第485話 第三の試練 その十
すべての祭壇に金の種を供えた俺たちは、第三の塔最上階に来ていた。
巨大な石碑に彫られた幾何学模様は、今や余すところなくピカピカ光っている。
これで完了なら簡単なものなんだが、しばらく見ていても変化がない。
「かわらぬな」
俺と並んで石碑を睨みつけていたカリスミュウルがつぶやく。
「そうな」
「石碑に明確な変化はあるのだから、ここまでの行動が大筋で間違っているわけではなかろうが……」
「どうかな」
「貴様もなにか思いつくことはないのか?」
「ないな」
「であろうな」
納得されると、それはそれで切ないものがあるんだけど、まあわからんものはわからんもんな。
「ヒントはこの変なポエムぐらいだろう。他に探索漏れしてる部屋とかないのかな?」
マップはすべて調査済みだと言うので、改めて石碑の碑文を読む。
『種を蒔け、種を蒔け。たとえ芽吹かず朽ちようとも、蒔かねばならぬ。いつの日か、あの春の日に、緑あふるるを、信ずるならば』
「うーん、まさか種を二回蒔けってんじゃないだろうな」
「流石にそれは修辞の問題であろう、芽吹かず朽ちようとも、という箇所はどうだ? 光らぬ祭壇はあったか?」
「俺の記憶ではないな」
「レーンが買い求めた種は光らなかったであろう」
「あそこは結局自分たちが拾ったやつでやり直したよな」
「そうであったな。うーむ、あの春の日に……そういえば春を待たねばならぬという噂だったな。この状態で春が来るのを待つのか?」
「今、春じゃん」
「もう初夏と言っても良いかもしれぬぞ」
「まさかこのまま一年待てとか言うんじゃないだろうな」
「さすがにそれはないと信じたいが」
「そもそも実際の春じゃなくて、春を表す何かをここで再現すればいいんじゃないのか?」
「まさにそれがあの種だったのではないのか?」
「そうかもしれんし、そうでないかもしれん。種まきは春とは限らんしなあ」
一応、金の種は若干余裕を持って集めていたので、ここの石碑に供えてみたりもしたんだけど、変化はなかった。
俺とカリスミュウルが悩んでる間、もう一人の紳士であるガーレイオンはフルンたちとまんじゅうを食べていた。
「うまそうじゃねえか、俺にもちょっとくれよ」
「うん、いっぱい持ってきた。それで師匠、なにかわかった?」
「うんにゃ、ぜんぜんわからん」
「師匠がわからないなら、僕じゃ絶対無理」
「そんなことはないだろう、お前だって、ずいぶん成長したと思うぞ」
「ほんと!?」
「今朝も戦ってるところをみてたけど、なかなかうまくやれてただろう」
「ピビの作戦がうまい、僕の見えてないとこが見えてるみたい」
「そうみたいだなあ」
「でも、ナンパはまだへた。昨日ペースンとオルーシンに従者になってって頼んだけど、だめだった」
お見舞いに来てくれた四人のうち、子供人魚二人の名前だ。
ペースンが黒髪で、オルーシンがギャルだったかな。
女の子の名前は忘れないことに定評のある俺でもちょっと区別が付きづらい名前だとは思う。
もう覚えたけど。
「そっか、だめだったかあ」
「今回は、おっぱいのことは言わない作戦だったけど、だめだった」
「いわなくても、あの子達はすぐにおおきくなりそうだよな」
「うん。師匠はお姉さんの方に従者になってって頼んだ?」
「いやあ、俺は一緒に酒を飲んだだけだな」
「そういえば、師匠ってあんまり自分から従者になってって言わない気がする。もしかして、そこがひみつの技?」
「うーん、まあたしかに、まずは向こうから従者になりたいと思ってもらうことが肝心だからな、いきなりこっちから頼んでも、かえって身構えて心をひらいてくれないかもしれないぞ」
「じゃあ、友達になるところからとか?」
「そうだなあ」
