって板張り通路を歩くことになった。

 エットと手をつないでいたら、ガーレイオンが羨ましそうにしていたので、空いた手をつないでやると、ちょっと恥ずかしそうにして並んでついてくる。

 かわいいもんだ。


「師匠はいつもやさしい、じいちゃんみたい」

「そりゃあ、光栄だな」

「今日は、どういう作戦でナンパするの?」

「うーん、俺の作戦は基本的にいきあたりばったりだから、祭りが始まってみないとなあ」

「僕はもうちょっとちゃんと準備しないと、うまく喋ったりできない気がする」

「うまく喋ろうってのは難しいもんだからな、相手と楽しくおしゃべりするだけで、十分じゃないかなあ」

「それでうまくいくかな?」

「すぐに結果は出ないかもしれないけど、楽しくおしゃべりできれば、仲良くはなれるから、次に繋がるぞ。それを根気強く続けるのが、結局は近道じゃないかな」

「わかった。じゃあ、今日はおしゃべりしたり、応援したりするだけにする」


 作戦が決まった頃に、俺達は海岸についた。

 きれいな砂浜では巨大な焚き火があかあかと燃え、赤白両チームに別れた人魚たちが左右に揃っている。

 こっちの人魚は大半がトップレスで、腰にミニスカートか褌のようなものを巻きつけている。

 残りも例の半纏を地肌に身に着けているだけだったりで、じつにセクシーだ。

 この祭りも期待通りの素晴らしいものの予感がキュンキュンとしてきたが、男や年寄りも同じ格好をしているので、いささか水をさされた気もする。


 人魚の祭りは、水神に豊漁を祈願するためのもので、子どもたちの綱引きと、大人たちの地引き網の収穫量を競う二つの催しが中心のようだ。

 その後岬の祠にある神像に収穫物を捧げて、あとは宴会的な感じらしい。


 綱引き大会は、人魚の子供だけのやつと、シーナの住民や観光客の参加がOKな物もあって、うちの子達も参加して楽しんでいる。

 砂浜で二チームに分かれて引き合っているわけだが、フルンやガーレイオンはかなりの力持ちなはずなんだけど、人魚の子供もそれに負けてない。

 フェルパテットもああ見えてすごいパワー系だったので、種族的に力が強いのかな。

 まあウエイトが人の数倍あるので、比例して筋肉も強めなのかもしれない。

 小さな大漁旗を振りながら応援していると、俺の個人的なお目当てである人魚娘のルーソン、マレーソンの二人が挨拶に来てくれた。


「紳士様、ほんとに来てくれたんですね」

「だから言ったじゃん、紳士様なら嵐でも来てくれるって」

「すぐそういう事を言う。それよりも……」


 黒髪人魚のルーソンちゃんは少しうつむいてもじもじしながら、お願いがあるんですけど、と控えめにつぶやく。


「なんだい、水臭いな。君と俺の仲じゃないか、なんでも頼んでくれたまえ」

「どんな仲ですか! あの、子供の綱引きが終わったら、振舞い酒を配るんですけど、その時に紳士様に乾杯の音頭を取ってもらえないかって村長が……」

「ははは、それぐらいお安い御用さ」

「ありがとうございます。ほんと厚かましいと思うんですけど……」

「なあに、紳士なんてこんな時に偉そうに一席ぶつぐらいしか役に立たんものさ」

「絶対違うと思うんですけど……」


 素直じゃないところも可愛いなあ、と感心してる間に、子供綱引きも最終戦に入っていた。

 子供人魚が踏ん張ってしっぽをバタバタやるたびに、近くに居たアーシアル人の子供が吹っ飛んだりしていて実にアクロバティックな綱引きで、フルンたちも一緒になって盛り上がったが、最後は綱がちぎれて引き分けとなった。

 あんな太い綱がちぎれることは、そうそうないと思うんだけどなあ。

 縁起が悪そうだと思ったが、周りの連中は、すごい、めでたいと盛り上がっていたので、まあいいんだろう。


「いやあ、盛り上がったな」


 俺が取ってつけたような感想を述べると、ルーソンちゃんは首を傾げながら、


「ちゃんと綱の確認をしてなかったのかしら」

「みんな張り切ったんだろうさ」

「怪我もなかったみたいだからいいんですけど」


 そう、つぶやいてから、


「それじゃあ、挨拶をお願いしますね」


 と俺を引っ張って行く。

 砂浜の端は岩礁になっており、海に向かって細い岬が伸びている。

 その先端に祠と灯台があり、槍を構えた大きな石像があった。

 あれが海神かな?

