第486話 回転人魚

 シーナの街に、ぞろぞろと買い物に来た。

 時刻はまだ昼前で、買い物ついでに街でなにかうまいものでも食おうという計画だ。

 前回は最初に微妙な店を引いてしまったので、事前に調査してある。

 調査と言ってもエレンに丸投げして一番いい店を頼んだだけなんだけど。


 ちなみに、塔の方は朝一で最上階まで登って調査したところ、石碑の蕾と思われる部分の光量が確かに増えていたので、このまま様子見を継続することになった。

 一部の前衛組は残ってバトルなどを繰り広げているようだが、まあ好きにさせておこう。


 目当ての半纏は広場の屋台で売っていたので、適当に買い求める。

 半纏というので半被か綿入れっぽいものを想像していたが、実物はアザラシか何かの毛皮で作ったベストだった。

 これが白地のまだら模様と焦げ茶の二種類あり、たぶん紅白で別れているのだろう。

 みんな適当に買っていたが、俺はどちらも応援できるように二種類買っておいた。

 俺ほどの積極的日和見主義者ともなれば、ちゃんと双方に媚びる準備は怠らない。

 行き当たりばったりも、言うほど行き当たりばったりにはできないものなのだ。

 ガーレイオンも俺を見習って、ちゃんと二種類買い求めたようだ。

 俺の教えを着実に吸収してくれているようで、師として喜ばしい限りだ。


 買い物を済ませて、そのまま目指すお店に向かう。

 露天にテーブルが並び、その間を縫うように腰ぐらいの高さの水路が張り巡らされ、人魚がスイスイと泳ぎながら給仕してくれる、人魚レストランだ。

 回転寿司のレーンが人力というか人魚パワーに置き換わったような作りで、人魚たちが美しい裸体を水面に踊らせながら、大きなものをプルプルさせつつ、注文をとったり、料理を運んだりしている。

 なんてたまらん店だ。

 いつぞやの牛娘のレストランもすごかったが、これも負けてないな。

 ルタ島最高だよ、まさにこの瞬間の為に試練に来たと言える。

 そしてこんな素晴らしい店を探してくれたエレンの忠誠心というものにも改めて感謝したいところだ。


「あれー、紳士様じゃん」


 そう言って水路から顔を出したのは、ギャル人魚のマレーソンちゃんだ。

 褐色の肌に水滴が跳ねるさまは、実に美しい。


「よう、お邪魔してるよ」

「なあに、みんなで買い物?」

「まあね、君はここの店員かい?」

「ちょっと手伝いだよ、祭りの準備で人手が足りなくってー、チョー忙しいっていうか」

「そりゃ大変だ。明日の祭りは、遊びに行かせてもらうよ」

「え、まじで、じゃあ私ら応援してよ、あ、でも紳士様ってルーソンねらい?」

「ははは、どっちも選べないな」


 などと答えながら、水面ギリギリでプルプルしている大きな胸の谷間につい目が言ってしまう。


「ちょっとー、さっきからどこみてんの?」

「どこって、どこだろう」

「ルーソンの言ってたとおり、マジ、ドスケベ紳士様じゃん、ウケル」

「ははは、おじさんをそういじめないでくれよ」

「許したげるから、じゃんじゃん注文してよ」

「よっしゃよっしゃ、じゃあおすすめ料理をじゃんじゃん持ってきてくれ」

「いぇーい、さすが紳士様じゃん、マジ、太っ腹!」


 喜びを顕にピョンと体をはねさせると、大きなおっぱいが水面から飛び上がって宙で跳ねる。

 褐色の肌よりさらに少し黒ずんだ大きめのさきっちょがくっきり目に焼き付いた。

 眼福だ。

 だが、マレーソンちゃんはすぐに両手で胸を隠して、肩まで水に潜ってしまった。


「みえた?」

「うん」

「……エッチ!」


 うつむき加減に顔を赤く染めて舌をぺろり出すと、そのままスーッと泳いでいってしまった。

 ウブじゃん。

 ウブなギャルとかおじさんもうメロメロだよ、と鼻の下を伸ばしていたら、隣りに座っていたキンザリスに太ももをつねられた。


「ご主人様、周りの客に見られてますよ」

「まあ、いいじゃないか。俺も自分を繕うのに疲れたんだよ」

「私も日が浅いので認識不足かもしれませんが、ご主人様は、ご自身を繕ったりすることがあるのですか?」

「ないかもしれん」

「そうだとおもいました。今日は子どもたちも一緒なのですから、少しはお手本となるような行動を意識なされたほうが良いのでは」

「しかし、ガーレイオンにナンパのお手本を見せなきゃならないしなあ」


 だが、当のガーレイオンは周りをキョロキョロしていて、こっちを見ていなかった。


「え、なあに?」


 名前が出たので、慌ててこっちを向くガーレイオン。


「ナンパの見本が示せたかなあ、と思って」

「師匠のナンパは僕にはむずかしい」

「そうかな」

「それより、人魚のおっぱいすごい、絶対従者にしたい」

「まったくだな」

「作戦を考えないと」

「明日の祭りが狙い目だと思うんだがなあ、祭りなんかじゃ、心が開放的になるもんだしな」

「開放的?」

「要するに警戒心が薄れるというか、普段よりもお近づきになりやすいんだよ」

「すごい! がんばらないと」


 ふと気がつくと、ガーレイオンの隣でリィコォちゃんが、頑張るなら試練が先では、と言わんばかりの呆れた顔で俺たちのことを見ていたが、そういう目線は最近ご褒美に感じる様になってきたので、むしろ励みになるな。