「そういえば、今度祭りがあるんだって。ペースンとかのお父さんとかも帰ってきてて、祭りに遊びにいっていいって言ってた」
「祭りか」
「明後日……だったかな?」
首を傾げるガーレイオンに向かって、そうですよと答えるリィコォちゃん。
後ろに控えて一緒にまんじゅうを食ってるところなどは、だいぶ従者っぽくなってきたな。
というか、うちの従者に似てきてる気がする。
「できればそれまでにここを終わらせて、後腐れなく遊びに行きたいな」
「うん!」
急に目標が決まったので、改めて眼の前のでかい石碑を見上げる。
うーん、なんもわからん。
万年酔っぱらい中年が無理してアイデアをひねり出すより、古代文明の叡智に丸投げするほうがマシだろう、というわけで、スポックロンに聞いてみる。
「どうだ、なんかわかったか?」
「わかったことも、ありますね」
「期待通りの回答だ、さすがはスポックロン。これでもう解決だな」
「何を期待されていたのかはわかりませんが、期待されてはお応えせねばなりませんね」
そう言って、ピカピカ光る石碑の一点を指差す。
「ここは最初に種を蒔いたときから光っていた箇所ですが、この少し膨らんで節のようになった部分の光量が、つい先程十五%アップしたことを観測しました」
「ほう」
「つまりこれは蕾を表しているのではないかと」
「なるほど、じゃあこれがこのままデカくなって花でも咲けばクリアというわけか」
「クリアかどうかはわかりませんが、段階が進むと考えられますね」
「よし、じゃあ、咲くまで待つか。今日はおしまい、帰って酒じゃ」
どうすればいいのかわからぬままにゴロゴロするのは、さすがの俺でもストレスを感じる可能性があるが、待つために待つのなら何の気兼ねもなくゴロゴロできるというものだ。
というわけで、今日の酒の相手は魔導師組だ。
またぶよぶよしてきたデュースと並んで座り、反対側には呪文マニアのペキュサートが腰を下ろして酌をしてくれる。
正面においた大きなグリルでは干物があぶられており、ウクレがまめにひっくり返している。
いつもウクレと一緒にいるオーレは、暑いのが苦手だと言って、少し火から離れた場所でかき氷を食べていた。
何十人もいる従者たちは普段はいくつかのグループに分かれており、俺の相手をするときも、そのグループ単位でいちゃいちゃするが、この魔導師組の場合、ペキュサート以外はフューエルとセットであることが多かった。
だが連日戦闘で一緒にいるせいか、最近はペキュサートも交じることが増えてきたようだ。
普通のパーティなら一パーティに一人ずつ魔導師はバラけるものだと思うんだけど、うちの前衛組は後衛を必要としないタイプが多いので、魔導師だけでつるんでるようだな。
「うちにある本を読み尽くして、手持ち無沙汰。あと実地で使うのが楽しいのもある」
酌をしながらそう語るペキュサート。
改めて見ると、徳利を持つ手が結構細い。
うちは基本的にムチムチが多いので、ちゃんと食べてるのか心配になるな。
でも、腰のあたりを抱き寄せてみると、それなりに肉感はあるんだよな。
要するに標準かちょっとスリムぐらいであって、デュースと一緒にいるので余計に細く見えるだけかもしれないなあ、とか考えながらグビリとお猪口を飲み干すと、ウクレがこんなことをいった。
「あした、人魚のお祭りに来ていく服を買いに行こうと思うんですけど、ご主人さまはどうします?」
「服って?」
「お祭り用の半纏があるらしくて。なくてもいいんだけど、着てると神輿が担げるってペースンちゃんに聞いたから」
「へえ、そりゃいいな。大人も担げるのかな?」
「大人用と子供用があるって言ってました」
「担ぐかどうかはともかく、用意しとくか。明日暇そうなら俺も買い物に付き合うけど、何人分いるかな」