 こちらでは珍しい男の神様のようで、上半身はマッチョで下半身は魚……じゃなくてエビか。

 どうやら海神はエビの神様のようだ。

 俺たちはそこまでいかずに、岬の付け根に設けられた小さな櫓の上に連れ込まれた。

 見下ろすと人魚や観光客が一杯集まっている。

 村長の婆さんは赤キハイカで、シワシワのおっぱいを揺らしながらなんか喋ってるんだけど、目の周りに白いおしろいを塗ってて、マジモンのヤマンバギャルっていうかギャルじゃなくてリアルヤマンバって感じで、強かった。

 見た目のインパクトがすごすぎて何喋ってるか全然耳に入らないままに俺の順番が回ってきてしまい、喋るつもりの内容も綺麗サッパリ忘れてしまったので、皆様の健康と豊漁を祈って乾杯、などと雑に済ませてしまった。

 ちょっと油断してたぜ。

 せっかくありがたい演説でもぶって、いいところを見せようと思ってたのになあ。

 だが、ルーソンちゃんは俺の地味なスピーチに満足したようで、


「ありがとうございました。紳士様も普通にしてるとちゃんと貫禄あるじゃないですか」


 とニコニコしている。

 アレぐらいで満足するとは、普段よほど頼りなく見えているようだな。

 つまりそれだけ俺という男のポテンシャルに期待しているということだろう。

 などと都合よく解釈していたら、ギャル人魚のマレーソンちゃんが、俺の腕に絡んでくる。


「紳士様、ビシッときまってて、マジかっちょよかったよ」

「そうかい?」

「次は私らがかっこいいとこ見せるから」

「楽しみにしてるよ」


 ルーソンちゃんも上機嫌で、応援お願いしますね、などといって砂浜に走っていく。

 気がつけば砂浜には人魚がずらりと並んでいた。

 どこからともなく、でかい太鼓の音が響き、人魚の女達は服を脱ぎ捨てて次々と海に飛び込んでいく。

 ついで男たちは船に乗り込み、網を沖まで運ぶ。

 なんか実にパワフルだ。

 まあ漁師とかって基本的にマッチョ系だしなあ。

 などと感心している間に、海に飛び込んだ女人魚たちは、あっという間に沖に出ていた。

 太鼓の音に合わせて、イルカの曲芸のように水面に飛び上がる。

 それがウェーブを描くように、次々と飛び上がって遠目には壁のように見える。

 どうやらあれで魚を追い立てているらしい。

 それを取り囲むように、男たちの船が大回りで背後から網を張る。

 いやあ、壮観だなあ。

 特に、いきの良い人魚おっぱいが飛び跳ねてるところなんて最高にアゲアゲである。

 盛り上がってるところに、子供人魚のペースンちゃんとオルーシンちゃんがやってきた。


「紳士様、振る舞い酒です、どうぞ」


 そう言って木のカップに並々と注がれたお酒を持ってきてくれた。

 一口飲むと、ちょっと荒々しい蒸留酒だった。


「樽に入れる前のお酒を祭りで出してるんです。これを目当てに来る人もいっぱいいるんですよ」


 黒髪少女人魚のペースンちゃんが蘊蓄を垂れる。


「へえ、たしかに、島のお酒はおいしいもんな。それ目当てに遊びに来る気持ちもわかるよ」

「ルーソンは、紳士様のところのお酒は別格だったって言ってましたけど」

「ここのお酒も負けてないさ。なにより、その土地で作った酒はそこで飲むのに一番しっくり来るもんだ」

「そうなんですね。私の親戚が蒸留所で働いてて、いつもルタのモルトが最高だっていってるんです」


 と嬉しそうだ。

 一方、ギャル人魚のオルーシンちゃんは、


「私、エールはもう飲めるけど、ウイスキーはまじだめ。でもウイスキーを飲んで泳げてやっと一人前なんだよー、こまる」

「酔っ払って海に入って大丈夫なのかい?」

「冬場は飲まないと逆に凍えちゃうよー、外海は凍ってるし、そもそも荒れてるから船も無理じゃん」

「そりゃ大変だ」


 話す間も太鼓は鳴り響き、船の上では男人魚が旗を振りながら雄叫びを上げている。

 あれはあれで、なかなかかっこいいな。


「キハイカは男も逞しいね」


 俺が感想を述べると、子供ギャルのオルーシンちゃんは嫌そうな顔で、


「えー、男は二本足がいいよ。キハイカの男はすぐ浮気するもん」

「そうなんだ、おじさんと一緒だな」

「紳士様はホーヨー力あるからいいじゃん、エットが今めっちゃ幸せだって言ってたよ」

「俺もあいつらのお陰で毎日幸せだなあ」

「やっぱ彼ピとは一緒にいるほうがいいよねー、キハイカの男はー、うちのパパとかもそうだけどいつも船じゃん、でアーシアルの女船乗りと一緒だから、そっちが本妻でー、私のママは妾だっていうから、いつも帰ってくる度に喧嘩しててさー、そういうのマジかんべんってなるじゃん」

「そりゃ大変だなあ」


 子供の愚痴にしては重めだな。

 だがまあ、女の子はそういうとこあるもんだよな。


「ルーソンのねーちゃん、そういうのが嫌でいきおくれてるしー、マレーソンのねーちゃんはマブでズッ友だからって付き合って結婚しないしー、ほんとはめちゃモテるのにねー」

「たしかに、モテそうだよな。明るくて気立てもいいし」

「でしょー、さすが紳士様、わかってるじゃーん」


 見ればギャル人魚少女のオルーシンちゃんは褐色の頬が少し赤い。

 酔っ払って饒舌になってるみたいだな。

 ガーレイオンもこういうタイミングで攻めればいいのに、綱引きで盛り上がった余韻で興奮して、フルンと大声で海に向かって叫んでいる。

 だがいい情報を得たぞ、大事なのは包容力だな。

 そいつは俺のもっとも得意とするところだ、たぶん。

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