 鯛やひらめより見目麗しい人魚たちが踊るように水路を行き交う様子を眺めていると、料理が運ばれてきた。

 うまそうな海の幸がてんこ盛りだ。

 ガブガブ食って、ジャンジャンおかわりも頼む。

 我ながらいい客だなあ、と自画自賛していると、ぴしゃっとほっぺたに水滴が当たる。

 水でもはねたのかと見やると、人魚ちゃんの白い方、ルーソン嬢が両手に料理を持って水路の縁に寄りかかり、こちらをジト目で睨んでいる。


「いらっしゃーい、ご注文のお料理ですよ」

「やあやあ、君も手伝いかい?」

「そうでーす」

「せっかくだし、隣に来て一杯やってかないかい?」

「忙しいのでむりでーす」

「そりゃ残念だ」

「ほら、早く取ってください。あとがつかえてるんだから」


 そう言って少し身を乗り出して皿を手渡すルーソンちゃん。

 見えそうで見えないな。


「私は見せませんよ」

「そんなもったいないことをいわずに、もっと開放的にだね」

「モゥズじゃないんだから、恥ずかしいでしょ」

「聞くところによると、モゥズも客前で絞るのは結構恥ずかしいらしいぞ」

「そうなんだ、ってそんな話じゃないでしょ!」

「そうだっけ。でもなんだ、気になるなら水着でも着たらどうだい?」

「あんなの着たら、泳ぎにくいじゃないですか」

「なるほどねえ」


 羞恥心より泳ぎやすさを優先するのは、人魚の矜持なのだろうかと感心していたら、ルーソンちゃんの後ろから、にゅっと別の人魚が顔を出す。

 先程のウブなギャル人魚マレーソンちゃんだ。


「ルーソン、やっぱ紳士様にサービスしにきたの?」

「そんなわけないでしょ」

「ふーん」


 マレーソンちゃんはニヤニヤしながら話半分に聞いている。


「そうだ、フェルっちは来てないの?」

「あいつはなかなか人混みには出て来づらくてね、明日は連れて行くつもりだが」

「そっかー、マートルだもんね、また遊び行っていい? 紳士様いつまでいんの?」

「そうだなあ、第三の塔はそろそろ終わりそうだけど、次の塔もあるから、もうしばらくはここにいるんじゃないかな」

「マジ、やったねルーソン。そんなに居たら、うちらマジで口説かれちゃうんじゃね?」

「バカ言ってないで、仕事に戻るわよ」


 プリプリと怒りながらも耳を少し赤くしてるところが実にプリティーだ。

 二人が仕事に戻ったので改めて料理をたのしむ。

 周りは観光客が中心で、しかもお金を持ってそうな連中が多い。

 酒や料理もちょっと高い気がするが、ちゃんと値段相応にうまいし接客も最高で、明日への活力って感じだなあ。


 満足して店をあとにした俺たちは、もうしばらく街を散策することにする。

 最後にちょっとぐらい二人に声をかけたかったが、忙しそうなので諦めた。

 まあ明日もあるしな。


「それにしても、賑わってるなあ」


 思わず声に出してしまうぐらい参道は人が多すぎて歩くのもままならないので、少しそれた土産物屋で物色中だ。

 前衛的な女神の彫り物を手にしたキンザリスが、


「ウル神殿の祭りが近いからでしょう。ちょうど来週が宵宮で三日続くそうです」

「ふうん、じゃあ人魚の祭りは前夜祭的なポジションなのかな」

「それはどうでしょうか、なんでも古い水神を祀るとか、精霊教会とは異なる神ですし」

「ああ、そういうのなのね」

「リエヒア様やレネなどはウル派ですから、楽しみにしているようですよ。私も空手は都ラジアージャのウル神殿で学んだので、ぜひ詣でたいものですね」

「そりゃあ、行かんとな。ところでその女神像は気に入ったのか?」


 会話しながらも女神像を見つめていたキンザリスに尋ねると、


「いえ、こちらの女神像は、デルンジャよりもスレンダーな気がして、お国柄でしょうか」

「どうだろうな」

「こちらはちょっと痩せ型なぐらいが流行りだと聞いたのですが、うちは千差万別ですね」

「俺の守備範囲が広いからなあ」

「私もこちらに来て、修練の時間が減った上に、食べる量が増えたので、少し下腹にたるみが……」

「そりゃいかん、キャンプに戻ったら引っ込むまで俺が揉みしだいてやろう」


 などと話しながら適当に散策する。

 ちょっと食べすぎてなにかと面倒になってきたし、そろそろ帰ろうかなあと思うんだけど、ガーレイオンやフルンらが楽しそうに走り回っているので、結局日暮れまで街で遊んだのだった。

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