「フューエル奥様は行くって言ってましたけど、他の人はどうだろう」
「みんなに聞いとくか」
ミラーに確認するように頼み、焼き上がったししゃものような魚を頬張る。
うめえな。
「そういえばー、ここのキハイカは赤白両方いるんですねー」
炙ったせんべいをボリボリ食べながら、そうつぶやくデュース。
「赤白って?」
「白い肌の白キハイカ、褐色の赤キハイカの二つの部族がいてー、普通は別々の海に住んでるものなんですがー」
「ふうん、じゃああの喋りが違うのも出身の違いなのか」
「そうみたいですねー、赤キハの子の方言はどこのものでしょうかねー、ちょっと知らない喋り方でしたねー」
あのギャルっぽい喋りが方言だとすると、老若男女みんなギャルなわけか。
想像するとちょっと楽しいな。
しょうもないことを考えてる間に、目の前のホタテがグツグツと焼けてきた。
醤油を垂らして頬張るとめっちゃうまい。
「あー、うめー」
「次も焼きますね」
そう言ってバケツにいっぱい入った貝を網に乗せるウクレ。
「そういえば、祭りは紅白に分かれて勝負するって聞いたんですけど、その赤と白の部族で対抗するってことなのかな?」
「ふうん、そうかもな。でも競うんだと、どっちに肩入れすれば良いのかわからなくて困るな」
「御主人様、去年の騎士団対抗戦の時も同じこと言ってましたよね」
「そうだっけ、俺も成長しないなあ、ウクレはちゃんと成長してるのに」
そう言って少し膨らんできた胸をつつくと、ぴしっと叩かれた。
「危ないので火をいじってるときは駄目です」
アン譲りの鋭いツッコミ、ちゃんと成長してるようだ。
そういや過去かなんかわからん世界で、フルン同様、メッチャ巨乳に育ってたよな、あれが本当に未来のウクレなのかはしらんけど。
「フェルがすごく仲良くなってたみたいですし、うちに来てくれると嬉しいけど、どうでした?」
「どうだろうなあ、途中で酔いつぶれちまったからなあ。そういえば、下の二人とはほとんど話せなかったけど、そっちはどうだった?」
「ガーレイオンが一生懸命口説いてましたけど、全然相手にされてなかったみたいで」
そう言って苦笑するウクレ。
「フェルパテットの尻尾もセクシーだけど、人魚ちゃんの黒光りする肌もたまらんよなあ」
「綺麗ですよね、うちもこのままいろんな種族が増えていくと、エッペルレンの方舟みたいになりそう」
「なんだいそりゃ」
「えーと、エッペルレンのお話で、爆発しちゃう国から、すべての生き物のつがいを集めて新天地を求めて空を旅するってのがあって、そこにいろんな種族が出てくるんです」
「へえ、そういえば俺の故郷の神話にもあるな、洪水で世界が滅ぶから、動物のつがいを載せてくやつが」
「そうなんですか、本当にそんなことがあったんでしょうか?」
「どうだろうなあ、だけどほら、親兄弟とかで子を作ると良くないって言うだろ、あれは近親で繁殖を続けると特定の病気に弱くなるとか、そういう可能性が高いからなんだけど、それを防ぐためには、たしか人間なら数万人以上とか、それぐらいの数がないと駄目、みたいな話を聞いたことがあるな」
「じゃあ、種族ごとに数万組ずつとか載せなきゃ駄目ってことですか」
「そうなるなあ」
「それは大変そう」
そういや、この星も再生した時にカラムたちがそういうとこに手を加えてたっぽいんだけど、実際はどうなんだろう。
あの三人もさっさとうちに来ればいいのになあ。
などと考えていたら、今度は焼けたはまぐりがパカッと開く。
まあ、飲むか。
人魚ちゃんとの再戦に備えて鍛えとかないとな。
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